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接ぎ木の紋章  作者: 日置坂 唯奈
第一幕 孤独な隠居生活とエルフの少女
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第51話:増えるもの、戻ってくるもの

青い空が上空に広がり、太陽がまぶしく光っている。


レンは家の周辺を散歩していた。


ガスト達が暮らすフォレスト・オークの区画に入った時の事である。


「おい!待てよ!それは俺が食べようと思ってたんだぞ!勝手にとるなよ!」


「ちょっとぐらいいいじゃんか!俺の方が体もでかいんだし、これが平等ってやつだろ!」


「なんだと!ふざけんなよっ!」


オークの子供たちが朝の食事をめぐって一触即発の状態になっていた。


「ちょっとちょっと……一体どうしたの?」


レンがその間に割って入る。


「レン様!こいつが俺の肉を勝手に食べたんだよ!魔法でこらしめてやってよ!」


「まあまあ、まずこれでも食べて落ち着いて……」


魔法で右手の中にみずみずしい黄色い果実を生み出す。


「さあ、どうぞ。一口かじっただけでもジュースが溢れ出すよ」


優しく微笑み、二人に手渡すレン。


「うわー!ありがとう!」

「美味しそう!いただきます!」


口の中をいっぱいにして頬張る子供たち。


その時、ガストが駆け寄ってきた。


「レン殿!このような見苦しい真似をお見せしてしまい、申し訳ございません。ここのところ食料の在庫が少なくなってきたゆえ、一人当たりの量を減らしまして……」


「ガストさん……そういうことは早く言ってください。別に怒ったりしませんから」


「しかし、王にご迷惑をかけるとあっては私としてもどうしたらよいものか……」


「だからですよ。悪い報告こそ早めにすることが大切なんです。放っておいたらもっと悪化する場合もありますから。いいですか?」


「はっ!かしこまりました」


前世の営業マン時代を思い出すレン。


在庫が足りないにも関わらず新規受注をとってきた部下がいた。

結局出荷に間に合わずクレームになってしまったのだ。


早めに報告してくれれば、会社全体で出荷調整して間に合わせることもできたのに、である。


「今回は明らかに住民が増えているにも関わらず、気が付かなかった私にも責任があります。あまり気にしないでください」


「レン殿……かたじけない」


「……こうなったらやることは一つですね。食料の生産量を増やします。ガストさん、ついてきてください」


こうしてレンとガストは家の前の菜園にやってきた。


「ここの自動菜園を拡張します。人数が増えましたし、育ち盛りのお子さんもいますからね、一気に十倍以上にしようと思います」


レンは腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏(マスター・セカテール)を抜き取り、パチンと打ち鳴らす。


すると、菜園の隣の空きスペースの地面がモコモコと動き出し、あっという間にふかふかの畑の土へと変貌した。


もう一度パチンと鳴らすと、その土からあらゆる野菜の芽が飛び出し、そのままグングンと成長して実をつける。


キャベツ、玉ねぎ、ニンジン、大根、ジャガイモ、枝豆など、レンの前世でもおなじみの汎用的な野菜を次々と作り出した。


「おおお!?レン殿……!これは一体……!?」


「あ、そうだね、見るのは初めてだよね。火を通さないと食べられないものも多いけど、どれも美味しい野菜だよ」


「ああ……ありがたき幸せ!これだけあれば子供たちにも腹いっぱい食わせてやることができます!」


頭を下げるガスト。


「ガストさん、実はお野菜だけじゃなくて、こんなのも作ってみました」


レンはその手のひらにのせた葉をガストに見せる。


「これは、私の魔法で生み出した香油の葉(フレーバー・オイル)です。この葉の中には油がいっぱい詰まっていますので、遠慮なく使ってください」


「な、なんと!貴重な油をこんなにも!」


目を皿のように丸くして驚くガスト。


「なんと申し上げてよいのやら……感謝の気持ちを表す言葉が見つかりません。このご恩、必ずや上手い料理をもって返させていただきましょう。このガスト、腕によりをかけて調理いたします」


