第48話:黒枯れの巨大ムカデ
フォレスト・オークの一団を集落に受け入れ、歓迎会を開き、ガスト達がレンに忠誠を誓ったその夜。
宴は盛り上がりを見せ、賑わっていた。
オークとゴブリンは互いにワインを酌み交わし、楽しそうに騒いでいる。
「それでは始めます!種族対抗大食い大会決勝戦!よーい……スタートッ!!」
テーブルにオークとゴブリンが一人ずつ向かいあい、目の前には大量の料理が並べられていた。
合図と共に、二人はそれを次から次へと口に入れていく。
「頑張れ!胃袋の大きさと体の大きさは違うってところを見せてやれ!」
「今こそゴブリン魂を見せつけろ!」
ゴブリンたちがオーク相手に負けまいと声援を送っている。
「なんのなんの!力仕事が得意な我らに敵うはずがなかろう!力の差を思い知らせてやれ!」
「オークのプライドにかけて食べ切るのだ!」
オークたちからも力強い応援が送られている。
一方、トイレに行っていたレンはその光景を見ながら安心し、自分の席に向かう。
「それにしてもレン殿の魔法には驚かされるばかりですな」
ワインを見つめながら、改めて感心するガスト。
その言葉に、鼻高々に胸を張って応えるリィネ。
「そうでしょう!レン様の御力は神にも匹敵するのです!レン様のお傍にいられるだけで幸せになれるのですよ!」
「いやはや、その通りですわい。これだけの力を使って全ての種族と平等に生活するなど、世界広しといえど、ここしかないであろう」
「ガストさんもレン様の魅力にようやく気付きましたね!さらにはですね……」
レンは自分の席に戻ろうと思ったが、リィネとガストのやり取りを邪魔しては悪いと思い、一人で池の前に座った。
「ふぅ、みんな仲良くていいな……」
前世を思い出すレン。
中途採用で入ってきた新入社員が会社になじめず、ギスギスすることは珍しくなかった。
今思い返せば、自分の配慮や個人個人のヒアリングが足りなかったのかもしれない。
結局は退職となり、部下からの不満だけが残ることもあった。
しかし、今は違う。
魔法という能力のお蔭もあるが、皆が笑顔でそこにいる。
それだけで胸が熱くなり、涙が込み上げてくるのであった。
―――遠くから声が聞こえてくる。
「わかってません!レン様は濃い味のものが好きなのです!」
「いやいや嬢ちゃん。色んなものをバランスよく召し上がっていただくのもレン殿のためですぞ。私こそが専属料理人も相応しいというもの!」
結局またこうなるのであった……。
レンがそろそろ二人の仲裁に入ろうかと立ち上がったその時、脳内に植物の伝言から警告ともとれる植物たちの悲鳴が飛び込んできた。
『痛い……黒い泥に踏まれた』
『苦しい、息ができない!』
「くそっ!なにもこんな時に来なくても!」
それは南から迫ってくる黒枯れの魔物の気配であった。
「まずい!みんな森の奥へ避難してくれ!黒枯れの魔物が迫っている!」
レンは家の北の方を指差し、大声で叫んだ。
その場にいたゴブリン、オーク、子供たちとクロは悲鳴を上げながら一斉に森の奥へ駆け出す。
魔物はどういうわけだか境界の茨を垂直に上り、そのまま乗り越えこちらに向かってきている。
「リィネさん、戦闘の準備だ!」
「はいっ!」
レンは、腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏を抜き取り、ヒュッと一振りして片手剣モードにする。
「レン殿!この俺も力になります!お役目をくだされ!」
そこには巨大な包丁でもある大剣を手に持ったガストが立っていた。
「ガストさん!ありがとうございます!一緒に戦ってください!戦力は少しでも多い方がいい!」
すると、遠くの方から地響きが聞こえ、だんだんと近づいてくる。
ガサガサガサガサガサガサガサガサッ!
「な、なんだこれは……足音が多い!?」
植物の伝言から入ってくる情報では、足が多い一つの個体。
レンは嫌な予感を覚えた。
ギシャァァァァァァァッ!!
巨大な黒い影が木々の隙間から姿を現した。
「うっ……!」
レンはそれを見て後ずさりする。その足はガクガクと震えていた。
そこには、全長二十メートルを超える、黒枯れに汚染された巨大なムカデが無数の足を動かし、ウネウネと右に左に走っていた。
レンは虫が苦手であった。
子供のころからゴキブリはもちろんの事、バッタやカマキリ、カブトムシといったものまで触ることすらできなかったのだ。
顔面が蒼白になり、必死に動悸を抑えるレン。
その時、ガストが叫んだ。
「あれは黒枯れの巨大ムカデ!こんなところまで追いかけて来やがった!」
「ガストさん、し、知っているのですか?」
「ああ、あいつが俺たちの村を襲い、黒枯れの汚染をまき散らして住めなくしたのだ!」
ガストは大剣を握りしめ再び叫んだ。その手はワナワナと怒りに震えている。
ガストの叫び、ムカデを睨みつけるその気迫を感じ取り、レンは覚悟を決めた。
「……わかりました」
レンは一つ深呼吸をした後、吐き気を抑えつつ、営業モードのスイッチを入れる。
そして、片手剣をムカデに向かって構えた。
「アポなしのお客様にはお帰りいただきましょう―――暴れる蔓!」
ヒュッ!
