3回裏 作戦
春季大会一回戦当日。
島大松江高校野球部の選手たちは、試合会場へ向かうバスの中でいつもと違う緊張感を感じていた。
新主将・竹内さおり。
副主将・石川こなつ。
そして女子選手登録後、初めて迎える公式戦。
誰もが気合いに満ちていた。
試合会場へ到着すると、すでに応援団長の長谷川、吹奏楽部長の青木、チアリーダー主将の江上たちも準備を始めていた。
ひまわりはスコアブックとノートを抱えながらベンチへ入る。
試合開始一時間前。
鈴木監督が全員を集めた。
円陣ができる。
誰もが作戦説明を待っていた。
鈴木監督は静かに言う。
「今日はサインを出さない。」
沈黙。
最初に声を上げたのは浜口だった。
「えっ?」
阿知波ダン。
「冗談ですよね?」
糸原。
「送りバントもですか?」
鈴木監督。
「全部だ。」
さらに続ける。
「盗塁。」
「エンドラン。」
「守備位置。」
「配球。」
「全部自分たちで決めろ。」
部屋がざわつく。
和田八雲が立ち上がる。
「監督。」
「負けたらどうするんですか。」
鈴木監督は即答した。
「その時は俺の責任だ。」
静かになる。
「だが。」
「考えなかった責任はお前たちのものだ。」
誰も反論できなかった。
鈴木監督。
「甲子園へ行くチームになるなら。」
「監督がいなくても勝て。」
そう言ってミーティングは終わった。
試合開始。
島大松江高校対浜田北高校。
一回表。
先頭打者。
石川こなつ。
相手投手の初球。
カキーン!
いきなりセンター前ヒット。
一塁上でこなつがベンチを見る。
しかしサインはない。
さおりを見る。
さおりも見ている。
二人は頷いた。
次の瞬間。
盗塁。
セーフ。
実況席。
「島大松江高校、初回から動きました!」
解説。
「ベンチは全く指示を出していませんね。」
「選手自身の判断でしょう。」
二番竹内さおり。
初球を右方向へ流す。
進塁打。
三塁。
そして三番和田八雲。
外野フライ。
一点先制。
ベンチが盛り上がる。
しかし鈴木監督は腕を組んだまま。
何も言わない。
三回裏。
一死満塁。
島大松江高校最大のピンチ。
マウンドの八雲は焦っていた。
二球連続ボール。
さおりがタイムを取る。
ベンチを見る。
鈴木監督は動かない。
さおりは笑った。
「しょうがないな。」
マウンドへ向かう。
「八雲。」
「なんだ。」
「今、監督なら何て言うと思う?」
八雲。
「知らねえ。」
さおり。
「たぶん。」
『考えろ。』
八雲が苦笑する。
「言いそうだな。」
その時。
ベンチから伝令。
錦織だった。
全員が監督を見る。
しかし監督は動かない。
錦織が自分の判断で走ってきたのだ。
「八雲。」
「何だ。」
「監督は何も言ってない。」
「でも俺は言う。」
八雲が顔を上げる。
「絶対抑えろ。」
「お前エースだろ。」
八雲は笑った。
「当たり前だ。」
次の打者。
フルスイング。
打球はショート正面。
梶谷出雲。
二塁。
一塁。
ダブルプレー。
チェンジ。
島大松江ベンチが沸く。
七回。
一点差。
長谷川がアルプスを見る。
青木が指揮棒を上げる。
江上がチアを整列させる。
そして初めて、
「Rhythm And Police」
がアルプスに響く。
ひまわりはスコアブックを閉じた。
選手たちの動きが変わった。
集中力が上がっている。
呼吸が揃う。
歩幅が揃う。
ひまわりは小さく呟いた。
「効いてる・・・。」
九回表。
二死一・三塁。
追加点のチャンス。
ベンチは無言。
選手たちだけで考える。
さおり。
こなつ。
大和。
全員が頷く。
そして実行されたのは、
練習していた
三塁側への送りバント。
誰の指示でもない。
選手たちが選んだ作戦だった。
結果。
追加点。
二対〇。
その裏。
八雲が三者凡退。
試合終了。
島大松江高校。
春季大会初戦突破。
校歌が流れる。
選手たちが整列する。
鈴木監督がようやく口を開いた。
「どうだった。」
誰も答えない。
いや。
全員が笑っていた。
監督は頷く。
「今日の勝利は。」
「お前たちの勝利だ。」
「俺は何もしていない。」
しかし。
ひまわりだけは知っていた。
これは監督が仕組んだ試練だったことを。
選手が自分で考える。
責任を持つ。
仲間を信じる。
その第一歩だったことを。
帰りのバス。
夕日を眺めながら竹内さおりが呟く。
「監督。」
「なんだ。」
「今日、ちょっとだけ。」
「甲子園に近づいた気がします。」
鈴木監督は窓の外を見たまま答えた。
「まだ春季大会のそれも1回戦だぞ。」
選手たちが笑う。
しかしその顔には、
今までとは違う自信が生まれていた。




