第35話:キャットタワー
晴れ渡る青空からポカポカとした陽が森に降り注ぎ、森の家には木々の隙間から光が差し込んでいる。
レンはテラスのテーブルで一人、腕を組んで考え事をしていた。
「噂が広まっているのは怖いな……アポなしで来るお客様がこれからも増えるかもしれない……」
ハーブティーを口にし、時に空を見上げ、時に目を閉じ、うんうんと唸っている。
前世での経験からも、商談のペースを握るのは周到な準備であり、突然の来客は迷惑であったのだ。
池から聞こえる水音と、風に揺れる木々のざわめき。
遠くからは動物の鳴き声が飛んでくる。
昼下がりの森の、穏やかな時間だった。
「ほらほら、こっちだにゃ!そんなんじゃアタシを捕まえるなんて百年早いニャ!」
そんな時、森の奥から何やら騒がしい声が響いてきた。
「待てよシャノア!ずるいぞ!今日こそ俺の『黒龍の刃』をくらわせてやる!」
「いやいや、俺の『獄炎の鎚』の方が先だ!ってか止まれよ!逃げるな!」
声の主は、キャット・ピクシーのシャノアと、すっかり元気になったゴブリンの子供たちだ。
シャノアはピョンピョンと器用に枝から枝へと飛び移り、時折ゴブリンたちの目の前に降りてはまた逃げている。
ゴブリンたちは伝説の武器を振り回し、必死にシャノアを追いかけていた。
「ニャニャッ!?なら相手してやるニャ!」
背中を見せていたシャノアがくるりと宙返りをしてゴブリンの背後に回り込む。
その頭を手のひらで軽くたたき、勝ち誇っていた。
「ニャっはっは!まだまだ修行が足りないのニャ!」
子供たちは「くっそー!」「またやられたー!」「まだ本気出してないもん!」と悔しがりながらも、その顔は楽しそうに笑っていた。
レンは思考を中断されたものの、目を細めてその微笑ましい光景を眺めている。
外の様子を見に来たリィネはシャノアたちを見て、フフッと笑った。
エメラルドの瞳がキラリと光る。
「……全く。あの駄猫は、少し調子に乗りすぎですね」
シャノアの方を見つめ、ニヤリと口角が上がる。
「レン様のティータイムを邪魔する不敬な輩には天罰を与えましょう」
何をする気かと恐々しているレンだが、リィネはリィネなりにシャノアと遊びたいだけであった。
「クロ。シャノアと少し『遊んで』あげなさい」
「ワフッ!」
クロは、ピンと耳を立てて起き上がり、うーん、と背伸びをする。
そして、クンクンと匂いを嗅いでシャノアに視線を合わせ、姿勢を低くして身構えた。
「ゴー!」
リィネが号令をかけるとクロは狼の本領を発揮し、弾かれたように飛び出した。
「……ニャニャニャッ!?」
背後から聞こえてくる獣の走る音にシャノアが気が付き、脱兎のごとく駆け出す。
「何なのニャ!こっちにくるニャ!」
「ガアウッ!ワウッ!」
シャノアは枝から枝へと跳び、樹上に逃げ込んだ。
「グルルルルッ!」
クロは上空のシャノアを睨み、唸り声をあげる。
「いいぞー!クロー!」
「俺たちの仇を取ってくれー!」
ゴブリンの子供たちがクロに声援を送り始めた。
「あ、あっちに行くニャ!アタシなんか食べても美味しくないのニャ!」
シャノアの悲鳴、子供たちの歓声、狼の唸り声がテラスにも響きわたる。
「ふふっ……面白いですね。後でクロにご褒美のお肉を与えましょう」
リィネはしてやったりと満足げに頷いた。
「……うん、そうだね」
レンはハーブティーに口をつけ、喜ぶリィネの横顔を見る。
リィネの髪に編み込んだ蔓から、小さな黄色い花が咲いていた。
森の家の周りはいつも通り賑やかで、平穏な時間が流れていた。
騒ぎも落ち着き、レンは考え事の続きを思い出す。
「アポなしのお客さんは困るんだよな……なんとか事前に分かる方法はないのかな……」
その時、頭上から声が聞こえてくる。
「レン様!雨雲が西から近づいて来ているニャ!」
「ありがとう。シャノア。助かるよ」
「ふん。猫は本当に高いところがお似合いですわね。せいぜい木の上で樹海を眺めているがいいわ」
その言葉を聞いた瞬間、レンの頭の中で稲妻が走った。
……まてよ、シャノアは高いところに登って周囲を見渡すことができるじゃないか。
なんてことだ……。
なんでこんな当たり前の事に気が付かなかったのだろう。
「……ねえ、シャノア。君専用の見張り台を作ってみようかと思うんだけど、どうかな?」
「ニャ?うーん……別にどっちでもいいのニャ!」
「レン様!こんな毛玉に専用の見張り台なんて贅沢です!木の枝で十分ではないでしょうか!」
