第40話:救援部隊
穏やかな晴れの日、暖かな陽射しが森に降り注いでいる。
レンとリィネはテラスに立っていた。
「クロ!いくよ!それっ!」
レンが木で作った骨形のオモチャを遠くへ投げる。
「わふっ!」
それを見たクロがダッ!と走り出す。
落下地点まで行き、オモチャを咥え、戻ってくる。
「よしよし。クロはいい子ですね。どこかの駄猫とは大違いです」
戻ってきたクロの頭をなでるリィネ。
森の庭には平穏な時間が流れている。
その時、見張り塔から、駄猫……もとい、シャノアが勢いよく降りてきた。
「レン様!大変だニャ!」
「どうしたの、シャノア。そんなに慌てて」
レンはオモチャを投げようと構えていた腕をおろす。
「北の方ニャ!あのハイエルフの戦士団が、最後の一人になってしまったのニャ!」
「えっ、一人!?何で!?」
レンは目を丸くして驚いた。
「あれから何度も黒い魔物の群れが来ては撃退していたのは見ていたニャ。少しずつ人数が減っていたけど、さっきの戦闘でついに一人になってしまったのニャ!」
「そんなばかな……あんなに見事に連携して戦っていたのに……」
北方面の森はエルフの戦士達が黒枯れに汚染された魔物の群れを何度も退治していた。
おそらくハイエルフの村の縄張りなのだろう。
しかし、その防衛ラインが突破されれば、ここにもいつか到達するかもしれない。
ただでさえ南からも何度か襲撃されていることを鑑みると、放置しておくのはリスクが高いな。
「シャノア、魔物の群れはまだ残っているかな?」
「アタシの目が間違っていなければ、北の方から今までで一番大きい群れが来ているニャ!戦闘ポイントに到着するまであと数時間ニャ!」
―――よし、今できるリスクヘッジをする時だ。
「シャノア、ありがとう!救援に行く!リィネさんも、出撃の準備を!」
「はいっ、レン様!」
「クロ、お留守番をよろしくな」
「ウォン!」
クロは尻尾を振って返事する。
三人はそそくさと準備を済ませ、森の北へと疾走を開始した。
* * *
北の森、見晴らしのよい小高い丘の上、孤軍奮闘しているハイエルフがいた。
「……はあっ、はあっ……。この森は俺が守る。好きにはさせん」
戦士長ゼノンは弓に矢をつがえ、弦を引き絞る。
ビュンッ!
ギヤアァッ!
大型のヒョウのような黒枯れの魔物はその眉間を射貫かれ、崩れ落ちた。
体をまとっていた黒枯れの液体が草木にこぼれ落ち、辺りを汚染する。
「はあっ……ふぅ……キリがない……」
ゼノンは後ろの木に背をもたれ、痺れる右の手のひらを見つめる。
「お前らの死は絶対に無駄にしない、頼む、力を貸してくれ……」
程なくして、遠くから唸り声が近づいてくる。
ギャギャアッ!
ギイイイ……ッ!
木々の間を縫うように、黒枯れの大型のネズミの群れがゼノンに向かって突進してきていた。
「休ませてくれるほど、甘くはないか……」
ギリ、と唇を噛むゼノン。
彼は集中力を高め、ほんのわずかな風の揺らぎを頼りに、狙いを定める。
ビュンッ!
ギャッ!
「はあっ……はあっ……次!」
こうしてゼノンは迫りくる魔物たちを自分に近づけることなく、次々と返り討ちにしていく。
しかし、その魔力は底をつきかけていた。
「くっ!……まだ来るのか……!」
遠くから、ズゥン!ズゥン!と地響きのような音が聞こえてくる。
グガアァァァァッ!!
森の中を数頭の黒枯れの巨大なゴリラが向かってきた。
黒枯れの泥をボタボタと落としながら、勢いよく走ってくる。
ゼノンは深呼吸をし、祈る。
そして、矢を弓に番えた。
ビュンッ!
バスッ!
ガアアアッ!
矢は勢いよく魔物の肩に命中した。
しかし、魔物の群は勢いを衰えさせることなく突進してくる。
ドドッ!ドドッ!ドドッ!ドドッ!
「……っ!」
ゼノンは流れる汗を拭く間もなく、次から次へと矢を射る。
「はあっ!……はあっ!……くっ!」
続く戦闘と連続での射撃により、既にその手には力が十分に入らなかった。
矢は命中するが、魔物の勢いは止まらない。
ドドッ!ドドッ!ドドッ!ドドッ!
気が付けば魔物達は怒り狂い、彼の目の前まで迫っていた。
弦を引き絞ろうとするが、疲労からか指がブルブルと痙攣を始める。
「―――すまない」
死を覚悟した、その瞬間だった。
「もう大丈夫ニャッ!」
「大樹の盾ッ!!」
すぐ後ろから少女の声、さらにその後ろから、少年の叫ぶ声が聞こえた。
ドゴォォォォォォンッ!!
ガアァァァァッ!!
