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第23話:初めての来客

すっかり日が落ち、夜の森に月明かりが照らされていた。


レンが新設したキッチンでリィネが作った、野鳥と完熟トマトの煮込みスープ。

レンとリィネが温かな団らんの時間を楽しんでいた矢先のことだった。


「……っ!」


植物の伝言(ウィスパー・ネット)を通じて警戒情報がレンの頭に流れ込んできた。


「リィネさん、こないだ君が突き抜けた茨の辺りに、気配がする」


「えっ……ま、まさか、あの人間達ですか!?」


リィネの顔面が蒼白になり、思い出す恐怖に言葉を荒げた。


「いや、そういったものじゃなさそう……。けど、何か困っているような、そんな感じ……」


リィネは緊張し、動けなくなっていた。


「どうしますか?レン様……」


「うん、とりあえず様子を見に行ってみようと思う。一緒に来てもらってもいいかな?」


「……はい、喜んでお供します」


二人は夜の森を南の境界の茨(バウンダリー・ソーン)のところまで足早に進んでいった。


「リィネさん、足元に気を付けて。ところどころ大きな木の根が張り出しているから……」


そういった直後、リィネは木の根に躓いて転んでいた。


「大丈夫?怪我はない?」


倒れているリィネを起こそうと、手を差し出すレン。

リィネはその手を握りしめ、よいしょと体を起こした。


レンの手のひらを通してその体温を感じ取り、リィネは一気に緊張した。

手をぱっと離すと、両手をぶんぶんと振りだす。


「はわわわわ!すいません!レン様に気を遣わせてしまって。万死に値しますうぅ!」


「いやいや、いいって。別に当たり前のことをしたまでだよ」


レンは平静を装っているが、内心ではリィネの手の温もりにドキリとしていた。


引き続き、先を急ぐ二人。


茨の壁に近づくと、その向こうにいたのは、武装した人間でも恐ろしい魔物でもなかった。


「……あ、うぅ……」


そこにいたのは、弱小亜人の子供たちだった。


緑色の肌に尖った耳。

森の害獣として忌み嫌われることの多い、ゴブリンの子供たちである 。


彼らはひどく痩せこけており、恐怖と飢えでガタガタと震えていた。


「ゴブリン……しかも、子供?」


リィネは眉をひそめた。


誇り高いハイエルフの社会において、ゴブリンなどの弱小亜人は下等な存在として排斥の対象であった。


彼女は警戒を解かず、主であるレンの聖域を汚させまいと、鋭い視線を向ける。


しかし、レンの反応は全く違っていた。


レンは迷う事なくゴブリンの子供たちへと歩み寄った。


「どうしたの?お腹が空いているのかな?」


レンに他意はなかった。

ただ、困っている子供がそこにいたから助けたいと、そう思っただけのことであった。


「ひぃっ……!」


子供たちはレンとリィネを見て怖がり、後ずさった。


明らかに怯えている彼らを見て、レンは茨の壁の一部を開け、通れるようにした。


「さあ、こっちへおいで。何も悪いことはしないよ」


「なっ!?レン様、一体何を!こいつらはゴブリンですよ!」


リィネには理解できなかった。

弱小亜人を自らの領地に招き入れるなど、彼女の常識では決してありえないことであった。


「別にいいんじゃないかな。僕たちに危害を加えるわけじゃないし。それに、ほら、こんなに痩せて、お腹空いてると思うんだ」


