白球の行方
白球は――。
伸びた。
伸びて。
さらに。
こなつの頭上を越えていく。
「……っ!」
こなつが振り返る。
大和も。
足を止めた。
そして――。
白球は。
右中間スタンドへ。
吸い込まれた。
一瞬。
球場の時間が止まった。
次の瞬間。
星承高校側のスタンドが――。
爆発した。
「入ったぁぁぁぁぁ――!」
実況席。
神谷誠一が立ち上がった。
「ホームランです!」
「ホームラン!」
「土壇場で――再びドラマが待っていました!」
大歓声。
神谷の声さえ。
飲み込んでいく。
解説の桑原修司も。
しばらく言葉が出なかった。
そして。
大きく息を吐いた。
「いやぁ……」
「驚きました」
「完璧な打撃でした」
一呼吸。
「これは――参りましたね」
神谷。
「五番・石破君!」
「ついに星承高校!」
「九回裏!」
「土壇場の一振りで追いつきました!」
スコアボード。
九回裏。
1
そして。
島大松江 5
星承高校 5
同点。
◇
マウンド。
玉木は。
動けなかった。
ゆっくり。
膝から崩れ落ちた。
「……」
両手を。
マウンドにつく。
あと。
一つだった。
あと。
たった一つ。
甲子園まで。
あと一つだった。
◇
島大松江ベンチ。
誰も。
声を出せなかった。
鈴木監督だけが。
グラウンドを見ていた。
玉木。
さおり。
慎之介。
太一。
塙。
そして。
外野の三人。
一人。
一人。
その顔を。
見つめた。
そして。
ベンチの奥へ声をかける。
「錦織」
「はい!」
伝令。
錦織が立ち上がった。
鈴木は。
ただ一言。
「まだ終わってないぞ」
そして。
「顔を上げろと――伝えてこい」
「はい!」
錦織が。
グラウンドへ走っていった。
◇
マウンドに。
内野陣が集まる。
セカンド。
慎之介が。
崩れ落ちた玉木の腕をつかんだ。
「玉木」
そして。
無理やり。
抱き起こす。
玉木は。
何も言わなかった。
ただ。
バックスクリーンを見つめている。
5―5。
その数字だけが。
目に入っていた。
さおりが。
マスクを外した。
「……ごめん」
全員が。
さおりを見る。
「私のせいだよ」
「考えが――甘かった」
唇を噛む。
「一瞬……」
「甲子園が見えてた」
「あと一つって思った」
「浮かれてた」
ファースト。
塙も。
静かに言った。
「俺もだ」
玉木を見る。
「玉木、ごめんな」
「もっと強く声をかけてれば」
「もっと思い切って投げろって言えてれば」
「お前も――もっと強く腕を振れたかもしれない」
だが。
玉木は。
まだ何も言わない。
スコアボード。
九回裏。
そこに刻まれた。
1
5対5。
太一が。
その数字を見た。
そして。
ぽつりと言った。
「でもさ」
全員が。
太一を見る。
「このチーム――」
少し笑った。
「ここからが強いですよ」
慎之介。
「何だよ、それ」
太一は。
真顔で答える。
「相手も強い」
「だけど――」
「このチームは、それ以上です」
一呼吸。
「って」
「さっきデビルマンが僕に囁きました」
「……」
一瞬。
沈黙。
慎之介が吹き出した。
「なんだよ、それ!」
塙も笑った。
さおりも。
思わず笑った。
「ひまわりの悪影響だな」
ベンチ。
ひまわり。
「聞こえてますけど!」
マウンドに。
少しだけ。
笑顔が戻った。
その時。
錦織が走ってきた。
「伝令!」
慎之介。
「遅いぞ」
「うるさい!」
錦織は息を切らしながら。
皆を見る。
そして。
言った。
「監督から」
全員が。
錦織を見る。
「みんな――顔を上げろって」
慎之介。
すぐに答えた。
「もう上げてるよ」
「……」
錦織。
「じゃあ、伝えた」
踵を返す。
「待て!」
さおりが叫んだ。
「それだけ?」
錦織は。
振り返った。
「それだけ」
「だって――」
笑う。
「みんな、まだ負けたわけじゃないだろ」
全員を見る。
「監督は信じてるんだよ」
「絶対に勝つって」
そして。
玉木を見る。
「それに――」
「最高の試合やってるぞ」
玉木の目が。
わずかに動いた。
「最高の野球してるって」
錦織が。
ニヤッと笑う。
「だから玉木」
「もっと面白くしてくれ」
「この回――抑えてこい」
静かに。
玉木を見る。
「まだ終わってないぞ」
皆が。
頷いた。
玉木は。
しばらく黙っていた。
そして。
拳を握った。
「……そうだ」
顔を上げる。
「こんなことでくじけてたら」
「甲子園も」
一呼吸。
「会社の社長になるって夢も」
「かなわない」
慎之介。
「お前、まだそれ言ってんのか」
「本気ですから」
玉木が。
ようやく笑った。
その目に。
再び。
光が戻っていた。
◇
その頃。
右中間。
外野の三人も。
集まっていた。
レフト。
芦田が。
マウンドを見る。
「何話してるんだろうね」
「俺も参加したいよ」
大和は。
答えなかった。
ただ。
スタンドを見つめていた。
――兄ちゃん。
――あと一つ。
――取れなかった。
拳を握る。
――でも。
――まだ。
――夢は終わってない。
隣。
こなつは。
悔しそうに。
外野フェンスを見た。
「もう少し……」
芦田。
「ん?」
「もう少し低い打球だったら」
「追いついて――捕れたのに」
大和が。
こなつを見る。
「悔しくないのか」
「悔しいよ」
即答だった。
「捕れなかった」
「一点が」
「打球が――私の頭の上を越えていった」
唇を噛む。
「何にもできなかった」
大和。
「だったら――」
こなつは。
突然。
笑った。
「次の回」
「点を――盗んでやる」
大和。
「……」
そして。
思わず笑った。
「マジでキャッツ・アイだな」
こなつ。
ニッと笑う。
そして。
芦田と大和を指差した。
「しっかり守れよ」
「レフト」
「ライト」
芦田。
「お前がセンターだろ」
大和。
「一番しっかり守れ」
三人が。
笑った。
そして。
それぞれの守備位置へ。
戻っていく。
◇
マウンド。
玉木が。
ロージンバッグを手に取った。
軽く。
手の中で叩く。
白い粉が。
宙へ舞った。
ホーム。
さおりが。
マスクをかぶる。
その目には。
もう。
迷いはなかった。
玉木を見る。
玉木も。
さおりを見る。
そして。
頷いた。
ベンチ。
鈴木監督。
腕を組み。
静かに呟いた。
「そうだ」
「まだ――終わってない」
九回裏。
二死。
5対5。
星承高校の攻撃は――。
まだ続く。




