9回裏 志相
九回裏。
島大松江 5
星承高校 4
鈴木監督は、あえて静かに選手たちを送り出した。
もう、言葉はいらなかった。
九回表。
鈴木は選手たちに激を飛ばした。
「勝て」
「打て」
それで十分だった。
ここで今さら、
「緊張するな」
などと言う必要はない。
緊張するのが普通なのだ。
甲子園まで、あと三つ。
この場面で緊張しない高校生などいるはずがない。
「頑張ってこい」
それも必要なかった。
ここまで来た選手たちは、もう十分すぎるほど頑張っている。
そして今。
誰もが、勝ちたいという気持ちでいっぱいだった。
一人。
また一人。
選手たちがベンチを飛び出していく。
ライトへ向かう大和。
セカンドの慎之介。
サードへ走る太一。
センターへ駆けていくこなつ。
そして。
マスクを手に、玉木とともにグラウンドへ向かう主将・さおり。
鈴木は、その姿を黙って見つめていた。
選手たちの背中。
表情。
足取り。
そのすべてを見ているだけで、胸が熱くなった。
――本当に。
――素晴らしいチームになった。
三年間。
いろいろなことがあった。
勝った。
負けた。
笑った。
泣いた。
ぶつかった。
そして――信じ合えるようになった。
おそらく。
これが、鈴木監督が率いる島大松江高校野球部の最後の試合になる。
その事実を。
選手たちはまだ知らない。
言葉にはできなかった。
ただ。
心の中で願った。
――頑張れ。
――お前たちなら行ける。
――甲子園へ行ける。
相手はセンバツベスト4。
この夏、全国制覇を目指している強豪・星承高校。
それでも。
鈴木は信じていた。
――今のお前たちなら。
――負けない。
その時だった。
鈴木の肩に。
そっと手が置かれた。
美佐子だった。
誰よりも鈴木の気持ちを知っている妻。
そして。
島大松江高校野球部の部長。
美佐子も、グラウンドを見つめていた。
サードには。
二人の息子・太一がいる。
太一も知らない。
この試合が。
父・鈴木監督が島大松江高校を率いる最後の試合になることを。
美佐子が静かに言った。
「みんな、あなたにとって大切な子供たちね」
鈴木は何も言わなかった。
「いろいろなことがあったわね」
美佐子は微笑んだ。
「でも最終回――」
「きっと、あの子たちは満面の笑顔で帰ってくる」
そして。
「私は信じてる」
一呼吸。
今度は妻ではなく。
野球部長として。
鈴木を見る。
「島大松江高校野球部部長として、監督・鈴木にお礼を言わせてもらうわ」
「本当に楽しい三年間を――ありがとう」
鈴木は何も答えられなかった。
ただ。
肩に置かれた美佐子の手に、自分の手を重ねた。
そして。
そっと握りしめた。
だが――。
鈴木は知っている。
野球は。
筋書きのないドラマだ。
ふと。
星承高校のベンチへ視線を向けた。
静かだった。
しかし。
その静けさが気になった。
誰一人として下を向いていない。
誰一人として諦めていない。
全員が立っている。
その目には。
最後の攻撃を待ち続けていたかのような、恐ろしいほどの集中力があった。
鈴木の胸の奥を。
小さな嫌な予感が通り過ぎた。
そして。
同じものを感じている者が、もう一人いた。
佐野ひまわり。
いつもなら。
誰よりも元気で。
誰よりも声を出す彼女が。
今日はベンチの端で、黙ってグラウンドを見つめていた。
胸元のデビルマンのお守りを、ぎゅっと握り締める。
手のひらは、汗でびっしょりだった。
「大丈夫だよね……」
小さく呟く。
セカンドを見る。
「お兄ちゃん……」
ホームへ向かうさおり。
「さお姉……」
センターのこなつ。
「こなつ姉御……」
「みんな……」
そして。
サードへ視線を移す。
少しだけ。
声が小さくなった。
「それから……」
「太一君……」
お守りを。
さらに強く握り締めた。
◇
マウンド。
玉木のもとへ。
さおりが歩いていく。
「玉木君」
「はい」
「今日の玉木君――神がかってる」
玉木が少し驚いた。
さおりは続ける。
「球速も」
