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第15話:献身

森の家の寝室。

リィネが目を覚ましてから数刻。


レンは戸惑っていた。

目の前のベッドの上に座り、こちらを見つめているのは、銀髪を揺らすハイエルフの少女である。


こんなにも純粋で、盲目的に自分に対して信頼を寄せてくる存在は初めてであった。


「あ、あの……リィネさん。その、あまりじっと見つめないでもらえるかな」


「はっ!それは失礼しました。森の未来を案じ、思考を巡らせているところをお邪魔してしまいましたね」


万事この調子である。


この子は人を疑うと言う事を知らないのだろうか。


レンの額から汗が流れた。


「……レン様、そのお手の中にある『白い花』ですが、受け取らせてもらってもよろしいでしょうか?」


リィネはある決心をしていた。

何かを覚悟したように口を結び、力強い目でこちらを見つめている。


「あ、うん、もちろんいいよ。こんなのでよければ、いくらでも出せるし、可愛いよね」


レンは何も知らず、手に持ったままになっていた白くて可愛い花を差し出そうとした。


「ああ!ありがとうございます!ふつつかものですが、よろしくお願いいたします。『伴侶』として一生ついてまいります。しかも、私の事を、可愛い、だなんて……」


リィネは顔を紅潮させながら喜んだ。


「……え?ちょ、ちょっと待って」


レンは思わず手を引っ込めた。


どうしよう……こっちの世界ではまさかそんな意味があるなんて……。

やばいぞ、そんなつもりは一切ないのに……伴侶って……。


わきの下から汗が流れるのを感じるレン。


「……うむ。合格だ。リィネさん、君には悪いけど試させてもらったよ。君が本当に僕の事を信頼しているかどうか。君が本当に私の隣に並ぶのに相応しい存在になった時、改めてこの花を君に捧げよう」


前世ではまず通用しないであろう、酷いごまかし方である。

しかし、リィネの信仰の前にはそれで十分だった。


「なるほど、そういうことだったのですね。私としたことが調子にのってしまい、失礼しました。いつか認めてもらえますよう、精進いたします」


リィネは残念そうに眉を下げ、目を伏せた。

レンはそれを見て、胸の奥がズキリと痛む。

だが、心の中では安堵のため息をもらしていた。


「リィネさん、喉は乾いてない?」


レンは話題を変えた。

先ほど寝室を離れていたのは、テラスから水を汲んできた為である。


「はい、ずっと寝ていたせいか、少し……」


「じゃあ、良かったらコレ飲んで。自慢の水なんだ」


レンはほほ笑みながら、水の入った木のコップを渡した。


「……はいっ。ありがたく、いただきます」


リィネはコップを受け取り、その水を口に含んだ瞬間、驚愕に目を見開いた。


「な……こ、これは……っ!!本当に ただの『水』ですか!?」


「え?あ、口に合わなかったかな?」


「とんでもございません!これはもはや水などではなく、高純度な魔力の雫のともいえる代物!飲むだけで体中に魔力が満ち溢れてきます」


そう言われてみると、心なしかリィネの体から魔力のオーラが溢れ出ているように見える。


レンは前世の知識を使い、川から引き込んだ水をろ過しただけであった。

しかし、魔力の影響なのか、普通の水では無くなっていた。


「そ、そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。……そうだ。ついでに、食べられるものも持ってこようか」


レンは喜ぶリィネを見て、菜園の果実も食べさせたくなった。

リィネの返事も待たず、足早に部屋を出て、テラスへ向かった。


「……あ、」


部屋を出ていくレンの後ろ姿を、リィネは切ないほどの渇望を持って見つめていた。


数分後。


レンが、自動菜園で採れた果実を皿に入れて戻ってくると、リィネはベッドから降りようとした。


「ん、まだ動かなくていいよ。あんなに重症だったんだ。遠慮しないで、そのままでいいよ」


「も、申し訳ございません……。いつまでも寝そべっているなど……ハイエルフの誇りが許さないのですが……」


エルフの誇り、ハードル高すぎないか!?


