↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
接ぎ木の紋章  作者: 日置坂 唯奈
第一幕 孤独な隠居生活とエルフの少女
PR
29/78

第28話:新規案件

黒枯れの大蛇(アシッド・パイソン)との激しい戦闘の後、森には再び静寂が戻っていた。


鳥がさえずり、風がざわざわと木々を揺らす。

森の天井を覆う枝葉の隙間から、柔らかな光がこぼれていた。


レンは自慢の池、光る水族館(ルミナ・アクアリウム)、であった場所の前で呆然としていた。


「……マジか……」


大蛇の体を纏っていた黒い液体に汚染され、今や生命の息吹はどこにも感じられない。


こだわっていたのは水質だけではなかった。

魚、浮草、中央には噴水、周囲には花、そして、夜には魚や浮草が淡く光る幻想的な光景が広がっていた。


それが今や、見る影も無くなっている。


空を見上げ、大きく深呼吸するレン。


「―――よし、やるか」


彼は気持ちを切り替え、うんと背伸びをした。


そして、腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏(マスター・セカテール)を引き抜いた。


パチン。


レンは鋏を打ち鳴らし、川底に配置した多孔質の石に住むバクテリアを強制的に活性化させる。


緑色の魔力が真っ黒に濁った池の奥へと流れ込んでいく。


「……あれ?」


しかし、いつまで経っても水が透明になっていかない。


パチン、パチン。


そんなことがあるはずはないと、再度鋏を鳴らしてみる。


やはり浄化が進まなかった。


いや、正確には浄化の速度が異常に遅かったのだ。


「あぁっ!……くっ!」


右手の紋章がまるで熱した石でも当てたかのように熱くなる。

思わず紋章を手でおさえた。


まるで黒枯れの毒素が魔力に対して反発しているようであった。


思い返せば、黒く枯れている木を回復させようと魔法を使った後はいつもこうだった。

木々は思い通りには元気にならず、紋章だけが熱を持った。


そして、先ほどリィネが大蛇に向けて放った魔法も黒枯れに弾かれていた。


「はあっ……はあっ…….」


数十分後、レンの額には脂汗が浮かび、肩で息をしていた。


痛みを堪え、ゆっくりとではあったが、なんとか光る水族館(ルミナ・アクアリウム)と周辺の黒枯れを浄化した。


「……疲れた……休憩しなきゃ」


レンは、ぽつりと呟いた。


重い足取りのまま、レンは家へと戻った。


「リィネさん、朝ごはんの準備ありがとう」


リビングのテーブルには食器が並び、温かいスープ、レタスのサラダやトマト、エナジー・ベリーなどが盛り付けられていた。


「……とんでもございません、レン様」


「……ん?あれ?どうしたの?」


いつもであれば、


「森の守護者たるレン様の朝食を用意するのは当然の義務です!万が一にもお口に合わないときは死んでお詫びします!」


「いやいや、好き嫌いは誰にでもあるし、そこまでしなくていいから!」


というところまでが一連なのだが。


「大丈夫……?」


しかし、リィネから返事はない。


レンはドキッとした。

この感覚には覚えがあった。


前世の営業マン時代、部下が何か大きな失敗をやらかした、あの時と同じであった。


「な、何か言いづらい事があるのかな……嫌じゃなければ教えてほしいんだけど……」


レンはゴクリと唾を飲み、返事を待つ。

空気がピンと張りつめ、肌にヒリヒリと打ち付けてくるようであった。


しばしの沈黙の後、リィネは恐る恐る口を開いた。


「……レン様……謝らければならないことがあります……」

「え……」


あまりに神妙な告白に、漠然とした嫌な予感がレンの胸を襲う。

リィネはというと、今にも泣き出しそうに震えている。


「私の……目を、見てもらえますか?」

「……うん」


レンの心臓はドキリと拍動した。

女性の目を見つめる経験は前世を通してもほとんどなかったのだ。


しかし、どう考えても今はそんな甘いシチュエーションではないことは確かだった。

気を取り直し、腰をかがめ、リィネの目を見つめた。


「あ……」


そこでレンは気が付いた。

リィネの瞳の奥に、年輪のような模様が浮かび上がっていることに。


「これは……?」

「わ、私にも、わかりません。ただ、昨晩、急に顔が熱くなって、水鏡で見てみたら……」


レンにもわけがわからなかった。


ハイエルフではよくあることなのだろうか。

