第53話:スカーフに込めた想い
満月の夜。
動物の遠吠えが森の中に響き渡る。
レンは寝室でぐっすりと寝ている。
リィネは先日から続けていた作業に、一区切りがついたところであった。
「ようやくスカーフが完成しました。これがレン様の気休めにでもなれば良いのですが......」
リィネは白の中に銀色も混じるスカーフを見つめる。
レンの右手の紋章は夜になると急激に痛み出す時があった。
短時間で治まるものの、リィネには心配でならなかったのだ。
それを見かねて少しでも自分の気持ちがレンに届き、多少なりとも痛みの軽減になればと、数週間かけてコツコツとスカーフを編み続け、ようやく完成したところである。
「これをお渡ししたらレン様はどんな反応をするのでしょうか......『リィネさん、ありがとう。リィネさんの気持ちがギュッと詰まったスカーフを首に巻けるなんて、僕は世界一の幸せ者だよ』なんて......」
一人でレンのモノマネをしてニヤニヤするリィネ。
「それとも、『僕の首にずっとリィネさんがいるみたいだ。このスカーフと一緒にずっとリィネさんだけを大切にするよ 』とか......やだ......」
今度は顔を赤らめ、両手で頬を覆い、もじもじとする。
「......決まりました。明日の夜、お渡ししましょう。喜んでくれるかな......」
少しの不安を残しつつ、ようやくスカーフを渡せる喜びに包まれるリィネであった。
そして、次の日の夜。
レンはリビングのテーブルで夕食後のハーブティーをゆっくりと味わい、くつろいでいた。
「ねえリィネさん、聞いてよ。昼にね、森を散歩していたらさ、ゴブリンの女の子が来てさ、『レン様、これをお受け取り下さい。いつまでもお元気でいられるようにと祈りを込めて作りました』って言われちゃって……見てよこれ……」
レンの手首には木の根で丁寧に編んだ細くて丸い輪が嵌められている。
「腕輪もらっちゃった。なんか嬉しいよね」
「……!」
タイミング悪くゴブリンの女の子に先を越されてしまったリィネ。
(どうしよう。今スカーフを渡したら、真似したって思われないでしょうか)
彼女の決意が揺らぎ始めていた。
「ん?どうしたの?リィネさん」
「はわわわわっ……!……その……あの……」
予想外の話を聞いてしまったことでしどろもどろになり、目が泳ぐリィネ。
だが、彼女は決意した。
「レン様!お話があります!外の池の前に先に行って待っててもらえますか?」
「?……まあいいけど……」
レンは残っていたハーブティーをクイと飲み干すと、緊張した面持ちで外に出て行った。
リィネは棚においてある木箱を机に置くと、蓋を開け、中からスカーフを取り出す。
そして、じっと手の中のスカーフを見つめた後、池のほとりで待つレンの元へと歩き出した。
「やっぱり夜になると森は冷えるね。寒くはない?」
池の前で地面に座り、光っている魚を見つめながら話しかけるレン。
光る水族館から放たれる淡い光と月明かりが混じりあい、レンのその横顔を幻想的に照らしている。
「大丈夫です。レン様に作っていただいたこのドレスのお陰で、夜の寒さも気にはなりません」
レンの隣で同じように池の方を向いて座るリィネ。
「それで、話って、なに……かな?」
「実は……これを……」
リィネの手元を見ると見覚えのある布が握られていた。
正確には、見覚えがあるといっても作り途中のものである。
「それは、前に僕が勝手に見ちゃったスベスベの……?」
手触りのよさに、思わず頬ずりしていたところ、リィネに見つかったのを思い出すレン。
「はい……そうです。あの時のです」
リィネはそのまま言葉を続ける。
「レン様は、いつも私を心配させまいと陽気にふるまおうとしておりますが、時折夜に現れる右手の痛みは本当におつらいのではないでしょうか」
「……う……ん」
真剣な表情で図星をつかれ、何も言い返せないレン。
