第31話:未知の遺物
樹海の奥、森の家には温かな陽射しが木々の枝葉の隙間から差し込んでいる。
テラスに作り上げた池、光る水族館の水面が噴水から落ちる水によって波紋を描き、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「ただいま戻ったのニャー!」
ピョンピョンと大樹の枝を飛び移り、キャット・ピクシーの少女シャノアが家のテラスでくつろぐレンの元へと駆け寄る。
彼女のしっぽがご機嫌にゆらゆらと揺れていた。
一緒に生活することになってから、森のパトロールや偵察に定期的に出てもらっているのだ。
「おかえりなさい、シャノア。なんかいいことでもあった?」
「ニャふふ!レン様、今日は面白いものを拾ってきたニャ。森を南にずっと行ったところに落ちていたのニャ」
シャノアは得意げにふんと鼻を鳴らした。
そして、背負っていた小さな麻袋から「それ」を取り出し、テーブルの上にゴトンと置いた。
「これは……」
レンは目を丸くした。
明らかに前世でも見たことがある、文明の一部だった。
それは、丸く扁平な円盤状の金属。
その中心には丸い穴が開いており、円盤の周囲にはギザギザの凹凸が刻まれている。
全体的に泥にまみれ、一部に黒いべたべたが残り、部分的に茶色くザラザラに変質していた。
「人間の国の機械の破片……なのニャ。人間たちが、忘れていったのかもしれないニャ」
レンはそれを手に取り、じっくりと観察をする。
ズシリとした重さ、カンカンと跳ね返す硬さ、ツンと鼻をつく油の匂い、間違いない。
「このギザギザの円盤……『歯車』だね」
「ぎあ?」
「そう、これと同じ形で、大きいのと小さいのを噛み合わせて回すと、力を大きくしたり、速さを変えたりすることができるんだ」
「さすがレン様ニャ!アタシにはよくわからないけど、何か便利だということがわかったのニャ!」
歯車があるという事は、それなりに文明が発達している世界なのか。
鉄を作りだし、加工する技術はあるに違いない。
油を使っているという事は、電気や水蒸気など、何かしらの動力源も持ち合わせているのだろうか……。
レンはぞっとした。
自分たちはここで原始的な生活をしている。
もし、以前のような人間達が本気で侵略に来るとしたら、近代的な兵器を持ち出してくるかもしれないと考えたのだ。
彼は歯車を観察しているうちに、あることに気が付いた。
「この黒い汚れ……油だけじゃない……?」
ふと、酸化した油以外の匂いがした気がして、鼻を近づけてみる。
―――クンクン。
「うっ!」
思わず顔を背けるレン。
しかし、初めて嗅いだ匂いではなかった。
それが何なのか、すぐに思い出した。
「これは……黒枯れの泥!?」
レンの眉間に皺が寄った。
なぜ、あの匂いが……?
この黒くべたべたしているものは油だけでなく、黒枯れの液体が混ざっているのか……。
一体どこから?
この歯車の上を、黒枯れに汚染された魔物が通っただけ、という可能性もある。
しかし、それであればもっと高純度の黒い液体が付着し、シャノアが持って帰ってくることはできなかったはず……。
「初めからこの金属部品に黒枯れの液体が付着していた?まさか……という事は、人間の機械には黒枯れの液体が使われている!?」
レンの考察は一つの結論に達した。
確信はないが、もしそうだとしたら、この森を脅かす最大の敵は、狂暴化した魔物ではない。
真の脅威は、機械を使うたびに黒枯れの液をまき散らしている『人間諸国』ということになる。
「すごいニャ、レン様!そんなことまで分かるのかニャ!?」
シャノアは目を輝かせ、座っているレンの後ろから首に手を回して密着する。
そして、そのまま自分の首元をスリスリと擦り付けた。
「もっと教えてニャ!レン様はやっぱり物知りだニャ」
「ちょ、ちょっと近いよ、シャノア」
ちょうどその時。家のドアを開ける音が聞こえた。
「レン様、ハーブティーをお持ちしま……っ!」
相変わらず最悪のタイミングである。
急に周囲が氷点下まで冷え込み、リィネからズゴゴゴゴッ!と黒いオーラが放たれる。
その瞳からはハイライトが完全に消え去っていた。
「こんの……泥棒猫がぁっ!レン様から離れなさい!何度言えばわかるのですかっ!万死に値します!」
リィネは疾風の茨弓に矢を番え、魔力を込め始めた。
「ま、まま、待つニャ!これは単なるコミュニケーションの一貫ニャ!レン様、助けてニャ」
