第49話:料理の達人
樹海の上空は雲一つない快晴、柔らかな陽射しが森に降り注ぐ。
レンが住む森の家のテラスには、木々の隙間からこぼれた光が差し込んでいた。
朝食を終え、朝の散歩を済ませて調理場まで戻って来たレンは、最近ではおなじみの光景を目の当たりにする。
「リィネの嬢ちゃん、野菜はもっと細かくしないと、火の通りも不均一になるし、食べにくいですぞ」
「あら、ガストさんはわかっておられないのですね。レン様は大きめの野菜を一口で召し上がるのがお好きなのです」
相変わらず調理の仕方で言い争っているリィネとガスト。
また、今日も仲裁か、と近寄り右手を前に出すレン。
「嬢ちゃんよ、レン殿の健康を考えるなら、この俺が王付きの料理人に相応しいだろう」
「ガストさんもしつこいですね。こうなったら、どちらがレン様の料理人として相応しいか、勝負といきませんか?」
「勝負だと!?受けて立とうじゃないか!小娘には負けませんぞ!」
レンの目の前でにらみ合う二人。
その間には火花がバチバチと散っている。
前に出した右手に火の粉が飛んだ。
「あっつっ!料理で勝負って……料理で勝負……!?」
レンは心の何かに引っかかりを覚え、前世の記憶をさかのぼった。
そして、レンの両目が大きく開かれた。
「それだ!それだよ!」
レンに営業モードのスイッチが入る。
「わかった。そこまで言うなら、どちらが僕の正規のシェフなのか、はっきりさせようじゃないか」
「レン様!」「レン殿!」
レンは魔法で黄色いパプリカを作り出し、右手に構える。
そして、正面を鋭いまなざしで見つめ、無駄に恰好をつけてかじった。
「今からここで、二人の料理対決を行う。題して―――『料理の達人』!」
「そ、それは一体!?」
キョトンとするリィネとガスト。
「今からここで二人には料理を作ってもらう。制限時間は六十分。テーマとなる食材を使うことが条件だ。審査員は僕、クロ、ゴブリンの子供たちだ」
「面白いですな。是非ともやらせてもらいましょう」
「私もです。オークになんて負ける気がしません!」
「よろしい、では今からここに『キッチン・コロシアム』を作ります」
レンは腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏を抜き取る。
周囲を見渡し、脳内に明確なイメージを広げた。
パチン、パチン、パチン、パチン。
レンが鋏を打ち鳴らし、周囲に魔力を解き放つ。
ブワアアアァァァッ!
テラスの一角が緑色の魔力の波に包まれる。
グゴゴゴゴゴッ!
地中からいくつもの板が出現し、中央のスペースを向かい合わせるように調理台と流し台、オーブンまでが一瞬で用意された。
さらに中央には大きなテーブルが出現し、その上には肉から野菜まで様々な食材が用意されている。
「うおおおっ!」
レンの魔法規模に驚きを隠せないガスト。
これくらい当然よ、と言わんばかりにガストを見下ろすリィネ。
遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「さて、二人とも用意はいいですか?」
「もちろんですとも」「いつでも大丈夫です」
「じゃあ、リィネさん、ちょっと向こうの木の根元に立って」
「はい……?」
少し先の大樹を指さすレン。
頭にハテナマークを浮かべたまま、指示された場所へ歩いていくリィネ。
到着し、レンの方に向き直る。
「ではいきますよ……よみがえるがい、アイアン・クック!!」
レンが突然大声で叫ぶと、リィネの足元から白い水蒸気が勢いよく噴射された。
煙がおさまると、リィネはそこにそのまま立っていた。
「さて、挑戦者のガストさん、今回の対決における意気込みを聞かせてもらえますか?」
レンはマイクに見立てた木の棒をガストに向ける。
「ここに来てからというもの、リィネの嬢ちゃんの料理を何度も見てきたが、あれは料理と言えるものではありませんな。レン殿の為、という自己満足しか感じられない。今回の勝負でどちらが相応しいか、白黒つけられるでしょう」
レンはリィネの元に駆け寄る。
