第46話:新たなライバル
ガスト達フォレスト・オークの一団を敷地に受け入れたレン。
彼らと共に自宅の近くにいた。
木々の隙間からは温かな陽射しが差し込み、森の中を照らしている。
「この辺でいいかな……」
レンは周囲を見渡すと、うんと頷いた。
そして、開拓者の万能剪定鋏を腰のホルスターから抜く。
レンは鋏を前方の地面に向けて構えた。
「―――森の理」
パチン。
レンは剪定鋏を鳴らし、その膨大な魔力を大地に流し込んでいく。
すると。
ズズズズズ……ッ!!
大きな地鳴りが鳴り響いた。そこに生えている木々が移動し、規則正しく並んでいく。
次に、それらの枝が伸びて絡み合い、大きなテントがいくつも作られた。
ゴブリン達が使っているのと同じ、『仮設キャンプ場』が完成する。
「なんてことだ!」
「信じられん」
オーク達は奇跡のような魔法を目撃し、どよめいた。
オーク達はできあがったテントにおそるおそる入り、中を確認したあと、荷物の整理を始める。
「レン殿、このような立派な家まで用意していただき、感謝する」
ガストは頭を下げた。
「そうです。レン様にもっともっと感謝しなさい!あなた方にはこの聖地にとどまる事を許されただけでなく、雨風を凌げる住居まで用意していただいたのです。レン様の持つその御力と、偉大なるお心遣いを崇めるべきなのです」
リィネは新興宗教である「レン様教」の布教活動に忙しいようだ。
「他に足りないものはありませんか?」
「次から次へとすまない、レン殿。勝手なことを言うようで悪いんだが、調理場はないかな?仕事をさせてもらいたい」
レンは予想外の返答にキョトンとし、ガストの顔を見返す。
「仕事……ですか?」
「ああ、ただで居座らせてもらうのは性に合わないんだ。俺はこの包丁で、村の中では調理人としてやってきたのでね」
そう言って背中の巨大な包丁を指さすガスト。
「なるほど、ありがとうございます。そういうことならお安い御用ですよ」
「礼を言わせてもらうのはこっちの方だよ、レン殿」
しかし、それに反対するものが一人いた。
「レン様!調理場など必要ありません!レン様のお食事をお作りするのは、このリィネ一人で十分ではありませんか!」
嫉妬心を隠そうともせず、堂々とレンに訴えるリィネ。
「あ、ああ、リィネさん、ありがとう。僕はリィネさんの手料理、とても好きだよ。でも、敷地にいるゴブリンやオークの皆さんの食事を一人で用意するのは難しいんじゃないかな?」
手料理が好きと聞き、リィネの顔がパッと明るくなる。
「さすがはレン様!集落全体の食事の事までお考えだったのですね!是非とも調理場を作りましょう!」
リィネはまるで自分が調理場を提案したかの様にフンっと鼻息を荒くしていた。
目の前ではゴブリンの子供たちが、早くもオークの子供たちと一緒に遊んでいる。
「では、インフラは家の周りに集中しているので、向こうに戻りましょう」
レン達は家の前まで戻り、調理場の作製に取り掛かる。
「これだけの大人数の料理を作るなら……一人では大変だろうから……いや、大きすぎても使いづらいのか……よし、大体こんなもんだろう」
パチン。
レンが剪定ばさみを打ち鳴らすと、地面から木の板がせり上がり、大きな調理台を形成していく。
複数人でもゆったりと使える巨大な調理台がそこに出現した。
そして、そのまま、水が流れ出る洗い場も自宅に作ったものと同じ要領で作り上げた。
「おおお!あっという間にこのようなものまで作るとは!」
「そうです!レン様の御力は神にも等しいのです」
リィネの力説に苦笑いするガスト。
「火を使う場合は、空いているスペースに石を積み上げて使ってください」
「レン殿、かたじけない。俺が責任をもって皆を満足させる料理を作ってみせましょう」
こうして家の脇に屋外調理場ができたのである。
「じゃあ早速だけど、今日の僕の夕食もお願いしようかな」
「かしこまりました。喜んでお作りしますぞ」
仕事を与えられ、満足するガスト。
しかし、それを面白く思っていないものもいた。
―――その日の夕方。
屋外調理場には、ひと際気合を入れて包丁を握る少女がいた。
トントントントントントントントントンッ!!!
凄まじいスピードでまな板を叩く音が響き渡っている。
無表情のまま大根を微塵切りにしているリィネがそこにいた。
彼女の背後には、ズゴゴゴゴ……と凄まじいオーラが漂っている。
「リ、リィネさん……?」
レンはその気迫に押されつつ、恐る恐る声をかけてみる。
「レン様……ここは私にお任せください。レン様のお腹を満足させることができるのは、このリィネしかおりません」
リィネはその手を一切とめることなく、淡々と返事をする。
トントントントンッ!!
