第30話:秘密兵器
森の朝。
天から降り注ぐ朝の光が森の家に降り注ぐ頃、いつもの静寂とはほど遠い、賑やかな音が響いていた。
「ニャアアアッ!!なにこれ!すっごく美味しいのニャ!」
キャット・ピクシーのシャノアは、リビングのテーブルでその猫耳をピンと立て、尻尾をパタパタと振っていた。
彼女の目の前には、レンが作った朝食が並んでいた。
トマトとレタスの生野菜サラダ、野鳥のもも肉のステーキである。
「こんなの初めて食べたのニャ!この肉、噛むたびに中からジューシーな肉汁が溢れて最高ニャ!」
「ふふん!そうでしょう!レン様はお料理も完璧なのです!しかも、そのお料理をするキッチンから自らの手で作り出したのですよ!さあ、シャノアもレン様をあがめなさい!」
リィネはまるで自分が褒められたかのように腰に手を当て、胸を張っている。
その上、新興宗教団体「レン様教」の布教活動まではじめたようだ。
「そう言ってくれると悪い気はしないよ。ありがとう。遠慮なく食べていいからね」
「ニャニャアッ!レン様は優しいニャあ」
シャノアはゴロゴロと喉を鳴らし、隣に座るレンの腕を両手で抱えてスリスリと首を擦り付けた。
「この泥棒猫!レン様から離れなさい!」
「ニャッ!?ちょっとぐらいいニャ!何するのニャ!この意地悪エルフ!」
「ちょ、ちょっと二人とも、朝からやめて!」
リィネはシャノアを背中からひっぱり、レンから引きはがそうとする。
森の家は朝からギャーギャーと騒がしかった。
「それにしても、本当に美味しいニャ。毎日でも食べたいニャ」
「食べたくなったらいつでもおいでよ、シャノアさんなら大歓迎だよ」
社交辞令のつもりで言ったレンだが、この世界にそんな概念は存在しなかった。
シャノアの耳がピンと立ち、尻尾もブンブンと振り回され、目がキラキラと輝く。
「んっ?」
レンの額から汗が一筋流れ落ちた。
「い、いいのニャ!?それなら、アタシ、今日からこの家に住み込んで働くことにするニャ!」
「だ……だめです!そんなこと……!」
リィネは立ち上がり、手を大きく振る。
「ニャ?でも、レン様は歓迎だって言ってくれてるニャ」
「う、うん……」
「レン様!本気ですか?この泥棒猫を家で飼うおつもりなのですか!?」
まさか本気にするとは思っていなかったレン。
今更前言撤回など、できる雰囲気ではなかった。
それならばと、営業モードのスイッチを入れる。
目を細め、姿勢を正し、シャノアの方を向いた。
「シャノアさん、住むからには仕事をしてもらう事になります。商売以外には何か得意な事とか、ありますか?」
それは完全に、新入社員の面接であった。
彼はシャノアを鋭いまなざしで見つめる。
志望動機は既に聞いた。
次は我が社で何ができるか、どのような付加価値の創造ができるかだ。
「得意なこと?……そうだニャ!樹海には詳しいから、道案内ができるニャ!それと、人間たちの国にも行き来してたから、ちょっと行って情報収集してくることだってできるのニャ!」
シャノアは音をたてずに移動ができること、足の速さなら誰にも負けないこと、目と耳ならどんな種族よりも優れていることを、つらつらとアピールした。
「……合格だ」
「え?……レン様、本当に良いのですか?」
「安心したまえ、リィネ君。彼女は間違いなく有望だ。今のわが社に必要なのは、競合他社の情報なのだよ。私の目に狂いはない。……それに、彼女は住む場所にも困っている。お互いにウィンウィンの関係が築けるだろう」
レンは彼女の持つ情報網がほしいのは確かだった。
樹海の大きさ、どこにどんな種族がいるのか、人間達は何を考えているのか、それと、黒枯れの影響はどの程度なのか。
「レン様!ありがとニャ!一生懸命がんばるのニャ!」
「よかったわね!レン様の為に働ける事を感謝しなさい!」
早くも先輩風を吹かせるリィネ。
こうして、シャノアという新たな同居人を迎えることになったのであった。
同日、太陽が空の最も高いところに位置する頃、レンはテラスにいた。
ようやく落ちつきを取り戻し、相も変わらずハーブティーを飲みながら考え事をしている。
昨日、想定外のシャノアの出現により中断していた「リィネ専用武具」の開発の続きである。
武具を使い、魔力密度を一点に集中させ、威力を高めれば黒枯れの瘴気を貫けるかもしれない。
しかし、リィネさんの魔力量では、そもそも必要なエネルギーが足りないのではなかろうか。
―――?
