第3話:居住空間
大樹の空洞の中は、濃密な木の香りで満たされ、雨上がりの午後のような、ひんやりとした空気であふれていた。
直径三十メートルはある巨木の内部。
レンはここをリフォームすべく、頭の中で作戦を練っていた。
「……さて。このままじゃ不便だからね。整えさせてもらうよ」
レンは、この空間に勝手に手を入れて改造してしまうことを申し訳なく感じたのか、大樹に話しかけるように呟いた。
魔法の力をフルに使い、快適な空間を作り出そうという想いが湧き上がり、ワクワクがとまらない。
せっかく手に入れた力、一人だけの自由な空間、誰にも邪魔されない趣味の時間となっていた。
快適な住居にするためにはまず、「床」を整えなければならない。
今の床は巨大な木の節や年輪が不規則に隆起し、ガタガタで歩くのも難儀するさまであった。
「……床と呼べたもんじゃないな、これじゃ」
レンは足元を見下ろして、苦笑を漏らした。
これでは家具は何も置けないし、そのまま寝転がろうものなら、一晩で背中や腰を痛めるのは火を見るより明らかだ。
「よし、いくぞ―――森の理」
レンは床に手をつき魔力を一気に流し込む。
だが、その瞬間だった。
ズズズンッ!と大きな穴が開いてしまった。
「あれっ?」
隆起しているところを平らにならそうとしたのだが、どうやら魔法の出力が強すぎたらしい。
「……なるほど。これ、大は小を兼ねるとはいかないみたいだな。悪かったね大樹さん」
彼は苦笑しながら、右の手のひらを見つめた。
これまでは、何も考えず本能のままに魔法を使っていた。
緻密な作業をやるときは加減の調節が必要だった。
「今度はもっと丁寧にやらせてもらうよ」
レンはもう一度床に手をつき、魔力を流し込んでいく。
先ほどとは違い、ゆっくり丁寧に、大きくあいた穴を修復し、平らにするイメージを手を介して送り込む。
すると、大きくあいた穴が、底の方から隆起し、滑らかで平らな床へと変化していく。まるで前世の家にあったフローリングの床のようであった。
「うん、これだな」
次は周囲の床面全体を意識して手から魔力を流す。
ボコボコしてまともに歩くのも困難な床が、大きな切り株を残し、滑らかで美しい床へと変わっていった。
「よし……。これでようやく、家具を置けるようになったぞ」
見渡す限りの完璧な水平面を確認し、レンは満足げに頷く。
もう楽しくて仕方がない、自分の作った床の出来の良さに自己満足していた。
「次はどうしようかな……このままじゃ広すぎるか……」
見ると、部屋は直径にして三十メートル以上はある。
「うん……リビングダイニングと寝室くらいは分けたいな……」
部屋をぐるりと見渡し、部屋のおおよその位置と間取りをイメージした。
「今度はこれを使ってみよう」
今度は開拓者の万能剪定鋏をホルスターから抜き取り、使ってみる。
毎回床に手をつくのも悪くはないが、屈伸運動は疲れるのであった。
パチン。
鋏を打ち鳴らす音が響く。
すると、平らになった床から、仕切り壁となる木の板がせり出し、天井まで届いた。
「素晴らしい……」
剪定鋏を使うことでも魔法が使える自分の力に酔いしれるレン。
「次はこれだ」
パチン。
緑色でふわふわとした弾力のある苔があっという間に床を覆い尽くしていく。
靴を脱いで踏みしめると、それは所謂「カーペット」であった。
最高級の絨毯を床一面に一瞬で敷いたのだ。
「……すごい力だな」
自分の持つ魔法の力に、自分で驚愕した。
家づくりの満足感と共に、どことなく自分自身への恐怖をも感じる。
そんな折、ふいに刺すような冷気が撫でた。
「ん……?」
見やると、いつの間にか外は薄暗くなってきている
森の夕暮れは釣瓶落としだ。
「……寒っ。……そうか、夕方なんだな」
急激な気温の低下に、レンは思わずコートの襟を合わせ、肩をすくめた。
外の森から流れてくる冷気が、大きく開いた大樹の入り口から室内に入ってくる。
周囲は少しずつ暗くなり、手早い作業が求められていた。
「外壁を作らないと…….」
レンは急いで鋏を構えた。
パチン!
鋭い裁断音が響く。
先ほどの仕切り壁と同じ要領で、大樹の開放部の床から壁がせり上がり、天井まで覆う。
一部は玄関扉として機能するような壁となっている。
パチン!
次はその壁の手前の床から細い蔓が無数に生えだした。
そして、床から上に向かって壁沿いに絡み合いながら天井まで伸び、壁面全体を覆っていく。
さながら蔓を編み込んで作った断熱材であった。
「……よし。これで凍える心配はない」
そうは言ったものの、外界からの光が遮断され、部屋は真っ暗になっていた。
―――かに思えたが、部屋のあちこちで緩やかに何かが光っている事に気が付いた。
「これは……キノコか」
レンは即座に閃き、剪定鋏に魔力を通した。
「森の理・光るキノコ」
パチン。
すると部屋に自生していたキノコがグングンと大きくなり、レンの背の高さと同じくらいまで成長した。
更に、光も強くなり、部屋の中を照らしている。まさにスタンド型の照明である。
レンは自分の作業に言いようのない満足感を覚え、悦に浸っていた。
だが、慣れない魔法を使って1日中作業をしていた為か、体から限界を告げる信号を感じ取っていた。
「今日はもう、ここまでかな」
レンは重い足取りで寝室へと向かうと、床に敷いた苔の一部に保温性に優れた発熱の葉の繊維を接ぎ木した。
パチン。
すると、足の裏からふかふかで温かい感触が伝わってきた。
「……できた……」
レンは、そのまま床に寝転んだ。床暖房の完成である。
モフモフで温かい床に癒されると、レンは眠気に襲われた。
前世では決して許されることのなかった「寝落ち」という儀式。
全てから解放され、幸せの絶頂を噛みしめていた。
「ああ……この世界最高……このままずっと、ここで生きていこう」
レンはこの贅沢な時間にいつまでも溺れていたく、軽く手を握りしめた。
眠気に任せてそのまま寝てしまおうと、ウトウトとしていた時、ふと思い出した。
(『助けて』そういえばこの世界に来るときにそんな事をお願いされたな)
しかし、今のレンにはそのことについて考える余裕はなかった。
ただ、この時を心から堪能する事に一生懸命であったのだ。
寝ているのか起きているのかわからない中、先ほどと同様、右手に刻まれた『紋章』から、単なる疼きではない、嫌な未来を予感させるような熱を感じる。
少しずつ、森に異変が迫りくるのであった。




