第39話:バルトロの刺客
静まり返った夜の森、月明かりが森を照らし、動物の鳴き声が響き渡る。
「ちょ……まっ……りぃねさ……むにゃ……」
レンはベッドの中でいつも通り寝ていた。
そんな真夜中に、動き出す者達がいる。
豪商バルトロが放ったプロの隠密部隊であった。
彼らの任務は、この森の奥に住むという『緑の聖者』を生け捕りにすること。
魔法さえ使える状態ならどうなってもいい、と言われていた。
彼らは数々の活動を成功させてきた。
時には国の軍部に忍び込み、兵站の情報を盗み、時には貴族の娘の誘拐なども行ってきた。
ヴェルゼルに活動拠点をおくバルトロは、彼らを全面的に信頼しているのだ。
彼らは夜の森を迷うことなく突き進む。
「これが、報告にあった茨の壁か……」
彼らは境界の茨を見上げる。
「よし、行くぞ……」
近くの木を造作もなく登り、茨の壁を超えていく。
そして、森の家の敷地内へと足を踏み入れていった。
「ここからは十分注意だ……散開……」
こうして彼らはヒタリヒタリとレンの眠る森の家へと迫りつつあった。
「……しゃのあ……それはだめ……ん!?」
レンは敷地内に張り巡らせている防衛システム、植物の伝言を受信し、唐突に起こされた。
「こんな時間に来客か……」
夜中に茨の壁を超えて侵入してくる客、悪質なクレーマーであることは間違いないな。
急な訪問客に嫌でも緊張が走る。
しかし、レンにとっては初めてではなかった。
前世の営業マン時代、真夜中にスマホが鳴り、24時間稼働の工場からクレームが来た事を思い出す。
すぐに着替えて車を出し、向かったこともあったのだ。
「……レン様?」
となりで寝ていたリィネも雰囲気を感じ取ったのか、目を覚ました。
「誰かがここへ近づいてきているみたいだ。でも大丈夫。僕に任せて」
レンは深呼吸を一つすると、営業モードのスイッチを入れた。
そして、植物の伝言の感度を上げる。
「一人、二人……五人……もう少しで庭か……よし」
レンは植物の伝言を頼りに位置と人数を確認し、床に手をついて魔力を流す準備をした。
一方、彼らはゆっくりと慎重に、足音一つ立てずに森の家へと近づいていた。
隊長を中心に、時折ハンドサインで異常がないことを確認しながら、歩を進める。
「な、なんだこれは……報告では聞いていたが、本当にこんな……」
彼らは家の前の菜園、幻想的な光る池、レンが家として使っている大樹を見て驚愕した。
「いや、驚くのは後だ……任務を続けるぞ……」
隊長が再び潜入続行の合図を出す。
レンの魔法の一端を垣間見てより一層周囲を警戒しながら家へと近づいていく。
その時であった。
ポンッ、ポンッ、と彼らの周囲一帯の地面から、巨大なキノコのような植物が無数に生え出したのだ。
「なに!?」
突然の巨大キノコの出現に、一斉に後退したが既に遅かった。
次の瞬間、キノコの傘から、淡い紫色をした胞子のような煙が一斉に噴き出す。
それはあっという間に庭全体を覆い尽くした。
「マズイ!」
彼らは口を抑え、謎の煙を吸わないようにする。
しかし、それは皮膚や粘膜からも吸収される毒であった。
「か、体が……動か……」
「あ、あれ?俺は、ここで何を……」
ドサッ、ドサッ。
彼らはあっという間に気を失い、次々とその場で倒れていった。
「よし、効いたみたいだ」
レンは家の中から植物の伝言を通してその様子を確認していた。ふぅ、と安堵の深いため息をつく。
「レン様」
後ろを振り返ると、弓を握りしめたリィネが立っていた。
「リィネさん、安心して。もう大丈夫だよ。彼には眠ってもらったから。夜だしね」
レンとリィネは外に出て、庭を眺める。