あれ?そういえば、人間達がこの家を襲撃しに来た時、物凄い衝撃波を放っていたよな……。
あれは一体何だったのだろうか……。
ズズズッ。
レンはハーブティーをすすった。
「レン様、また考え事ですか?」
「ああ、昨日の続きをね。シャノアは?」
「はい、あの猫なら、家の中でよだれを垂らしてお昼寝しています」
ここぞとばかりにレンの隣に座り、一緒にハーブティーを飲む。
「あの、リィネさん、ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」
「はい……何でしょうか?」
「こないだ人間達と大蛇に、途方もない威力の衝撃波を放っていたけど、あれはどうやったの?」
いつになく真剣な表情で聞くレン。
斜め上を見て必死に思い出すリィネ。
「あれは……レン様が杖に込められた魔力……ではないのですか?私自身もあのような高威力の魔法は使えませんので」
なるほど、確かに杖に魔力は込められているが、あくまでリィネさんの魔法を補助するくらいのはずだ。
あんなに激しい魔力になるはずが.....。
ここで一つの仮説がレンの頭に浮かんだ。
―――「相乗効果」
しかし、魔力においてそのような事があるのだろうか。
そもそも、僕とリィネさんでは持っている魔力の質がまったく異質のものだ。
よし、実験しよう……。
森に風が吹き、周囲を囲む大樹の枝葉がざわざわと音を鳴らした。
「リィネさん、昨日みたいに手の中に魔力を込めてもらってもいいかな?」
「はい」と、リィネが右の手のひらを上にし、バレーボール大の暴風球を浮かばせる。
ビュウゥゥッ!ビュウゥゥッ!
レンは、そのリィネの手の下に、自分の手を重ね、少量の魔力を流し込んだ。
その瞬間、
ビュワアアァァッッ!ビュワアアァァッッ!
「……っ!」
まるで台風の子供のようである。
暴風玉は数倍に大きくなり、激しさを増している。
周辺の木々が風にあおられ、大きくしなっていた。
慌ててレンが手を離すと、元の球に戻る。
レンの仮説は見事に当たっていた。
「レン様……これは……?」
「これはね、相乗効果っていうんだ。通常であれば二人の力を合わせてもそれだけだけど、条件がそろった場合に、それ以上の力になることがあるんだよ」
「なるほど!さすがはレン様!何でも知ってらっしゃるのですね!」と、エメラルドの瞳をキラキラさせてレンを見つめる。
テラスには、ゴブリンの子供たちもおずおずとレンたちを見に来ていた。
「リィネさん、ありがとう!ようやく開発の糸口が見えてきたよ!」
レンは腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏を取り出した。
パチン。
彼は魔法を使い、よくしなる木材を作り出し、糸を接ぎ木して一つの弓を作る。
「よし、本体の完成だ」
弦となる糸を引っ張り、弓の強度や弦の感触を確かめた。
「レン様、それは弓ですか?」
「ああ、もう少しで完成するから、ちょっと見てて」
パチン。
すると、地面から小さな芽が出るや否や、真紅のバラの花がたくさんついた「つるバラ」に一瞬で成長した。
「―――進化の接ぎ木」
パチン。
鋏の先端から淡い緑色の魔力を注ぎ込み、二つの全く異なる植物の命を、一つの「武器」として完全に融合させる。
パァァァァァッ……!
眩い光が収まると、そこには息を呑むほど美しい一本の弓が完成していた。
弓の本体に鋭いトゲを持った蔓が、らせん状に巻き付いている。
その蔓には装飾のように真っ赤なバラの花が咲き誇っていた。
あまりの美しさに、リィネはうっとりと見とれている。
「よし!できた!」
「す、すごいきれいな弓……!完成ですね!」
「いや、まだだ。試してみないと。リィネさん、この弓で魔力を込めてあの大樹に向かって撃ってみてくれるかな」
リィネは早速一本の矢をつがえ、集中しながら弦を引き絞る。
その手から弓矢にリィネの魔力が流れ込んでいく。
「いきますっ!」
リィネの手から放たれた矢は、疾風を伴いながら一直線に大樹の幹に向かって飛んでいった。
ズバアァァァンッ!
リィネの手を離れた矢は大樹の腹を見事に貫いた。
「あ……!す、すごい……すごいです!」
リィネだけでなく、見ていたゴブリンの子供達も目を丸くして驚いている。
レンは「よし!」とガッツポーズをした。
「一体何ごとニャ!」
家の中から、大きな音を聞きつけたシャノアが弾かれるように出てきた。
「え?あの大樹……!リィネがやったのかニャ!?」
「そうなんだよ、シャノア。リィネさん専用の新しい武器のテストをしていたんだ」
「……えっ?これ……私の、なんですか?」
リィネは息を呑み、エメラルドの瞳を大きく見開いた。
「この前、大蛇と戦った後、何もできなかったって、落ち込んでいたから。リィネさんも戦えるように、って思って。……余計なお世話だった、かな?」
「そ、そんなことありません!あ、ありがとうございます!」
リィネはレンの優しさに感激し、満面の笑みをみせた。
「この疾風の茨弓のバラの蔓はね、髪に編んである蔓と同じで、僕の魔力と繋がっているんだ。リィネさんが弓に魔力を込めると、このバラの蔓との相乗効果で魔力が何倍にも膨れ上がるんだよ」
「私とレン様の魔力が一つになって、とても大きな力となるのですね!なんて素晴らしい弓なのでしょう!」
リィネは嬉しさのあまり、弓を持ってその場でグルグルと回る。
「リィネだけずるいニャ!アタシにも何かほしいニャ!」
「残念ですわねシャノア!これは私とレン様の共同作業でないと効果がないのです!私の為の、私だけの疾風の茨弓なのです!」
リィネは勝ち誇ったようにシャノアに向けて笑っていた。
武器を持たず怯えていた少女は今、敬愛するレンから最高の「弓」を与えられたのだ。
彼女の運命が、ここから大きく変わり始めようとしていた。




