第52話:猫の耳
晴れ渡る空、吹き抜ける風、差し込む陽光、森の家の昼下がり、家の前のテラス。
そこのテーブルでハーブティーを飲み、腕を組んで悩むレン。
「困ったなあ……まさか軍隊まで出動することになるなんて……その規模だと、こないだ考えた境界の茨の外側に穴を掘るとか、有効とは言い難いよな……」
空を見上げると木々の葉がざわめいている。
レンがハーブティーをすすると、遠くから声が聞こえてきた。
「おかえりー!シャノア姉ちゃん!!」
ゴブリンの子供たちだ。
「おお!お前ら元気だったかニャ!アタシにかかれば人間なんて大したことないのニャ!」
「おおー!すげー!さすがだぜ!」
どうやら再会を楽しんでいるようである。
「ほら、お土産もあるニャ。ほしかったらアタシから奪ってみるのニャ!」
「あ!待て!」
早速追いかけっこが始まった。
「はあっ!はあっ!姉ちゃんズルいぞ!」
「待てよ!お土産よこせ!」
地面を走っていたかと思ったら木の枝に飛び移り、宙がえりして子供たちの目の前に戻ったかと思えばまた走り去るシャノア。
「ニャっはっは!まだまだなのニャ!……ん?……クンクン……いい匂いがするニャ……こっちニャ!!」
シャノアが匂いを辿って走っていくと、そこには調理場で肉をジュウジュウと焼いているガストがいた。
「ニャニャ!発見ニャ!」
「うわ!なんだ!?……っておい!シャノア!こら!勝手に肉を持っていくな!」
ガストの背後から忍び寄り、一瞬で肉をさらうシャノア。
「あああ!シャノア姉ちゃんに肉とられた!返せ!」
ゴブリンの子供たちに続いて、オークの子供たちとの追いかけっこも始まった。
「ハフッ!ハフッ!……ゴクン。……焼き加減が最高ニャ!ほらほら、みんな悔しかったら捕まえてみるのニャ!ニャーはっはっはっ!」
シャノアは肉を食べながら軽快に走り去っていく。
そこにクロを散歩中のリィネが通りがかる。
シャノアと子供たちの一部始終を見ていたリィネの目がキラリと光った。
「ふっふっふっ……泥棒猫にはお灸をすえる必要がありますね……」
ニヤリと笑うリィネ。
「クロ……シャノアと遊んであげなさい!」
「ウォンッ!」
シャノアに向かって勢いよく走り出すクロ。
ドドッ!ドドッ!ドドッ!
「ニャ!?クロ!?リィネ、ズルいのニャ!!」
必死に逃げ回るシャノア。
「行け―クロー!!」
「シャノア姉ちゃんを捕まえろー!!」
「肉を返せー!!」
……うるさすぎる。
「一人でのんびり隠居生活を送るプランは一体どこへ行ってしまったんだ……でもまあ、こういうのも悪くないか……」
やれやれといったレンであった。
「それにしても、もし軍隊規模でここに来たら、みんなの避難は間に合うのかな……人数多いし。今度避難訓練でもすべきだろうか……」
シャノアと子供たちの追いかけっこがひと段落したのか、次の声が聞こえてくる。
「シャノア姉ちゃん、今度はかくれんぼしようぜ!姉ちゃんがいない間に絶好の隠れ場所を見つけたんだ!」
「……その挑戦、受けて立つのニャ」
自信満々で答えるシャノア。
「いーち。にーい。さーん……」
シャノアが数を数えだすと、オークとゴブリンの子供たちが四方八方に走っていった。
「ニャふふ……アタシから隠れられると思ったら大間違いニャ」
シャノアは数え終わるとピョンと木の上に登り、子供たちのいる方へと走り出す。
―――数分後。
「見つけたニャ!」
「くそー!」
「ここニャ!」
「えー!もうバレた!」
「それで隠れたつもりかニャ!」
「あーん!ここならわからないと思ったのに!」
シャノアは電光石火のスピードであっという間に子供たち全員を見つけ、テラスに戻ってきた。
「シャノア姉ちゃん、なんでこんなにすぐみんなの事見つけられたの?」
「絶対ズルだよ」
「そうだそうだ!」
「お前らには特別教えてあげるニャ。実は、アタシの鼻と耳の前ではどこに隠れていようとすぐにわかるのニャ。木の上に登って匂いと音を聞けば多少遠くにいても丸見えニャ」
その会話は同じテラスにいるレンの耳にも入ってきた。
「……それだ!」
「ニャ?」
レンはイスから立ち上がり、シャノアに駆け寄った。
「シャノア!それだよ!遠くの音がわかれば、早めの避難もできるじゃないか!」
シャノアの肩をバンバンと叩くレン。
