第42話:家族
シャノアが長期偵察へ出てから数日後。
雲一つない快晴の空。
森には陽射しがさんさんと降り注いでいる。
森の家はこの数日間、何事もなく穏やかな時間が流れていた。
しかし、この日はそうではなかった。
「ふわあ~……ん……おや?」
いつも通りの朝をむかえたかと思ったレンであったが、植物の伝言にわずかにノイズのようなものを感じ、感度を上げてみた。
境界の茨のすぐ外側に、大勢の気配を感じる。
どうやら悪意のある集団ではなさそうだ。
「レン様、おはようございます」
朝食の準備を済ませ、寝室にレンを起こしにリィネが入ってきた。
「リィネさん、おはよう」
「レン様、お食事の用意ができております」
「うん、ありがとう。今日は朝食の後に、茨の壁の辺りに偵察にいきたんだけど、一緒にいいかな?」
リィネは「はい」と笑顔で頷いた。
二人は朝食を済ませると、南の境界に向かった。
後ろからは黒狼のクロとゴブリンの子供たちもついてきている。
しばらく歩き、境界の地点に辿り着いた。
茨の隙間から外側をみると、そこには見たことのない光景が広がっていた。
ポツポツと、大きな枝と葉を組み合わせただけの、簡易な「テント」のようなものが立ち並んでいたのだ。
「いつの間にこんな……」
目を凝らしてよく見ると、ゴブリンの家族だけでなく、ネズミのような小動物までいる。
「レン様、これは一体……?」
「いや、僕にもちょっとわからないな」
呆然と見渡すレン。
すると、一人のゴブリンの女性が近づいてきた。
「聖者様!どうか、私たちを助けてもらえませんか!」
その時、レンの後ろにいたゴブリンの子供が叫んだ。
「母ちゃん!!」
「お、お前!こんなところにいたのかい!……ああ!聖者様!ありがとうございます!うちの子供を匿っていただいてたのですね!」
レンはとりあえず茨の壁の一部を消去し、ゴブリンの女性を中に入れた。
よくよく話を聞いてみると、南から黒枯れの汚染が進み、集落全員で新しい拠点を探して旅をしている最中、子供たちがはぐれてしまった、という事であった。
「父ちゃん!」
「兄貴!」
あちらこちらで感動の再会が始まった。
しかし、一人だけ、辺りをキョロキョロとしたまま、困ったような子供がいる。
先ほどのゴブリンの女性がその子に近づき、申し訳なさそうに口を開いた。
「ああ……ごめんね。君のお父さん、お母さんを黒枯れの汚染から守れなかったの…….」
「え……なんで……う……うわあぁぁぁっ!」
皆がどう接してよいかわからず、ただ見守っていた中、レンはその子の前までいき、膝をついて、まっすぐ彼を見つめた。
そして、その子の背中に手を回し、やさしくさすった。
「今まで何も気づいてあげられなくて、ごめん。でも、僕は君のことをもう家族だと思っている。君さえよければ、これからも一緒に暮らそう」
「う……うわあぁぁぁっん!」
レンの言葉を聞いて、また泣くゴブリンの子供であった。
しばらく、各家族の再会を見届けるレン。
すると、リーダーと思わしきゴブリンの男が近づいてくる。
それを見たゴブリンの大人たちが示し合わせたようにその男の後ろに並んだ。
ゴブリンの男が両膝を地面につき、胸の前で手を組み、レンを見上げると、後ろにいるゴブリンたちも皆同じ姿勢をとった。
「緑の聖者様、我々の子供たちを保護していただき、誠にありがとうございました。集落を代表して御礼申し上げます」
その男は頭を下げ、組んだ手を頭上に上げる。
「いや、別にいいですよ。困っている子供たちを助けただけです」
レンは営業スマイルを見せながら答える。
「聖者様、ひとつ、お願いがあるのですが……」
「ん?」
レンは嫌な予感がした。
この感じ、前世でも経験があった。
一見友好的に見せ、何かを要求してくるパターンだ。
そう、値引き要求の時、さんざん商品を褒めていい気になったところで、お願いしてくるやつじゃないか……。
「この茨の内側に、我々も住まわせてもらえませんでしょうか。元々いた集落は黒枯れに汚染され、住む場所が無くなってしまったのです。我々を……奴隷として使っていただいて構いません。なにとぞ!」
頭を下げるリーダー。
それに真っ先に反応したのはリィネであった。
「あつかましいです!ここは神のごとき力をもつ森の守護者、レン様の聖地!あなた方のような下等な種族のものが居座っていい場所ではありません!控えなさい!」
レンの方に顔を向けるリィネ。
「レン様の代わりに言ってやりました」というドヤ顔を見せるリィネ。
言葉には出さずとも、「やっぱりだめだったか」と諦めムードの漂うゴブリンたち。
しかし、急な展開にレンは戸惑っていた。
「ちょ、ちょっと待って。突然言われても、そんな大事なこと、すぐに決めれないから……」
腰に手をあて、ふぅと息を吐いて思考を回すレン。
断れるものなら断りたい。
できれば一人または二人で静かに暮らしたいんだけど。
でも……
レンはゴブリンたちと奥のボロボロのテントをチラリと見る。
彼らは間違いなく困っている。
住む場所もないって……。
そして、僕を頼ってきている。
