↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/25

第24話:黒く枯れる森

樹海の奥、不自然にも池や菜園のあるその森に、朝日が降り注いでいる。


昨晩、境界の茨付近で出会ったゴブリンの子供たち、青年カイル率いる銀等級の冒険者パーティー『明けの明星』のメンバーは、レンたちの家の庭とも言える空地で野営をし、夜を過ごした。


レンが作り出した、巨大な切り株のテーブル。


その上には、食器が並び、エナジー・ベリーやイチゴ、マスクメロンといった果物、さらにはトマトとレタスの生野菜サラダが人数分並べられている。


「……何だこれ、こんなもん食うの生まれて初めてだ」

「この赤いブツブツ食ってみな、すんげえ甘いぞ……」

「いや、この緑の果肉なんか中から甘い汁が溢れてきて……」


カイル達はその食事内容に驚きを隠せなかった。

驚きつつも、口に入れる手が止まらない。


そこにリィネがハーブティーをお盆に乗せ、家から出てきた。


「そうでしょう!レン様は偉大なる森の守護者であらせられます!それは、そのレン様が生み出したる奇跡の果実!口にできることをありがたく思いなさい!」


リィネはまるで自分が偉業を成したかのようなドヤ顔であった。


「……ぷ!……お嬢ちゃん!なんだそりゃ!あはははは!」


カイルは大きく肩を震わせて笑う。

リィネはぶるぶると震えだし、その目から光が消え、ゴゴゴゴゴッと殺気が溢れた。


「レン様を侮辱するなんて……笑止千万です!……万死に値しますっ!!」


どこからか持ち出した魔法の杖をカイルに向け、魔力を込め始める。


「ままま、待って!リィネさんっ!悪気はないから!」


慌ててレンが両手を前に出し、左右にバタバタと振り、彼女を制止した。


「……またしても命拾いしましたね。レン様の御心の深さに感謝しなさい」


「わかった、わかった。お嬢ちゃん、すまなかったね」


「わかればよいのです」とリィネはふんと鼻息を荒くしていた。


カイル達は笑いながら食事をしていた。


彼らは最初、大きな勘違いをし、正義感から武器を構えて飛び込んできた。

邪悪なハイエルフがゴブリンの子供を囮にし、人間を捕まえようとしているのだと思ったのだ。


しかし、レンの異常なまでの低姿勢、レンとリィネの仲睦まじいやり取り、常軌を逸したスケールの地形操作魔法を前に、完全に戦意を削がれてしまっていた。


ふと視線を向けると、ゴブリンの子供たちが、レンの後ろに隠れている。

それはどう見ても迷子の子供と、彼らを保護した信頼できる大人であった。


「……どうやら、俺の完全な早とちりだったみたいだな」


状況を正確に理解したカイルは、大きなため息をつき、レンに向かって深く頭を下げた。


「昨晩は申し訳ない、完全に勘違いだった。まさか、人間と仲良くしているエルフとゴブリンがいるなんて……夢にも思わなかったぜ」


「い、いえ! 誤解が解けたのなら何よりです! どうかお気になさらず!」


謝罪を受けたレンは、決して偉そうにすることもなくペコペコと何度も頭を下げる。


ただ、心の中では、クレーム処理完了、ピンチをチャンスに変えたぞ、とガッツポーズをしていた。


「それにしても……あんた、一体何者だ?こんな魔法、王宮の筆頭魔導師だって使えないぞ」


「僕はただ……ここで隠居生活をおくっている、しがない剪定師ですよ。前の生活の事はあまり……話したくなくて……すいません」


「……そうか……それは余計なことを聞いて悪かった」


「逆に、色々と教えてほしいのですが……」


レンはここぞとばかりに、世界の状況をカイル達から聞きだした。


ここは大陸の北東部に位置する広大な樹海の奥地であること。