「対するリィネさん、今のガストさんの言葉を聞いてどうですか?」
「まだまだレン様のお腹を満足させる、という事がどういう事なのかよく理解されていないようですね。ガストさんには申し訳ありませんが、自己満足に酔っているのはどちらなのか、よくわかるでしょう」
レンは中央のテーブルに戻り、布のかかっているバスケットに向かって手を伸ばした。
「ここに、本日のテーマ食材を用意しました。夏の野菜としておなじみのこちらは、生で食べてもよし、火を通してもよしの身近なものです。真っ赤なその色は食欲をそそり、一口かじれば溢れ出てくるその果汁は疲れを癒します」
それぞれの調理台の前へと移動したガストとリィネは、緊張感からゴクリと唾をのむ。
レンはそのバスケットにかかっている布を片手でバッと取り去ると、大声で叫んだ。
「……本日のテーマ食材は……これだ! 『トマト』!!」
バスケットには真っ赤に熟したトマトが積み上げられていた。
それを見た瞬間、ガストの鼻息が荒くなり、リィネのエメラルドの瞳がキラリと光る。
「|コマンセ・キュイジーヌ《調理開始》!!」
レンが大声で合図を出すと、二人は中央のテーブルに勢いよく駆け寄り、食材を選び始める。
「さあ始まりました料理の達人。リィネさんに挑戦するのはフォレスト・オークの料理人、ガストさん。個性のまったく違う二人がトマトをどう料理するのか非常に楽しみです。尚、実況解説は私、緑の聖者ことレンがお送りいたします」
リィネは中央のテーブルの中から、目的の食材を見つけ出す。
「レン様のお体はまだまだ成長期。体を大きくするのに必要な栄養と、力強さを兼ね備えているのはこれです」
「おーとっ!リィネさん、なんとここで、森に住む魔獣の極上肉を手に取ったぞ!適度な脂が肉の柔らかさと旨味を引き出している高級食材だ!」
リィネはそれを包丁でバンバンと叩き、続いてフォークでグサグサと刺し始めた。
時折、手の中でギュッとトマトを握りつぶして真っ赤な果汁を滴らせる。
「ふっふっふっ……レン様!ああ、レン様!この柔らかいお肉と真っ赤な果汁……私の愛の結晶です!お肉の脂で愛が逃げないように包み込むのです!」
……怖い。
肉をフォークで刺しながらの独り言が致命的に怖いリィネ。
一方、 ガストは、複数の野菜を並べ、一つ一つ丁寧に皮をむき、下処理を進めていた。
「こちらはガストさんのテーブル。なんと!トマトの他には数種類のキノコ、玉ねぎ、ピーマン、ジャガイモを用意しているぞ!その巨体に似合わず繊細な料理が期待できます!」
「肉が悪いとは言わんが、それは素人の浅知恵ですな。キノコは低カロリーだが栄養が豊富な優等生なのだよ。野菜も複数合わせることで栄養のバランスが整うのだ」
ガストは丁寧に下処理を終えると、一つ一つを愛でるようにフライパンに入れていき、オリーブオイルで炒め始める。
キッチン・コロシアムの周りには、いつの間にか観客が集まっていた。
ゴブリンの子供たちは「トマトー!」「お肉ー!」とはしゃいでいる。
黒狼のクロは、審査員の席に神妙な顔をして座っている。
いや、お前はただ肉が食べたいだけだろう。
「リィネさんがお鍋に火をかけグツグツと煮え立たせているぞ!リィネさん、この真っ赤なのは何を作っているのですか?」
「こちらですか?こちらは私のレン様への想いをギュッと閉じ込めたものです。グラグラと沸騰するような気持ちをあらわしているのです。急いで飲むと火傷しますよ……ふふふ……」
……やっぱり怖い。
続いて、ガストの鍋を覗き込むレン。
「トマトというのはその酸味が特徴の一つなのだ。それを生かすも殺すも料理人の腕次第。他の野菜と組み合わせることで甘味、酸味、旨味の最高のバランスを生み出すことができるってもんだ」
「こちらのガストさんのスープはリィネさんとは対照的だ!透き通った透明なスープに色々なお野菜が浮いていて、その香りは食欲をそそります!」
ガストは味見をして、うんと満足げに頷いている。
―――そうして六十分が経過した。
「……よし、そこまで!」
一時間の激闘の末、二人の料理が完成した。