ガストはレンの前で跪き、頭を下げた。


「ガストさん、水やりまでは僕の魔法で自動化しておきますので、今後はこれらの作物のお手入れと収穫をオークの皆さんにお願いできますか?僕とリィネさんだけでは手が足りませんし、皆さんも仕事があった方がいいでしょう」


「喜んで承ります。我らフォレスト・オークにお任せください」


その時、テラスの異変を感じ取ったリィネが家から出てきた。


「……!レン様!わあ!こんなにたくさん!!また新しいお野菜ですか?」


「うん、人数が増えたからね。見てよ、この玉ねぎ、大きくて立派でしょ」


リィネは初めて見る玉ねぎを受け取ると、もの珍しそうにしげしげと眺める。

ガストも同じようにキャベツを手に取り、葉っぱを一枚ずつむいて驚いている。


その間、新しい畑にも自動灌水できるようにと、レンは用水路から蔓を伸ばす作業にとりかかった。


作業を終え、「ふぅ」とため息をつくと、レンの後ろから鼻をすする音が聞こえた。


「はわわわわっ!レン様!これ、辛いです~!涙がとまりません~!」


振り返ると、目から涙をボロボロとこぼし、鼻が真っ赤になっているリィネがいる。

その手にはガブリとかじられた跡の残る玉ねぎが握られていた。


「ごめん!言ってなかった!」


レンは慌てて水を用意し、リィネに飲ませる。

程なくして落ち着きを取り戻すリィネ。


「この玉ねぎはね、生で食べる時は薄く切って少しずつ食べるんだ。でも、火を通すと甘くなってフワフワのトロトロになるんだよ。……それで、こっちのキャベツはね……」


レンはリィネとガストに一通り各野菜のレクチャーを始める。


その時、レンの脳内に植物の伝言(ウィスパー・ネット)から情報が流れ込んできた。


「あ……っ!」


突然のレンの変調に、リィネとガストに緊張が走る。


「レン様!敵襲ですか!?」


「ちょっと待って!……違う。これは……シャノアだ!シャノアが帰って来たよ!」


レンが南側の森に顔を向けた。


「レン殿、シャノア……とは?」


「僕たちの仲間さ。人間達の国まで長期の偵察任務に出てもらってたんだ」


ガサガサガサッ!!


「……はぁっ……はあ……やっと着いた……ニャ……」


木々の間の大きな茂みからシャノアが這い出してくると、ホッとしたのかそのまま突っ伏した。


レンはシャノアの元へと駆け寄り、しゃがみこんだ。


見ると、左の肩口に大きな傷と大量の血の乾いた跡、さらに左胸のポケットには穴が開いている。


「だ、大丈夫!?」


「ちょっとヘマをしたけど成果はあったのニャ。それより……」


シャノアは目の前のレンの首に両腕を回し、その首元に自分の首をスリスリと擦り付ける。


「やっぱりこれニャ。ずっと我慢してたレン様の匂い、これが一番ニャ」


ズゴゴゴゴッ!