その南側によせ集まりの都市が一つあること。

そこを囲むように人間が統治する国が三つあること。


そして、長年未開の地であったこの樹海に、人間諸国が興味を持ち、調査を繰り返している

こと……。


そこでレンは思い出した。


もしかすると先日の人間達は、どこかの国の調査団だったのではないか。

だとすると、この家の事を報告している可能性も、ある、か……。


結局、彼らは少しの休息を取った後「あんたのことは誰にも言わないと誓うよ」と言い残して、足早に森を去っていった。


「ふぅ……色々とお話が聞けましたね」


「お疲れ様でございました、レン様。レン様の寛大な御心と冷静なご対応には、いつも感服いたします」


リィネが優しく微笑みながら、レンにハーブティーを注ぐ。


ゴブリンの子供たちも、レンに安全なねぐらと食料を与えられ、安心したように昼寝を始めていた。


「さて、今日は庭造りの続きをやろうかと思うんだけど、どうかな?」


レンはハーブティーを飲み干し、テラスを眺めた。


「はい!どこまでもお供します!」

「うん。ありがとう」


二人が向かったのは、レンが作った魔法の池、光る水族館(ルミナ・アクアリウム)である。


「レン様、何か私にお手伝いできることはありますでしょうか?」

「うん、今日は景観に拘ろうと思うんだ。リィネさん、これを池の周りに植えてくれるかな?」


レンがリィネに光源の花(ルミナ・フラワー)を手渡す。

魔法で作り出した植物で、その花は淡い青の光を放っていた。


「わぁ……綺麗……!……レン様、さすがです!」


リィネは目を輝かせ、その花を見つめる。


そして、池の周辺部に、ここでいいかあそこがいいかと配置を考えながら、一つひとつ丁寧に植えていった。


池の周りが、青い光の輪で縁取られていった。


「ふふっ……レン様、池が可愛くなりましたね。夜が楽しみです」


リィネが無邪気な笑顔を向けてくる。


「……うん、そうだね。すごく綺麗だ」


それは、池に対して言ったのか、リィネに対して言ったのか、それとも、その両方だったのかは、はっきりとしなかった。


「さて、次は驚かせてあげるよ。僕に面白い考えがあるんだ」


レンは腰に手をあて胸を張る。

何やら自信ありげだった。


ホルスターから開拓者の万能剪定鋏(マスター・セカテール)を取り出した。


パチン。


レンは池の中央に向かって剪定鋏を鳴らす。


すると、いくつもの蔓が水中から飛び出し、垂直に伸びると同時に絡みあい、一つの大きな蔓の束となった。


それぞれの蔓の先端にはラッパ状の花が咲き、上や下、右や左にとそれぞれが思い思いの方向を向いている。


「わあ、綺麗なお花たちですね!」

「うん、そうでしょ。でもね、それだけじゃないんだ。見てて……」


パチン。


もう一度鳴らすと、次はその全ての花から水が噴射された。


―――ジャー……。


前世で大きな池でよく見かけた噴水を再現していた。


「うわあ……」


リィネはそのあまりの美しい光景に言葉を失う。

ただ、両手を胸の前で組み、うっとりと見つめていた。


「リィネさん、どうかな?」


レンは褒めてもらいたい一心であった。

正直なところ、自信があった。


しかし、彼女の顔をみると、噴水を見つめる目から涙が滝のように流れていた。


「リィネさん……?」


レンは不安に襲われた。

何か間違ったのだろうか。


もしかして、エルフにとって噴水は禁忌だったりするのかもしれない。


「レン様……。まさか……生きている間に、このような美しい光景が見られるなんて……もう、思い残すことはありません。……このリィネ、もういつ死んでも悔いはありません!」