まずはリィネの作品。
『情熱のトマト・ブラッディ・ステーキ』と『激熱、愛のトマト汁』。
見た目にはドン!と大きな魔獣ステーキ、その上にはトマトの果汁がたっぷりとかけられている。
無骨ではあるが、酸味の効いたソースの香りと肉の焼けた脂の香りが食欲をそそらずにはいられない。
「さあ、レン様。温かいうちに召し上がってください」
レンはステーキを一口大にカットし、口に入れる。
「……うまい!魔獣の肉はそのままだと脂が強くて食べづらい。しかし、トマトの酸味がそれを緩和し、さっぱりとさせている!……モグモグ……ご飯のおかわりください!」
隣のイスに座るクロの口からはヨダレが垂れている。
「ハッハッ……ウォン!」
クロにも一口分けると、尻尾をブンブンと振り回していた。
次にガストの作品。
『森の恵み・パーフェクト・トマト・ソテー』と『毎日飲んでも飽きない、ヘルシー・トマトスープ』。
一方、こちらは薄くスライスされた各種キノコ、丁寧に皮や種が取り除かれ、小さく食べやすい大きさにカットされた炒め物だ。
見た目には地味だが、立ち上がるキノコの香りが鼻を刺激する。
「レン殿、体の内側から食材が染みわたる優しい料理をお召し上がりください」
お箸でキノコと野菜をつかみ、まとめて口に放り込む。
「……!美味しい!噛めば噛むほどキノコから旨味が溢れてくる。それだけでなく、お野菜にもよく火が通っていて、甘味が溢れてくる。しつこくなく、お腹にやさしくていくらでも食べられる!」
ゴブリンの子供たちも、両方の料理を交互に食べて「お肉最高!」「スープおかわり!」と大騒ぎだ。
一通り食べ終えた後、レンとクロとゴブリンの子供たちは集まり、ヒソヒソと打ち合わせを始める。
「リィネさんのはちょっとやりすぎなんじゃ……」
「いや、ガストさんのじゃ物足りない……」
「ウォンッ!」
「……よし、それで決まりだ」
レンがリィネとガストの前に戻り、居住まいを正した。
「さて、判定のお時間です。二人とも、自信の程はいかがですか?」
「あんな雑で野蛮な料理には負ける気がしませんな」
「あら、そちらこそ味気のない料理でレン様が満足するとは思えないです」
リィネとガストは祈るような視線でレンを見つめる。
「発表しますっ!!」
テラスには風が吹き、遠くから動物の遠吠えが聞こえてきた。
そして、静寂が訪れる。
「―――勝者……なし! 引き分けだ!!」
「「ええっ!?」」
二人が声を揃えて驚愕した。
「リィネさん。君の料理は、『攻めの料理』だ。これから力仕事をしたい時、ガツンと食べたい時にはこれ以上のものはないよ。それに、リィネさんの気持ちが何よりうれしい」
「レン様……っ!」
「ガストさん。君の料理は、『守りの料理』だ。疲れている時、病気で食欲が出ない時はこれじゃないと受け付けないよ」
「レン殿、俺の意図をご理解いただけましたか……!」
レンは言葉を続ける。
「なにも正規の料理人が一人である必要はないと思う。その時の体調や食べたいものによって作り手も変わる。僕はそれが一番幸せだな」
二人は顔を見合わせた。
「リィネの嬢ちゃん……一見おおざっぱに見えてても、きちんとレン殿の事を考えていたのだな。よければ野菜の使い方を教えてあげよう。今度はどうやって料理に愛情を込めるのか教えてくれ」
「ガストさん……わかっていただけて嬉しいです。でも私にもまだまだ未熟な部分があることがわかりました。お野菜のこと、ぜひ色々と教えてください」
二人はお互いを認め合い、そこには新たな「仲間」としての絆が芽生えていた。
「さあ、冷めないうちにみんなで食べよう。今日は最高の宴だ!」
ゴブリンたちは歓声を上げ、クロは空になったリィネの鍋をペロペロと舐めている。 青空の下、魔法で作った即席のレストラン。 美味しい料理と、賑やかな仲間たち。
「レン様!私のお料理だけを召し上がってください!」
「嬢ちゃん!ずるいぞ!レン殿、俺のスープもどうぞ!」
……平和を取り戻せるようになるにはまだまだかもしれない。
レンは板挟みになりながらも幸せな溜息をつくのであった。