「レン様、急にどうしたのニャ」
「あ、ごめん。ちょうど悩んでたんだ。ちょっと思いついた事があるから、子供たちと遊んでて。後でまた声をかけるから」
レンは再びイスに座り、ハーブティーを飲む。
そして、目の前にある見張り塔を見つめた。
「……うん、それだな。展望台をアップグレードしよう。この方法なら……初期段階で把握できる……」
ブツブツと呟くレン。
ハーブティーを飲み干すとカップを置き、席を立った。
レンは見張り塔の足元で剪定鋏をパチンと打ち鳴らし、大きな蓮の葉を出現させ、乗り込む。
そのまま見張り塔のてっぺんまで上がると、展望台に降り立った。
ヒュウと涼しい風が吹いてくる。
レンは人間の国があるという南の方を向き、樹海を眺めた。
「こうして上から見下ろす限りは普通の樹海なんだけどな……」
だけど、実際は人間による資源の搾取、黒枯れの汚染が進む樹海なのである。
レンは展望台の天井に向けて鋏を構えた。
パチン。
すると、その天井から巨大な花がニョキニョキと生えてくる。
今までも何度か使ったことはあるが、今回は少し違った。
監視のために常設することにしたのである。
「よし、これで後は植物の伝言の感度を調整して……」
レンが魔力を集中し、チューニングを開始した。
やがて、巨大な花から鳥の鳴き声や風が葉を揺らす音が聞こえてくる。
「うん、これで大丈夫かな」
レンは新たな監視システムを作り上げると、シャノアを呼びに地上まで降りた。
遠くから、リィネとシャノアが話しながら歩いてくる。
どうやら子供たちとは遊び終わったようだ。
「そうニャ。今の流行りは白とピンクのツートンカラーで、フリルがついているのが人気なのニャ」
「そうなんですか!それは可愛いに決まってるじゃないですか!」
エメラルドの瞳をキラキラと輝かせているリィネ。
「おっ!リィネもそう思うかニャ!そしたら、次は潜入捜査じゃなくて、普通に人間の街で買ってきてあげるのニャ」
「シャノア!あなたって人は……!特別に一回だけレン様に甘えることを許します!」
「ニャははは……このシャノア様にお任せニャ!」
レンは二人を呼び寄せると、そのまま展望台へと戻った。
「レン様、これは前にも作ったやつかニャ?」
天井に設置した巨大な花を見上げるシャノア。
「うん、そこから音が聞こえるでしょ?それはあの辺の音を拾っているんだ」
そう言って数十キロ先の南の樹海を指さすレン。
「あの一帯で一番大きな音を拾うように設定したから、人間の軍隊が来たり、大きな機械を動かしたりすれば、すぐにわかるはずだ」
「へえ……すごいのニャ。さすがはレン様なのニャ」
シャノアは改めて巨大な花を見つめる。
「だから、もし、異常を察知したらすぐに教えてほしい。これでみんなが避難する時間を稼げるから」
「レン様の、共に暮らす皆を思う気持ちがこの魔法にも現れているのですね。このリィネ、レン様のお考えの尊さに改めて感服いたしました」
その時。
『グルルルルルゥッ!ガアァッ!』
『ま、待ってくれ!こっちに来るな!黒枯れめ!……う、うわああぁ!ぎいやああぁぁっ!』
唐突に巨大な花から聞こえてきたのは、魔物に襲われる人間の声であった。
そして、
『ガァウッ!……グチャ……グチャ……』
人間の声は聞こえなくなった。
展望台に静寂が訪れる。
三人はその音から想像した出来事に何も言えなかった。
レンは、気まずさと沈黙に堪えられず口を開いた。
「い、今のは黒枯れに汚染された魔物かな……僕たちも気を付けないとね」
「ニャ……」
再び静寂が戻ってくる。
日が暮れ始め、展望台に吹き込む風が冷たくなってきていた。
「そ、そうだ!一応、音を消したい時はこのつぼみを押せば切り替えできるようにしておいたから」
手すりに取り付けたオンオフスイッチのつぼみを触るレン。
どう取り繕っても空気は重いままであった。
「……わかったニャ。ここでアタシの目と耳で人間達を丸裸にしてやるニャ」
「ありがとう、シャノア。頼むよ」
シャノアの目をまっすぐに捉えるレン。
それにまた真剣な表情で応えるシャノア。
展望台から見えるのは、夕日が反射する樹海。
レンは自分達の生活を守るべく展望台をアップグレードしたものの、黒枯れの汚染が着実に進行していることを思い知らされたのであった。




