侍女達の罠 1
エンニとソフィアは王城に来ていた。王道教育と王妃教育を受ける為に暫く滞在することになったのだ。今回は、王太子と王太子妃になってからの初めての正式訪問になる。まず王の謁見の間で国王カルロスに会い、儀礼の挨拶をした。それから、エンニの案内でソフィアは王城に用意された王太子妃の部屋へ向かった。
今日からは王族の一員として、王太子妃の部屋が準備されている。以前婚儀の後泊まった部屋は、王城の敷地内に建てられている迎賓用の館の部屋だったのだ。
「ここが君の部屋だよ。」
エンニにエスコートされたソフィアが部屋に着くと、すぐさま部屋付きの護衛兵士が扉を開けた。すると部屋の中から覚えのある花の香りが、風と共にエンニとソフィアの頬をかすめて出て行った。
『今の風は…。』
ソフィアは、部屋に足を踏み入れるのを躊躇った。開かれた扉から一歩も動かず、室内をじっくり見渡した。室内は豪華な調度品で整えられており、今まで過ごして来た別城の部屋の2倍位の広さがあった。なかなか部屋に入らないソフィアを不思議に思ったエンニが声を掛けた。
「どうした、中には入らないのか?」
ソフィアは片足を一歩下げ、くるりと回り後ろを向いた。
「エンニ殿下、私、レント殿下にお聞きしたい事があるのを忘れていました。」
「えっ、そうなのか?」
戸惑うエンニにソフィアは、護衛兵士に命令をして欲しいと頼んだ。
“私達が戻るまで、例え国王陛下が来ようとも、決して何びともこの部屋に入れるな”と。
レントの執務室に来た。エンニは何故ソフィアはレントに会うのか理由を聞いていない。レントに直接話す必要があるとだけ言われていた。ソフィアは結界を張ると、開口一番に言った。
「この王城の侍女達は、私に何の怨みがあるのですか?」
レントは、いきなりソフィアに言われて目が点になる。
「ん??」
「この王城の保安警備はレント殿下が仕切っていると聞いています。だからはっきり言います。私に用意された部屋には、明らかに私に対して危害を加えようとする細工がされています。これは誰の企みですか? レント殿下」
衝撃的なソフィアの発言にビックリするレント。
「ま、待てソフィア僕じゃない!
信じてくれ!!」
慌てふためき、必死に否定するレント。
無表情で怒りを見せるソフィアは、凛として美しく、独特な恐怖感を相手に与える。横で見ていたエンニは、新しく知ったソフィアの妖艶な魅力に心を奪われていた。
ソフィアはエンニとレントに、部屋にあるいくつかの物から負の念の残留を感じると話した。だからこそ、部屋を整えた侍女達が疑わしいと言ったのだ。
レントは、直ぐに部屋を調べると言い出したが、ソフィアはそれよりも侍女達を集めるように進言する。
「私は物に付着した残留思念から、負の念を発した人物を特定出来ます。」
それを聞いたレントは、少し考える時間が欲しいとソフィアに頼んだ。
レントは、兄エンニの呪いを解呪した影響を利用して、王城で働く軍事派の息のかかった者達を一斉に排除していた。その中には少なからず侍女もいた。新しく雇った侍女達を含め、全ての侍女の情報が書かれた人事名簿に再度レントは目を通した。
『残した熟練者も新人も、出来るだけ中立派の家の者を集めている。多少のやっかみや嫉妬があるとしても、王太子妃であるソフィアに危害を与える者がいたとは想定外だ。
侍女達の人選には侍女長の意見も参考にした。なのに何故だ。』
自責の念にかられたレントは、事態を重く受け止め苦慮する。何故ならソフィアの能力は表沙汰には出来ない上、害を及ぼす工作をした侍女を彼女が特定しても証拠が必要なのだ。
執務室では静かに時間だけが過ぎて行った。
エンニとソフィアは、彼が動き出すまで待っていた。意を決したレントは、側近を呼ぶと、急ぎ侍女達全員を大広間に集めるよう命令したのだった。
普段は舞踏会が開かれる大広間に、侍女長をはじめとする侍女達が集められた。今日出勤しているのは35名だ。全員、中立派又は平和派の伯爵家、子爵家、男爵家の貴族令嬢であった。彼女達は侍女として働きながら、教養や礼儀を身に付けて良い縁談の口を見つける為に、又は仕事の能力を高める為に希望して来ていた。
レントはエンニとソフィアから少し離れた位置に、侍女達を全員の姿が見えるように横並びで一列に立たせた。そしてレントは侍女達の名簿を持ち、ソフィアの横に立つと順番に名前を言わせた。侍女達は一歩前に出で名前を言いエンニとソフィアに挨拶をして行く。レントは侍女達が名前を言う度にソフィアの顔をちらりと横目で見る。時々目を伏せるソフィアを確認すると、名簿に印を付けた。最後に侍女長が名前を言い挨拶をして紹介が終わった。
