第54話:首元に宿る想い
噴水の音が響き渡る夜。
池に向かって座るレンとリィネ。
リィネは、手作りのスカーフを手に持っていた。
レンにプレゼントをしようと、その気持ちを伝える。
「村の中で、私はずっと独りでした……不吉な瞳と言われ、避けられてきました……。でも、そんな私に……レン様はとても優しく接してくださいました。今度は、少しだけでも私に、レン様を……守らせてください……」
潤んだ瞳でレンを見るリィネ。
「僕の方こそ……孤独を救ってもらったんだ。やっと一人になれたと思って……最初は良かった。でも……何を作っても……何をやっても誰にも共感してもらえない。本当はつらかったんだ。リィネさんのお蔭で……今の僕がいるんだ……」
レンもまたリィネの瞳をまっすぐに捉えている。
「リィネさん……」
リィネの顔を月明かりが照らし、銀色の長い髪が揺れていた。
静寂が訪れる森の中、二人は黙って見つめあう。
「これを……」
リィネがスカーフをレンの首に巻こうと、体を寄せて手を伸ばした。
自然とリィネの背中に手を回すレン。
「あっ……」
二人の顔が近づいていく……。
丁度その時。
ガサガサ……ガサガサガサ……
「......っ!」
二人は息を殺し、音のする暗い茂みの方を向いた。
すると、そこから出てきたのはガストであった。
「が、ガストさん。こんな時間にどうしたのですか?」
緊張で声が裏返りそうになるのを必死に抑えるレン。
やばい、さっきの会話を聞かれたか。
それとも、見られていたかも。
ああ、最悪だ……。
「こないだのムカデのような事もありましたから、時折こうして夜に見回っているのです。いつ、なにが襲ってくるかわかりませんからな」
「そうだったのですね。ありがとうございます、ガストさん」
「それより、お二人こそこんな時間に何をされていたのですか?」
「えっ?……あ……」
今度は完全に声が裏返り、すっとんきょうな返事をするレン。
顔が真っ赤になる二人。
レンの目は右に左に泳ぎまわり、リィネは黙って下を向いている。
ふと、リィネの手元の輝く布に気が付くガスト。
「おや?それは……ああ!あれですかな?エルフに伝わるという、大切な想い人に贈るというスカーフ!確か……あなたのことを一生大切にするという意味があったような……」
座って下を向いたままのリィネの肩がビクッと震える。
「あ……いや……」
ひたすらにうろたえるレン。
ガストはそこで何かを察した。
「あっ……!そういうことですか!これはこれは、すみません!お二人の邪魔をしてしまったようで!前々から夫婦みたいなお二人だとは思っておりましたが!いやあ、レン殿も隅に置けませんなあ!」
「が、ガストさん!?」
レンが突っ込むも口が止まらないガスト。
「思い出しますわい!俺も若いころは村の女を夜によく誘い出したものですよ!この俺の鋼の肉体を見せつければどんな女もイチコロでしてな!よければ今度、オーク女子の落とし方を伝授しますぞ!ガハハハハッ!」
ガストが空気を読まずに大声で話を続けていると、リィネがガタガタと震え出した。
その瞳には涙が溜まり、今にも泣きだしそうになっている。
「……あ、これは失礼」
ガストが過ちに気が付いた時にはすでに遅かった。
ズドオオオォッ!