「切れも」
「制球も」
「いつもより格段にいい」
そして。
表情を引き締めた。
「でも、気を抜かないで」
「はい」
「相手は星承」
「全国制覇を狙ってる強豪よ」
さおりは内野を見渡した。
「まずはワンアウト」
「玉木君一人で抑えようとしなくていい」
「みんなが守ってくれる」
そして。
スタンドを指さした。
「応援席も見てごらん」
玉木が振り返る。
総立ちだった。
その中に――。
父がいた。
「……父さん」
頭にはネクタイ。
何かを必死に叫んでいる。
何を言っているのか。
大歓声にかき消されて聞こえない。
その隣では。
母が両手を組み。
祈るようにマウンドを見つめている。
玉木は思わず笑った。
「親父……何やってんだよ」
だが。
その目が、少し潤んだ。
――みんながいる。
――俺がやらなきゃ。
玉木は、さおりを見る。
「さおり先輩」
「ん?」
「俺――負けませんよね」
そして。
笑った。
「今は――」
「僕が島大松江高校のエースですから」
さおりは一瞬。
玉木を見つめた。
八雲の代わりではない。
今。
このマウンドを任されている投手。
今、この瞬間。
島大松江高校のエースは――。
玉木だ。
さおりはミットを叩いた。
「そうよ」
そして。
笑った。
「エース」
「任せた」
「はい!」
さおりがホームへ戻る。
マスクをかぶる。
しゃがむ。
玉木は大きく息を吸った。
九回裏。
静かに振りかぶる。
さおりのサイン。
カットボール。
実況席。
神谷誠一の声が響いた。
「さあ、九回裏!」
「いよいよ最終回です!」
「この攻撃を抑えれば、島大松江高校は春夏を通じて初めての甲子園出場!」
解説の桑原修司が続ける。
「星承高校としては、まず先頭打者が出塁できるかですね」
神谷。
「ここは強打者、三番・水木君!」
「そして四番・小林君と続きます!」
一呼吸。
「さあ――勝負です!」
三番。
水木蓮司。
星承高校主将。
右打席。
玉木が投げた。
第一球。
カットボール。
水木は動かない。
「ストライク!」
さおりの目が細くなった。
――見送った。
今日。
これだけ切れている玉木のカットボールを。
第二球。
外角。
わずかにボールゾーンへ外れるストレート。
水木のバットが出た。
カキーン!
快音。
鋭い打球がレフト線へ飛ぶ。
だが。
わずかに切れた。
「ファウル!」
ツーストライク。
さおりは、水木を見た。
――水木君も必死だ。
そうだ。
みんな同じなんだ。
勝ちたい。
甲子園へ行きたい。
この夏を終わらせたくない。
何としてでも塁に出る。
そして。
まずは同点。
なら。
水木は何を考えている?
一球目。
カットボール。
二球目。
ストレート。
次はこちらが探りを入れるため。
変化球のスライダーを使ってくる。
そう考えているはず。
変化球を意識すれば。
バットは、わずかに遅れて出てくる。
さおりの目が鋭くなった。
――なら。
――勝負だよ。
――玉木君。
サイン。
玉木が頷く。
神谷。
「さあ、水木君を追い込みました!」
「玉木君、第三球――投げた!」
内角。
水木の目が光った。
――来た。
――スライダー!
ファウルでカットする。
そう判断した。
だが。
「なに!?」
ボールが。
曲がらない。
――ストレート!?
もう。
バットは止まらなかった。
カッ!
打球が高く上がった。
一塁側。
水木が空を見上げる。
「……しまった」
ゆっくりと。
目を閉じた。
ファースト。
塙が慎重に落下点へ入る。
白球が落ちてくる。
パシッ。
球審の右手。
「アウト!」
大歓声。
ワンアウト。
玉木は。
一度、空を見上げた。
そして。
大きく息を吐いた。
「……すげえよ」
さおりが振り返る。
「何?」
「さおり先輩」
玉木は笑った。
「完璧なリードです」
「俺の力を百パーセント以上、引き出してる」
さおりは。
表情には出さなかった。
だが。
心の中では。
――よっしゃー!
あの強打者。
水木を完璧に抑えた。
――さあ。
――次!