ほとんどの侍女達は、王太子夫妻とは初顔合わせになる。ソフィアは侍女達からの情念を感じていたが、瞬間的に生まれては消えて行く泡のような様々な感情の念は、害がないものと認識していた。
侍女達の目の前には、まるで一対の美しい夫婦人形のような姿のエンニとソフィア。だが、2人は挨拶の間ニコリともせずに黙って見ているだけ。その上、侍女達の腹の底を見抜くかのごとく2人の視線は鋭かった。
侍女達は王太子夫妻の様子から、何か良からぬ事があるのかと、不安と恐れを募らせていた。
ただならぬ緊張感が大広間を包み込む中、レントは侍女達の前に立ち、王太子妃の部屋付き侍女を発表すると言った。今から名前を呼ばれた者はこの後、王太子夫妻と共に王太子妃の部屋へ行くよう告げる。その時には侍女長も同行するように命じたのだった。
35名の侍女の中から3名の侍女が選ばれた。
「ステファニー・ファンテイン伯爵家令嬢17歳。
ロニアン・ドルトル子爵家令嬢20歳。
パール・ターナー男爵家令嬢18歳。
以上3名が王太子妃部屋付き侍女になる。
だが、仕事の出来不出来により他の者に変更する。よって選ばれた者、選ばれなかった者双方共に、今後心して仕事に励むように。」
《はい!レント王子殿下!》
侍女一同は身を引き締めて、返事をした。
選ばれた3名の侍女と侍女長を先頭にレント、エンニとソフィア、護衛兵士2人が王太子妃の部屋へと向かう。侍女達にとって王族の部屋付き侍女に選ばれることは名誉なことだ。しかし3名の侍女達は、顔色が悪く足取りも重い。身体もふらついていた。侍女長さえも顔が青ざめていたのだ。そんな状態の彼女達をレント、エンニとソフィアは、見逃さず観察していた。王太子妃の部屋に着くとレントは扉の前で侍女長に命ずる。
「部屋の中に入り、最終確認をしてくれ。」
侍女達は部屋へ入り、室内を見て回った。部屋の入り口に立つレント、エンニとソフィアそして護衛兵士の様子を気にしながら、侍女長は他の3人の侍女達と手分けして確認作業を行なっていた。
ソフィアはレントから侍女名簿とペンを受け取ると4人の侍女達の名前の横に何やら書き込み、レントに返した。書かれたものを見たレントの口元が僅かに緩む。広い室内で動き回る侍女達を細部まで見張る事は至難の業だ。それでもレントは扉から離れずに侍女達を目で追うだけだった。
侍女長は緊張した顔でレントに報告した。
「どこにも異常はありませんでした。」
透かさずレントは命ずる。
「それでは、今から僕が指定した場所をもう一度確認してもらう。」
「えっ!どういう事でしょうか?
今し方確認したばかり―。」
動揺する侍女長にレントは強く言い放った。
「侍女長、僕が言う場所を確認しろ。
これは命令だ!」
「わっ、分かりました。」
侍女長は冷や汗をかき、渋々返事をした。
侍女長を含め、4人の侍女達は見るからに具合が悪そうだ。心配になったエンニとレントは、ソフィアの顔を見るが、侍女達の体調の異常を気にするどころか冷淡な目を彼女達に向けている。レントはソフィアの言葉を思い出した。《私にも防御が掛けてあります。向けられた悪意や負の情念は直ぐに相手へと跳ね返って行くのです。》
明らかに不審な侍女達にレントは、指定した場所にある、特定の物を確認させる事にした。
ステファニーには、寝室の寝具を。
ロニアンには、出窓に飾ってある薔薇の花が生けてある花瓶を。
パールには、クローゼットの中の衣装を。
レントの言葉を聞いた途端、3人の侍女達の顔から血の気が失せ、落ち着きがなくなる。それどころか、指定した場所へ行く事もしない。それならばと、レントは更に細かい指示を出してみる。
「ステファニー嬢、寝具の枕の膨らみを手で揉み込み整えてくれ。」
彼女はベッドに近づくが、枕に目も向けず黙って立っているだけだった。
「ロニアン嬢、薔薇が生けてある花瓶の水を入れ替えてくれ。」
レントに命令されても彼女は決して出窓に近寄らなかった。
「パール嬢、クローゼットの中のドレスを見てくれ。」
パールは、クローゼットの扉に手をかけたが、そのまま動きを止めてしまった。
「僕の指示に従うつもりがないのか?
命令違反になるが、いいのか?」
レントが忠告しても頑なに動こうとしない3人の侍女達。彼女達は何も言わず、レントから目を背け、震え立ち尽くしていた。この状況に焦り慌てた侍女長が、彼女達に手を上げる。そしてレントの指示通りに作業をするように怒鳴った。
ロニアンが涙を流しながら、恐る恐る出窓に近づく。震える手で花瓶を持ち上げようとしたその時、彼女は驚き飛び退いた。薔薇の花の中から何かが飛び出す。大きなスズメバチがロニアンの顔に飛んで来た。彼女は悲鳴を上げて尻もちをついた。ロニアンの動きと声が刺激となり、興奮したスズメバチは飛び回り勢いよく開いている扉へと向かい飛んで行く。
そこにはソフィアが立っていた。