突如ガストの足元から巨大な蔓が出現し、グルグルと胴体に巻き付き、その巨体を空中に持ち上げた。
「れ、レン殿!ま、待ってくだされ!」
空中で手足をバタバタとさせるガスト。
無言で地面に右手を着き、無詠唱で魔法を発動させるレン。
彼からは暗黒のオーラが放たれ、目は完全に色を失っていた。
「それ以上余計なことを言わないでください」
低い、冷たい声で目も合わせずに注意するレン。
「ヒィッ!わ、わかりました!俺が悪かったです!」
巨体に似合わずガタガタと子豚のように震えあがるガスト。
「リィネさん……」
「はい……」
レンが合図すると、レンと同様に暗黒のオーラに包まれたリィネがゆっくりと弓に矢を番え、ガストに向かって構えだす。
その矢には見たこともない漆黒の魔力が流し込まれていた。
「そんな!どうかご勘弁を!命だけは!どうかぁ!」
空中で暴れまわるガスト。
全身から冷や汗を垂らし、特に彼のズボンはぐっしょりと濡れていた。
「ウォンッ!!」
その時、いつの間にか彼らのそばに寄ってきていたクロが大きく吠えた。
「はっ……!僕は一体なにを……」
二人は我に返り、ゆっくりとガストを地上におろした。
すぐさま二人の前で土下座をするガスト。
「申し訳ありませんでしたぁ!」
「もう放っておいてくれ!!」レンは心の中で大きく叫んだ。
「ニャニャ?一体何をやっているのニャ?」
騒ぎを聞きつけて見張り塔からシャノアがピョンピョンと降りてきた。
「足元がうるさくて監視どころじゃないのニャ。なんでガストが誤っているのニャ」
「「「……」」」
レン、リィネ、ガストの三人は一言も発さず、沈黙を保っている。
テラスは不気味なほどの静寂に包まれていた。
「……なんニャ。なんで誰もなんにも言わないのニャ。隠し事かニャ。秘密はよくないのニャ」
シャノアは露骨に怪訝な表情を作り、三人を見渡す。
そして、気まずそうにしているレンの顔を見ると、その表情をパッと明るくし、そろそろと寄っていった。
「レン様~。アタシにも教えてほしいニャあ。お願いニャぁ」
「えっ?ちょ、ちょっとまっ……!今は……」
シャノアはおもむろにレンに抱き着くと、甘えた声を出しながらレンの首元に自分の首をスリスリと擦り始める。
その光景をみて、土下座の姿勢をしたまま口を空けて戦慄するガスト。
―――ビュウゥンッ!
バァン!……メキメキメキ……ズウウウン!!
「ニャ?」
シャノアの耳の数ミリ先を突風が吹き抜けたかと思うと、その向こうにある木の幹に大きな穴が空き、倒れた。
「ちっ!」
リィネの舌打ちが聞こえる。
シャノアは背中に強烈な悪寒が走り、矢の飛んできた方をおそるおそる振り向くと、殺気を全開にして弓を構えているリィネがそこに立っていた。
その周囲の空気は絶対零度まで冷やされ、凍り付いていた。
リィネの顔はまさに般若のような怒りの形相で、シャノアを睨みつけている。
「次は外しません……万死に値します……」
「ニャアッ!!ま、まま、待つニャ!アタシはなにも悪い事してないのニャ!」
一目散に逃げ出すシャノア。
矢で威嚇するリィネであった。
シャノアの逃走劇が一段落し、レンたちの元へ戻ってくる。
シャノアもまた、リィネの手元でキラキラと輝くスカーフに気が付いた。
「ニャ?リィネのその布はなんニャ。すごいキレイ……こんな上質な布、見たことないのニャ。それ、売ったらものすごいお金になること間違いなしニャ」
元商人としての商売根性を見せるシャノア。
褒められて鼻を高くするリィネ。
「これは売り物ではありません。私がレン様のために特別に編んだスカーフなのです」
「ニャ!ずるいニャ!アタシにもほしいニャ!せめてちょっと首に巻かせてもらうだけでもいいのニャ!」
シャノアの我儘を聞いて、ニヤリと笑うリィネ。
「……わかりました。巻いてあげましょう。そこでじっと立ってなさい」
リィネはスカーフを手に持ち、シャノアに歩み寄り、首に巻き始める。
「ふんっ!!」
「ニャアッ!!く、首が………しま……ニャ……」
シャノアの首に力いっぱいスカーフを締めるリィネ。
「ストップ!ストップ!ダメダメ!やり過ぎだよ!リィネさん!」
力づくで止めに入るレンとガストであった。
―――そんなドタバタとしたやりとりを終え、家に戻ったレンとリィネ。
「……レン様、改めてこちらを首に巻かせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。でも、首は締めないでね」
「ふふふ……そんなことしませんよ。少し、じっとしててくださいね」
リィネはレンの後ろからその首に手を回し、クルクルとそのスカーフを巻きつけた。
そして、そのままレンの背中から軽く抱きしめた。
「ん……」
リィネの匂いがふわりとレンの鼻をかすめる。
「レン様……もう少しだけ、このままにしててもいいですか?」
「うん……」
家のリビングではあたたかな空気が流れていた。
こうして、レンは白銀のスカーフを首元に巻く事になった。
この日以降、レン自身は気付く事はなかったが、夜に右手の紋章が痛み出すことは無くなったのである。




