第22話:キッチン
レンが魔法で作り上げた自動菜園。
そこに今日の朝、イチゴやトマトといった前世でもおなじみの果物や野菜を、新商品としてラインナップに加えた。
予想以上に顧客満足度が高く、定番商品として食卓に並ぶことになったのだ。
それらを心ゆくまで堪能したリィネは、幸せそうに頬を緩ませていた。
「本当に、夢のようなお味でした。レン様と出会うことがなければ、一生この味に出会う機会はなかったかもしれません。私の胃袋はレン様にがっちりとつかまれてしまいました」
「いやそんな大げさな。新婚の旦那さんが、奥さんに胃袋つかまれたみたいに」
相変わらずのリィネの誇大な言い方に、思わず突っ込むレン。
そして、異世界でも同じような表現をするのかい、と心の中でも突っ込んだ。
これを幸せな時間というのだろうか、かけがえのない温かさに満たされていた。
リビングの中心にあるテーブルの上には、メロンの皮やトマトのヘタが残っている。
彼女のエメラルドの瞳は、レンへの尊敬と信頼で輝いていた。
「僕もこんなに喜んでもらえるなんて、思ってなかったよ」
「私もです!レン様が前にいた世界というのは、夢のような国なのですね!」
ん、何か誤解を生んだ気がする……。
確かに食べ物は美味しかったかもしれない。
その点については一切の不満はなかった。
しかし、過労とストレスで死んでしまうような世界を、夢の国といってもよいものだろうか。
「ま、まあ、ある意味では夢のような国……だったかな」
リィネは目をキラキラさせてレンを見つめている。
やはり誤解されているが、もう訂正する気にもなれなかった。
レンは水を飲み、ふうと息をついた。
過酷な逃亡生活でボロボロだった彼女が、こうして満面の笑みを浮かべてくれている。
それだけで、レンは満足していた。
だが、リィネはふと姿勢を正し、真剣な眼差しでレンを見つめてきた。
「あの……レン様。とても言いにくいのですが……」
「……?一体どうしたの?」
今朝に続いて二度目だ、もしかしたらただ事ではないかもしれない。
やはり、どこかで怒らせてしまったのか……。
思い当たるふしはどこにもないけど。
じつはマスクメロンが口に合わなかったのだろうか……。
「私、その、本当に我儘ですいません。でも……もう一つだけ、お願いがあるのです」
リィネが意を決したように声を絞り出す。
レンは何だろうと緊張し、姿勢を正した。
「レン様には命を救われ、美しいドレスを与えられ、奇跡の果実までいただき、心から感謝しております」
「……うん」
レンの中で不安がどんどん大きくなる。
前世を思い出す。
部下から話があると言われ、個室で面談をする。
感謝の気持ちを述べられた後はいつもアレだった。
「退職」させてください……。
嫌な予感が頭をよぎる。
レンの心拍は早くなり、背中に汗が流れるのを感じた。
「私ばかりが与えられていては、バチが当たってしまいます」
「ん?」
レンの予想は外れたようだ。
だがしかし、まだ喜んでいいのかよくわからない。
リィネは両手を胸の前でギュッと握りしめていた。
そして、恥ずかしそうに、しかし射貫くようなまっすぐな瞳でこちらに向かって言った。
「ですから、私に恩返しをさせてもらえませんか?このお野菜を使って、私がレン様に温かいお料理を作りたいのです」
料理。
その言葉を聞いた瞬間、レンの目がカッ!と見開かれた。
果物や生野菜は確かに美味しい。
だが、レンは物足りないと感じていたのも事実であった。
前世の日本では当たり前であった温かいスープ、香ばしく焼かれた肉料理といったものは考えてもいなかった。
「リィネさん、ありがとう。とっても嬉しいよ。僕も温かいものが食べたいと思っていたんだ」
「うふふ……。また考えていることが一緒ですね」
リィネは照れくさそうに頬をポリポリとかきながら笑う。
だが、ここで現実的な問題が立ち塞がった。
今の森の家には本格的な調理設備がないのだ。
レンのDIY魂に火がつき始める。
煮込み料理や炒め物を作るには、「キッチン」が必要ではないだろうか。
是非とも作りたい。
今後の生活の中で、あるとないでは大違いだ。
