第37話:避難通路
樹海の上空は雲一つない快晴。
太陽の光が森にさんさんと降り注ぐ。
この数日間、風の強い日が続いていた。
レンには、見張り塔を設置してから、わかったことがあった。
一つは樹海の南から人間達が大型の機械を使って資源の獲得と開拓を進めていること。
もう一つは黒枯れに汚染された魔物が、樹海の中に多く存在していることである。
この事実に、レンは焦りを感じていた。
「このままじゃマズイな……いつか大きなトラブルが起きるのも時間の問題かもしれない」
レンは家の周囲を腕を組んで歩きながら観察し、その地形を改めて確認していた。
「最悪の場合を想定し、打てる手は全て打っておく、それがビジネスの基本……だな……」
ゴブリンの子供たちが、歩いてくるレンに気づき、声をかける。
「あっ!レン兄ちゃんだ!一緒に遊ぼうぜ!」
「ああ……ごめん。今はちょっと忙しいんだ。また今度ね」
子供たちは残念そうな顔をしつつも、すぐに走ってどこかへ行ってしまった。
「いつも来客がくるのは南からだな……という事は……」
レンは一人、ブツブツと呟きながら数時間、森の中を歩き回っていた。
その日の夜。
レンはリビングに大きな葉を広げ、そこに図面をひいていた。
「ここが入口なのは決まりだな、そこから通路があって…….うーん……でもなぁ……」
「レン様、それはこのお家の周りですか?」
リィネがハーブティーをレンに差し出す。
「リィネさん、ありがとう。うん、そうなんだ。いざという時の逃げ道をどこかに作ろうかと思って……」
「逃げ道……ですか?」
首を傾げ、何だかわからないという顔でレンを見るリィネ。
「シャノアの話だと、人間達が南からこの樹海の木々を伐採してきているんだ。いつかここに辿り着くかもしれない。それに、黒枯れに汚染された魔物が群れで襲ってくるかもしれないからね」
「さすがはレン様!いざとなればその魔法の御力でなんとでもできるのに、敵といえども敢えて許し、自分達はその場から逃げるという事なのですね!レン様の懐の深さに改めて感服いたしました!」
リィネは両手を胸の前で組み、エメラルドの瞳をキラキラと輝かせてレンを見つめる。
「え、あ、う、うん……。まあ、そんなところだよ」
そもそも争いごとが好きではないし、命を奪うようなことはしたくないだけなんだ、とは言えなかった。
もちろんそれだけではない、人間が軍隊規模で進軍でもしてきたら、いくら魔法が使えるといっても防ぎきれない可能性だってあるのだ。ましてや大型の機械を使っているという事は、侵略の為の大型兵器だってあるかもしれない。
「それと、まあ、いつでも逃げることができると思えば安心感もあるからね……ははっ……」
営業スマイルを浮かべ、不安を見せまいと必死に取り繕うレン。
誰一人傷つけずに笑顔で救ってくださるのだ、と盛大に勘違いするリィネであった。
翌朝。
レンは家から少し離れた地点に立ち、開拓者の万能剪定鋏を構えていた。
「よし。いっちょ気合入れて、やるか」
植物を操る魔法と違い、地形を変える魔法は魔力の消費が多いため、普段はあまり使わないようにしてるレンだが、この時は違った。
ふっと息を吐き、営業モードのスイッチをオンにする。レンの目つきが鋭くなる。
パチン!