突然目の前の地面が爆発的に隆起し、黒枯れの巨大なゴリラ達は勢いをそのままに激突した。
それは、巨大な『樹木の城壁』だった。
「なっ……!?」
ゼノンは思わず後ろを振り返ると、目の前にキャット・ピクシーの少女が「こっちニャ!」と後ろの方に向かって手を振って呼びかけている。
そこには、少年が風変わりな片手剣を持ってこちらに駆けてきていた。
その後ろには見覚えのあるエルフも弓を持って追いかけてきている。
グルルルルルッ!
目の前で少年を睨む魔物達、ゼノンは後ずさりした。
「助けにきました!後は任せてください!」
「ひゃあ!レン様!頼むニャ!」
キャット・ピクシーの少女はピョンと近くの木の上に避難する。
「―――暴れる蔓!」
少年は持っている剣を魔物達の足元に向かってヒュン!ヒュン!と振り回す。
その瞬間、ゴリラ達の足元から大きな蔓が飛び出し、そのまま巻き付いて持ち上げた。
「はっ……!?」
見たこともない規格外の魔法に、声がつまるゼノン。
彼はただただ見守るしかなかった。
グゥッ!……ガアァ!
空中でもがく魔物達。
黒枯れの泥が蔓をシュウシュウと少しずつ溶かしている。
「リィネさん、お願い!」
「はいっ!」
エルフの少女が矢を番え、魔力を流し込んでいく。
狙いを定め、矢を放った。
ビュウゥンッ!
ギャア!
矢は、黒枯れで守られているゴリラの頭部を、一撃で完璧に撃ち抜いた。
「そんな!バカな!」
少女の細い腕からは、桁違いの威力の矢が飛んでいく。
戦士長であるゼノンは目を丸くして驚くしかなかった。
少女は次々と矢を放つ。
蔓に巻かれて空中で暴れるゴリラ達を一頭、また一頭と仕留めていった。
森に静寂が取り戻され、丘の上を穏やかな風が通り抜ける。
「……ふぅ……礼を言う……」
ゼノンは既に肩も上がらない。満身創痍であった。
「今、回復の薬草を……」
少年が魔法で薬草を作り出そうとした時、ゼノンは少年の後ろで怯えているハイエルフの少女の姿を認めた。
「——リィネで、間違いないな」
「……はい」
ゼノンは驚愕していた。
エメラルドの瞳を持つ少女、リィネ。
不吉な瞳を持つとして、村から迫害され、理不尽に追放されたかつての同胞。
村の決定とはいえ、彼女を守れなかった罪悪感に苛まれていたゼノン。
一人で森に追い出されては、長くは持たないと思っていた。
村の近くでも目撃者はおらず、もう諦めていたのだ。
しかし、今、目の前でしっかりと両足を大地につけ、立っている。
だが、彼が本当に驚いたのはそれではない。
まずは少年の持つ魔法である。
森の中で長く生きるハイエルフでも、植物そのものを自在に操る魔法は聞いたことがなかった。
剣のような鋏のような道具で、息を吸うように魔法を繰り出していた。
そして、リィネの着ている服。
村から追放された時には簡素な布切れ一枚だけであったはずだ。
それが、少女らしい純白のドレスに身を包んでいる。
更には、その手にある弓。
茨が巻き付いて真紅のバラの花で飾られたその弓からは、途方もない威力の矢が放たれていた。
村にいた頃のリィネからは想像もできなかった。
この少年がリィネを救い、力を与えたのだろう。
しかし、村の伝承によるならば、リィネと共にするこの少年は……。
いや、今はよそう。
この身を助けてもらったのだ。
「……ゼノン……様?」
エルフの少女を黙って見つめるゼノン。
彼は、少女から視線を外し、手前にいる少年を真っ直ぐに見つめた。
ゼノンは無言のまま、少年に向かって深く頭を下げた。
「少年よ、リィネを頼む……この御恩は、いずれ必ず……」
「……はい」
少年は真剣な眼差しで力強く答える。
そして、ゼノンはリィネに駆け寄り、耳元でささやいた。
「すまなかった」
それだけ言うと、ゼノンは一陣の風のように深い森の奥へと消えていった。
リィネの目からは、一筋の涙がこぼれ落ちていた。
「なんだアイツ……行っちゃったニャ」
キャット・ピクシーの少女が、木の上から呟く。
「リィネさん、あの人がゼノンさん?」
「はい。あの人が村の戦士団の戦士長、ゼノン様です。無口な方ですが、時に厳しく、時には私にも優しく接してくださいました……」
エルフの少女の言葉からは、ゼノンに対する敬意が感じ取れる。
それと同時に、彼女の表情にはかつて自分を追い出した村に対する複雑な感情がにじみ出ていた。
少年は、ゼノンが去っていった鬱蒼とした森の奥を見つめた。
彼は植物の伝言の感度を上げ、周囲の状況を確認する。
「……帰ろうか。この周辺の魔物は全て撃退したみたいだ」
その言葉に、二人の少女が頷いた。
黒枯れの汚染は魔物達をも狂わせる。
北の森は、エルフの戦士と少年たちの手によって一旦は平和を取り戻した。
しかし、汚染は樹海全体で着々と進行しているのであった。