キッチンに必要なものといえば……アレとコレと……ソレにアレで……。
急に黙り、難しい顔をして考え込むレン。
「レン様……?」
急に物思いにふけってしまったレンを見て、リィネは心配そうに呟く。
「あ、ああ、つい考え事を……」
レンの中で、元営業マンとしての血が再び騒ぎ出した。
今朝に続いて二度目である。
最重要顧客が自ら料理を作りたいとモチベーションを高めている。
ならば、最高の環境を提案し、提供するのがプロの仕事だ。
レンの目が冷徹な営業モードになり、プロとしてのスイッチが入った。
「素晴らしい提案だよ、リィネさん。ぜひ君の手料理を食べたい」
「本当ですか!?」
よし、食いついた……。
顧客の興味のありそうな会話から入るのは基本だからね。
レンは心の中で第一段階突破に満足した。
「うん。でもそのためには、君が気持ちよく料理できる最高のキッチンを作らないとね。さっそく打ち合わせを始めよう」
「うち……あわ……せ……?」
とまどうリィネをよそに、レンはテーブルの上に木の葉を広げた。
顧客へのヒアリングがスタートする。
「まず、作業台の高さを決めないとね。少し立ってみて?」
リィネは言われるがままに立ち上がる。
レンは目測で彼女の床面から肘までの高さを測り、葉に書いていく。
「うん、これくらいの作業台の高さでどうかな?」
レンは手で台の高さを示し、リィネに確認する。
「え?……ええと……もう少し低くても……」
「じゃあ、これくらい?」
そんなやりとりを繰り返し、ようやくキッチンの高さが決まった。
「次は動線だね。アイランド型、カウンター型、壁付け型、独立型とか、色々あるけど……」
リィネは更に戸惑いが深くなる。
聞きなれない言葉ばかりで、チンプンカンプンになっていた。
「おっと、説明が足りてなかったね、アイランド型というのはね……」
レンによるキッチンの種類講座が始まった。
I型キッチン、カウンター型キッチン、アイランド型キッチンなど。
要は生活のスタイルや部屋のスペース、好みの問題である。
「だからね、大切なのはリィネさんがどうしたいか、なんだよ。さあ、遠慮なく言って」
「はわわわわ……!よくわからないですぅ!」
リィネはわけがわからず泣きそうになっていた。
あ……しまった……調子にのり過ぎた……。
レンは即座に作戦を切り替えた。
プロの営業マンとして、顧客を困らせてしまうのはご法度である。
「おっと、ごめんごめん。そんな難しい話じゃないんだ。ちょっと見てて」
レンは開拓者の万能剪定鋏を取り出し、パチンと打ち鳴らした。
床から木の板がせり上がり、作業台の形を作っていく。
実際に形を目で見てもらい、どんな種類が好きなのかを確認するようにした。
リィネは先ほどまでの困惑を忘れたように瞳を輝かせて見ている。
「レン様、私、これがいいです!」
レンは頷き、葉にメモをとる。
「よし、完璧な設計図ができた。それじゃあ、施工に入ろう」
打ち合わせを終えたレンは、設置場所を探し、リビングルームの隅の、換気の良いデッドスペースに立つ。
「リィネさん、この辺でいいかな」
「はい、お願いします」
レンは剪定鋏をホルスターから抜き取り、壁に向かって構えた。
パチン。
乾いた金属音が鳴り響く。
先ほど打ち合わせで決めた通りに木材が出現し、形を作っていった。
「リィネさん、最終確認だ。高さ、大きさ、形、配置、これでいいかな?」
「はい、全て私の希望した通りです」
リィネは嬉しかった。
キッチンを作るためにあれやこれやと聞かれ、途中でわけがわからなくなってしまっていたが、全てはリィネの為にレンが用意してくれていたのだ。
「じゃあ、いくよ!―――万能の資材!」
やはりここでも敢えて魔法を大声で詠唱する。
レンにとって、ここは作業台の仕上げの一番の見せ場だったのだ。
リィネも相変わらずそれを見てうっとりとしていた。
パチン。
キッチンの形を作っている木材が色を変え、鉄よりも硬く、大理石のように滑らかな木材へと変化していく。
表面は特殊な樹液でコーティングされており、水や油を完全に弾く衛生的な天板となっている。