「いや……でも……」


レンは当たり前のようにそう言った後、彼らを怖がらせないようにゆっくりと近寄った。


そして、ポケットからエナジー・ベリーやイチゴをいくつか取り出し、彼らの小さな手へと優しく乗せた。


「これは僕が育てた果実だよ。甘くて美味しいから、安心して食べて」


レンは偏見など微塵も感じさせず、当然のように微笑んでいる。


恐る恐るイチゴを口にしたゴブリンの子供たちは、その圧倒的な甘さと果汁に目を丸くし、ポロポロと涙をこぼしながら貪り始めた。


その光景を、リィネはただ呆然と見つめていた。

そして、その茨の壁を見た瞬間に、あの日の事を思い出す。


人間達に追い回され、毒矢を射られ、この茨の壁に頭から無理やり突っ込んで、傷だらけになりながらも通り抜けたのだ。


そして、瀕死になっているところを助けられた。


そこまで思い出したところで、気が付いた。


(そうか……。レン様は困っている人を見捨てておけないんだ。もし、レン様が薄情な人間であれば、今の私はここにはいない、今頃死んでいるか、どこかの人間に売り飛ばされていたかもしれない……)


レンは迷うことなくゴブリンの子供たちに手を差し伸べていた。


(そうだ、レン様は普通の人間とは違う。相手がゴブリンであろうと、瀕死のハイエルフだろうと……困っていれば救いの手を差し伸べてくれるのだ)


リィネは胸の奥が熱くなった。


彼女自身もまた、村を追放された身である。

だからこそ、弱者を見捨てないレンの優しさが胸に響いたのだ。


やがて、ゴブリンの子供の一人が果実を食べ終えて、少し落ち着きを取り戻した。

そして、レンに向かって震える声で語り始めた。


「あ、ありがとう、人間の兄ちゃん……。俺たち、ずっと南の森に住んでたんだけど……」


「南の森で、何かあったの?」


レンが優しく促すと、その子供は恐怖を思い出したように身を縮めた。


「森の奥で……木が真っ黒になって枯れていく『黒枯れ』が起きてるんだ」


「黒枯れ……?」


「うん。泥みたいな黒い水が地面から湧いてきて、それに触れた木も草も、全部真っ黒になって死んじまうんだ。魔物たちもおかしくなって暴れ出して……俺たち、それに追われて逃げてきたんだよ」


周りの子供たちも、うんうんと一様に頷いている。


木が真っ黒になって枯れる現象……?

単なる自然災害か環境の変化か?


どちらにせよ、この森で生活するものにとって重大なリスク要因だな……ん?


子供が涙ながらに語った『黒枯れ』という不吉な言葉に、レンはどこか引っかかった。


そうだ!リィネさんの言っていた、木が黒く枯れる現象だ!


そして、彼女の方に顔を向けた。


「うそ……っ!……わ、私のせいだ……私の……瞳……!……あああぁ!!」


リィネは両手で顔を覆い、膝から崩れ落ちた。


しかしレンは冷静だった。

レンはすぐさまリィネに駆け寄り、両肩に手を置いた。


「まだリィネさんの瞳が原因だと決まったわけじゃない!」


レンは力強く訴えた。

いつも気弱でおっとりしているが、今は敢えて大きな声でリィネを励ますように言った。


「だって考えてみてよ。この子たちが言っているのは、ハイエルフの村とは全然違う場所での話だ。もしかしたら、黒枯れはリィネさんとはまったく関係がないのかもしれないじゃないか」


