第50話:リスクマネジメント
黒枯れの巨大ムカデの襲撃から数日後の朝。
空にはいつも通り太陽が昇り、森には爽やかな空気が流れている。
そんな中、レンはリビングで唸っていた。
「……このままじゃ、ダメだ」
レンはイスの上で腕を組み、大きなため息をつく。
「レン様、ハーブティーをお入れしました」
リィネがカップをレンの前にそっと置き、隣のイスに座る。
「先ほどから一体何をお考えなのですか?」
「……うん。大蛇に黒狼、そしてムカデ……黒枯れに汚染された魔物が増えているような気がするんだ。このままだと、ここも危ないような気がして……」
レンはハーブティーをすすった。
「しかし、レン様のお力があれば、あの程度の魔物ごとき相手ではないのではないでしょうか?」
「確かに今のところは何とかなっているけど。万が一のことを考えるとやっぱり怖いんだ」
レンは前世で学んだ知識をまた一つ思い出していた。
それは、リスクマネジメントである。
事業活動に大きな影響を与える負の現象に対し、どのようにしてリスクを最小限に抑えるのか、準備しておくアレであった。
「怖いのはなにも魔物だけじゃない。人間達がいつまた夜中に襲ってくるかもわからない。ここで一緒に暮らすみんなを僕は守りたいんだ」
「レン様……」
レンの強い責任感を感じ取り、言葉に詰まるリィネ。
少しの沈黙の後、リィネが力強い眼差しをキッとレンに向ける。
そのまま両手をテーブルにつき、勢いよく立ち上がった。
「レン様……!私にできる事があれば何でもお命じください!このリィネ、いざとなったらレン様の盾となって死ぬ覚悟はできております!もし、足手まといという事であれば、すぐさまに死んでお詫びします!!」
「いやいや!そういうことじゃないから!死ぬとか言わないで!」
両手を大きく振って必死に誤解を解くレンであった。
「こほん……さて、それで僕が考えているのは、外部からの襲撃に対して、もっと準備ができるんじゃないか、という事なんだ」
「準備……ですか……?」
首を傾げるリィネ。
「そう、準備。まずは簡単に敷地内に侵入されないようにする。予防が第一だと思うんだけど、リィネさんはどう思う?」
「そうですね……確かに侵入者がそもそも入ってこなければここは平和です。例えば、境界の茨に自動迎撃システムを搭載し、近づくもの全てを灰に還してしまう、というのはどうでしょうか?」
すました顔で平然と怖いことを言うリィネ。
「そ、そうだね。それは確かに安全だけど、ちょっとやりすぎじゃないかな……」
笑いが引きつるレン。
「自動迎撃だと、助けを求めに来た人も構わず攻撃しちゃうしね。境界の茨そのものを厚くしたり、背を高くすることもできるんだけど、二十四時間起動の魔法だから、あんまりやると疲れちゃうんだよね」
「それでは、茨の壁の外側に大きな穴を掘ってしまうのはどうですか?」
「……!それいい案だね!広いから時間がかかるかもしれないけど、考えておくよ!」
「はい!お役に立てて嬉しいです!」
案を採用され、リィネはニコニコとしている。
「次は侵入者が来た時の避難場所を作ろうと思う。前に作った避難通路だとそんなに大人数は通れないし、ただ遠くに逃げてもそこでまた生活に困るからね」
「ではこの大樹の上に避難場所を作りますか?」
天井を見上げるリィネ。
「う~ん……まあ、それも悪くないけど、敵に見つかる可能性もあるから、僕は地下に作ろうと思うんだ」
「地下……狭い……密室……レン様を独り占め……!」
「り、リィネさん??」
地下と聞いて何故か顔を赤くするリィネ。
「みんなで巨大な地下避難所で生活できるようにしておいて、いざとなったら避難した後に地上との入口を一旦塞いでほとぼりが冷めるまで待つのも手だと思うんだけど」
「みんなで……そ、そうですね!素晴らしいお考えだと思います!」
リィネは、勘違いしたことを悟られまいと必死に取り繕う。
「ところで、みんなで地下で暮らすとなると、お食事はどうされるのですか?」
「ああ……うん。とりあえずは僕の魔法があればなんとかなるとは思うけど……。できれば備蓄があった方が安心だよね」
レンが魔法で野菜や果物を用意するのは容易い。
しかし、大人数の分を毎回となると、それだけ魔力の消耗も激しく、好ましいとは言えなかった。
「リィネさん、長い期間放っておいても腐らない野菜とか木の実とか知っている?」
「そうですね……住んでいた村では、冬に備えて木の実を蓄えておりました」
レンは安堵した。
やはり異世界でも木の実は保存食になりうるのだ。
「そうなると、木の実の確保が課題か……。よし、じゃあ今日の午後は一緒に木の実を探しにいこうか?」
「はい!喜んでお供いたします!」
イスを立ち上がり、ハーブティーのおかわりを作りに行くリィネ。