「凄い……!木材が、レン様の意志に従って材質を変えていきます……!」
リィネが感嘆の声を上げる中、レンは前世の知識と魔法を完全に融合させていた。
「よし、次は水回りだね」
レンはキッチンの端に深いシンクのくぼみを作る。
そして、再び剪定鋏を打ち鳴らす。
パチン。
シンクの上部から細い蔓が出現し、手前に伸びてくる。
そして、その蔓の先端からは、なんと水が流れ出てきていた。
大樹が吸い上げた用水路の水が、シンクに排出されるように設計したのだ。
シンクに落ちた水は、排水口を通り、用水路へと排水されていく完璧なシステムが完成した。
「これならいつでもお水が飲めますし、お野菜も洗えますね!」
レンは鼻高々であった。しかし、これで終わりではなかった。
「まだまだ、ここからが本番だよ」
キッチンである以上、外せないが、最も危険であるもの。
「火」である。
レンはコンロとなるスペースに拾ってきた石を積み上げ、平らにした。
そして、右手に魔力を込め、発熱の葉を作り出す。
わずかな魔力で高熱を発する特殊な魔法植物の葉だ。
これを石の土台の内部に敷き詰める。
そして手元には小さな魔力スイッチとなる枝を配置した。
「リィネさん、この小枝に少し魔力を流してみて」
「はい……こうでしょうか」
リィネが指先で小枝に触れると、コンロに積み上げた石が赤くなり、強烈な熱を放ち始めた。
「こ、これは!火が出ていないのに熱いです!」
リィネは驚き、困惑した。
「これなら直接火がでないから安全だよ。魔力の流し方で火の強さも調整できるしね」
換気扇はさすがに作れなかったが、コンロの小枝と障子を連動させ、火を使う時は障子が開き、外の空気が入るようにした。
作業台、水回り、そして安全なコンロ。
すべてがリィネのために最適化された至高のDIYキッチンが、わずか数十分で完成した。
「リィネさん、どうかな?」
レンはやり切った感に満足し、はつらつとした顔で意気揚々と彼女に聞いた。
半分は自己満足であったが、是非とも喜んでもらいたかったのだ。
「あ、ありがとうございます、レン様!これを、私が……使ってもよろしいのでしょうか?」
「もちろんだよ!君の為に作ったんだからね。使ってみて不具合があれば、いつでもリフォームだってするさ」
リィネはレンの前に深く跪き、両手を胸の前で組んだ。
「ああ……私が少し言った願いをここまで完璧に叶えてくださるなんて……」
「いやいや、また、そんな……」
リィネの狂信がまたしても始まっていた。
「やはりレン様は神のごときお方。私、レン様への愛と忠誠を込めて、腕によりをかけてお料理を作らせていただきます!」
盲目的なまでの感謝と尊敬の眼差しであったが、レンは彼女が喜んでくれたことにひとまず安心したのであった。
それからしばらくして、日が暮れる頃、家の中に食欲を刺激する香ばしくて甘い匂いが漂い始めた。
「レン様、お待たせいたしました。……『野鳥と完熟トマトの煮込みスープ』です」
テーブルの上に置かれた食器。
そこからは、熱々の湯気が立ち上っていた。
「すごい……!いい匂いだね」
レンは木のスプーンを手に取り、スープを一口飲んだ。
「レン様、どうですか?」
「……うんっ!美味しい!」
心からの感想であった。
しばらく冷たいものばかりで飽き飽きしていたのも事実であったが、何より彼女が自分の為に作ってくれたのが、その美味しさに拍車をかけていた。
「美味しい……! 本当にすごく美味しいよ、リィネさん!」
レンは無我夢中でスープを飲んだ。
ぺろりと平らげると、おかわりをせがんだ。
「そんなに喜んで頂けるなんて。私、本当に幸せです!」
リィネはスープを頬張るレンの姿をうっとりとした瞳で見つめ続けていた。
夜の森の冷気が少しずつ強くなっていく中、森の家の中は温かい空気に満ちていた。
レンが作ったキッチンと、リィネが愛情を込めて作った温かい手料理。
そして二人で囲むテーブル。
誰かと一緒に、美味しいご飯を食べる。
レンはリィネのやさしさを体の芯で感じながら、このささやかで絶対的な平和を何があっても守り抜こうと静かに心に誓うのだった。