レンがムカデの足元に向かって剣を振ると、地面から巨大な蔓が出現し、ムカデの腹にグルグルと巻き付いて空中に持ち上げた。
ギアアアアアッ!
巨大ムカデは空中で暴れもがいている。
「リィネさん!今だ!」
「はいっ!」
リィネは疾風の茨弓に矢を番える。
一本の矢にリィネの魔力が流れ込んでいった。
「はあっ!」
ビュウゥンッ!!
吹き荒れる突風と共に矢が飛んでいく。
バス!
ギイイイ!
矢は命中するも、黒枯れの泥に覆われたムカデの外殻は固く、大きなダメージは与えられなかった。
「……っ!」
ムカデはグイとその長い体をよじり、腹の周りの巨大な蔓に外から巻き付く。
ジュウウウウゥ!
黒枯れの泥と瘴気がレンの生み出した魔法の蔓を溶かしていく。
そして、ムカデはその強力な顎で、ガチン!と蔓を嚙み切った。
「みんな下がって!」
レンは二人に指示を出すと、再び剣を構える。
ギシャァァァァァァァッ!!
黒枯れの巨大ムカデは地面に降りると、再び三人に向かってウネウネと走り出した。
「お客様、先ほどは失礼しました。こちらの方ではいかがでしょうか?」
レンがヒュッ!と再び剣を振ると、ムカデの頭から尾までの間で均等に五本、その足元の地面から巨大な蔓が飛び出した。
そして、それぞれがグルグルと巨大ムカデに巻き付いたかと思うと、今度は地面にはりつけたのである。
ギアアアアアッ!
蔓の拘束を解こうと足をバタバタさせもがくムカデ。
押してダメなら引いてみるのも商談の基本なのだと、レンは思い返していた。
「―――この商談、そろそろクロージングとさせていただきます。……リィネさん!」
「はいっ!」
リィネが再び弓を構えたその時、
「待ってくれ!」
ガストが大きな声で叫んだ。
「頼む!俺にやらせてくれ!ここまでたどり着けなかった仲間たちの、仇を討たせてくれないかっ!」
それはガストの心からの叫びであった。
村を襲われた時、森の中を逃げさまよっている時、オークの同胞たちは何人も犠牲になっていたのだ。
リィネとガストはレンを見る。
レンは黙って頷いた。
「レン殿……恩に着る」
ガストは一言お礼を言うと、黒枯れの巨大ムカデに向き直り、睨みつけた。
「同胞の仇、今こそ討たせてもらう」
もがき暴れるムカデに歩み寄るガスト。
その右手に持つ大剣からは真っ赤なオーラが立ち上っていた。
ガストは巨大ムカデの正面まで来ると大剣を両手で持ち、ドンッ!!と地面が陥没するほどの力強い踏み込みで跳躍する。
空中で大きく大剣を振り上げ、全身の力をその一点に集中し、黒枯れの巨大ムカデの頭部に向かって振り下ろした。
「 墜天・脳天割りッ!!」
ズバアアアァァァッン!!
ギギャァァァアアアッ!
ムカデの頭は左右に真っ二つに割れ、黒い体液が噴き出す。
ギ……ィ……。
黒枯れの巨大ムカデはピクリとも動かなくなった。
ガストは大剣をおろすと、ゆっくりとレンのもとに行き、頭を下げる。
「心から礼を言わせてくれ。これで、散っていった仲間たちも浮かばれるだろう」
「ガストさん、礼にはおよびませんよ。お仲間さんたちの分まで生きていきましょう。残った皆さんが元気に暮らしていくことが一番の供養ですよ」
その時、森の奥から避難していたフォレスト・オークたちがぞろぞろと出てきた。
「ガスト様がムカデを倒したぞ!!」
「ああ!ガスト様!うちの旦那の敵を……!」
「ありがとうございます!ガスト様!」
ザワザワと騒ぎ始めるオークたち。
「皆の者!黙れ!この度の武功は我らが王、レン殿に譲ってもらったのだ!礼ならば王に述べよ!!」
ガストはその大きな手をレンに向け、オークの一族たちに叫んだ。
「我らが王!レン様!!!」
「ああ、ありがとうございます!レン様!!」
オークたちの中には土下座して感謝を示すもの、両手を胸の前で組み祈りを捧げるようにレンを見つめるものなど、思い思いに気持ちを現している。
その光景を胸を張って満足げに眺めるリィネ。
「いやいやそんな、いいですよ。普通にしててください!」
両手を前に出して遠慮するレン。
「俺は確信しました。レン殿こそが、この世界を救う、真の王であらせられると!!」
さらに周囲を煽るガスト。
(もういい加減にしてくれ!!)
レンの心の声は誰にも届かず、神格化は一方的に進んでいくのであった。




