つかの間の…再会
王太子叙任式典と苦痛だった祝賀の挨拶会を何とか終えたエンニとソフィア。その後ソフィアの希望で王城の広大な敷地の中にある、王家の墓に眠る王妃アンナと王女リンネアの墓参りに王とレント王子と共に来ていた。
ソフィアは二人の墓に持って来た花束を供えた。最初にカルロス王が祈り、次にエンニとソフィアが一緒に祈った。最後にレントが母と妹に祈りを捧げた。
実は二人の墓は他にもあった。アンナ城と呼ばれている別城の敷地内の、とある場所に墓があるのだ。別城は王妃アンナが愛した城であり、子供達を産み幼少まで育てた思い出の場所でもあった。夫のカルロスが妻のアンナと娘のリンネアの魂が安らげるようにと特別に建てた墓だった。
翌日、まだ暗い早朝に馬車で王城を出発し、太陽が東の空から顔を出した頃に王とレントそしてエンニとソフィア達四人は別城に到着した。
四人で早々と朝食を済ませた後、目的である王妃と王女の墓へと向かった。護衛もお供も連れず四人だけの墓参りだ。王族しか知らない秘密の場所。そこは別城と城の庭そして湖が見渡せる少し小高い丘の上にあり、低木に囲まれた周りから見えない所に墓は存在していた。
「ここは、とても素晴らしい眺めですね
陛下。」
丘の上からの景色に魅了され、感動するソフィア。
「私のことをそろそろ父と呼んでくれないか
ソフィア。」
「はい、喜んで。私達家族だけの時は、
父上様とお呼びしますね。」
ソフィアがそう答えるとカルロス王は笑顔を見せた。
四人は各々王妃と王女の墓に花を手向けた。
エンニとソフィアは結婚した事と王太子、王太子妃になった事を報告した。王城の王家の墓では、ただ祈りを捧げるだけだった。だからこの地に眠る二人の墓の前で初めて伝えたのだ。何故なら、王城や王城の敷地の中では余計な私的な話は禁物だからだ。
“ここには魔物達が彷徨いている”
此はソフィアの言葉だ。この事に王と二人の王子達も同意見であった。だからこそ警戒して王家の墓ではあえて何も話さなかったのだ。
「父上様、ここでは誰も聞き耳を立てず、監視の目もありません。好きなだけお二人に話し掛けても大丈夫ですよ。」
ソフィアは優しく義理の父カルロスに言った。彼が妻のアンナ王妃を亡くしてからずっと寂しい想いを抱えている事を感じていたからだ。父王と同じ寂しさを二人の王子達からも感じ取っていたソフィアは、彼らにも気持ちを吐露するように勧めた。しかし、三人とも恥ずかしがり遠慮していた為、ソフィアは指輪の力を借りる事にした。
突如一陣の風が吹き、花吹雪が舞うと、四人は芳しい花の香りに包まれた。すると二人の墓の上から虹色の美しい光のカーテンが下りて来た。その光の中には懐かしい二人、王妃アンナと王女リンネアの姿があった。
「愛しい人カルロス、会いたかったわ!
愛する私の息子達、エンニ、レント
立派に成長して、
とても素敵な青年に成りましたね。
再び会えて本当に嬉しいわ!」
「大好きなお父様、
大好きなエンニお兄様
大好きなレントお兄様
リンネア、すっごく会いたかった!」
二度と顔を見ることも声を聞くことも叶わぬ筈の妻と娘。だが今目の前には愛する二人がいる。カルロス王は驚倒し、その場にへたり込むと、喜びの余り号泣する。
別れの言葉も交わせずに死んでしまった母と妹が、生前と変わらぬ姿で現れた。エンニとレントは、二人の姿を見た途端目が釘付けとなり立ち尽くしたまま、ただただ涙を流していた。
一人ソフィアだけはこの状況を冷静に見つめ、怪訝な表情を見せていた。
『おかしい?何故話せる?
指輪の力では三人の記憶の中の姿を写し出し
見せるだけの筈だ。』
しばし考え込むソフィア。
光を纏いながら王妃アンナが、時を惜しむように夫のカルロスに寄り添い、再会の喜びと愛を伝えている。感極まったカルロスが涙を流しながらアンナに抱きついた。同じく光を帯びたリンネアも二人の兄達に嬉しそうに飛び付いた。その光景にソフィアはビックリする。
『えっ、触れる?何で?』
きょとんとしているソフィアにアンナが優しく微笑みかけた。
「ソフィアのお陰よ、ありがとう!」
アンナにお礼を言われて益々困惑するソフィア。あれこれと理由を思いあぐねていたが、あり得ない出来事を追究する事を止めた。
愛するアンナとリンネアに再び会えて歓喜するカルロスとエンニとレントを見ているうちに、この幸せあふれる家族の再会をこの奇跡を素直に受け入れようと思ったのだ。それは、あまりにも幸せそうなエンニの顔を見て、ソフィア自身も嬉しくなったからだ。大切な愛する家族の突然の死によって魂に傷を負い、心に穴が開いてしまった王と王子達が、
“このつかの間の再会でその傷と穴が少しでも癒えますように”
ソフィアは心からそう願わずにはいられなかった。
静かに見守っているソフィアにアンナとリンネアが近づいて来た。
「エンニを、呪いから苦しみから解放してくれ
てありがとうソフィア。
カルロスとレントの呪いも祓ってくれて
ありがとう。」
アンナとリンネアに抱き締められて驚きを隠せないソフィア。彼女達から伝わって来るのは心に広がる温かく穏やかな幸福感。とても不思議な感覚だった。
「許された時間が残り少なくなりました。
これから大事な話をします。
しっかり聞いて下さい。」
柔和な表情から一変し、真剣な面持ちでアンナは四人に向かって語り始めた。
「私達の王国と隣国カシール王国との戦いの歴史は今、分岐点に来ています。
和平交渉による平和な世界か
憎しみの連鎖に囚われた戦争を続ける世界か
ピフラ大陸で生きる人々皆の選択が迫られています。」
固唾を呑み耳を傾けるカルロス王。
二人の王子達も拳を強く握りしめ母アンナの話を身を引き締めて聞いていた。
ソフィアは金色の瞳を輝かせアンナの話に集中した。
「神は常に私達を守り、導いて下さいます。
エンニとソフィア。貴方達は聖母神様の加護で守られています。安心して正しいと思う道を進みなさい。」
時が来た。別れを惜しむ王と王子達。
しかし以前の別れとは違う。彼らに悲しみと絶望感は無かった。アンナとリンネアからの深く強い愛に彼らは包まれていたからだ。最後にアンナが告げる。
「エンニ、ソフィアを大切にしなさい。
生涯をかけて守り、愛を貫きなさい。」
「はい、母上。」
エンニは涙を堪えて力強く返事をした。
安心したアンナは、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
徐々に光が弱まり、アンナとリンネアの姿が消えて行く、そして完全に見えなくなった。
丘の上に残された四人の間を心地よい風が吹き抜けた。ソフィアは頭上を見た。青い空と太陽が目に眩しかった。地上に目を移すと柔らかな陽光が降り注ぎ、湖面がキラキラと光り瞬いていた。そこには、まるで何事も無かったかのように美しい風景が広がっていた。