レンは引きつった笑みを浮かべたまま、木の皿を差し出した。


「いやいや、こっちはそんなの気にしないから。コレ、食べてみて。まあ、簡単に作り出したやつだから、口に合うかどうかわからないけど」


リィネは恐縮しながらも、その果実を手に取り、口に入れた

咀嚼を終え、飲み込んだその瞬間、リィネの目が再び大きく見開かれる。


「これは、一体何という果実なのですか!?一粒食べただけで、体中にエネルギーが行き渡るような感じがします。……こんな偉大なものを、簡単に作り出すとは……!」


リィネの手は止まらず、残りの果実も全て食べた。


お腹が空いていたのだろうか。


完食したことにレンは満足げだった。


ようやく、といったところであろうか、二人の間から緊張が解け、ゆっくりとした時間が流れていた。


「―――申し訳ございません、レン様。私のようなものに、このようによくしていただき。何か、恩返しをさせてください。お掃除でも、お食事でも、何なりと私に」


そう言って、リィネは立ち上がろうとした。

レンの魔法によって全快しているとはいえ、病上がりであることに変わりはない。


「いいのいいの、無理しないで。恩返しも何も、僕が君を助けたくてしたことだから」


レンは慌てて立ち上がり、リィネの細い肩を両手でそっと押し戻した。

リィネはその手から伝わる温かい魔力を感じ取っていた。


「あ……」


リィネは小さく息を呑んだ。

レンの魔力から伝わってくるのは、打算の欠片もない純粋な「いたわり」だった。


村から追放され、途方に暮れたときに感じた魔力。

人間に追われながらも灯台のようにそこにあり、目指していた魔力。


リィネは自分の選択に間違いがなかったのだと実感し、胸から込み上げてくる安心感に溺れそうになった。


ここにきてレンに対する警戒心や疑念は完全に無くなり、憧れのものを見るまなざしでレンを見つめていた。


その一方で、レンは内心で焦っていた。


あまりにも自分が神格化され過ぎている。


確かに魔法は使えるかもしれないが、一人の人間であることに変わりはないのだ。


レンは決心し、大きく深呼吸をした。

自分の素性をきちんと話そう。


顧客との信頼関係構築の基本は、誠実な情報開示である。


「……リィネさん、聞いてほしい話があるんだ。信じられないような話だけど、嘘じゃないから」


「……はい。なんでしょうか……」


レンは真剣な面持ちで向き合い、ゆっくりと丁寧に言葉を吐き出した。


「実は、僕は、別の世界で一度死んでいるんだ。今みたいな魔法の力もなく、ただ、誰かの役に立ちたくて、周りに喜んでもらえることが生きがいで、一生懸命仕事して、仕事しすぎて死んだ、バカな、何のとりえもない、ダメな男なんだ。……そんな、本当にちっぽけで、何にもない人間なんだよ」


レンは、前世での生活、死んだあと何が起きたのか、今ここでどう生活しているのか、全てをありのままに話した。


「……レン様……そのようにお辛い境遇であったとは、想像もできませんでした」


しかし、リィネは話を聞くうちに、さらなる感銘に震え始めたのだ。


「やはり……古の伝承の通り!」


「……え?」


リィネは興奮しながら語り出した。


「ハイエルフに語り継がれる叙事詩には、こうあります。『森の遣いは異空より舞い降りる。その手には剣を持ち、土を愛し、全ての草花を友とする』……と」


レンは心の中で頭を抱え、天を仰いだ。

謙遜すればするほど、信仰がエスカレートしていく。


「その『のうき』や『じょうし』という邪神と命がけで闘われてきた……!そして、この森へ辿り着かれたレン様こそ、真の聖者。……ああ、私の魔力がかつてないほど脈動しております。」


確かにリィネは見るからに元気になっていた。

昨晩救助した時はまさに瀕死の状態であったにも関わらずである。


レンの必死の手当が魔力の力も合わさって傷を癒し、水と食事で十分な英気を養えた、どころか、それ以上にリィネの魔力を活性化させていた。


「レン様、見てください!体から力が満ち溢れています!これならば、レン様のお家の雑巾がけも、マッハでこなせます!」


「いや、そんな速度でやられたら床の木材が摩擦で燃えちゃうよ!」


真剣なリィネの表情を見て、レンが両手を前に出して必死に制止する。


リィネがレンの役に立ちたがる。

まだ寝てていいとレンが止める。


そんなやり取りがひとしきり続き、ようやく場に落ち着きが取り戻された。


「……レン様はどこまでもご配慮くださるのですね。私はそんなレン様を好きになりました」


レンの心臓がドキリと鼓動した。


リィネの発言に別に深い意味などないのはわかってた。

しかし、子供とはいえ、端正な顔立ちのエルフにそう言われ、本能的に反応してしまうのであった。


「先ほど、レン様は誰かの役に立ちたくて、周りに喜んでもらいたくてと仰いました……どうか、私にもお手伝いさせてください。必ずやレン様のお力になってみせますから」


レンは、熱を帯びたリィネの視線に耐えきれず、たまらず窓の外へと目を逸らした。


だが、その瞬間、彼の背筋に悪寒が走った。


――ガサリ。


レンの脳内に、無数のささやき声が流れ込んできた。


植物の伝言(ウィスパー・ネット)

周辺に張り巡らせた感知能力が、明確な異変を捉えたのだ。


「……ッ!」


レンの表情からそれまでの笑顔が消える。

同時に、リィネもまた視線を外へと向けた。


「レン様……」


「ええ。……どうやらまだ諦めていないみたいだね」


二人の意識が同時に「それ」へと集中した。


こちらに向かって進む数人の男たちの姿。

獲物を追い詰める猟犬のような荒い息づかい。


そして真っ黒な殺気。


それは、昨晩のヴォルフ隊の残党だった。


「……やっと休日になったと思ったのに……」


レンはゆっくりと立ち上がり、腰のホルスターに収まった開拓者の万能剪定鋏(マスター・セカテール)の柄を強く握りしめた。


「リィネさん、君はここに隠れていて。君の事は僕が守る。」


「お気遣いありがとうございます。……ですが、今の私の力、どうかレン様のために振るわせてください」


レンの中に一瞬のためらいが生まれる。

しかし、黙って頷いた。


静かな闘志を燃やすリィネと、冷たい殺気を放ち始めたレン。

二人の背後で、始まりの森の木々が、主の静かな怒りに呼応するように不気味なざわめきを上げ始めていた。

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