第17話:花のドレス
ヴォルフ隊の先遣隊との戦闘が終わり、森に深い静寂が戻ってきた。
すっかり日が落ち始め、オレンジ色の光がテラスに降り注いでいる。
興奮もおさまり、ふと周囲を見渡すと、リィネがすぐそこに佇んでいた。
リィネは寒さを凌ぐようにして身を縮めている。
つい先ほどまでは戦闘に集中していたせいか気が付かなかったが、服がボロボロになり、肌のあちこちが露わになっていた。
人間達からの逃走の中で破れてしまい、何か所も破れてしまっていたのは把握していたが、ここまでとは思っていなかった。
「リィネさん……その……服が……」
「このような見苦しい姿ですいません」
レンはリィネを責める意図はなかった。
余計なことを言ってしまったと思い至り、後悔する。
「謝る事はないよ、何も悪いことはしていないからね」
森の夜は冷え込む。
何より、若い子がこのような服でいることを放っておくこともできなかった。
転生した直後の事を思い出すレン。
服であれば彼にはそれを用意する力があった。
「……そのまま少し待ってて」
「はい……?」
レンは開拓者の万能剪定鋏を取り出し、じっと見つめる。
「うーん……」
パチン、パチン。
レンは少し考えながら剪定鋏を鳴らした。
それは考えるときの癖であった。
次に、顎を上げて空を見つめ、思考を巡らしていく。
「うん、それだな……」
レンは一人で納得し、リィネの正面で跪いた。
「リィネさん、ちょっといいかな……新しい服を用意するから、少し手をどけて」
「え……?」
パチン。
レンはリィネの前で右から左へと鋏をふるった。
鋏が空中を切り裂き、刃を閉じたその瞬間、そこから純白に輝く繊維が溢れ出してくる。
「えっ……糸……?」
リィネは驚き、目を丸くしている。
レンは空中に次から次へと出現してくるその繊維に鋏をかざした。
すると、まるで繊維の一本一本が意志を持っているかのようにリィネに向かっていく。
それは軽さ、温かさ、柔らかさ、丈夫さ、更には触った時の滑らかさまで拘りぬいた魔法の植物繊維であった。
レンの頭の中には設計図ができあがっていた。
動きやすいだけでなく、温かく、美しい、そしてあらゆる危険から守ってくれる服。
パチン、パチン。
レンが鋏を鳴らすと、元々着ていた服の繊維がほどけ、魔法の繊維と合わさっていく。
そして、光の粒子を散らしながらリィネの体を包み込んでいく。
光の帯が収まった後。
そこには真新しいドレスを着たエルフの少女が立っていた。
レンが仕立て上げたのは、幻想的な花のドレスだった。
月光のような純白のレイヤードドレス。
シンプルながらも上品さと可愛らしさと兼ね備えている。
そして、ふわりと広がるスカートの裾には、エメラルド色の蔦が施されている。
しかも、ドレスには小さく黄色い花が散りばめられ、アクセントを作っていた。
「これ……が、私の……ドレス……?」
リィネは自分がまとっている新しい服を確認するように撫でまわす。
そして次に手足を曲げ伸ばししてみる。
気が付けば、軽く、寒さから守る温かさに満ちていた。
「着心地は……どう? 動きにくいところはない?」
レンがじろじろとドレスを見ながら尋ねると 、リィネは勢いよく左右に首を横に振った。
「いえいえ!!とんでもございません。まるで、何も着ていないかのように動きやすいですし、それに、温かい...です」
リィネの瞳が感極まったように潤んでいる。
その姿を見て、レンは深く安堵の息をついた。
しかし、リィネは少し引っかかっていた。
「その……レン様、私ごときがこのような華美な服を頂いてもよろしいのでしょうか?」
「うん、リィネさん、気にしないでよ。さっきまでの服じゃ体を冷やしちゃうし、僕だってあのまま放っておくことなんてできないよ」
