第16話:共鳴
室内に、これまで経験したことのない張り詰めた緊張が走った。
レンの脳内には、植物の伝言を通じて、人間達の気配が伝わってきていた。
ヴォルフ隊の先遣隊である。
彼らはレンの作った魔法の檻から解放された後、この拠点へと近づいてきていた。
「……おい、なんだここは。この大樹は……家……なのか? しかも菜園まであるぞ」
男たちは森の中に突如として現れた人の住む気配に戸惑った。
他に怪しいものはないかと周囲を観察している。
「昨日のガキとエルフがここに隠れているかもしれない。おい、中を調べろ! 抵抗する奴がいたら殺して構わん。面倒なら火矢であぶり出せ!」
リーダー格の男が仲間に指示を出す。
隊員達は各々弓を構え、矢を放った。
ドスッ! カンッ!
レンの住む巨木に次々と矢が刺さる。
男たちの威嚇射撃であった。
「おい!!誰かいるんだろ!おとなしく出てこい!」
矢が外壁に突き刺さる音に続き、外から大きい声が聞こえてくる。
まさか本当にここまで来るなんて……。
レンは内心焦り、ビビッていた。
心臓がバクバクと鳴り、普段は意識することのないその存在を全面に出している。
脳が恐怖心に満たされ、思考が止まる。
だが、レンはそれをリィネに悟られないよう、表情筋を完全に固定した。
森の守護者である自分が、しっかりしないと。
レンは無表情を貫き、ただ静かに対策を考えていた。
バスッ!ガンッ!
「いい加減に出てこい!出てこないなら火をつけるぞ!!」
考えている間にも威嚇射撃が続く。
ますますレンはパニックになっていた。
ま、まずい、一旦なんとかしないと。
レンは床に右手をつけた。
「大樹の盾!」
大樹の表面を覆うように巨大な樹木の壁がせり上がり、瞬時に強固な防壁を形成した。
矢は分厚い樹皮に弾かれて落ちていく。
「な、なんだこれは!?やはり昨日のガキどもが中にいるのか!また厄介な魔法を使うかもしれん。距離をとってから射撃を続けろ!」
男たちは突如発現した魔法に驚いたものの、攻撃の手を緩めることはなかった。
「よし、これで時間が稼げるぞ」
レンは少し落ち着きを取り戻す。
そんな彼を見て、背後に控えていたリィネは感嘆の吐息を漏らした。
「レン様。……一網打尽にする機を窺っておられるのですね。矢の雨にも微動だにされないとは……なんと冷徹で、完璧な籠城の陣形……!」
リィネの瞳には、レンの背中が「絶対的な強者の余裕」として映っていた。
「レン様、どうか私にも戦わせてもらえませんか?」
この子は怖くないのか?
さんざん追いかけまわされ、毒矢まで射られた相手なんだぞ。
「……リィネ、さん」
必死に虚勢を張る自分の前で、さらに強がってみせる小さな少女。
よく見るとその小さな手は震え、瞳には恐怖が滲んでいた。
……僕がやるしかない!
レンは恐怖心を押さえつけ、覚悟を決めた。
大きく、深く、一度だけ息を吐く。
レンの瞳からただの「虚勢」が消え去り、スイッチが入った。
「……大丈夫です。僕に任せて」
レンの右手に宿る『紋章』が、鋭い光を放ち始める。
まずは戦力の確認だ。
「リィネさん。どれくらい動けるかな?それと、どんな魔法が使える? 」
「はい。レン様のおかげで魔力体力共に百二十パーセントです。腕の力は強くはありませんが、風魔法を使った衝撃波、素早い動きと風魔法でブーストした体術なら得意です。そうですね、……普通に一対一なら人間一人の戦力を削ぎ落すのは十分に可能です」
「……わかった。じゃあ、僕の魔力を繋ぐよ。目を閉じて」
レンがリィネの頭に右手を置くと、紋章からエメラルド色の魔力が彼女の体内へと流れ込んでいく。
レンは自らの知覚を彼女と共有した。
「これは……! 敵の正確な位置が、手に取るように分かりますわ!」
「それが僕の『目』なんだ」
レンは植物の伝言で伝わる情報を整理し、位置として出力をしていた。
「それと、魔法が使えるならこれを……」
レンは再び床に手をつく。
すると一本の木が生え、腰の高さまで成長したところでレンはそれを引き抜く。
更に魔力を込めると、その木はグネグネと形を変え、一本の魔法の杖へと形を変えた。
「これを使って。僕の魔力も込めておいたから」
リィネはその能力に改めて驚愕した。
なぜなら、レンと知覚を共有しているため、彼がどれほど簡単にその複雑で繊細な魔法を行使しているのかを理解したからである。
「す……すごい……」
驚いている場合ではないと我に返り、喜んで杖を受け取った。
レンは腰のホルスターから開拓者の万能剪定鋏を静かに抜き放った。銀色の刃がギラギラと輝いている。
「僕がここからサポートをする。君は絶対に僕が守る。だから安心して。僕と共有している知覚を頼りに、敵の戦意を刈り取っていってほしい。―――二人の連携で行こう」
「はい、レン様!今なら何でもできる気がします!」
レンは静かに頷き、リィネと共に玄関扉を開けた。
目の前は大樹の盾で覆われている。
「リィネさん、心の準備は大丈夫!?」
「もちろんです!」
「行くよ!!」
「はいっ!!」
レンは大樹の盾を解除する。
その瞬間、リィネが男たちめがけて飛び出した。
「暴れる蔓!!」
ガシャン!