いや、それであればリィネさんがこんなに動揺することはないはずだ……。


頭の中で思考がぐるぐると回る。


「……申し訳ありません」


「え……どうしたの?」


レンはますます混乱する。謝罪される覚えは何もないのだ。

しかし、リィネは続ける。


「私の瞳は不吉な瞳、そこにこんな模様までできて……きっと先ほどの大蛇は私が原因なのです!私が大蛇を狂わせ、呼び寄せてしまったに違いありません!」


リィネは気にしないようにと努めてきたが、瞳の中に年輪のような模様ができたことはショックだった。


自分は忌み子、災厄を呼ぶ不吉な瞳であるとの想いが再燃してしまっていた。


「リィネさん!何度でも言う!リィネさんと黒枯れは関係ない!その瞳の模様だって、僕には世界で一番きれいな模様だ!」


レンは熱弁した。


これ以上リィネに悲しい思いをさせたくなかったのだ。


しかし、彼女の想いはそれだけではなかった。


「それに……あの大蛇と対峙した時、私は何一つお役に立てませんでした」


リィネは、黒枯れの大蛇(アシッド・パイソン)に対して魔法が効かなかった事で、自らを責め立てていた。


彼女は胸の前で組んだ両手をギュッと握りしめ、血が滲むほど強く唇を噛む。


「私は、大蛇を呼び寄せた挙句……レン様を命の危険にさらしたのです……!」


リィネは泣きそうになるのを必死に堪える。


「もう、私はここにいない方がよいのですっ!!」


「そんなこと……絶対にない!」


レンはリィネの震える両手を、自分の両手でしっかりと包み込んだ。

彼女の手を強く握りしめていた。


「レ、レン様……」


「リィネさん、僕は……君にここにいてほしいんだ」


レンはリィネの瞳を真っすぐに見つめる。


「君がいるから僕の生活は華やかになった。君がいるからあんな大蛇にも立ち向かう勇気が湧いたんだ。もし、君がいなかったら、ここにいなかったのは僕の方なんだよ」


それはレンの本心から自然に出てきた言葉であった。


もしリィネがいなければ、大蛇が近づいてきた瞬間に家を要塞化し、引きこもってやり過ごすか、森の奥に避難していた自信があった。


リィネを守りたい一心が大蛇と戦う覚悟を支えたのだ。


「君がいるから僕はここにいる。いなくていい、なんて事は絶対にないんだ」


「……あ、あぁ……レン様……っ」


リィネはレンの胸の中で堪えきれなくなった涙をゆっくりと流した。

レンはやさしく抱き寄せ、泣き止むまで寄り添った。


リィネはすぐに落ち着き、「お見苦しいところをお見せしました」と謝罪した後、寝室のベッドで浅い眠りについた。


レンはハーブティーを淹れ、一人で考え事をしていた。


大蛇そのものはそこまで脅威ではない。

しかし、それを脅威たらしめたのは、黒枯れの汚染、である。


それは間違いなかった。


リィネさんの魔法だって弱くはないはずだ。

実際に、先日の人間達はあっという間に遠くまで吹き飛ばされていた。

にも関わらず、黒枯れの瘴気の前ではほとんどダメージを与えられなかった。


空間剪定(エリア・セイバー)は絶大な魔力を凝集して線状に飛ばすから大蛇の首を切断できたが、通常の魔力密度では黒枯れに弾かれるのだろう。


もしかすると、黒枯れに汚染された魔物に襲われることはこれからもあるかもしれない。

もしも自分がいない時に、リィネさんがその魔物と相対することになったら……。


想像するだけで、ゾッと背筋が凍る。

彼女自身が身を守るための力、すなわち専用の武器が必要だという結論に達した。


レンは、ぬるくなったハーブティーを一気に飲み干す。


だが、レンは鍛冶師ではない。

剣や斧を作ることはできないのだ。


先日のように魔法の杖程度なら植物から作れるが、それでは黒枯れに効かないのは残念ながら実証済みだ。


通常の武器では黒枯れの前に弾かれてしまう。

リィネさんの持つ魔力を一点に集中し、黒枯れを貫通させるようなものが好ましいだろう。


しかし、どうすれば……。


「なかなか面白い案件だな……」


レンはニヤリと笑った後、テーブルの上で腕を組み、グッとその腕に力を込めた。


迫り来る『黒枯れ』の脅威。

彼女の笑顔と自信を取り戻すための、専用武器開発の糸口。


静かな隠居生活を望んでいた剪定師の青年の胸中には、深い焦燥感と、それを上回る『絶対に解決してやる』という元営業マンとしての静かな決意が入り交じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。