場内アナウンス。
「四番、ライト――小林君」
球場の空気が変わった。
神谷。
「続いて四番・小林君!」
「今日はすでにホームランを放っています!」
桑原。
「さあ、再び強打者ですね」
「好投を続ける玉木君のカットボールを、小林君がどう攻略するか」
「これは見応えがありますよ」
さおりは。
すでに決めていた。
――カットボールで勝負する。
問題は。
どこで使うか。
相手は超高校級の打者。
少しタイミングを外した程度では。
少しバットの芯を外した程度では。
長打にされる。
下手をすれば。
ホームラン。
さおりには。
ヒットなら仕方ない、などという考えもなかった。
――絶対に打ち取る。
タイムを要求した。
マウンドへ向かう。
内野陣も集まってきた。
「カットボールで勝負する」
全員を見る。
「当たったら、すごい打球が来る」
「三振だけを狙うのは難しい」
「だから――」
「みんな、守って」
慎之介。
太一。
塙。
全員が頷く。
「絶対にグラウンドへ落とさない」
そして。
玉木を見る。
「玉木」
「はい」
「私を信じて、低めに集めて」
「最後は――」
「真ん中高めのカットボールで打ち取る」
「うまくいけば内野フライ」
「もしくは浅い外野フライ」
そして。
守備陣へ言った。
「打球が上がったら、必ず声を掛け合って」
「最後までチームプレーよ」
さおりは続いて。
外野へ指示を出した。
「外野――三歩前!」
レフト・芦田。
センター・こなつ。
ライト・大和。
三人が。
定位置から三歩前へ出た。
球場がざわめいた。
さおりは。
ベンチの鈴木監督を見る。
鈴木は。
静かに頷いた。
作戦を認めている。
さおりが笑った。
「よし」
そして。
仲間たちを見る。
「やるぞ。島大松江の野球を」
全員が守備位置へ戻った。
神谷が驚いた。
「さあ、試合再開ですが――」
「これは驚きました!」
「島大松江高校、強打者・小林君を相手に、なんと外野を定位置より前へ出しました!」
「内野陣は逆に深めに守っています!」
桑原が唸る。
「大胆な守備ですね」
「普通なら長打を警戒して、外野は後ろへ下げます」
「それを逆に前へ出した」
「今日の玉木君の球威なら、小林君にも簡単には長打を許さない」
「そう信じているのでしょう」
そして。
「内野と外野の間へ落ちるヒットを防ぎ、出塁そのものを許さない」
「これは――」
「小林君に対する、島大松江からの挑戦状でもありますね」
右打席。
小林は。
正直、動揺していた。
――前?
こんな守備位置で勝負された経験などない。
星承高校ベンチを見る。
石川監督と目が合った。
――俺は。
――どうすればいい?
石川監督は。
大きく腕を振った。
強く打て。
それだけだった。
小林の迷いが消えた。
――そうだ。
――俺は四番だ。
――皆から期待されている。
――強く打てばいい。
あの浅い外野の間を抜けばいい。
頭を越せば。
二塁打。
三塁打。
いや。
スタンドへ持っていけばいい。
小林は。
ゆっくりと右打席で構えた。
さおり。
――頼んだぞ。
――玉木。
第一球。
スライダー。
低い。
「ボール!」
小林のバットは。
まったく動かない。
――やっぱり。
――ツーストライクまではカットボール待ちの可能性が高い。
――カットボールは大事に使う。
第二球。
内角低め。
ストレート。
「ストライク!」
小林のバットが。
ほんのわずかに動いた。
さおりは。
見逃さなかった。
――真ん中から内角。
――そこを狙ってる。
小林という打者を形成するパズル。
そのピースが。
一つ。
また一つ。
はまっていく。
――ここでストライクが取れたのは大きい。
第三球。
カーブ。
小林は見送る。
「ボール!」
第四球。
外角高め。
ストレート。
小林のバットは動かない。
「ストライク!」
ツーストライク。
――高めギリギリ。
――当ててもファウルになる。
――だから見送った。
第五球。
チェンジアップ。
小林のバットが大きく動いた。
だが。
途中で止める。
「ボール!」
フルカウント。
三ボール。
二ストライク。
だが。
さおりには。
すべて狙い通りだった。
今日の玉木の制球力を。
完全に信じていた。
――さあ。
――勝負。
第六球。
最後は。
――高めのカットボール。
――思い切って腕を振って。
――玉木、頼むぞ。
神谷。
「さあ、フルカウント!」
「ここまで玉木君、得意のカットボールを一球も見せていません!」
桑原。
「最後はカットボールでしょう」
神谷。
「やはりそう見ますか?」
「はい」
「ここまでの組み立てを見る限り、間違いなくその一球のためでしょう」
さおりは。
サインを出そうとした。
――カットボール。
だが。
その指が止まった。
小林を見る。
目。
構え。
グリップ。
わずかな体重移動。
――待ってる。
――この人も。
――最後はカットボールだと思ってる。
さおりの口元が。
ほんの少しだけ緩んだ。
――だったら。
サインを変えた。
玉木が。
一瞬だけ目を見開く。
そして。
頷いた。
神谷。
「さあ!」
「勝負の第六球!」
「玉木君――投げました!」
真ん中。
小林の目が光る。
――来た!