食べるものは菜園を拡張すれば何とかなるか。
生活するための敷地は十分にある。
それに、ゴブリンの子供たちとはもう家族だと思っていたし。
ここまできて彼らを見捨てるのも……。
そんなことをしたら後悔するかもしれない……。
情けは人の為ならず……か。
レンはもう一度ゴブリンたちの顔を見て、「よし」と決意した。
「……わかりました。あなた方を受け入れます」
「へ?よ……良いのですか?あ、ありがとうございます!!」
ゴブリンのリーダーの男は頭を深く下げ、後ろにいたゴブリンたちもそれに続いた。
「レン様、本当によろしいのですか?ゴブリンですよ?」
「ああ、僕には彼らを見捨てる事はできないよ。僕を頼ってここまで来てくれたんだ。僕が彼らの力になれるなら、それはそれで嬉しいんだ」
「……レン様のその優しさ、懐の深さに気が付かず失礼しました。このリィネ、自分の浅はかさを恥ずかしく思います。……ゴブリンたち!レン様のお慈悲に感謝しなさい!」
結局こうなっちゃうんだよな。
部下から頼られれば何でもやってしまい、後で悔やむこともあった。
しかし、何だかんだそんな自分が好きなレンなのである。
「さあ、みんな入ってください!子供たち、皆さんを家の方まで案内して」
レンは壁の内側に皆が入ったことを確認し、境界の茨を元通りに戻した。
家の前まで来たところで、噴水の池や様々な実や野菜が成っている菜園を見て、驚くゴブリンたち。
呆然と立ち尽くすもの、池を眺めるもの、レンを神様と勘違いしているのか、家に向かって祈りを捧げるものもいる。
レンも家の前まで戻ってきた。
「リィネさん、少し手伝ってくれるかな」
「はい、レン様。ここにおります」
レンはテラスに大きなテーブルを魔法で作りだす。
そして、リィネが菜園から収穫したイチゴやエナジー・ベリーを皿に乗せ、テーブルに並べていく。
「さあ、皆さん、こちらへどうぞ」
ゴブリンたちはおずおずとイスに座った。
「どうぞ召し上がってください」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ、遠慮しないでください。食べ物は魔法でいくらでも用意できますから」
ゴブリンの子供たちが慣れた手つきでイチゴを食べると、大人のゴブリンたちも真似をして食べる。
「あ……あ……ああ……」
「な、なんだこれは……!」
あるゴブリンの夫婦は抱き合って涙し、ある者は驚きつつも次々と口にいれていた。
それぞれが思い思いに感動し、幸せそうであった。
「ほら、どうぞ、食べて」
レンはその手のひらに果実をのせ、小動物にも分け与えた。
「……結局、こうなっちゃうんだよなぁ。一人で生活する予定だったのに」
自嘲気味に呟くレンの隣に、リィネがそっとしゃがみ込む。
「レン様は争いを好まず、隠れることを望んでおられます」
リィネも小動物たちに果実をあげる。
「ですが、レン様。その優しさが、結果として傷ついた皆を惹きつけるのです。……私もその一人なのです」
リィネは少し照れながら、笑顔を見せた。
「私が困っている時、いつも手を差し伸べてくださるレン様は、私にとってはなくてはならない存在なのです」
「……そんな立派なもんじゃないよ……。ただ、頼まれると断れない、困っている人をほっておけないお節介さ」
小動物たちは果実を食べ終えると、レンから離れていった。
「さて、次の作業をやっちゃおう」
レンは立ち上がり、普段ゴブリンの子供たちが暮らしているエリアへと足を運ぶ。
「よし、ここでいいかな」
周囲を見渡し、呟くレン。
地面に右手をそっとつき、その大地へと膨大な魔力を流し込んだ。
ズズズズズ……ッ!!
地鳴りとともに、木々が移動し、規則正しく並んでいく。
そして、木々の枝が伸びて絡み合い、天然の大きなドーム型のテントがいくつも作られた。
あっという間に、『仮設キャンプ場』が完成する。
「おおぉぉ……!」
ゴブリンたちが、信じられない奇跡を目の当たりにしてどよめく。
「ここのお家は自由に使ってください。もし足りなければ追加します」
その言葉を聞き、彼らは一斉にレンに向かって土下座を始めた。
ゴブリンのリーダーの男がレンに近づき、目の前で土下座する。
「聖者様、食料に住む場所まで与えていただき、心から感謝申し上げます」
「そんな、土下座までしなくていいですよ。もっとラクにしてください」
「ははあっ!」
土下座で返事をするリーダー。
「僕たちは向こうの大樹の方に普段はいますので、何かあったら遠慮なく声をかけてください。これからよろしくお願いします」
一人で静かに暮らす予定だった森の家は、いつの間にか、行き場を失った者たちを保護する巨大な「聖域」へと変貌しつつあった。
しかし、暖かな焚き火の周りで、ゴブリンの子供が安堵の表情で眠りに落ちる姿を見た時、
静かな満足感を覚えるのであった。
「まあ、いっか。……たまには、こういう仕事も悪くない」
人間の欲望が引き起こした『黒枯れ』の脅威は尚も迫っているが、ここには確かに温かな命の火が灯り始めていた。




