第24話:黒く枯れる森
樹海の奥、不自然にも池や菜園のあるその森に、朝日が降り注いでいる。
昨晩、境界の茨付近で出会ったゴブリンの子供たち、青年カイル率いる銀等級の冒険者パーティー『明けの明星』のメンバーは、レンたちの家の庭とも言える空地で野営をし、夜を過ごした。
レンが作り出した、巨大な切り株のテーブル。
その上には、食器が並び、エナジー・ベリーやイチゴ、マスクメロンといった果物、さらにはトマトとレタスの生野菜サラダが人数分並べられている。
「……何だこれ、こんなもん食うの生まれて初めてだ」
「この赤いブツブツ食ってみな、すんげえ甘いぞ……」
「いや、この緑の果肉なんか中から甘い汁が溢れてきて……」
カイル達はその食事内容に驚きを隠せなかった。
驚きつつも、口に入れる手が止まらない。
そこにリィネがハーブティーをお盆に乗せ、家から出てきた。
「そうでしょう!レン様は偉大なる森の守護者であらせられます!それは、そのレン様が生み出したる奇跡の果実!口にできることをありがたく思いなさい!」
リィネはまるで自分が偉業を成したかのようなドヤ顔であった。
「……ぷ!……お嬢ちゃん!なんだそりゃ!あはははは!」
カイルは大きく肩を震わせて笑う。
リィネはぶるぶると震えだし、その目から光が消え、ゴゴゴゴゴッと殺気が溢れた。
「レン様を侮辱するなんて……笑止千万です!……万死に値しますっ!!」
どこからか持ち出した魔法の杖をカイルに向け、魔力を込め始める。
「ままま、待って!リィネさんっ!悪気はないから!」
慌ててレンが両手を前に出し、左右にバタバタと振り、彼女を制止した。
「……またしても命拾いしましたね。レン様の御心の深さに感謝しなさい」
「わかった、わかった。お嬢ちゃん、すまなかったね」
「わかればよいのです」とリィネはふんと鼻息を荒くしていた。
カイル達は笑いながら食事をしていた。
彼らは最初、大きな勘違いをし、正義感から武器を構えて飛び込んできた。
邪悪なハイエルフがゴブリンの子供を囮にし、人間を捕まえようとしているのだと思ったのだ。
しかし、レンの異常なまでの低姿勢、レンとリィネの仲睦まじいやり取り、常軌を逸したスケールの地形操作魔法を前に、完全に戦意を削がれてしまっていた。
ふと視線を向けると、ゴブリンの子供たちが、レンの後ろに隠れている。
それはどう見ても迷子の子供と、彼らを保護した信頼できる大人であった。
「……どうやら、俺の完全な早とちりだったみたいだな」
状況を正確に理解したカイルは、大きなため息をつき、レンに向かって深く頭を下げた。
「昨晩は申し訳ない、完全に勘違いだった。まさか、人間と仲良くしているエルフとゴブリンがいるなんて……夢にも思わなかったぜ」
「い、いえ! 誤解が解けたのなら何よりです! どうかお気になさらず!」
謝罪を受けたレンは、決して偉そうにすることもなくペコペコと何度も頭を下げる。
ただ、心の中では、クレーム処理完了、ピンチをチャンスに変えたぞ、とガッツポーズをしていた。
「それにしても……あんた、一体何者だ?こんな魔法、王宮の筆頭魔導師だって使えないぞ」
「僕はただ……ここで隠居生活をおくっている、しがない剪定師ですよ。前の生活の事はあまり……話したくなくて……すいません」
「……そうか……それは余計なことを聞いて悪かった」
「逆に、色々と教えてほしいのですが……」
レンはここぞとばかりに、世界の状況をカイル達から聞きだした。
ここは大陸の北東部に位置する広大な樹海の奥地であること。
その南側によせ集まりの都市が一つあること。
そこを囲むように人間が統治する国が三つあること。
そして、長年未開の地であったこの樹海に、人間諸国が興味を持ち、調査を繰り返している
こと……。
そこでレンは思い出した。