「……え?」


リィネはレンの迫力に圧倒されていた。


「きっとそうだ!黒枯れは樹海全体で起きている。そして、たまたまハイエルフの村にもそれが起きたんだ。リィネさんの瞳は黒枯れとは関係ないんだよ!」


レンの力強い説得に、ついにはそうなのかもしれないと、リィネは思い始めた。

ゴブリンの子供たちは何が何だかわからない、という風に二人のやり取りを見ていた。


レンがリィネの説得についてどうクロージングしようかと思考を巡らせていた、まさにその時だった。


「――そこまでだ、動くな!!」


暗がりから、突如として鋭い怒声が響き渡った。

ガサッ!という大きな音と共に茂みを掻き分けて現れたのは、数人の武装した人間たちだった。


平時であれば、植物の伝言(ウィスパー・ネット)ですぐに気づくはずであるが、全神経をリィネの説得に費やしていたため、完全に無防備となっていたのである。


「な……あ……」


レンは完全に意表を突かれた形となり、何もできずフリーズした。


「人間の、冒険者……!?」


リィネが即座に警戒態勢に入る。

ゴブリンの子供たちも同様であった。


現れたのは、偶然この森を冒険していた、パーティーであった。

カイルという青年をリーダーとする銀等級の冒険者パーティー『明けの明星』の面々である。


彼らは抜身の剣や杖を構え、レンたちのいる空間を囲むように展開した。


「おい!無事か!今助けてやるぞ!」


カイルの目には、レンが亜人達に襲われているように映っていたのだ。


レンの周りには、魔族として恐れられることもあるハイエルフと、森の害獣であるゴブリンの子供たちである 。


「おい、そこのエルフ!その人間から離れろ!」


カイルがリィネを明確に敵視し、剣を突きつけて怒鳴り声を上げた 。


「レン様に刃を向けるなど、万死に値します……!」


リィネのエメラルドの瞳が冷たく細められ、彼女の手の中に魔力が込められる。

一触即発の事態。


レンは大きく深呼吸をした。

そして、覚悟を決めた営業モードのスイッチを強引にオンにする。


「ちょ、ちょっとお待ちください!彼女らは私達の敵ではありません!!」


レンは両手を広げてカイルたちの前に立ちふさがった。


「ここは私の私有地であり、彼女らは、私の大切なゲストなのです」


「はあ!? お、お前、何を言ってるんだ!そのハイエルフに操られているのか!?」


カイルは、にわかにはその事実を受け入れられなかった。

剣を構えなおし、今にもリィネに切りかかりそうである。


「何ですって!私がレン様を操るなど、天地がひっくり返ってもありえません!!レン様に対するその態度、たとえレン様がお許しになられても、私が許しません!!」


「ま、待って待ってリィネさん!少し落ち着いて!」


レンは今度はリィネに向かって両手を前に出し慌てて静止する。


「レン様がそこまで仰るなら仕方ありません。……そこの人間!レン様のお陰で命拾いをしましたね。レン様に感謝しなさい!」


そんな二人のやり取りをみて、カイルは剣を下した。


「……ああ、わかったよ。どうやら襲われているわけじゃなさそうだな」


「よろしければ、皆さまも我が家の方までお越しになりますか?せっかくですし……」


レンは初めて会う話の通じる人間にホッと安堵していた。

そして、話を色々と聞いてみたかったのだ。


「……罠じゃないだろうな……」


「まだレン様を疑うのですか!この無礼者!そこになおれ!」


「リィネさん、大丈夫だから。そんな、時代劇じゃないんだから」


カイルは、リィネのレンに対する眼差しをみて、ひとまずはレンを信じることにした。


「どうぞ、ついて来てください。自宅の方まで案内します」


レンはカイルを始めとする『明けの明星』のメンバーと、ゴブリンの子供たちを家の前まで案内した。


家の前まで辿り着くと、レンは開拓者の万能剪定鋏(マスター・セカテール)に手を伸ばし、パチン!と鋏の刃を鳴らす。


「――取引の円卓(ネゴ・テーブル)!」


カイルたちの足元の地面がゴゴゴッと隆起し、一瞬にして巨大な切り株のテーブルと、座り心地の良い木製の椅子が人数分生成されたのだ。


「なっ……!?」

「地形を書き換えただと!?」


カイルたち『明けの明星』の面々は、そのデタラメな魔法のスケールを目の当たりにし、武器を構えたまま完全に硬直した。


「さあ、どうぞお掛けください。今、最新のハーブティーを入れますから」


レンは新たに生成したテーブルの上に、見事な手際で温かいハーブティーを並べていく。


圧倒的な魔法の暴力と、それにそぐわない異常に丁寧な接客態度。


その落差に完全に毒気を抜かれたカイルたちは、もはや反論する言葉すら失い、剣をカチャリと鞘に収めるしかなかった 。


森の奥から迫り来る『黒枯れ』の脅威と、初めての人間社会との接触。


レンの望む究極の隠居生活は、少しずつ、しかし確実に外の世界の波に巻き込まれようとしていた。

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