あれ?もっと喜んでもらえるかと思ったけど……。
しょうがない、本気を出すか……。
レンは営業モードのスイッチを入れる。
「シャノア!聞いてほしい!専用の見張り台の方が簡単に上まで行けるし、何より僕は君のその目、耳、鼻を信用している。是非とも君に見張り役をやってもらいたいんだ!」
「ニャニャっ!レン様!レン様がそう言ってくれるなら喜んで見張り役をやらせてもらうニャ!アタシに任せろなのニャ!」
「レン様、本気ですか?シャノアの為にそこまでしなくても……」
リィネは嫉妬からなのか、懇願するような表情でレンを見つめる。
「リィネさん、これは君のためでもあるんだ。こないだの大蛇といい、黒狼といい、予め接近がわかれば、君をもっと安全に守ることができる。どうか理解してほしい」
「レン様……。レン様が私のことを想ってそこまでしてくださるなんて……。このリィネ、レン様のためであればいつでも命を投げ出す覚悟でございます」
……重いよリィネさん。
両手を胸の前で組み、潤んだ目でレンを見つめるリィネ。
「よ……よし、そうと決まったら、早速シャノア専用の『見張り塔』を作ろう」
レンは椅子から立ち上がった。
「どれにしようかな……」
周囲を見渡すレン。複数の巨木を下から見上げ、少し悩んだあと、その内の一つにあたりをつけ、その幹に右手を当てる。
「よし、君に決めた。ちょっとその体をいじらせてもらうよ」
レンは手から巨木へと緑色の魔力を流し込んでいく。
すると、その木の下から上へと螺旋状の階段が生え始めた。
それだけではない、途中で幹に穴が開き反対側まで貫通している所や、階段自体も不規則な高さになっている。
「足場はこんな感じかな……シャノア、どう?登りやすいかな?」
「ニャア!面白そうなのニャ!」
レンは小さくガッツポーズをした。
早速足場をピョンピョンと跳ねるように登っていくシャノア。
レンは魔法で自分の足元に巨大な蓮の葉を作り出し、そのまま垂直に成長させ、エレベーターのようにリィネと二人で巨木の上に向かう。
樹冠近くまで来たところでシャノアが先に待っていた。
「うん、ここなら遠くまでよく見えるな。シャノア、ちょっとこっちに来て」
シャノアが蓮の葉エレベータに乗ると、レンは腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏を抜いた。
パチン。
すると、螺旋階段の最上段に、ドーム型の展望台が作られる。
床には弾力のある苔が敷き詰められていた。
「完成だ。シャノア専用の『見張り塔』。ここなら、森の遠くまで見渡せるし、お昼寝にも最適だと思うよ」
レンが鋏を収めて額の汗を拭うと、シャノアは目をキラキラと輝かせた。
「ありがとニャ!アタシがここで、家に近づく人間とか魔物を見つけるのニャ!」
シャノアは歓喜し、巨木の下から上までを何度も行き来していた。
レンは、これで突然のお客様でも十分におもてなしする準備ができるぞ、と満足げに頷いた。
* * *
それから数日後。
雲一つない快晴の日の昼過ぎ。
見張り塔の展望台で、シャノアは森の監視を続けていた。
「ふニャぁ……。今日も森は平和だニャ……ん?……あれ?」
シャノアは展望台の手すりに身を乗り出し、目を細めた。
「あれは……何ニャ……煙が立ち上っているのニャ」
地平線の彼方、巨大なチェーンソーを備えた重機が、木を切り倒していく。
また、別の重機が、鉱石を求めて大地を掘り返していた。
「ニャ……!レン様にお知らせするニャ!」
シャノアは展望台から飛び降り、螺旋階段を猛スピードで駆け下りた。
「レン様!大変ニャ!」
テラスの菜園でイチゴを摘んでいたレンとリィネの元へ、シャノアが転がり込んでくる。
「どうしたの、シャノア。そんなに慌てて」
「森の南側……人間たちが巨大な機械を使って、森の木や地面を削り取ってるんだニャ!」
「……機械で、森を?」
その報告を聞いた瞬間。
レンの手からイチゴが一つ、ボロリと落ちた。
元営業マンとしてのリスク管理の脳細胞が、最悪のシナリオを瞬時に弾き出す。
人間達の機械から出た動力の廃液が黒枯れの原因かもしれない。
もしかすると、人間達が森の外縁部を破壊し、『黒枯れの汚染』を広げているのではないか……。
平穏な隠居生活の裏側で、人間の強欲が生み出した汚染の波が、いよいよ恐ろしい大災害となって牙を剥き始めていた。