「私は、そんなレン様が心配なのです。いつも他人の事ばかりを気にかけ、自分の事は顧みない。そのような優しいお方が、何故こんなにも苦しい思いをしなければならないのか……」
池の中で光る魚たちがゆらゆらと泳いでいる。
「私には、ただ黙って見ていることなどできないのです。……少しでもレン様のお力になりたい。少しでもその痛みを和らげてあげたいのです」
レンはただ黙って聞いていた。
池の浮草が淡い光を明滅させている。
「そこで私は思い出しました。エルフに昔から伝わるスカーフです。病気や怪我になりにくいとされており、大切な人に贈るのです」
冷たい夜風がテラスをヒューと通り抜けていく。
「本当は、お渡しするこの瞬間まで内緒にしておきたかったのですけど……こないだバレちゃいましたね」
照れたように、はにかんだ笑顔を見せるリィネ。
先日の頬ずりが見つかった時、リィネが慌てていた理由がわかり、ハッとするレン。
「……ていうことは……これは……」
「はい、そうです。これはレン様のために編んだ、スカーフです。レン様をお守りしたいと、私の気持ちを込めて作らせていただきました」
リィネの手の中のスカーフは、月明かりを反射し、キラキラと輝いていた。
「あ、ありがとう……僕のだとは思っていなかったよ」
「でも……昼間にもゴブリンの女の子から同じようなものを受け取られたという事ですし、私からこのような贈り物をするのはご迷惑でしょうか」
目線が下を向き、自信なさげに言葉を続けるリィネ。
「リィネさん、何言ってるんだ。迷惑なわけないじゃないか」
「……!」
目線を上に戻すと、そこには愛想笑いでも、困った顔でもなく、ただただまっすぐにリィネを見つめるレンの顔があった。
「すごく、嬉しいよ。僕なんかの為に……作ってくれて。それだって、一日二日でできるものじゃない。そのリィネさんの気持ちが……嬉しいんだ……」
「レン様なんかの為、じゃないんです。いつも……いつもいつも、みんなの為にと頑張っているレン様の為だから、作ったのです……」
ちゃぷん、と池の魚が跳ねる。
「レン様は人を殺めるのが怖いと、以前仰いました。私は、そんなレン様の優しさに救われたのです。私だけではありません……ここで暮らす皆がレン様に救われました。レン様は本当にご立派です」
「僕は……臆病なだけだよ……」
「臆病で……いいのです。それは、悪いことではありません。他人を傷つけたくないという、レン様の思いやりではないでしょうか。だから私は安心してこうしておそばにいたいと思うのです。」
月明かりがやさしく二人を照らしている。
「ここで一緒に暮らしている、ゴブリン、オーク、シャノア、クロ……みんながレン様には感謝しています。住む場所を与え、食べるものを与え、みんなが困らないようにと、いつも気を配っていらっしゃる……」
「うん……まあ……」
「たとえ、それが魔法の力であっても、レン様の優しさがあるからできることなのです。時には自分を犠牲にしてでも、みんなを守ろうとする、そんなレン様を……私は……」
リィネが言いかけたとき、遠くから動物の鳴き声が聞こえてきた。
少しの沈黙が訪れる。
「……私は……このスカーフを作ったのです。エルフの言い伝えにどこまで力があるかはわかりません。でも、このスカーフに込めた、レン様をお守りしたいという、私の想いは本物です。どうか、受け取っていただけますか……」
「あ……ありがとう……リィネさん……」
気が付けば、レンは自分の意思を無視して涙があふれ出していた。
「……ごめん。急に涙が……。……僕の為に、誰かがこんなにもしてくれたのが、初めてで……」
「私も一緒……なのです。レン様が……私を大切に扱ってくれた初めての人……」
思わず見つめ合う二人。
池の噴水の音がテラスに響いている。
夜の森。
冷え込むテラスであったが、二人の間には、やさしく温かい時間がゆっくりと流れているのであった。