大根が、瞬く間にみじん切りにされていく。
「リィネの嬢ちゃん、今日の夕食は俺がレン殿に任されているんだ。それに、これだけの大人数の分も、本当に作るつもりなのかい?」
「レン様のお腹をいっぱいにするのは私に与えられた崇高な役割。レン様の味の好みは私が一番よく知っています」
ガストは巨大な包丁を握り直し、レンの顔色をうかがう。
「リィネさん、僕もせっかくだからガストさんの料理も食べてみたいんだけど……」
トントントントン……トントン……トン……。
リィネの手が止まる。
そして潤んだ瞳をレンに向けた。
「れ、レン様……。レン様は私の作るお料理がお嫌いなのですか?私よりもこのオークを選ぶのですか?もし、そうなのであれば、私はもう生きてはいけません!今までご迷惑をおかけした罪を、死を持って償います!」
包丁を持った手をブルブルと震わせながら訴えるリィネ。
「ストップ!ストップ!そ、そうじゃない!リィネさんのお料理は大好きだよ!」
冷や汗を大量にかきながら必死にリィネをなだめるレン。
あきれ顔のガスト。
「―――わかった。じゃあ、僕の分はリィネさんが作ってよ。他のみんなの分はガストさん。それで、ガストさんのお料理も少しだけ味見程度にもらえればそれでいいから、どうかな?」
「そ……それなら……」
レンの提案により、その場はおさまった。
ふう、危ないところだった。
意見が衝突するときはお互いの顔を立てつつ着点を模索する、前世の上司としての経験が役に立ったのである。
しかし、
「おい、嬢ちゃん、塩入れすぎじゃないか?入れすぎは不健康だぜ」
「これくらいでちょうどいいのです。レン様のお好みにご不満でもあるのですか?」
二人の視線がレンに向く。
右を見れば、巨大包丁を構える巨漢のオーク。
左を見れば、静かな殺意を放つハイエルフ。
どちらもレンの為を思っているだけに複雑である。
「わかったわかった。ちょっと味見させて、僕が決めるから……」
レンが必死に仲裁に入るが、二人の間にはバチバチと火花が散っている。
かくしてリィネに新たなライバルが出現することとなったのである。
その夜。
レンはテラスにテーブルをいくつも作り出し、皆で歓迎の食事会を開いた。
ゴブリンとオークが一つのテーブルを囲み、食事をしている。
この世界において、複数種族が一緒に同じものを食べることは、極めて稀な事であった。
「いやあ、オークの皆さんは立派なお体をお持ちで、羨ましい限りです」
「なに、でかいだけで別に何の役にも立たんのですよ。それより、ゴブリンの皆さんこそ知恵がありますからな」
その大人たちの脇では、昼間に続きそれぞれの子供たちが一緒に遊んでいる。
今度は黒狼のクロも混ざっていた。
「ようし!じゃあ次は、俺たちゴブリン組とお前らオーク組で、どっちが先にクロをつかまえられるか勝負だ!!」
「いいぜ!受けて立つ!負けたら罰ゲームな!……よーい……ドン!」
子供たちは逃げるクロを追いかけ、あっという間に遠くへ行ってしまった。
その様子を大人たちもまた微笑ましく見守っている。
一方、リィネの視線を気にしつつ、ガストの料理を遠慮がちに食べるレン。
そのテーブルにはどことなく不穏な空気が漂っていた。
「うん!美味しいよ!ガストさん!さすがは料理人だね……も、もちろん、リィネさんのも僕の好みがよくわかっててくれてるし、美味しいよ」
「レン殿に喜んでもらえて何よりです。この大剣は、料理の時には魔物の骨をも砕く包丁として使っているのです」
「そんな大きな包丁では、繊細なお料理や味付けは難しいのではないでしょうか?」
まあまあ、とリィネをなだめるレン。
「ところでガストさん、お酒はお好きですか?」
「もちろんですとも。酒が嫌いなオークなどおりませんよ」
レンはニヤリと笑い、小さな木樽を取り出した。
それは先日仕込んでおいた秘密兵器である。
「ぐふふふ……とっておきがありますよ。一緒に飲みましょう」
レンはその樽からルビー色に輝く液体をコップに注いでガストの前に差し出した。
「こ、これは……」
ガストは至高の果実酒を見て、思わず息を呑む。
「これは僕が魔法で作った果実を発酵させて作った果実酒です。美味しいですよ」
その透明な赤い液体からは、今まで嗅いだこともないような芳醇で濃厚な甘い香りがガストの鼻を刺激した。
「これは……たまりませんな……」
「さあ、飲みましょう!乾杯!!」
レンは自分のコップをガストのコップに軽く合わせると、グイと飲んだ。
ガストはそのレンの姿をみて、おそるおそる口に含んでみる。
「――ッ!!」
ガストの目が大きく見開かれる。
程よい渋みと甘さ、そして酸味のバランスが調和され、嫌な雑味が一切ない。
とても酒とは思えないような洗練された味だが、確かにアルコールは入っているようで、体が熱くなる。
(こんなうまい酒を作り、俺のようなものにまで分け与えてくれるとは……!)
ガストはコップに残ったワインを一気に飲み干した。
「が、ガストさん……?」
「レン殿、少しだけお待ちいただけますでしょうか?」
ガストはそういうと、フォレスト・オークの長老たちを集め、何やら話を始めた。
「レン様、これはそんなに美味しいのですか?」
リィネがワインを見て飲みたそうな顔をして聞いてくる。
「リィネさんにはちょっと早いかな、前みたいにフラフラになって倒れちゃうといけないから、もっと大きくなってからにしようか……」
「そうですか……」
残念そうな顔をするリィネ。
そうこうしているうちに、ガストが長老たちを連れて戻ってきて、レンの前に膝をついて深々と頭を垂れた。
「レン殿。この地への我々の受け入れだけなく、住居の手配、さらには食事、そしてこのような酒まで振舞っていただき、もう俺一人の命だけでは恩を返しきれません。ですから、我らフォレスト・オーク一族は、今日この時より、貴方様に絶対の忠誠を誓うと約束します!!」
「……え? 忠誠?」
「このガスト、レン殿を我らが『王』と仰ぎ、粉骨砕身働くことを誓いますぞ!!」
「いや、ちょっと、王は言い過ぎだって!」
「レン殿、そう遠慮はせず、なんなりとご命令をお申し付けください!」
レンが必死に断れば断るほど、深謀遠慮の王であると肯定されていくのであった。
こうして、レンはまたしても望まぬ忠誠を獲得してしまったのである。