レンは少し違和感を感じた。
善意でやったこととはいえ、もっと素直に喜んでもらえるものと思っていたからである。
「でも……本当に、こんな素敵なドレスを……私に……?」
「いいんだって、僕が勝手にやったことだよ、君が遠慮して気に病むことはない。それに、せっかく可愛いんだから、それに似合った服を着ないともったいないよ」
彼女はまだ引け目を感じているのか、うれしそうであるものの、やや伏し目がちであった。
周囲はだいぶ暗くなり、夜の空気へと変わり始めている。
レンは剪定鋏をホルスターに収める前に、ふと思いつき、動きを止めた。
「……もう一つだけ、受け取ってほしいものがあるんだけど、いいかな」
パチン。
レンが鋏を鳴らすと地面から一本の蔓が芽吹き、するすると伸びていく。
それは、レンの魔力と直結した魔法の蔓だった。
レンはその蔓を鋏で切り取り、鋏をカチッとホルスターに収める。
その蔓を手に、ゆっくりとリィネへと歩み寄った。
これからやろうとすることを考えると緊張したが、今の彼には、どうしても彼女に贈りたい「想いの形」があった。
「ちょっと失礼……少しだけ、動かないで」
蔓を持つレンの震える指先が、森の空気に冷やされたリィネの銀髪にそっと触れる。
リィネの肩がビクンと跳ねた。
しかし、彼女はそのまま目を閉じ、身を委ねた。
レンは、慣れない手つきでリィネの髪にその蔓を編み込んでいく。
「この蔓はね……僕の魔力と繋がっているんだ」
銀髪に蔓を編み込みながら、レンはぽつりぽつりと語り始めた。
「僕は気が弱くて、自分も他人も傷つくのが嫌なんだ。できればずっと、安全な場所で隠れていたい」
「……レン様」
「でも……今は君が目の前にいる。だから、君が傷つくのはもっと嫌なんだ」
最後の一結びを終え、魔法で編み込みが解けないように仕上げ、レンはそっと手を離した。
リィネの銀髪に編み込まれた緑の蔓が、ほんのりと淡い魔力の光を放っている。
「これは……もう二度と君が理不尽に傷つけられる事がないような、『お守り』みたいなものなんだ」
それは、レンにとって身の回りの人を守りたいという、覚悟のあらわれでもあった。
リィネは、自分の髪に触れた。
そこに編み込まれた蔓からは、レンの深い優しさと温もりが伝わってくる。
彼女は故郷であるエルフの村を追放された身だった。
不吉な瞳の色だと言われ、迫害され、どこにも居場所はなかった。
『私のような者は、生きている価値もない』
もう自分のようなものは幸せになることはないものだと、当然のように思っていた。
そんな折、レンの言葉と、与えられた美しいドレス、そして髪に結ばれた蔓。
リィネの中で何かが変わっていく。
リィネは、冷え切った胸が、少しずつ温かくなっていくのを感じた。
「あ……ぁ……」
(もう……喜んでいいんだ……優しさを受け取っていいんだ……)
リィネはエメラルドの瞳を潤ませながら顔をくしゃくしゃにして、初めて心からの笑顔を見せた 。
「……はい!ありがとうございます、レン様!」
心から笑う彼女の姿は、どんな魔法よりも美しかった。
レンは花のドレスに包まれ、満面の笑みを見せるリィネを見て、胸がドキッとした。
「……よかった。すごく、似合っていると思うよ」
レンは心底ホッとした。もしかしたら余計な事をしてしまったのではないかと、内心ではビクビクしていたのだ。
森はすっかり日が落ち、月明かりが葉の隙間から降り注いでいる。
月光に照らされた純白の花のドレスと魔法の蔓が揺れる銀髪の少女。
そして、不器用で優しい剪定師。
二人の間には、世界中のどんな理不尽も入り込む余地のない、穏やかで絶対的な温もりが満ちていた。




