解呪…その後 2
今度は、セレブキシン王国内での影響について報告をしようとするレントをソフィアは止めた。休憩を願い出たのだ。彼女自身の気持ちの切り替えとエンニの高まっている感情を落ち着かせるのが目的であった。そこで早目の昼食をいつものテラステーブルで取る事にした。
「そう言えば、父上が言い忘れていましたが
そろそろ二人に王道教育と王妃教育を受けさせると言っていましたよ。」
魚のソテーを食べながら呑気にレントは話した。
「父上は、先の無い王太子の私にも王の道を教えて下さるのか。」
食事の手を休め、黙り込むエンニ。
「私は楽しみですよ。
王妃教育はどんな事をするのか
非常に興味があります。」
エンニの複雑な心境を察したソフィアは彼に明るく話しかけた。
「短い間の王太子と王太子妃ですが
楽しんでお役目を務めましょうよ。」
エンニに向けるソフィアの優しい笑顔。彼女から伝わる思いやりのある気遣いで、エンニは心が穏やかになった。彼は抱えていた懸念を捨て、ソフィアに微笑みを返した。
「ああ、そうだな、そうしょうソフィア。」
この二人の労り励まし合う姿は、レントの目にはとても眩しく映った。
弟として嬉しかったが、ちょっぴり羨ましいと思うレントだった。
食事が済むと直ぐに執務室に戻り、ソフィアは結界を張った。二人の前でレントは報告の続きを始めた。
「それでは僕達の王国内での影響について報告します。
まず始めに、主に大きな影響を受けたのは軍部です。バーミン大将軍を始めとする軍幹部は病で全員床に臥せています。幹部でも中層、下層と下へ行く程症状は軽いようです。疾病は麻疹と思われる感染症の為、幹部の他事務官を含む全ての軍兵士達は感染の疑いがありましたが、幹部以外は誰も発症せず、今は問題なしと判断されています。但し、兄さんの友人士官や部下達は皆無事でした。
軍組織は現在、指揮系統が絶され混乱状態に陥っています。
次は、軍部と強い繋がりがあった貴族、商人、平民にも影響があり、その影響の表れ方には個人差があるようで、病気、不慮の事故、家庭内問題や仕事上の問題などです。
あと気になるのは、解呪の影響なのか因果関係が分からない事例が起きています。婚姻の儀式以降、貴族の家庭内で問題が多発。婦人や令嬢達がヒステリックになり家人や使用人に暴行、又は原因不明の病に倒れると言う報告が上がっているのです。
以上がこれ迄分かっている影響だと思われる出来事の簡単な説明です。」
ソフィアは、レントからの報告を聞き終わると何も言わずに目を伏せてじっと座っていた。その様子は傍から見ても彼女が深く思考を巡らせているのが分かる程だった。
エンニは黙って静かに見守っていた。
レントも彼女が口を開くのをお茶を飲みながら待った。
暫くしてから、ソフィアはお茶の入ったカップに口を付け、一口飲んでからゆっくり話し出した。
「やはり軍部に一番影響が出ましたね。戦争を生きる糧とした軍部の連中が、エンニに戦争の勝敗を丸投げし、戦闘を強要していましたから、当然の報いと言えるでしょう。それと最後の話に出た婚礼以降の事例については、エンニの呪いを解いた影響ではありません。私へ向けられた負の念が原因です。」
「ソフィアに“呪い”が掛けられているのか?」
エンニは、心配そうな顔でソフィアに問いかけた。
「いいえ、“呪い”ではありません。ですが
私に対する嫉妬、やっかみ、妬み、殺意など悪意ある情念です。」
ソフィアの答えを聞いてエンニとレントは強い怒りを覚えた。
「大戦から帰国後、療養中だった第一王子がいきなり婚約と結婚の儀式を同日に行い、直ぐに王太子になった。その結婚の相手が、一度も社交界に顔を出したことが無い子爵家令嬢。しかも地方の田舎領主の娘となれば、腹立たしく、簡単には容認出来ないのでしょう。ですが私にも防御が掛けてあります。向けられた悪意や負の情念は直ぐに相手へと跳ね返って行くのです。」
「その防御は、父上や兄さん、僕にしてくれたものと同じなの?」
