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栄冠は君に輝く  作者: konatsu


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8/22

4回裏 心眼

春季大会二回戦を突破した翌週。


島大松江高校野球部の選手たちは、グラウンドに集められていた。


鈴木監督が朝礼で告げた一言が気になって仕方がなかった。


「今日、特別コーチが来る。」


浜口博己が手を挙げる。


「元プロですか?」


阿知波ダン。


「メジャーリーガー?」


竹下大和。


「監督のライバルとか?」


鈴木監督は珍しく笑った。


「ライバルだった。」


「そして、一度も勝てなかった。」


グラウンドが静まり返る。


和田八雲が思わず聞き返す。


「監督が?」


「ああ。」


「甲子園でな。」


午後。


一台のワゴン車がグラウンドへ入ってくる。


ドアが開く。


降りてきた男性を見て選手たちは驚いた。


白杖。


サングラス。


ゆっくりとした足取り。


その男性は視覚を失っていた。


「え・・・。」


「まさか・・・。」


鈴木監督が紹介する。


「松田健吾さんだ。」


「俺の高校時代のライバルだ。」


松田は穏やかに笑う。


「初めまして。」


「松田です。」


しかし選手たちは戸惑う。


野球を教える人が、


目が見えない。


どういうことなのか理解できなかった。


松田は苦笑した。


「そういう顔をするよな。」


「俺も最初はそうだった。」


そして静かに続けた。


「高校時代。」


「俺はプロ入り確実と言われていた。」


「でも病気になった。」


「そして見えなくなった。」


誰も声を出せない。


「悔しかった。」


「腹も立った。」


「野球なんか辞めようと思った。」


空を見上げる。


見えてはいない。


それでも。


「でも野球が好きだった。」


「だから続けた。」


鈴木監督が小さく頷いた。


「松田は今でも野球をやっている。」


「ブラインドベースボールの指導者だ。」


松田。


「今日は一つだけ教えに来た。」


「心眼だ。」


浜口。


「しんがん?」


阿知波ダン。


「漫画みたいだな。」


松田は笑った。


「まず見せよう。」


松田はマウンドへ向かう。


捕手は鈴木監督。


選手たちは固唾を飲んで見守る。


静寂。


松田がセットポジションへ入る。


そして投げた。


ズバン!!


ど真ん中。


浜口。


「うそだろ・・・。」


二球目。


ズバン!!


三球目。


ズバン!!


全てストライク。


グラウンドにどよめきが起きる。


八雲。


「なんで・・・。」


「見えてないのに・・・。」


松田は微笑む。


「見えてる。」


「心でな。」


そして選手たちを集めた。


「全員、目を閉じろ。」


浜口。


「またですか。」


「いいから。」


全員が目を閉じる。


風の音。


木々のざわめき。


遠くを走る車。


仲間の呼吸。


今まで気づかなかった音が聞こえてくる。


松田。


「野球場は情報だらけだ。」


「お前たちは見えるから気づかない。」


そこから奇妙な練習が始まった。


目を閉じた送球練習。


最初に反応したのは石川こなつだった。


センターの守備位置。


目を閉じる。


風が左から吹いている。


土の感触。


自分の立ち位置。


松田が聞く。


「石川。」


「はい。」


「何を感じる?」


こなつは答える。


「風です。」


松田が笑う。


「正解だ。」


「打球は風で伸びる。」


「風で落ちる。」


「センターは風を知らなければならない。」


こなつの目が輝く。


続いて竹内さおり。


捕手として座る。


松田が尋ねる。


「竹内。」


「はい。」


「捕手は何を見る?」


「投手です。」


「違う。」


さおりが驚く。


「捕手は心を見る。」


グラウンドが静まる。


「投手が不安か。」


「強気か。」


「逃げているか。」


「勝負したいのか。」


「それを感じるのが捕手だ。」


さおりは黙って頷いた。


ベンチでは佐野ひまわりが必死にメモを取っている。


呼吸数。


会話。


反応速度。


全てを書き込んでいた。


松田が近づく。


「佐野さん。」


「はい!」


「何を見ている?」


「選手の様子です。」


松田は首を振る。


「違う。」


ひまわりが固まる。


「君はデータを見ている。」


「人を見ていない。」


その言葉が胸に刺さる。


「データはヒントだ。」


「答えじゃない。」


「表情を見ろ。」


「悔しさを見ろ。」


「夢を見ろ。」


ひまわりの手が止まった。


そして最後。


松田は八雲の前へ立つ。


「エース。」


「はい。」


「145キロ投げるそうだな。」


「はい。」


「146キロはいらない。」


八雲が驚く。


「狙った場所へ投げろ。」


「自分の身体を信じろ。」


「仲間を信じろ。」


「それが心眼だ。」


夕暮れ。


練習が終わる。


しかし八雲だけが残った。


一人。


目を閉じる。


投球フォームへ入る。


踏み出す。


腕を振る。


リリース。


松田が笑った。


「今のだ。」


「初めて真っ直ぐだった。」


八雲は驚く。


自分でも分かった。


今までとは違う。


何かが変わり始めている。


帰り際。


松田は全員へ最後の言葉を残した。


「心眼とは特別な力じゃない。」


「仲間を信じる力だ。」


こなつを見る。


「仲間のために走れ。」


さおりを見る。


「仲間のために考えろ。」


ひまわりを見る。


「仲間を理解しようとしろ。」


八雲を見る。


「仲間に頼れ。」


そして空へ向かって言った。


「目で見るな。」


「心で見ろ。」


「心眼を手に入れよ。」


「心の眼として心眼という文字になるのだが、私は君たちには仲間を信じる信願

という言葉を送りたい」


その言葉は島大松江高校野球部の胸に刻まれた。


そして信願という言葉は、


皆の進むべき道を照らす灯火となるのだった。


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