もしかすると先日の人間達は、どこかの国の調査団だったのではないか。
だとすると、この家の事を報告している可能性も、ある、か……。
結局、彼らは少しの休息を取った後「あんたのことは誰にも言わないと誓うよ」と言い残して、足早に森を去っていった。
「ふぅ……色々とお話が聞けましたね」
「お疲れ様でございました、レン様。レン様の寛大な御心と冷静なご対応には、いつも感服いたします」
リィネが優しく微笑みながら、レンにハーブティーを注ぐ。
ゴブリンの子供たちも、レンに安全なねぐらと食料を与えられ、安心したように昼寝を始めていた。
「さて、今日は庭造りの続きをやろうかと思うんだけど、どうかな?」
レンはハーブティーを飲み干し、テラスを眺めた。
「はい!どこまでもお供します!」
「うん。ありがとう」
二人が向かったのは、レンが作った魔法の池、光る水族館である。
「レン様、何か私にお手伝いできることはありますでしょうか?」
「うん、今日は景観に拘ろうと思うんだ。リィネさん、これを池の周りに植えてくれるかな?」
レンがリィネに光源の花を手渡す。
魔法で作り出した植物で、その花は淡い青の光を放っていた。
「わぁ……綺麗……!……レン様、さすがです!」
リィネは目を輝かせ、その花を見つめる。
そして、池の周辺部に、ここでいいかあそこがいいかと配置を考えながら、一つひとつ丁寧に植えていった。
池の周りが、青い光の輪で縁取られていった。
「ふふっ……レン様、池が可愛くなりましたね。夜が楽しみです」
リィネが無邪気な笑顔を向けてくる。
「……うん、そうだね。すごく綺麗だ」
それは、池に対して言ったのか、リィネに対して言ったのか、それとも、その両方だったのかは、はっきりとしなかった。
「さて、次は驚かせてあげるよ。僕に面白い考えがあるんだ」
レンは腰に手をあて胸を張る。
何やら自信ありげだった。
ホルスターから開拓者の万能剪定鋏を取り出した。
パチン。
レンは池の中央に向かって剪定鋏を鳴らす。
すると、いくつもの蔓が水中から飛び出し、垂直に伸びると同時に絡みあい、一つの大きな蔓の束となった。
それぞれの蔓の先端にはラッパ状の花が咲き、上や下、右や左にとそれぞれが思い思いの方向を向いている。
「わあ、綺麗なお花たちですね!」
「うん、そうでしょ。でもね、それだけじゃないんだ。見てて……」
パチン。
もう一度鳴らすと、次はその全ての花から水が噴射された。
―――ジャー……。
前世で大きな池でよく見かけた噴水を再現していた。
「うわあ……」
リィネはそのあまりの美しい光景に言葉を失う。
ただ、両手を胸の前で組み、うっとりと見つめていた。
「リィネさん、どうかな?」
レンは褒めてもらいたい一心であった。
正直なところ、自信があった。
しかし、彼女の顔をみると、噴水を見つめる目から涙が滝のように流れていた。
「リィネさん……?」
レンは不安に襲われた。
何か間違ったのだろうか。
もしかして、エルフにとって噴水は禁忌だったりするのかもしれない。
「レン様……。まさか……生きている間に、このような美しい光景が見られるなんて……もう、思い残すことはありません。……このリィネ、もういつ死んでも悔いはありません!」
「いやいや、死ぬなんて言わないで!」
またもや取り越し苦労だったようだ。
ともあれリィネに喜んでもらえた事に満足し、ホッと息を吐いた。
「さて、作業も終わったし、時間もあるから少し森の中を散歩しようか」
「はいっ!喜んでお供いたします!」
リィネは気を取り直し、二人は並んで森の散策へと歩き出した。
森の木漏れ日の中、二人はまるでデートを楽しむ恋人同士のように、ゆっくりとした足取りで歩を進めていた。
「そういえば、リィネさんの故郷はどんなところだったの?」
