第55話:嘘か誠か
樹海の空。
太陽が一番上まで昇り、暖かな陽射しが森に降り注いでいる。
森の家、テラスではレンとリィネがハーブティーを飲んでいた。
「それでさ、部長ったらひどいんだよ。『この顧客の対応はお前に任せた』って。理不尽なクレーム処理が面倒だからって部下に押し付けるなんて、本当によくない。だから僕はそれを反面教師にして、面倒な仕事ほど自分でやるようにしたんだよ」
エルフの少女を相手に何だか偉そうに語るレン。
「その『ぶちょう』という悪魔は最低なのですね。私の弓で射貫いてやりたいです。それに比べてレン様は天使のようなお方。面倒毎は全てこのリィネにお任せください」
その頃、見張り塔の最上階、展望台ではシャノアが異変に気が付いていた。
「ニャ?スピーカーから人間の声が聞こえるニャ……どれどれ……」
『しっかし、緑の聖者って何者なんだろうな?』
『噂だと魔物を飼いならしてるとか、オークと同盟を結んだとか』
『生け捕りとはまた面倒だよなあ。ぶっ殺していいなら楽なのに』
『早く街に帰って酒でも飲みてえ』
ザワザワ……。
「これは、人間達が迫っているニャ!?」
シャノアは樹海を見下ろし、肉眼でも確認をする。
「……いたのニャ!レン様に報告ニャ!」
テラスで会話を続けているレンとリィネのもとに急いで降りてくるシャノア。
「レン様ー!レン様ー!大変ニャ!」
レンの耳に、遠くから少しずつシャノアの声が近づいてくる。
シャノアは上空の枝から跳躍し、ストン!とレンのそばに着地した。
「どうしたの!?シャノア!」
「はぁっ……はぁっ……人間ニャ!多分、ガルドの軍隊なのニャ!」
「……っ!」
「まだ遠いからはっきりとは見えなかったけど、声や足音からでも十人以上はいそうなのニャ!」
「来たか!」
勢いよく立ち上がり、南の方角を見つめるレン。
一瞬で営業モードのスイッチが入っていた。
「レン様!私にお任せください!全員残らずこの弓で追い返して見せます!」
「リィネさん、ありがとう。でも、ダメだ。そんな危険な目には合わせられない。作戦を考えよう」
リィネは少し残念そうな顔を見せたが、すぐに真剣な目つきに切り替わる。
レンは腕を組んで少し考えたあと、シャノアに尋ねた。
「……シャノア、その軍隊はどれくらいでここまで辿り着くと思う?」
「ん~……そうニャね……休まずに来れば今日の夜。夜にキャンプするなら明日の昼前には着くニャ」
「よし、まだ時間はある。作戦会議を始めよう。リィネさん、ガストさんを呼んできて」
「はい!」
すぐにオークのテントが並んでいる方に走り出すリィネ。
―――そして、
「レン殿!お待たせしました!人間共が向かってきているってのは本当ですか?」
「はい、シャノアからの間違いない情報です。……では、そこに座ってください」
レン、リィネ、シャノア、ガストの四人はテラスのテーブルに座った。
空気はピンと張り詰めている。
「では、作戦会議を始めます。皆さんご存じの通り、ガルドの軍隊がこちらに向かっています。人数は十人以上。早ければ今晩、遅くても明日の昼前にはここに到達する見込みです。以前シャノアから報告のあったバルトロが軍に私の生け捕りを依頼したもので間違いないでしょう。ここまでで、ご質問はありますか?」
沈黙が訪れる。
「私としては、その軍隊を丁重に返り討ちするつもりです。この方針に異論はありませんか?」
「賛成ニャ」「賛成です」「俺もだ」
三人は力強くうなずく。
「ありがとうございます。まずは準備ですが、ゴブリンやオークの皆さまの避難所はまだ計画段階であり、完成しておりません。そこで、森の奥に仮設の避難所を私の魔法で設置しようと思います。こちらについてはいかがでしょうか?」
「俺はもちろん賛成です。どのタイミングで避難を開始しますか?」
「それについては、早すぎても皆を心配にさせてしまうから、敵が十分に近づいてからにしましょう。避難指示については、ゴブリンたちはリィネさん、オークたちはガストさんにお任せします。迅速に避難できるよう、事前に彼らに話だけはしておいてください」
「はい、わかりました」「承知しました」
レンは一旦ハーブティーを口にする。
「それで、相手の戦力が未だに不明な点が気がかりです。そこで、十分に軍を引き付けたところで、シャノアに偵察に出てもらおうと思います。シャノア、いいかな?」
「ふふん!このアタシに任せてほしいのニャ!」
「うむ。頼んだ。では、シャノアは引き続き監視の継続。一時間おきに状況を報告にくること。そして、近づいてきたところで偵察。戻ってきたところで再び集まり、次の作戦会議とします。よろしいですか?」
「はい」「はいニャ」「王の命ずるままに」
三人はそれぞれの役割を果たすため、割り当てられた持ち場へと散っていった。
レンは森の奥へ行き、大がかりな魔法を行使する。
木々の枝を絡ませ、臨時の避難所を作り上げたのであった。
やがて夕方になる。
レンのもとへシャノアが駆け寄り、この日で五度目になる報告を始めた。
「レン様、あいつら森の中でキャンプをするみたいニャ。みんなでテントを張りだしたから、間違いないのニャ」
「わかった。そしたら、今日はもう休んでいいよ。ただ、異常を感じたら報告に来てほしい」
「わかったニャ。展望台でゆっくりとさせてもらうのニャ」