すかさず、レンが剪定鋏をリィネの足元に向けて振り下ろした。
巨大な蔓がリィネの足元へ次々と伸びて足場を形成していく。
その間に、男たちの足元からも蔓が伸び、彼らの足元から拘束していった。
リィネは足元に伸びる巨大な蔓を軽やかに蹴り、敵の頭上から一瞬で懐へと潜り込んだ。
「な、なんだ!? うわぁっ!」
驚いた大男が大剣を振り回そうとするが、蔓に絡まれて思うように動けない。
リィネは枝を勢いよく振り抜いた。
ブワアアアァッ!!
「ぐはあっ!」
枝の先端から放たれた衝撃波が暴風となり、大男を勢いよく遠くまで吹き飛ばした。
リィネの魔力に、レンの魔力も上乗せされ、途方もない威力の魔法となっていたのである。
魔法を放ったリィネ自身も驚き、目を丸くしていた。
続いてリィネは、蔓に絡まれながらも弓を構えている男にめがけ、魔法を放つ。
一瞬で男は飛ばされ、落下の衝撃も合わさって気絶した。
「化け物め!」
リィネの背後から、蔓をほどいた別の男が迫る。
だが、戦場を俯瞰するレンが片手剣モードの剪定挟をヒュッと振ると、床から蔓が伸び足を絡めとって吊り上げた。
それを確認し、逆さづりになっている男の腹に、風魔法を使った見えない拳を叩き込んだ。
「うぐぅ!」
男の体はサンドバッグのように大きく揺れ、白目をむいた。
「これでもくらえ!」
さらに、一人の男が火炎瓶をリィネに向けて投げる。
その刹那、地面から一瞬で生えた蔓がその火炎瓶を空中で叩き割った。
「レン様のお庭で、これ以上の不作法は……絶対に許しません!」
巨大な蔓を足場に宙を舞うリィネの華麗な回転蹴りが、男の顔面に炸裂した。
「がはぁっ……!」
レンが蔓で敵の動きをコントロールし、リィネがその戦意を確実に刈り取る。
まさに二人の息が完全に合った、無駄のない見事な制圧だった。
怒号が消え、再びテラスに静寂が戻る。
レンは男たちを冷たく見下ろした。
「……殺さないのですか? レン様」
リィネが、レンを見上げて不思議そうに尋ねる。
「……そうだね、殺すことは簡単だけど、それをやったら彼らと同じだよ。『生きて帰って、二度と来るなと伝えてもらう』。それが一番のリスク管理だと思うんだ。……さあ、お帰りください。これでもまだ来るようであれば、こんなもんじゃ済ませませんからね」
剣先を突きつけるレン。
「お、覚えてやがれ……!」
男たちは脱兎のごとく森の奥へと逃げ去っていった。
レンは背中が見えなくなるまで見届け、安堵の息を吐いた。
「レン様、ありがとうございました。レン様がいなければ、あの人間達に何をされていたか……二回も助けられてしまいました」
「いいんだよ。気にしないで。さっきも言ったけど、僕が君を守りたいんだ」
リィネは、レンの手が未だに震えていることに気づき、その上に自分の手を重ねた。
彼女の心には彼に対する確かな「根」が深く張り始めていた。
「レン様。……お疲れ様でした。少し休みましょうか」
「……ああ、いいですね」
気が付けば日が暮れ始めていた。
玄関口を吹き抜ける風の中、二人の魂は確かに共鳴し始めていた。




