第29話:意気投合
黒枯れの大蛇との死闘があった翌日、家の庭はすっかり元通りとなり、森に平和と静寂が戻っていた。
昼過ぎ、テラスにあるイスに座り、レンはハーブティーを飲みながら考え事をしていた。
腕を組み、空を見上げる。
池からは噴水の水が水面を打ちつける音が響き渡っていた。
「うーん……」
昨日、リィネに専用の武器を用意すべきだと思ったものの、アイデアに行き詰っていた。
あの黒枯れの鎧ともいえる絶対的な防御、触れるもの全てを腐食させる暴力にどうしたら対抗できるのか、打開策が見えないままである。
「レン様、何を先ほどから考えていらっしゃるのですか?」
そんなレンを心配そうにリィネが見つめる。
「うん、昨日の大蛇みたいなのが、またいつ襲ってくるかもわからないでしょ?だから、対抗できる秘密兵器を作れないかと思ってね」
レンはハーブティーをすすりながらリィネの方に振り返った。
「秘密兵器!さすがはレン様です!昨日の大蛇に圧勝したにもかかわらず、一切手を緩めないなんて!」
相変わらずレンを狂信するリィネ。
と思いきや、急激に卑屈でどんよりとしたオーラが体から溢れ、その場で座り込み、伏し目がちに地面を見つめる。
「それに比べて私なんて…….何もできない足手まといのゴミムシ以下です……」
指で地面に生えている草をいじりながらつぶやく。
「いやいや!そんなことないって!そんなに落ち込まないで!」
それに、ゴミムシだって生態系の重要な一部だし、そんな言い方したらかわいそうだよ、と心の中で突っ込むレンであった。
レンはそんなやり取りにフッと肩の力が抜け、脳がぐるぐると回りだす。
黒枯れに対抗するのに必要なのは、強烈な物理的破壊力、あるいは高密度の魔力しかないだろう。
リィネさんの体格を考えれば物理攻撃は考えにくい。
そうすると、魔力の密度をどう濃くするか、そこが重要な課題だな……。
「魔力.....か……」
再び空を見上げながら、ボソリとつぶやく。
「魔力がどうかなさったのですか?」
レンは何かを思いついたように真剣な目をしながら、うんと頷いた。
まずは、現状の分析が必要だな……。
「リィネさん、ちょっと手の中に魔力を込めてもらってもいいかな?」
「こうですか?」と、リィネが右の手のひらを上に向けると、バレーボール大の暴風球が浮かんだ。
ビュウゥゥッ!ビュウゥゥッ!
空気を切り裂く大きな音が鳴り響き、二人の間に緊張感が走る。
悪くはない……悪くはないけど、これでは黒枯れを突き破ることはできない。
もっと、もっと密度を濃くしないと……。
「……それを、威力を殺さずにもっと小さく圧縮することはできるかな?」
「え?圧縮ですか?……やってみます……」
リィネの額から汗が流れる。
右手に集中し、魔力をコントロールし始める。
しかし、
―――ギュルルルル……フワァァ……
魔力の球は空中で分解し、無くなってしまった。
「あっ!……すいません。うまくできませんでした……」
「いや、謝ることないよ。大体わかったから。ありがとうね」
ポカンとするリィネをよそに、考察を続けるレン。
リィネさんの魔力量、魔力密度では黒枯れは打ち破れないな。
という事は、武具の力でリィネさんの魔力を一点に集め、高密度にして威力を上げる、そんな構造なら……。
と、その時であった。
ガサガサガサッ!!