レンの後ろからどす黒いオーラを発するリィネ。

その目からは完全にハイライトが消え、殺意に満ちていた。


「シャノア……!帰ってくるなり何やってるんですか……命がけの任務なので許そうと思いましたが……やはり許せません。……万死に値します!」


リィネは疾風の茨弓(ブラスト・ローズ)に矢を番え、ギリギリとその弦を引き絞る。


「ちょ、ちょっと待つニャ!目がマジなのニャ!レン様!助けてニャ!」


もはや慣れ親しんだやり取りである。

元気そうで変わらないシャノアに安心するレンであった。


―――それから。


レン、リィネ、シャノア、ガストの四人はテラスのテーブルでハーブティーを飲んでいた。


「……それで、このオークは誰なのニャ」


自分がいない間に突然現れたオークに、露骨に不快感を示し、ジロリとガストを睨むシャノア。


「それはね……」とシャノアがいない間の出来事を話すレン。


「なるほど、オークとゴブリンが一緒に暮らすことになったのニャね。ガスト……私がレン様の一番ニャ。よく覚えておくニャ!」


その言葉にリィネが即座に反応する。


「シャノア!レン様の一番はこの私!リィネです!」


「お、落ち着いて二人とも!!」


両手を前に突き出して左右に振るレン。


「ガハハハハッ!嬢ちゃんといいシャノアといい、面白いなこりゃあ!」


話が進まない……。


まいったなと額の汗を拭うレン。


「それでシャノア、さっき成果があったって言ってたけど……」


「そ、そうニャ!これを見てほしいのニャ!」


シャノアはポーチから二枚の紙切れを取り出し、レンに渡した。


魔導産業連邦ガルドの『新規伐採計画書』と、バルトロ商会からの『聖者捕獲の契約書』である。


「なになに……」


書類を読み進めるレンの顔色がみるみるうちに青ざめる。

やがて、彼の手が震えだした。


「なんてことだ……軍が……そんな……」


魔導重機を使った大規模な伐採計画、それは間接的に黒枯れの汚染を加速させるということを意味するのだ。


さらに、レンの生け捕りを軍隊に依頼しているバルトロという存在が明らかになった。


「街の酒場でもそのバルトロとかいうやつの話が出ていたのニャ。魔法さえ使えれば後はどうなってもいいような事を言ってたニャ。レン様の魔法を悪用しようとしているのに間違いないのニャ」


「なるほど、レン殿の魔法は人間共にも魅力的に映るのですな」


続いて、書類を目にするリィネ。

すると、リィネもまたワナワナと震えだした。


「……万死に値します……」


リィネからは禍々しい怒りのオーラが放たれている。

その手に持つ紙はくしゃくしゃになり、今にも破れそうになっていた。


「レン様を……苦しめるものは……例え神が許しても……この私が許しません!腐った人間共め!一人残らず私の弓で射貫いてみせます!」


目を真っ赤にして怒りに震えるリィネを見て、冷静を取り戻したレン。


「お、落ち着いて、リィネさん。こうなったら、かかる火の粉は全て振り払う。それしかない。考えられる準備を全力でやるまでだ」


レンはハーブティーを一口呑み込むと、大きく深呼吸をした。


僕がここに住むみんなを守る……!


「シャノア、君が持ち帰ってきた情報は何よりも価値があるものだったよ。改めて、ありがとう」


「どういたしましてニャ」


「ところで、気になってるんだけど、その肩の大きな傷はどうしたの?」


シャノアはルグロスの街での出来事を話した。

街での情報収集、そして軍の司令部となっているテントでの人間との戦闘。


そして、左胸に手を当てて思い出した。


「リィネ……」


「なんですか?」


胸のポケットからボロボロになった小さな人形を取り出し、手のひらに乗せた。


「これのお陰で命拾いしたのニャ……ありがとうニャ……」


それは、リィネからもらった『レン様人形(お守り)』であった。


珍しくリィネに頭を下げるシャノア。


「ふ、ふん!レン様のお陰です!レン様がシャノアを守ってくれるようにと作ったものですから!」


言葉とは裏腹に、口角が上がっているリィネ。


「なんだ!リィネの嬢ちゃんも素直じゃないんだな!ガハハハハッ!」


「……っ!」


ギリギリ……。


デリカシーのないガストの発言に無言で弓を構えるリィネ。


「お、おい!嬢ちゃん!ちょっと待ってくれ!俺が悪かった!」


シャノアが戻り、森の家には賑やかさも同時に戻ってきたのである。


その後、ハーブティーを飲みながら、迫りくる人間達の襲撃、進む黒枯れの汚染に対してどうするか、話し込む四人であった。

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