4回表 責任
春季大会二回戦。
島大松江高校の相手は、県内屈指の強打を誇る出雲農業高校だった。
試合開始前。
三塁側ベンチ前。
鈴木監督は珍しく一枚の紙を選手たちへ配った。
そこには一行だけ書かれていた。
「失敗を恐れるな。恐れるなら挑戦しないことを恐れろ。」
八雲は紙を見つめる。
「監督らしくないな。」
隣のこなつが笑う。
「珍しく優しい。」
八雲。
「俺には嫌な予感しかしない。」
試合開始。
一回裏。
八雲の立ち上がりは最悪だった。
四球。
四球。
暴投。
四球。
一死満塁。
球場がざわつく。
実況席。
「和田投手、完全に制球を乱しています。」
解説。
「力みがありますね。」
「球威はありますが腕が振れていません。」
ベンチ。
ひまわりが八雲の様子を見る。
八雲の呼吸数。
普段の一・五倍。
明らかな異常だった。
さおりがマウンドへ向かう。
「八雲。」
「来るな。」
「まだ何も言ってない。」
「放っといてくれ。」
さおりは怒らない。
ただ聞く。
「怖いの?」
八雲が顔を上げる。
「当たり前だろ。」
初めてだった。
八雲が弱音を吐いたのは。
「俺はエースなんだ。」
「打たれたら終わる。」
「負けたら終わる。」
「女子選手が出るようになって。」
「みんな島大松江を見てる。」
「監督も期待されてる。」
「だから・・・。」
さおりは頷く。
「なるほど。」
「全部一人で背負ってるんだ。」
八雲は何も言えない。
その時だった。
仲間から大声。
「八雲ーーー!!」
阿知波ダンだった。
「俺らもいるぞー!!」
浜口。
「そうだ気合だー!!」
大和。
「四球くらいで死なねえ!」
糸原。
「死球だけは勘弁な。」
さおり。
「聞こえた?」
「・・・うるせえ。」
「一人じゃないよ。」
さおりはミットを叩く。
「投げて。」
「ど真ん中でいい。」
「外れても私が止める。」
「打たれてもみんなが守る。」
「だから投げて。」
八雲は深呼吸する。
一度。
二度。
三度。
そして。
思い切り腕を振った。
ズバン!!
ストライク。
球場がどよめく。
実況。
「決まったーーー!!」
解説。
「今日一番のボールです!」
続く打者。
外角低め。
ストライク。
三球目。
高めの速球。
空振り三振。
二死満塁。
ひまわりがつぶやく
「八雲先輩の呼吸が戻った・・・。」
フルカウント。
八雲が投げる。
145キロ。
ど真ん中。
打者が振る。
打球は高く上がる。
センター方向。
センターこなつが走る。
走る。
走る。
そして。
ジャンプ。
パシッ!
スーパーキャッチ。
チェンジ。
球場が大歓声に包まれる。
ベンチへ戻る八雲。
そこへこなつ。
「エース。」
八雲。
「なんだ。」
「ナイスピッチング。」
八雲は帽子を深く被る。
「ナイスキャッチだ。」
初めてだった。
八雲が素直にこなつを褒めたのは。
試合はその後、
大和の決勝ホームランで
3-1。
島大松江高校勝利。
試合後。
誰もいなくなったグラウンド。
八雲が一人残っていた。
そこへ鈴木監督が来る。
「監督。」
「なんだ。」
「俺、今日分かりました。」
「何がだ。」
八雲は夕空を見る。
「エースは一人で戦う人じゃない。」
鈴木監督は少し笑った。
「やっと気づいたか。」
「遅い。」
八雲も笑う。
その時。
監督は続けた。
「だが。」
「お前にはまだ越えなきゃならない壁がある。」
八雲。
「壁?」
鈴木監督。
「自分自身だ。」
八雲は意味が分からなかった。
しかし。
その言葉が、
夏へ向かう大きな伏線になることを、
まだ誰も知らなかった。