テラスの目の前の茂みが揺れた。
「……っ!」
リィネはレンと茂みの間に入り、腰を落として構える。
レンも腰の開拓者の万能剪定鋏の柄に手をかけた。
植物の伝言には悪意が近づく気配はなかった。
「……ニャ……あぁ……」
茂みから聞こえてきたのは猫の鳴き声のようだった。
そして……
ドサッ。
そこから、一人の少女が倒れ込みながら現れた。
体に十分な力が入らず、満身創痍のようであった。
「えっ……?」
レンは驚きに目を見開いた。
その少女の頭には「猫の耳」、腰からは「尻尾」がのびている。
妖精の血を引くキャット・ピクシーと呼ばれる希少な亜人の少女だ。
「お、お腹……すいた……ニャ……。ご……はん…….」
少女はそのまま痙攣し、気を失ってしまった。
「ま、マズイ!リィネさん、お水を持ってきて!」
「は、はい!」
レンは少女を一旦あおむけにする。
そして、少女の口元に耳を近づけ呼吸があることを確認した。次に、頸動脈に指をあて、心拍があることも確認する。
「うん、命に別状はなさそうだ」
レンは少女をそのまま抱きかかえ、寝室のベッドへと寝かせた。
「レン様、お水です」
「ありがとう、そこに置いておいて」
ふぅっと息を吐き、気持ちを整えてから右手に魔力を込める。
リィネの治療をした時と同じ要領で、今度はエナジー・ベリーと小麦を作り出し、そこから栄養を抽出した。
「うん……」
彼は頷き、コップの水に栄養成分を溶かす。
それから軽くゆすって混ぜ合わせた。
「よし、特製のエナジードリンクができたぞ」
レンは少女の横に座り、少女の状態を腕で抱えて起こし、コップを手に取った。
そして、ゆっくり、一滴、また一滴と口の中を湿らせていった。
「……ん、ニャ……?」
気が付けば障子からはオレンジ色の光が差し込んでいた。
コップ一杯のエナジードリンクが無くなる頃、少女はゆっくりと目を開いた。
大きな猫目が、パチパチと瞬きをし、キョロキョロと周囲を見渡す。
「あ、やっと気がついた。気分はどうかな?」
レンが声をかけると、少女とバッチリ目が合った。
少女の猫耳が、ピンッ!と立ち上がる。
「ニャ……お兄さんが助けてくれたのかニャ?」
「うん、どこも痛いところとかはないかい?」
レンの優しい声を聞いた瞬間、少女の顔色はみるみるよくなり、元気を取り戻していく。
「痛いところなんかどこにもないニャ!お兄さんは命の恩人だニャ!」
少女はバッと勢いよく体を起こすと、レンに抱き着くように体を密着させた。
そして喉をゴロゴロと鳴らし、レンの胸元に擦り付ける。
スリスリ……スリスリ……
「な、その……」
レンはどうしていいかわからず、そのまま硬直した。
ベッドの上で密着するレンと少女。
その瞬間、リィネが部屋に入ってきた。
「レン様、彼女のお加減はどう……です……か……!?なっ……なななっ……!!」
二人を見た瞬間、リィネの背後からズゴゴゴゴゴッと絶対零度の殺気が放たれた。
「この……泥棒猫がっ!今すぐ私のレン様から離れなさいっ!万死に値しますっ!」
リィネは魔法の杖をシャノアの鼻先につきつけ、魔力を込め始める。
「お、お前は誰ニャ!アタシとお兄さんの邪魔をするニャ!」
「り、リィネさん!待って!落ち着いて!誤解!…….誤解だから!」
「そもそもレン様を誘惑すること自体、何度死んでも償いきれない大罪です!」
「感謝の気持ちを伝えているだけニャ!なんニャ!この意地悪エルフ!!」
……
数分後、なんとか場を落ち着かせ、リビングのテーブルで話をすることになった。
光るキノコが部屋を照らしている。
テーブルの上には、エナジー・ベリーとイチゴなどが皿の上に並んでいた。
猫耳の少女はそれらを両手でつかみ、「美味しいニャ!おかわりニャ!」とがっついている。
「……さて、自己紹介をしようか」
レンは両脇の二人を見渡しながら話し始めた。
「まずは僕からでいいかな。僕はレン、ここで隠居生活を送っている剪定師だ」