特にその質問に深い意味はなかった。
単なる話題提供であり、前世では、ご出身はどちらですか、とお客様に聞くのと同じ感覚の質問である。
しかし、それはリィネには辛い過去を掘り返すことであった。
「私の村は、もう少し浅い森にありました。緑が豊かで、風の音が心地よい場所でした。……ただ、私はこの不吉な瞳のせいで、あまり良い思い出はありませんが」
レンは質問の失敗に気づき、沈黙が流れる。
気まずい空気を打破するように、想いを告げた。
「僕は、君のそのエメラルドの瞳、すごく好きだよ」
「っ……!あ、ありがとうございます……」
リィネの顔が一瞬で真っ赤になる。
あ……あれ?......違ったかな……。
ますます気まずい空気になっていた。
レンは話題を変えるべく、自身の前世の話をぽつりぽつりと語り始める。
「僕の故郷はね、人間の街の中にあって、職場はビルの中だったんだ」
「びる……ですか?」
「そう、ビルにはね、部屋の温度を調整する……道具があってね、夏は涼しいし、冬は温かかったんだよ」
レンは前世を思い出していた。
空調が効きすぎて、夏なのに寒く、それが孤独感を強めていた。
「それは凄い技術ですね!まるで天国じゃないですか!うらやましいです!私もびるでお仕事したいです!」
リィネはエメラルドの瞳をキラキラと輝かせながら興奮していた。
あれ、おかしいな、そんな幸せな空間ではないはずなんだけど。
まあ、ある意味過労で死んだ自分としては「天国」みたいな場所だったかもしれないな。
お互いの思い出話に花を咲かせながら、のんびりと森を歩く。
二人の間に穏やかで甘い空気が流れていた。
だが、その平和な散歩の時間は、唐突に終わりを告げた。
「……レン様。あれ……」
少し前を歩いていたリィネが、ふと足を止めて前方を指差した。
彼女の声から甘さが消え、微かな震えが混じっている。
「どうし……っ!?」
レンの視線の先。
そこは、これまで見てきた森とは明らかに違うものだった。
巨大な大樹の根元から、『黒い液体』がゆっくりと湧き出している。
その液体に触れた草花は黒く変色して枯れていた。その周囲の木々もまた、黒く立ち枯れている。
「これが……ゴブリンの子が言っていた『黒枯れ』……」
「わ、私のせいでしょうか……」
リィネが再び自責の念に苛まれていた。
「いや、昨日も言ったけど、まだそうと決まったわけじゃない。僕は絶対に違うと思っている!」
リィネは黙って頷いた。
ゴクリと唾を飲み込むレン。
そういえば、リィネさんを助けに夜の森に入った際、黒く枯れている木があったな。
あの時は暗くてよく見えていなかったが、これと同じだったのだろうか……。
近づくだけで鼻を突く腐敗臭と、肌を刺すような邪悪な魔力の淀み。
直観的に、自然界で発生する単なる病気とは違うようなものを感じた。
「レン様、危険です。近づかないでください」
「いや……僕なら治せるかもしれない」
レンは覚悟を決め、汚染され、弱っている一本の木にそっと近づいた。
そして、腰から魔法の剪定鋏を抜き取る。
「癒しの祝福」
パチン。
確かめるように魔法を詠唱し、淡い緑色の魔力が、その木を包み込む。
一時的に黒い淀みが払われ、木にわずかな青葉が戻ったかのように見えた。
「んっ……!」
その瞬間、レンの右手に刻まれている接ぎ木の紋章が激しく熱をもった。
「レン様!?」
「こっちに来ない方がいい!」
異変を察知して慌てて駆け寄るリィネを制し、レンは脂汗を流しながら自らの右手を押さえた。
「……何だこれ……この黒い液体、ただの自然現象じゃない……」
レンの呟きと共に、森に不気味な風が吹き抜ける。
得体の知れない『黒枯れ』の影。
レンが望んだ究極の隠居生活は、見えない恐怖によって静かに脅かされようとしていた。




