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栄冠は君に輝く  作者: konatsu


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9/19

5回表 試練

春季大会三回戦当日。


島大松江高校野球部のベンチには、いつもと違う空気が流れていた。


ベンチ後方でスコアブックを整理している女性がいる。


野球部長。


鈴木美佐子。


元人気アナウンサーであり、島大松江高校の卒業生。


そして誰もが知るもう一つの顔。


鈴木監督の妻。


選手たちは親しみを込めて「美佐子部長」と呼んでいた。


試合開始一時間前。


鈴木監督がオーダー表を貼り出した。


その瞬間。


ベンチが凍り付く。


一番センター 田中


二番キャッチャー 小村


三番ピッチャー 玉木


そして。


石川こなつ


竹内さおり


和田八雲


主力選手が誰一人先発に入っていなかった。


浜口が思わず声を上げる。


「監督、本気ですか!?」


鈴木監督。


「本気だ。」


八雲が立ち上がる。


「俺たちが出ない理由を聞いていいですか。」


「試合後に分かる。」


監督はそれだけ言った。


「今日はベンチから戦え。」


試合開始。


相手は春の優勝候補。


大社東高校。


一回表。


先発の玉木。


初回から緊張で制球が定まらない。


四球。


ヒット。


暴投。


犠牲フライ。


あっという間に先制点を奪われる。


0対1。


三回。


小村が盗塁を刺そうとして悪送球。


さらに失点。


0対3。


ベンチに重い空気が流れる。


美佐子部長がスコアブックを閉じた。


「緊張してるわね。」


さおり。


「玉木も小村も必死です。」


美佐子は頷く。


「当然よ。」


「今まで見ていた景色と違うんだから。」


四回終了。


島大松江高校。


0対3。


その時。


玉木がベンチへ戻ってくる。


汗でユニフォームはびっしょりだった。


真っ先に声をかけたのは八雲だった。


「おい。」


玉木。


「はい。」


「どうだ。」


玉木が苦笑する。


「苦しいです。」


「だろうな。」


「足も震えてます。」


八雲は帽子を深く被る。


「俺も震えるぞ。」


玉木が顔を上げる。


「え?」


「今でもだ。」


「マウンドってそういう場所だ。」


玉木は驚く。


自分だけではなかった。


県内屈指のエース和田八雲も、


同じ恐怖と戦っていたのだ。


八雲は続けた。


「でもな。」


「今日はお前の試合だ。」


「俺は投げない。」


「だから最後まで投げろ。」


玉木の目に力が戻る。


その様子を見ていた美佐子部長が微笑む。


「少し変わったわね。」


鈴木監督。


「誰がだ。」


「八雲。」


監督は小さく頷く。


「松田さんのおかげだろうな。」


美佐子。


「あなたもでしょ。」


監督は苦笑した。


六回。


一点返す。


七回。


さらに一点。


3対2。


アルプススタンド。


長谷川の応援。


青木の指揮。


江上たちのチア。


応援が選手を後押しする。


八回。


二死満塁。


代打。


錦織。


今大会初打席。


初球。


レフト前ヒット。


同点。


3対3。


球場が大歓声に包まれる。


九回表。


二死二塁。


再び錦織。


打球は一・二塁間を破る。


逆転タイムリー。


4対3。


九回裏。


マウンドには玉木。


二死二塁。


一打同点。


玉木はベンチを見る。


八雲が頷く。


そして思い出す。


松田の言葉。


「目で見るな。」


「心で見ろ。」


「心眼を手に入れよ。」


深呼吸。


投球。


ストライク。


二球目。


ストライク。


三球目。


空振り。


三振。


試合終了。


島大松江高校勝利。


整列後。


玉木は真っ先に八雲の元へ走った。


「先輩。」


「なんだ。」


「今日分かりました。」


「何がだ。」


「エースって苦しいですね。」


八雲は少し笑う。


「今さら気付いたのか。」


そして小さく続ける。


「でも。」


「楽しかっただろ。」


玉木の目に涙が浮かぶ。


「はい!」


その頃。


小村は思っていた。


「さおり先輩のリードって凄かったんだな。」


錦織は思っていた。


「レギュラーってやっぱり凄い。」


そして。


こなつは思っていた。


「私にも代わりはいる。」


さおりも思っていた。


「でも私にしかできないこともある。」


主力選手は競争の怖さを知った。


控え選手は主力選手の凄さを知った。


試合後。


誰もいなくなったグラウンド。


鈴木監督と美佐子部長が並んで立っている。


美佐子。


「あなた。」


「なんだ。」


「今日は心配だった?」


監督。


「少しな。」


美佐子が笑う。


「珍しい。」


「結婚して三十年。」


「あなたが認めるなんて。」


鈴木監督も笑った。


「でも答えは見つかった。」


「何?」


監督はグラウンドを見る。


玉木。


小村。


錦織。


こなつ。


さおり。


八雲。


全員が笑っていた。


「このチームは強い。」


美佐子。


「主力がいるから?」


監督は首を振る。


「違う。」


「誰が出ても戦える。」


「そして誰も仲間を見捨てない。」


夕陽がグラウンドを赤く染める。


鈴木監督は確信していた。


島大松江高校は、甲子園を目指せるチームになった。


そして夏は、すぐそこまで迫っていた。

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