猫耳の少女は果実を食べる手をとめ、口の中のものをゴクリと胃の中へ押し込んだ。
「お兄さんはレンというのニャ。アタシはシャノア、樹海を股にかける、キャット・ピクシーのシャノアニャ!」
「よろしく、シャノアさん。そしてこっちは……」
「……リィネ」
リィネはまだ気持ちがおさまらず、ムスッとしたまま答える。
レンはその光景に冷や汗をかき、愛想笑いを浮かべていた。
「いつまでむくれているのニャ、このエルフ」
「ふんっ!レン様のご慈悲がなければ、今頃あなたは樹海の塵になっていたのよ。レン様に感謝しなさい」
「まあまあ、リィネさん」
リィネは腕を組み、シャノアに敵意とも嫉妬ともとれる感情を向け、顔を背ける。
突如として現れたライバルに、リィネの危機管理センサーが、最大級の警鐘を鳴らしていた。
「シャノアさんは樹海を旅しているの?」
シャノアの猫耳が力なく垂れ下がる。
「もともとは、人間の国から『流行りの服』とか『珍しい道具』を仕入れて、森の亜人たちに売ったり、取引の仲介をしていたニャ……」
膝を抱え、寂しそうに尻尾を丸めるシャノア。
「でも最近、人間たちが森を荒らして、強引に開拓を進めるようになったニャ。そうしたら、村の大人たちが『お前が森に人間を引き入れたんだろう!』って怒り出して……村にいられなくなったのニャ……」
その話を聞いて、リィネのシャノアに対する気持ちが変わっていった。
リィネと同じ境遇であった。
何も悪いことをしていないのに、そこにいることが許されなくなる。
それがどれほど辛いことなのか、リィネ自身が一番よくわかっていた。
「シャノア……ごめん……」
リィネは謝罪せずにはいられなかった。
「な、なんニャ、急に……でも、まあいいニャ、私は何も気にしていないのニャ」
一方、シャノアは戸惑いつつも、どこか嬉しそうである。
「そうか。それは辛かったね……」
レンはシャノアの境遇に同情した。
愛想笑いも無くなり、悲しそうな顔をしている。
その優しい言葉に、シャノアは感激した。
「レン様……本当に優しいニャ。人間なのにアタシを助けてくれて、こんなに美味しい果物までくれて……」
シャノアはさりげなく隣に座るレンに擦り寄ろうとした。
しかし、リィネがサッと二人の間に割り込む。
「レン様、ハーブティーをどうぞ」
リィネはハーブティーの入ったカップをドンッ!とテーブルに置く。
シャノアは「ちっ」と小さく舌打ちをした。
ふと、リィネが着ている服に目がとまった。
「……ニャ?リィネのその服、どこで手に入れたのニャ?」
シャノアいわく、信じられないほどの上質な生地、デザインも可愛くて人間界にも同じようなものは見たことがないとの事である。
シャノアはジロジロと純白の花のドレスを見つめた。
リィネは胸を張り、自慢げにふんっと鼻を鳴らした。
「これは、レン様が私のために特別に仕立ててくださった、世界に一つだけのドレスなのですっ!」
「レ、レン様がこれを作ったニャ!?こんな服まで作れるニャ!?」
「うん、まあ。リィネさんの服がボロボロだったから、魔法の力でね」
シャノアの猫目がギラギラと輝き始めた。
「レン様!アタシ、もっとレン様の魔法が見たいニャ!」
シャノアはスッと椅子から立ち上がり、レンに向かってビシッと指を突きつけた。
「レン様はすごいニャ!何でもできる力があるのに、それでいて優しいニャ!アタシ、もっとレン様のことを知りたいニャ!」
「そうでしょう!私のレン様は神にも匹敵する完璧なお方!知りたくなるのは当然です!シャノア、あなたは人を見る目がありますね」
「まあ、それほどでもないニャ。リィネこそエルフにしては物分かりがいいのニャ」
突然の二人の意気投合にやっと安心できたレン。
しかし、そのまま二人の女子トークは夜遅くまで続き、レンは一人取り残されたのであった。
静かで孤独だったレンの隠居生活。
そこに突如として舞い込んだ、ムードメーカー。
森の家に波乱の予感を運んできたのである。




