5回裏 敗北
春季大会準々決勝。
島大松江高校は優勝候補として注目を集めていた。
女子選手二名を擁する話題のチーム。
元メジャーリーガー鈴木監督。
伝説の投手・松田健吾の特別指導。
春季大会ベスト8。
新聞もテレビも島大松江高校を取り上げ始めていた。
だが。
この日。
島大松江高校は野球で最も大切なものを忘れていた。
試合前。
ロッカールーム。
浜口が新聞記事を広げる。
「相手、創部以来初のベスト8だって。」
阿知波ダン。
「ここは負けられないな。」
大和。
「準決勝が見えてきた。」
誰も悪気はない。
しかし。
もう相手ではなく、
次の試合を見ていた。
その様子をさおりは見ていた。
違和感があった。
だが、
主将として何を言えばいいのか分からなかった。
試合開始。
島大松江高校対江津南高校。
一回。
こなつがヒットで出塁。
盗塁成功。
しかし追加点が取れない。
三回。
八雲が先制を許す。
五回。
浜口のエラー。
さらに失点。
七回終了。
2対4。
負けている。
ベンチ。
誰も声が出ない。
鈴木監督は何も言わない。
ただ試合を見つめている。
九回表。
二死満塁。
最後のチャンス。
打席には八雲。
球場の期待が集まる。
快音。
しかし。
打球はセンター正面。
試合終了。
4対2。
敗北。
相手チームは涙を流して喜ぶ。
島大松江高校は立ち尽くす。
整列。
「ありがとうございました!」
深く頭を下げる。
その時。
さおりは相手チームの主将を見た。
ユニフォームは泥だらけ。
膝も破れている。
しかし。
誰よりも嬉しそうだった。
その瞬間。
さおりは気付いた。
「私たち・・・。」
「相手を見ていなかった。」
帰りのバス。
誰も話さない。
夜。
誰もいないグラウンド。
さおりは一人で立っていた。
そこへ鈴木監督が現れる。
「監督。」
「なんだ。」
さおりは深く頭を下げる。
「主将を辞退させてください。」
静かな夜だった。
「私の責任です。」
「チームを引き締められなかった。」
「野球に敬意を払えなかった。」
「主将失格です。」
長い沈黙。
鈴木監督は空を見上げる。
「そうか。」
それだけだった。
翌日。
グラウンド。
さおりのロッカーから主将章が消えていた。
本当に外された。
さおりは言葉を失う。
練習中も誰とも話さない。
こなつが見かねて近づく。
「さおり。」
「ごめん。」
「違う。」
「何が。」
こなつは珍しく怒っていた。
「なんで一人で背負うんだよ!」
「負けたのはみんなだろ!」
さおりの目に涙が浮かぶ。
その時。
美佐子部長が現れる。
「こなつ。」
「はい。」
「ありがとう。」
そしてさおりの隣に座る。
「監督の狙いが分かる?」
さおりは首を振る。
「あの人。」
「主将を辞めさせたいんじゃないの。」
「主将とは何か考えさせているの。」
さおり。
「でも私は失敗しました。」
美佐子。
「当然よ。」
「主将一年目なんだから。」
「あなたは主将だから責任を感じた。」
「でも。」
「責任を感じることと、一人で背負うことは違う。」
こなつ。
「そうだよ。」
「私も悪かった。」
八雲が後ろから現れる。
「俺もだ。」
玉木。
「俺も。」
小村。
「俺もです。」
いつの間にか、
部員たちが集まっていた。
八雲。
「主将だけの負けじゃない。」
「チームの負けだ。」
さおりは涙を流す。
「でも・・・。」
こなつが笑う。
「甲子園行きたいんだろ?」
「だったら立てよ。」
「主将。」
翌朝。
全部員集合。
鈴木監督が前へ出る。
「主将は現在空席だ。」
静まり返る。
「やりたい奴はいるか。」
誰も手を挙げない。
長い沈黙。
その時。
さおりが前へ出た。
深く頭を下げる。
「昨日は逃げました。」
「すみませんでした。」
「でも。」
「もう逃げません。」
「もう一度。」
「私に主将をやらせてください。」
静まり返るグラウンド。
鈴木監督が聞く。
「理由は。」
さおりは答える。
「私は一人で戦う主将になろうとしていました。」
「でも違いました。」
「仲間を信じるのが主将です。」
「だからもう一度やらせてください。」
数秒の沈黙。
そして。
鈴木監督は主将章を取り出した。
「竹内さおり。」
「はい!」
「返す。」
さおりの目から涙があふれる。
「ただし。」
「次は甲子園だ。」
「はい!!」
今までで一番大きな返事だった。
その様子を見ながら、
美佐子部長は微笑む。
「あなた。」
「なんだ。」
「最初からそのつもりだったでしょ。」
鈴木監督は苦笑する。
「さあな。」
だがその目は優しかった。
こうして島大松江高校は、
敗北から本当の意味で一つになった。
そして次に始まるのは、
高校野球界を驚かせることになる
島大松江高校独自の改革だった。