そこには先ほどの煙が晴れ、静かにいびきをかいて眠りこける黒装束の男たちの姿があった。
「レン様……これは一体……?」
「彼らには、魔法の霧を吸ってもらったんだ。体が痺れて動かなくなって、最近起きたことを忘れて眠ってしまう、僕の特性の毒さ。殺したりはしていないから安心して」
レンは笑顔で先ほど使った魔法『神経毒の霧』の説明をする。
「しかもね、皮膚や粘膜からも吸収されるから、簡単には防がれないと思うよ。ただ、自分たちも巻き込まれると危ないんだけどね」
営業スマイルを浮かべながら、凶悪な魔法を語るレン。
「レン様、さすがですね!そのような魔法までお使いになられるなんて。次にシャノアが余計なことをしたら、それで全てを忘れさせ、どこかへ捨ててしまいましょう!」
「いやいや!それはやりすぎだって!」
レンに負けず劣らず、凶悪な魔法の使い方を提案するリィネであった。
「さて、そろそろ『お帰り』いただこうかな」
レンは眠っている彼らの中心まで来ると、ゆっくりと片膝をつき、右手から地面に魔力を流し込む。
「――森の搬送路!」
緑色の魔力がレンの右手から次々と吸い込まれるように地中に流れていった。
ズズズズ……と地面がうごめき、大きな木の根が男たちの体の下から無数に這い出してくる。
その根がベルトコンベアのように連続して動き出し、気絶した男たちを数キロ先の森へと運んでいった。
「ふぅ……やっと終わったね。さあ、また夢の続きでも見ようか」
「……レン様……どうして、彼らを殺さないのですか?」
恐ろしい事を当たり前のように聞いてくるリィネ。
生まれ育ったエルフの村では、外敵は容赦なく魔法で焼き尽くすのが常識であった。
この世界では、人間の国でも暗殺者は捕らえて拷問し、首を刎ねるのが当たり前なのである。
「……そう、だね。正直に言うと、怖いんだ。彼らにも生活があるし、家族だっているかもしれない。もし、彼らを殺したら、彼らを大切にしている人が悲しむ事になる。そして、その人が今度は僕を殺しにくるかもしれない」
それを聞いたリィネの目が大きく見開かれた。
月明かりが、伏し目がちに話すレンの横顔を照らしていた。
「僕は……甘いのかな……」
前世でもそうだった。
失敗した部下にきつく注意することができなかった。
人間関係が悪くなる事が何より怖かったのだ。部下の失敗は自分がフォローすればそれで何とかなる、そうやって生きてきたのである。
レンはいつも通り、自嘲気味に笑ってごまかそうとした、その時。
「レン様は甘くなんかありません!」
「……っ!?」
「もう一度言わせてください!レン様は甘くなんかありません!もし、レン様が他人を平気で傷つけ、見捨てるような人間であれば、今、私はここにこうしている事はなかったのです!レン様の、その優しさが、私を救ってくださったのです!何度でも言います!レン様は甘くありません!」
リィネは瞳を潤ませながら、レンを真っすぐ見て言った。
その言葉を聞いて、レンの肩から力が抜けた。
「リィネさん……ありがとう……」
それ以上の言葉は出なかった。
しかし、リィネの言葉がレンの胸を強く打っていたのは確かであった。
レンは何も言わず、そのままリィネを優しく抱きしめ、何度も「ありがとう」と呟き、涙を流した。
翌朝、バルトロの隠密部隊は森の中で目を覚ました。
「あ、あれ?俺たちここで何を?」
「誰かを誘拐するんじゃなかったっけ?」
「なんか体が痺れて動きにくくないか?」
彼らは何かしらの異常事態であることを察し、森から帰還することを決意する。
無事平和的に解決したかと思われたが、バルトロの緑の聖者に対する欲望をさらに深くすることになるのであった。