「はい、同じ防御です。」
レントは防御の効果に驚き安心する。エンニはソフィアの話を聞いて危機感を持たないレントに苛ついた。
「レント、ソフィアとの結婚に異議を唱えている者がいるのか?フェンロール子爵家の安全確保と不当な圧力を掛けられ無いように調べているか?」
「落ち着いて兄さん。
フェンロール子爵家には王家直属の護衛騎士団が影となり守っています。
もし、不当な圧力や嫌がらせがあった場合には直ぐに父上か僕へ連絡するように伝えてあります。
だから安心して下さい。それに二人の結婚を良く思わない者は、それ相当の報いを受けるでしょう。ねぇ、ソフィア。」
意味ありげにソフィアに向かってウインクをするレント。彼は女性に対し不用意にアプローチをする昔の癖が出てしまう。そんな彼をソフィアは牽制するように無表情で無視し、素っ気なく答えた。
「はい。 “好色腹黒王子殿下”」
エンニが吹き出し笑う。
ソフィアの辛辣な返事が心にグサッと来るレント。
実際のところ、ソフィアはレントの優秀さを認めていた。以前彼の呪いを解き、彼の心の闇が消えて悪い意味の腹黒さが無くなった。その時ソフィアはレントに為政者の資質を見出していた。耳の痛い言い方をするのも悪癖を無くさせる為だ。
レントは、気を取り直し話を続けた。
「貴族達は今それどころではないと思いますよ兄さん。彼らの興味は王国内の派閥の均衡がどうなるのか。自分達の身の処し方を決める為の情報を探ろうと必死なのです。」
冷めたお茶を飲み、何だか愉しそうにレントは言った。
『潮時か。』
好機だと判断したソフィアは、エンニから執務室の棚の鍵を借りる。そして鍵を開けて中から分厚い書類袋を取り出した。
「この書類袋は、私がここへ来る時に生家から鞄に入れて持って来た物です。」
ソフィアは、テーブルに書類袋から数冊のノートと黒表紙を付けて紐で閉じられたレポートを出してエンニとレントに見せた。
「ここにあるノートには、王国から軍部への年間予算支給金額と軍部の年間支出金額と支払明細書を十年間記録してあります。
そして、黒表紙のレポートは…。
“王妃と王女の暗殺襲撃事件”についての私の考察を書き留めたものです。」
目の前に置かれたノートとレポートを言葉もなく凝視しているエンニとレント。
ソフィアは、決して口には出さずに目を通して欲しいと告げて席を離れた。それから結界を解き、静かに部屋から出て行った。エンニとレントがあのノートとレポートを読み、どう受け止めるか分からない。だが、彼らの気持ちを配慮して二人だけにした方が良いとソフィアは思ったのだ。
小一時間位過ぎた頃、ソフィアは新しいお茶とお菓子をワゴンに載せて運んで来た。執務室のドアを開けると室内の空気は熱く、異様に重苦しく感じた。ソフィアは直ぐに窓を開け風を通した。部屋の中では、レントが深くソファーの背もたれにもたれかかり座っていた。手足は力無く伸ばし、顔は天井に向け、目を瞑ったまま低い声で唸っていた。エンニは眉間にシワを寄せ、瞬きもせず集中してまだレポートを読んでいる。彼の目は少し赤く、涙が滲んでいるようだった。
ソフィアは、エンニがレポートを読み終えてから窓を閉め、結界を張った。彼らから出た負の念を風と共に窓から出したのだ。
それからソフィアは、エンニとレントに新しく持って来たお茶、ミントティーを飲むように促した。爽やかなミントの葉のお茶を飲むのは彼らは初めてだった。お菓子はチョコレート菓子を用意した。チョコレートの甘味とミントの清涼感で二人の脳の疲れと荒んだ心を癒す為にソフィアが準備したのだ。
エンニとレントはミントティーが気に入ったようで、リラックスしながらお茶とお菓子を堪能していた。彼らの様子に満足するとソフィアは唐突に言い出した。
「レント殿下が、アミール王子に伝えたように
私達も、現在起きている状況を大いに利用しましょう。
今こそ “ 王国の膿 ” を出すのです。」