展望台へ戻り、休憩半分で監視を続けるシャノアであった。
翌朝、ガルドの軍は動き出さなかった。
彼らはキャンプ場で何かを話しているようだが、午後になっても動かない。
ついには夕方になった。
レンは、もっと早く来るという想定との違いに動揺を隠せず、慣れない事態に精神的な疲労も限界に来ていた。
「一体なんなんだ!目的は僕じゃないのか?それとも夜襲を仕掛けてくる気か?くそっ!」
「レン殿、落ち着いてくだされ。王がそれでは皆の士気にかかわります」
「ガストさん、レン様はこう見えても深いお考えがあるのです。黙っていてください」
作戦本部は混沌とし始めている。
その時、シャノアが勢いよく家に入ってきた。
「レン様!人間の女が一人、南からこっちに向かって来ているのニャ!もうちょっとで境界の茨に辿り着くニャ」
「ええ!?こんな時に?……何だろう……困ったな。……ああ!もう!」
突然求められるマルチタスクに頭を抱えるレン。
しかし、ふと前世の営業マン時代を思い出した。
部下に指示を出した時によく言われたものだった。
「そんなにたくさん仕事できないですよ」と。
そして、そんな時は決まって返す答えがあった。
まずは抱えている仕事を書き出して整理する。
その上で後回しにできるものと今すぐやるべきものを仕分けするのだ。
「そうだ!優先順位だ!……シャノア、ガルド軍はまだ動いていないんだよね?」
「そうニャ。相変わらずじっとしているのニャ」
「了解!それじゃ決まりだ。今は一回ガルド軍の事は後回しでも大丈夫。その女の人のところに行ってみよう」
そういうと、レンたち四人は足早に南の境界に向かった。
「レン様、あの女ニャ」
境界の茨の向こう側に一人、茨の壁を見上げてキョロキョロと周囲を見渡している女性がいる。
レンはその姿を確認し、壁越しに声をかけた。
「こんばんは。こんな所でどうされたのですか?迷子にでもなられたのですか?」
その女性はレンの姿を見ると目を大きく見開いた。
「あ、あなた様は緑の聖者様ですか?どうか助けてください!旅をしていたら、魔物に襲われたのです!」
レンが話を聞くと、旅の最中に黒枯れの魔物に襲われ、噂の緑の聖者に助力を求めに来たとのこと。
ここから更に南に二時間ほどの場所だという。
「レン様、ちょっと話があるニャ」
シャノアはレンに耳打ちをした。
「うん、わかった」
レンは女性の方に向き直る。
「お困りなのですね……わかりました。少しだけ待ってもらえますか?」
「はい……」
レンたちは大きな茂みの陰に隠れ、ヒソヒソと話を始めた。
「レン様、あれは嘘ニャ。南に二時間の場所は、間違いなくガルド軍のキャンプなのニャ」
「でも、もしかしたら本当かもしれないよ。困っている感じだし」
「レン様がそう思うのなら、本当に助けを求めにきたのでしょう」
「王の命ずるままに」
レンは決めかねていた。
嘘か誠か、判断するには情報が足りないのである。
「レン様、そしたらいい案があるニャ。アタシが先に行って見てくるニャ。足の速さと偵察には自信があるのニャ」
「……!ありがとう、シャノア。そしたら任せるよ。でも、今度こそ危険な事はしないようにね」
「アタシに任せろ」とウインクするシャノア。
「戻ってきた時の合図を決めるニャ。女の話が本当なら『キャット・ピクシー』、嘘なら『ハイエルフ』でどうニャ」
「……わかった。それにしよう」
「……悪意を感じますが、レン様がそう仰るなら……」
シャノアを睨むリィネであった。
レンは再び女性の前まで行き、茨の壁の一部を解除する。
「お待たせしました。それではあなたのお仲間を助けに行きましょう。私はレンと申します。よろしくお願いします」
「ありがとうございます!……それではこちらへ……」
レンたちを招き入れるように来た道を戻り始める女性。
「レン様、アタシはちょっと散歩に行ってくるニャ」
シャノアはそう告げた瞬間、木の枝にピョンと飛び乗り、ピョンピョンと森の中に消えていった。
そして、森の中を歩くこと一時間、シャノアの声が道の向こうから聞こえて来る。
「あ!シャノア!散歩はどうだった?」
女性に怪しまれないよう、自然に明るくふるまうレン。
「レン様!ハイエルフがいたのニャ!」
パチン。
その瞬間、レンは剪定鋏を打ち鳴らし、巨大な蔓で女性の腕と胴をグルグル巻きに拘束していた。
「ぎゃあ!……なっ!?……なんでバレた??」
「それは言えませんよ。ふう……こういうことはしたくないのですが、洗いざらいしゃべってもらえますか?」
レンは女性の体をグイグイと締め上げる。
「ぐぅ!待ってよ!私は何も知らない!ガルドの軍に雇われただけだって!うぐっ!緑の聖者をおびき出して来いって!本当にそれだけ!」
確かにもっともだと判断し、逃げられない程度に拘束を緩めるレン。
シャノアは敵の人数、配置、武器の種類などを持ち帰って来ていた。
「シャノア、ありがとう!これで敵の戦力は全て把握できたよ」
「えっへんニャ!アタシに任せるのニャ!」
レンに褒めてもらうついでにスリスリしようと近寄るシャノア。
「何をしようとしているのですか?シャノア……」
「ちっ……」
すんでのところでリィネが間に割って入り、阻止するのであった。
「この商談、もらったも同然です。我々のプレゼンを見せてあげましょう」
目の奥が光るレン。
反撃の準備が今、ここに整ったのであった。




