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第4話:こだわり

巨大なキノコから光が溢れ、部屋を照らしている。


時間がわからない中、レンは目を覚ました。


「……あっ、やばい!今何時!?」


今までとは別の世界で別の人生が始まっていたことを忘れ、思わず焦る。


周囲を見渡すと木の壁、天井、光っているキノコ。そして、ほんのりと温かい床。


「そうか、そういえば転生したんだった」


全てを思い出し、ふぅっと息を吐いた。


「それにしても、時間がわからないのは不便だな……」


前世では時間に縛られ自由がなかったはずが、今となっては時間がわからないという不自由に悩まされる。


なんとも皮肉であった。


レンは少し悩み、あるものを思いつく。

腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏(マスター・セカテール)を抜き取る。


パチン。


外に面している外壁の上部に、外とつながる四角い空間が横並びにいくつもできあがった。


次の瞬間、その穴の周囲から植物の繊維が伸び、絡み合い、薄く、均一に広がり穴をふさいでいく。


日本の家屋でおなじみの、障子であった。


「これで大体の時間もわかるし、明かり取りにもなるな」


レンは満足げに頷くと同時に、今が朝であることを認識した。


「有給休暇二日目……。さて、業務開始といこうか」


昨日あれほど魔法を酷使したはずの精神も、深い眠りによって完全にリフレッシュされている。


「さて、本当は昨日やりたかったアレからやるか」


パチン。


剪定鋏を鳴らすと床から弾力を持った蔦が生い茂った。


今回はポケットコイルマットレスを、魔法で再現しようと試みた。

いつかは高級なベッドで横になりたいと、夢を抱いていたのだ。


だが、これが想像した通りにうまくはいかなかった。


ただ単にこんもりとさせるだけなら、一瞬で終わる作業ではある。

しかし、彼はそれに満足はしなかった。


自分の体重を支えるための最も理想的な反発力。

硬すぎず、柔らかすぎない。長時間寝ていても疲れることがない。


ベッドである以上は毎日使うのは必然である。

マットレスとしての耐久性も確保できる繊維の密度まで計算していく。


「……うん、ちょっと硬いな……いや、これじゃ柔らか過ぎてかえって疲れちゃう……」


調整しては試しに寝てみる、その作業をひたすらに繰り返す。


パチン、パチンと何度も鋏を振るう音が、広い空洞に響き渡っていた。


「よし、完璧だ……究極のベッドの完成だ」


試行錯誤の末、非の打ちどころのない寝具を作り上げていた。


気が付けば太陽はすでに天高く昇っていた。


出来上がったばかりの、吸い付くような弾力のベッドに身を沈める。

その瞬間、不意に懐かしい情景を思い出した。


子供が大きくなり、引っ越したばかりの頃、家族全員で大きな家具屋に行き、一番高級なベッドの上で跳ねて遊んでいた子供の笑顔。


―――娘は元気だろうか。


(……こんなことになってしまって、ごめんな)


自らの意志ではないとはいえ、娘への贖罪の気持ちが胸をかすめる。

それと同時に、一人でいることへの孤独感に襲われ、深呼吸をした。


* * *


午後。

早速作ったばかりのベッドで昼寝を堪能した後、隣の部屋であるリビングへと移動した。


部屋の中央には太く逞しい切り株がドンと鎮座している。


「リビングといえば中心にはテーブルが必要だよな」


前世から、リビングは家族の団らんを象徴する場所。


一人で使うことの多かったテーブルであったが、今度は一人でしか使う予定はなかった。


であれば……。


パチン。


彼はその切り株を、テーブルへと削り出し始める。

ここでも彼は一切の妥協を許さなかった。


最初に想像したのは一枚板の長方形のテーブルであった。

しかし、今回の素材は円状の切り株である。


すぐに方針を修正し、丸いテーブルへと形を整える。


ただの円柱では足を入れるスペースがなかった。


そこで、一本の大きな柱、その上に分厚い円盤がのっかっているような構造に仕上げていく。


高さはどれくらいがいいかな。


先に椅子を作って座れば、高さの目安がわかるか……。


そう考え、椅子を魔法で作り出してから高さを調整する。


角が立っているとぶつけた時に怪我をするかもしれない。

角を丸くしておこう。


ついでにテーブルの硬さも柔らかくし、なるべく痛くないようにしておこう。

リスクマネジメントはビジネスの基本だからね。


形ができただけではまだ満足とはいかなかった。


前世で見た高級なテーブルは一様に表面がツルツルとしていた。

この世界にヤスリはない。


魔法の力でテーブル表面の木の繊維をスベスベにしていった。


次は撥水加工だ。テーブルの上には食事が並ぶことになるだろう。

水やスープをこぼすこともあるかもしれない。


水を弾く植物の葉を思い出し、テーブル表面の繊維に接ぎ木していく。


パチン、パチン、パチン。


鳴りやまない剪定鋏の音。


このテーブルの作成だけで、さらに数時間を費やしていた。


レンの職人魂ともいうべき執念に完全に火がついていた。


ふと、部屋を照らす障子の光が、琥珀色に変わっていることに気づいた。


「……あれ?もう、こんな時間か」


テーブル作りに夢中になり、時間を忘れていたことに気づく。


物理的な重労働をしたわけではない。

だが、趣味に思い切り時間を使ったあとの気持ちの良い疲労感。


「……今日はここまでにしておこう。」


レンは満ち足りた独り言をつぶやいた。


そして、外に出て前日と同じように果物を口にし、水を飲む。


「ふう、生き返るな」


しかし、何かが足りない感覚が拭い去れなかった。

この美味しいフルーツを誰かと分かちあいたい……そんな想いが頭をめぐる。自然と家族の事を思い出していた。


ずっと憧れていた自分だけの時間だが、手に入るとまた違うものがほしくなる。

複雑な胸中であった。


寝室に戻り、ベッドに深く身を沈めた。


自分の明確な意思で、前世のこだわりと魔法の力を結集して作り上げた、世界にたった一つの家。


誰かに認めてもらうためではない。

上司に報告するためでも、顧客に納得してもらうためでもない。


ただ自分が「最高だ」と思える空間を、自分が納得いくまで時間をかけて作り上げる。

その達成感は、数億円の契約を取った時の興奮よりもずっと穏やかで、ずっと深い充足を彼に与えてくれた。


「今日は疲れたな……明日はどうしようか」


明日の事は明日考えよう。別に急ぐ必要はもはやどこにもなかった。


外は暗くなり、キノコの光に満ちた部屋で、レンはゆっくりと目を閉じた。


* * *


――しかし。


彼が今日一日、自分の理想を追求するためにこの大樹の中で使い続けた膨大な魔力。

それは、静かな森の生態系に、巨大な石を投げ込んだような凄まじい波紋を広げていた。


「……ん?」


森の奥深くから不穏な空気を感じる。


「……なんだろう?」


特に何かあるわけではない。

大きな音がしたわけでもなく、地面が揺れたわけでもない。


ただなんとなく、何かに追いかけられているような、焦燥感が胸を走る。


前世で理不尽なクレームが発生し、一秒でも早く解決しないといけないような、そんな感覚。


たった一人、大樹の穴の中にポツンといることが改めて浮き彫りになっていた。


一人で自由気ままに生きていくと決めたはずが、一人でいることの寂しさをかえって強調してくる。


レンはまだ気づいていなかった。

彼がこだわり抜いて作り上げたこの家が、樹海の中では圧倒的に異質なものであることを。


そして、その魔力に引き寄せられるように、森の奥深くから「運命を変える客」がすでに動き始めているということを――。


右手の紋章が淡く輝いていた。

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