レンの目の前の地面がゴゴゴゴゴ!と唸りを上げながら地下へ向かう大きな斜面が掘り開かれていく。
地面から続く大きな穴がそこに出来上がった。
数人が余裕で通れる程の大きさの入り口がぽっかりと開いている。
パチン。
もう一つ鳴らすと、その穴の下り斜面が階段状に変化し、床面には木の板が出現し、立派な階段が出来上がった。
「ふう。思ったより悪くないな」
レンはトントンと階段を下まで降りる。
周囲を確認し、目の前の土壁を見つめた。
集中し、鋏を前に突き出して構える。
パチン。
ゴゴゴゴゴ!とレンの目の前の土が左右に開き、数十メートル奥まで続いていく。地下通路が出来上がった。
パチン。
今度はグゴゴゴゴ!と地下通路全体が唸る。床、両脇の壁、天井までが頑強な木の板で囲まれていった。
「ゲホッゲホッ…….ちょっと砂埃がすごいな」
レンは疲れたのか、その場に座り、奥を見つめる。
通路の奥は真っ暗で何も見えなかった。まるで邪悪なものが奥から出てくるような、あるいは暗闇に吸い込まれるような感じがして、ゾッとする。
「レン様」
「ヒィッ!」
レンは突然背後から声をかけられ、思わずおかしな声を出してしまった。
「はわわわわっ!も、申し訳ございません!レン様を驚かせるつもりは微塵もなかったのですが!このリィネ、死をもって償わせていただきますぅ!」
「いやいや!ちょっと怖い想像をしてたから!リィネさんは何も悪くないから!死ぬとか言わないで!」
慌てるリィネをなだめ、レンは落ち着きを取り戻す。
「レン様、これは昨晩おっしゃっていた?」
「うん、そう。ここから東にずっと行って、樹海の奥に逃げられるようにするんだ」
リィネはレンの隣に座り、二人は真っ暗な通路の奥を見つめる。
「何か、私にお手伝いできることはありますか?」
「いや、大丈夫だよ。それより、ここにいると泥だらけの砂まみれになっちゃうから、表に出ていた方がいいよ。後は僕に任せて」
リィネは「わかりました」と素直に返事をし、階段を上がって外に出た。
(レン様はいつもああ言って気を遣って下さる。私はいつまでもそれに甘えていてはいけない。もし、この通路を使うような時が来たら、私がここで時間稼ぎをしてみせる。いや、そもそも逃げるという選択肢をレン様に選ばせないようにしなくては)
リィネのエメラルドの瞳に炎が灯されるのであった。
一方、レンはよっこらしょっと立ち上がり、作業を再開する。
「さてと、続きをやるかな」
レンは目の前の暗闇を見つめ、集中する。
その右手から鋏へと、緑色の魔力が注ぎ込まれる。
パチン。
通路の両脇の床から光るキノコがニョキニョキと生える。
「よし、基本の形ができたぞ、後はこれを繰り返すだけだ」
レンは灯りのともった木の通路を奥まで進み、再び鋏をふるう。
パチン。
ゴゴゴゴゴ。
ズウゥゥン。
鋏の鳴らす音と、地形が変化していく音が森の地下で鳴り響いていた。
* * *
その日の午後。
森の家の近くにある開けた空き地に一人、弓を持ったエルフの少女がいた。
「はぁっ!」
ビュウゥンッ!
バァン!
リィネが疾風の茨弓に魔力を込め、数十メートル先の木製の的を射貫く。
「まだまだ……もっと強く……もっと早く……!」
ギリギリ。
蔓を引き絞る音が空気を震わせる。
「レン様は、私が守ります……!」
リィネの脳裏に、泥だらけで地下避難通路を作るレンの姿がよみがえる。
ビュウゥンッ!
バァン!
「次こそ私がレン様を助けるのです……!」
リィネの強い祈りに呼応し、放たれる木の矢に、ふわりと『白銀の光』が宿り始める。
放たれた矢は一筋の光を残して飛んでいく。
バアアァンッ!
最も遠くにある的の真ん中を凄まじい速さで射貫いた。
「はあっ……はあっ……これなら……」
リィネはうんと頷くと、休む間もなく次の矢を手に取る。
ビュウゥンッ!
バァン!
魔力の込められた矢が放たれる音と、的に当たる音が森の中に鳴り響いていた。
見張り塔からは、シャノアが周囲の森を鋭い目つきで監視し続けている。
地下では、レンがいざという時の避難通路を黙々と掘り進めている。
そして森の中では、リィネが自らの限界を超える猛特訓に没頭していた。
人間諸国という巨大な脅威の足音が着実に迫る中、森の家の住人たちはそれぞれのやり方で、来たるべき「最悪の事態」への備えを固めていく。
平穏な日常の裏側で、彼らの絆と防衛の意志は、鉄よりも硬く結びつき始めていた。