「いやいや、死ぬなんて言わないで!」


またもや取り越し苦労だったようだ。

ともあれリィネに喜んでもらえた事に満足し、ホッと息を吐いた。


「さて、作業も終わったし、時間もあるから少し森の中を散歩しようか」

「はいっ!喜んでお供いたします!」


リィネは気を取り直し、二人は並んで森の散策へと歩き出した。


森の木漏れ日の中、二人はまるでデートを楽しむ恋人同士のように、ゆっくりとした足取りで歩を進めていた。


「そういえば、リィネさんの故郷はどんなところだったの?」


特にその質問に深い意味はなかった。

単なる話題提供であり、前世では、ご出身はどちらですか、とお客様に聞くのと同じ感覚の質問である。


しかし、それはリィネには辛い過去を掘り返すことであった。


「私の村は、もう少し浅い森にありました。緑が豊かで、風の音が心地よい場所でした。……ただ、私はこの不吉な瞳のせいで、あまり良い思い出はありませんが」


レンは質問の失敗に気づき、沈黙が流れる。

気まずい空気を打破するように、想いを告げた。


「僕は、君のそのエメラルドの瞳、すごく好きだよ」


「っ……!あ、ありがとうございます……」


リィネの顔が一瞬で真っ赤になる。


あ……あれ?......違ったかな……。


ますます気まずい空気になっていた。


レンは話題を変えるべく、自身の前世の話をぽつりぽつりと語り始める。


「僕の故郷はね、人間の街の中にあって、職場はビルの中だったんだ」


「びる……ですか?」


「そう、ビルにはね、部屋の温度を調整する……道具があってね、夏は涼しいし、冬は温かかったんだよ」


レンは前世を思い出していた。

空調が効きすぎて、夏なのに寒く、それが孤独感を強めていた。


「それは凄い技術ですね!まるで天国じゃないですか!うらやましいです!私もびるでお仕事したいです!」


リィネはエメラルドの瞳をキラキラと輝かせながら興奮していた。


あれ、おかしいな、そんな幸せな空間ではないはずなんだけど。

まあ、ある意味過労で死んだ自分としては「天国」みたいな場所だったかもしれないな。


お互いの思い出話に花を咲かせながら、のんびりと森を歩く。

二人の間に穏やかで甘い空気が流れていた。


だが、その平和な散歩の時間は、唐突に終わりを告げた。


「……レン様。あれ……」


少し前を歩いていたリィネが、ふと足を止めて前方を指差した。

彼女の声から甘さが消え、微かな震えが混じっている。


「どうし……っ!?」


レンの視線の先。

そこは、これまで見てきた森とは明らかに違うものだった。


巨大な大樹の根元から、『黒い液体』がゆっくりと湧き出している。

その液体に触れた草花は黒く変色して枯れていた。その周囲の木々もまた、黒く立ち枯れている。


「これが……ゴブリンの子が言っていた『黒枯れ』……」


「わ、私のせいでしょうか……」


リィネが再び自責の念に苛まれていた。


「いや、昨日も言ったけど、まだそうと決まったわけじゃない。僕は絶対に違うと思っている!」


リィネは黙って頷いた。

ゴクリと唾を飲み込むレン。


そういえば、リィネさんを助けに夜の森に入った際、黒く枯れている木があったな。

あの時は暗くてよく見えていなかったが、これと同じだったのだろうか……。


近づくだけで鼻を突く腐敗臭と、肌を刺すような邪悪な魔力の淀み。

直観的に、自然界で発生する単なる病気とは違うようなものを感じた。


「レン様、危険です。近づかないでください」


「いや……僕なら治せるかもしれない」


レンは覚悟を決め、汚染され、弱っている一本の木にそっと近づいた。

そして、腰から魔法の剪定鋏を抜き取る。


癒しの祝福(ブレス・ヒール)


パチン。


確かめるように魔法を詠唱し、淡い緑色の魔力が、その木を包み込む。

一時的に黒い淀みが払われ、木にわずかな青葉が戻ったかのように見えた。


「んっ……!」


その瞬間、レンの右手に刻まれている接ぎ木の紋章(グラフト・エンブレム)が激しく熱をもった。


「レン様!?」

「こっちに来ない方がいい!」


異変を察知して慌てて駆け寄るリィネを制し、レンは脂汗を流しながら自らの右手を押さえた。


「……何だこれ……この黒い液体、ただの自然現象じゃない……」


レンの呟きと共に、森に不気味な風が吹き抜ける。


得体の知れない『黒枯れ』の影。

レンが望んだ究極の隠居生活は、見えない恐怖によって静かに脅かされようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。