「茨の壁の周りに穴か……深さはどれくらいがいいかな……。食糧は百人分を三ヶ月分あれば……。地下避難所の大きさは百人分だとすると……」
レンは一人呟きながら計画を練り上げていく。
「レン様、あまり無理をせず、気分転換も大切にしてくださいね」
レンのカップにハーブティーのおかわりを注ぐリィネ。
「……ありがとう、リィネさん」
ああ、前世の時もこんな気の利く部下が一人でもいてくれたらなあ、と思いかえすレンであった。
* * *
その日の午後、レンとリィネは長期保存に向く木の実や果実がないか、森の中を散策していた。
風が葉を揺らす音、動物の鳴き声、そして二人の足音。
そして、レンは呟いた。
「じゃあ、次はこの辺でいいかな……」
レンは周囲を確認すると、地面に右手をつき、周囲の植物たちから情報を集める。
受け取った情報を元に一本の木に視線を向けた。
「……うん、あそこの木の足元に実がたくさん落ちていそうだよ」
「では見てまいります」
レンが指差した方へ行き、ドングリのような実を拾い上げるリィネ。
「レン様!ありました!」
「よし、じゃあこれも持ち帰って調理してみよう」
そんな具合で様々な木の実を採取していく二人。
気が付けば南の境界まで来ていた。
ここは、二人が初めて出会った場所でもあり、侵入者がいつも入ってくるポイントでもあった。
何もないただの森のはずなのに、空気が淀んでいるように感じる二人。
「レン様、外の方から何か嫌な予感がします……」
青ざめた顔で茨の向こうを見つめるリィネ。
「え……考えすぎじゃない?何もないよ」
リィネを安心させようと楽観的に答えるレン。
そう言いつつ、植物の伝言の感度を上げ、境界の外の様子を探った。
「……っ!人間だ」
小声でリィネに囁き、その手を引いて近くの茂みに二人で隠れる。
レンは右手に魔力を込めた。
(―――カモフラ・リーフ)
光学迷彩となる布が出現し、あっという間に二人をそれぞれ包み込む。
レンは口元に人差し指を立て、静かにするようにリィネに伝えた。
その時、
ギヤアァァッ!……ァ……
魔物の断末魔がすぐ近くから聞こえた。
二人は茂みから目だけを出し、茨の向こうを確認する。
鎧兜を身にまとった複数の人間達がそこにいた。
その中でもとりわけ目を引いたのは、魔獣の死体から大剣を引き抜いている一人の戦士である。
鉄血帝国アイゼンベルクの小規模調査隊、その隊長のヴォルフであった。
重厚な銀色の鎧に身を包み、顔には大きな傷跡、目つきは鋭く、威厳と威圧感に満ち溢れている。
「樹海のこんな奥まで黒枯れに汚染された魔物がいるとはな……」
大剣についた黒枯れの泥を払い落とし、呟いている。
「おい!報告にあった茨の壁というのはこれで間違いないのだろうな!」
「はっ!間違いありません!取り逃がしたエルフおよび最近噂になっている緑の聖者はこの奥です!」
レンの鼓動が早くなる。
以前逃がした人間達とその上司だったのだ。
居場所が完全にバレていることにレンは戦慄した。
リィネは弓を取り出し、目でレンに合図する。
レンは首を横に振った。
(ここでやるか……!?いや、騒ぎを大きくしたら国を挙げて攻めてくるかもしれない。ここはギリギリまで様子見だ)
しかし、後にこの判断を後悔することになる。
ヴォルフ達はおそるおそる茨を手で触り、軽く叩いたり、大剣で試しに切ってみたりと色々と試している。
「ふむ、単なる巨大な茨だが、壁のようになっているのは魔法の力なのであろう」
ヴォルフは呟き、茨のすき間からレンたちのいる内側を覗き込む。
カモフラ・リーフの効果でレンとリィネの姿は見えていない。
しかし、レンにはヴォルフと目が合ったような気がして、心臓が跳ね上がった。
「……!」
一瞬の静寂がおとずれる。
「この森……何かがおかしい。とにかく不自然で違和感がある。深入りは禁物……だな」
ヴォルフは隊員達に指示を出すと、森の奥の方へと振り返り、歩き出した。
レンは安心し、ふぅと息を吐いた。
その瞬間。
「む……っ!」
ヴォルフが再びレンの方を振り向き、一旦おさめた大剣に手をかけた。
「……気のせいか……」
違和感を強く感じつつ、部下達に続いて森の奥へと引き返していくヴォルフであった。
―――数分後。
レンは擬態の葉を解除した。
「まいったな……ここに住んでいることが人間の国にバレちゃってるよ」
「……レン様が朝お話されていた準備が必要ですね」
「うん……」
レンは浮かない顔をして下を向いた。
もはや隠居生活どころではない。
魔物だけでなく人間からも身を守らないといけない事は明白なのであった。
次の侵入者が訪れるまでのタイムリミットが刻一刻と削られていることを、レンは冷たい恐怖と共に痛感していた。