「お黙りなさい!今すぐ灰に還してあげます!」
「待って待って!リィネさん!そこまでしないで」
レンはいつも通り両手をまえに出し、大きく振った。
もはや条件反射である。
その時。
―――ザクッ。
「……てっ!」
レンの右手の指に、リィネの持つ弓に巻き付いているバラのトゲが刺さった。
指から血がじんわりと滲み出てくる。
「はわわわわっ!も、申し訳ございません!レン様のその神聖なお指に傷をつけてしまうなど!死んでお詫びしますぅ!」
「殺そうとしたり死のうとしたり、まったく忙しいエルフだニャ」
シャノアは呆れ顔で見つめている。
「大丈夫だよ、リィネさん。大した傷じゃないから。これくらい平気だよ」
リィネは気まずそうに下を向いてもじもじとしている。
「それよりリィネさん、大事な話があるんだ。ちょっとそこに座ってもらってもいいかな」
「大事な……話?一体何でしょうか?」
リィネはテーブルにつき、姿勢を正した。
シャノアもレンから離れ、椅子に座りなおす。
「落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
「……はい」
一体何だろうと首をかしげるリィネ。
「この、シャノアが持って帰ってきた歯車を見ていて、気が付いた事があるんだ」
「これ……ですか?」
リィネは歯車に視線を移す。
「うん―――黒枯れの原因は、人間が使う機械かもしれない」
「……え?」
リィネは目を大きく見開いた。
「この機械部品から、黒枯れの泥と同じ匂いがしているんだ。あくまで僕の推測だけど、人間の機械に使われている液体なんだと思う。だとしたら、リィネさん……黒枯れの汚染は、君じゃないんだよ」
「あ……」
森に風が吹き抜け、樹木の枝葉がザワザワと揺れる音がする。
池の噴水からは水が噴出され、ジャージャーと水面に打ち付ける音が響き渡っていた。
リィネのエメラルドの瞳に水が溜まっていく。
「レ……レン様……あ……ああ……ああああぁぁ……」
リィネの目から堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。
村の周辺の木が枯れ始めてからずっと、黒枯れの原因は自分だと思っていた。
今、レンによってそれが初めて明確に否定された。
長年胸の奥にため込まれていた苦しみが、一気に涙となって排出されていくようであった。
レンはリィネの隣に跪き、慰めるように背中をさすり、肩をかした。
「私、じゃない……」
「私、悪くない……」
リィネは泣きながら、何度も、何度も確かめるように呟いた。
シャノアは気まずくなったのか「ちょっとお昼寝するニャ」と言って家の中に入っていった。
ひとしきり泣いた後、リィネは落ちつきを取り戻し、いつになく真剣な眼差しでレンを見つめる。
「レン様、ありがとうございます」
「礼には及ばないよ、偶然気が付いたんだ。そうだね、お礼を言うならシャノアに言いなよ。この気づきの功労者は、彼女だからね」
リィネは吹っ切れたようにすがすがしい顔をしていた。
「レン様には、本当に助けてもらってばかりですね。今度は私がレン様のお力になれるよう、頑張ります!」
グッと握った拳を前に出し、笑顔でやる気を見せるリィネ。
「ありがとう、リィネさん。でも、無理はしないでいいからね」
レンも安心して笑顔を見せ、再びハーブティーをすすっていた。
そのやり取りから数時間後、家から少し離れた開けた場所で、リィネは一人、弓を握りしめていた。
それは、レンが彼女の為に作った黒枯れ対策の専用武器、疾風の茨弓である。
「今度は、私がレン様を守る番です……」
リィネは静かに呟いた。弓を構え、弦を引き絞る。
彼女の魔力回路が、弓に宿るレンの魔力と完璧に同調し、心地よい熱を帯びる。
「はぁっ!」
バァンッ!
リィネの手から勢いよく離れたその矢は、数十メートル先の太い木の幹のド真ん中を、寸分の狂いもなく貫いた。
しかし、リィネは満足しなかった。
「もっと……!もっと強く、もっと正確に!」
再び弓を引き絞る。
彼女はただひたすらに、愛するレン様の役に立つため、そして彼の隣という自分の居場所を誰にも奪われないため、密かな特訓に没頭していく。
木々の間で矢が空気を裂く音が、夕暮れ時まで絶え間なく響き続けていた。
その間にも、樹海の中では少しずつ黒枯れの汚染が進んでいた。
まさに今、この森の家に向かって次の脅威が向かって来ているのであった。




