第19話:月夜の告白
レンとリィネはテラスに作った池、光る水族館のほとりへと向かった。
夜の冷気がふわりと頬を撫でる。
そこには、幻想的な風景が広がっていた。
水面には発光浮遊草が呼吸に合わせて明滅し、光の帯を纏った魚たちが優雅に泳いでいる。
「……綺麗だね」
沈黙にいたたまれなくなり、レンは呟いた。
だが、隣に立つリィネからの返事はなかった。
リィネは水面を見つめたまま、考えていた。
秘密を話すといったものの、どこからどのように話せばよいのか。
遠くから動物の鳴き声が聞こえる。
ほどなく、リィネは息を大きく吐き出し、決意を固めた。
「レン様。……お話しいたします。……私の、事を」
リィネは震える声で話を始めた。
彼女はゆっくりと顔を上げ、レンを真っ直ぐに見つめる。
そのエメラルドの瞳には、怯えと決意が入り混じっていた。
「私は……エルフの村を追放された身なのです」
絞り出すような告白であった。
リィネは、胸の前で手を組み、震えながらも爪が白くなるほど力を込める。
「私のこの瞳の色は、村の中ではただ一人、私だけなのです。そして……」
リィネは一瞬、ためらいを見せた。
しかし、意を決して言葉を続ける。
「『森を滅ぼす、不吉な瞳』。……長老たちは、私をそう呼びました……」
彼女の脳裏に、村での生活の記憶が鮮明によみがえる。
向けられる冷ややかな視線。
背後で囁かれる陰口。
「不浄」「忌み子」といった蔑称。
ただ、その瞳を持って生まれたという、それだけの理由であった。
(何も、何も悪いことはしていないのに……)
「そんな……なんで……?」
レンは思わずリィネの瞳を覗きこんだ。
そして、素朴に疑問に思い、理由を訪ねたが、それはリィネには残酷な質問であった。
「……」
リィネはすぐに答えられなかった。
つらい思い出にズキズキと胸が痛くなる。
気を抜くと涙が出て話ができなくなりそうであった。
池の水草が淡い光、明滅を繰り返していた。
「……私が成長するにつれ、村の周囲の木々が黒く枯れ始めました」
「……!」
それを聞いて、レンもまた答えられなかった。
具体的な理由などあってほしくなかったのだ。
「……皆は言いました。『あの瞳が、森の生命を吸い取っているのだ』と。……私は、否定できませんでした。だって、私自身も、自分の中に何か別の力が宿っていると感じていたから……!」
今にも泣き出しそうな顔でリィネは叫んだ。
その手は震えていた。
「リィネさん……」
しかし、それ以上は言葉が続かなかった。
「最後には、村の神木までもが黒く枯れました。それで、私は……村の人々の手によって、村の外へと追い出されたのです……」
「そんな……」
彼女は、涙をこらえながらレンを見つめる。
その瞳には、絶望的な予感と恐怖が混ざり合っていた。
「それから、レン様の魔力が遠くにあるのを感じました。とても温かくて……。ここに来ようと思い、森をさまよっている途中であの人間達に見つかり、追われていたのです」
「そう……だったんだ……」
レンはそこでようやく事情を把握した。
彼女はただ森の中を散歩していたわけではなかった。
村を追放され、失意のどん底にあった中での出来事だったのだ。
「私は……いつも独りでした。私はそこにいるだけで、森の木々を黒く枯らす、呪われた存在なのです……」
リィネは、ドレスの胸元を、その小さな両手でぎゅっと握りしめた。
「レン様。……貴方様は、この森の守護者です。……私のような、不吉な……穢れ者が、ここにいてはいけません。この美しい庭を……私のこの瞳が、また枯らしてしまう……!」
まさか、目の前の小さな少女が、そこまでの想いを秘めているとは微塵にも想像していなかった。
「……私みたいなものは、この世にいない方がよいのです!」
彼女は両手で顔を覆った。
その言葉は、レンの心に深く、鋭く突き刺さった。
「レン様……どうか……わ、私をここから……追い出してください。ここを……ここを穢してしまう前に……!」
リィネは勇気を振り絞り、言い切った。
それと同時に、足の力が抜け、そのまま座り込んだ。
そして、レンの返事を待った。
しかし、訪れたのは、深い静寂だった。
レンは、立ったまま、リィネを静かに見つめていた。
その脳裏には、前世の記憶が鮮明に蘇っていた。
自分が所属するコミュニティの中で居場所がなくなる孤独感。
前世でも幾度となく体験し、心を傷つけられてきた。
相手を傷つけないようにと、いつも優しく、丁寧に接してきていたにも関わらず、突然向けられる冷たい視線、疎外感。
何も悪いことはしていないのに。
―――何故、自分が。
その恐怖に打ち勝つため、人一倍気を遣いながらも、必要以上には他人との距離を縮めなかった。
これ以上裏切られて傷つけられることに堪えられなかったのだ。
レンは気が付いた。
―――この人も、僕と同じだ。
その孤独、その理不尽な痛み。
レンには、痛いほど理解できた。
しかし、レンは何も言えなかった。
「そんなことはない」と否定しても、簡単には届かないこともよくわかっていた。
気の利いた言葉がまったくと言っていいほどに浮かばなかった。
レンは自らの無力さを、ここにきて嘆いた。
テラスの中を冷たい夜風が通り過ぎていく。
それがより一層沈黙を助長した。
気が付けばリィネの肩は震えていた。
彼女は明らかに拒絶されることを予想し、怖がっていたのだ。
レンはゆっくりと歩き、リィネの隣に、静かに、重なるように腰を下ろした。
「…………」
レンは、何も言わなかった。
ただ、彼女が独りではないという事を伝えたかった。
リィネは、両手で顔を覆いながら、必死に涙を堪えていた。
隣に気配を感じ、ビクリと身体を震わせる。
恐る恐る顔を上げると、そこには苦悩しているレンの横顔があった。
「レン、様……?」
レンは、ただ唇を噛み締めていた。
そして、彼女の顔の前にある小さな冷え切った手を、そっと自分の両手で包み込んだ。
「……っ……!」
リィネは、堪えきれずに、レンの肩に顔を埋めた。
隣に座るこの人の、言葉にならない沈黙。
震えながらも自分を離さない手の温もり。
月光が、水辺に寄り添う二人を白く照らしていた。
夜のアクアリウムのほとりに、沈黙が満ちていく。
夜の静寂の中に、二人の鼓動と微かな水音だけが響いている。
この沈黙が破られるとき、二人の運命は決定的に変わることになるのであった。