――カットボール!
「もらった!」
思い切り。
バットを振り抜いた。
だが。
ボールは。
真ん中から――。
外へ。
さらに外へ。
「なに!?」
スライダー。
バットが。
空を切る。
バンッ!
さおりのミットに収まった。
球審の右腕が上がる。
「ストライク!」
「バッターアウト!」
球場が。
爆発した。
神谷が絶叫する。
「空振り三振!」
「四番・小林君を打ち取りました!」
「ツーアウトォォ!」
玉木の父と母が。
スタンドで抱き合っている。
桑原が息を吐いた。
「これは……すごい」
「竹内さん、最後の最後で配球を変えました」
神谷。
「解説席でもカットボールと読んでいましたね」
「はい」
桑原は頷いた。
「超高校級の強打者を抑えるには」
「誰もが納得するような配球では、抑えられないことがあります」
「竹内さんは小林君の予想だけではなく――」
一呼吸。
「自分自身が描いていた配球まで、最後の瞬間に裏切った」
マウンドの玉木は。
ホームを見る。
「……やば」
思わず声が漏れた。
「さおり先輩、やばすぎる」
笑う。
「キャッチングも」
「返球も」
「構えも」
「そして、あのリード……」
「完全に読み切ってる」
「天才だわ……」
玉木は。
後ろを振り返った。
そして。
守備陣へ小さく一礼した。
センター。
こなつは定位置へ戻りながら。
「あたし、出番なかったのに」
ぶつぶつ言っている。
だが。
顔は笑っていた。
玉木へ向かって。
右手の指を二本立てる。
ツーアウト。
玉木も。
笑顔で返した。
実況席。
神谷。
「あとワンアウト!」
「王者・星承高校、ついに追い込まれました!」
「点差は一点!」
そして。
声を張り上げた。
「島大松江高校――甲子園まで、あと一つです!」
島大松江応援席から。
地鳴りのような歓声が起こる。
桑原が静かに言った。
「高校野球は、ここからがドラマだとよく言います」
「ですが今の島大松江高校」
「玉木君の投球」
「守備陣」
「そして竹内さんの、とんでもないリード」
「星承高校は、本当に追い込まれました」
さおりは。
もう一度。
マウンドへ向かった。
「玉木」
「はい」
「やるじゃん」
「いいスライダーだった」
玉木は苦笑した。
「さおり先輩の方がすごいですよ」
「自分まで騙して、小林さんまで騙すなんて」
そして。
頭を下げた。
「感謝してます」
さおりは。
首を横に振った。
「違うよ」
「玉木のピッチングがすごいからできるの」
「今日のお前、制球も完璧」
そして。
表情を引き締めた。
「でも――」
「己惚れるなよ」
玉木も真顔になった。
「相手は、あの星承高校」
「このまま終わってくれるなんて思わないこと」
「まだ試合は終わってない」
一呼吸。
「あと一つ、残ってる」
「はい」
玉木が頷く。
「分かってます」
そして。
「慎重に投げます」
さおりは。
一瞬。
玉木を見る。
「……うん」
ホームへ戻った。
◇
ベンチ。
ひまわりが。
胸を押さえていた。
さっきまで感じていた不安が。
少しずつ消えていく。
水木。
小林。
星承を代表する強打者二人を。
完膚なきまでに抑えた。
――いける。
甲子園。
その入口のゲートへ。
もう。
片足を踏み入れたような気がした。
胸元。
デビルマンのお守りを握る手も。
少しだけ緩んだ。
場内アナウンス。
「五番、キャッチャー――石破君」
石破航平。
大きく深呼吸する。
そして。
左打席へ入った。
さおりは。
星承高校のベンチを見る。
石川監督。
鋭い眼光でグラウンドを見つめている。
泣いている選手もいる。
だが。
全員が立っていた。
そして。
今度は島大松江高校のベンチを見る。
鈴木監督。
同じように。
鋭い眼光で試合を見ている。
泣いている仲間もいる。
だが。
やはり。
全員が立っている。
さおりは思った。
――同じだ。
星承も。
島大松江も。
同じ。
勝ちたい。
甲子園へ行きたい。
仲間の夏を終わらせたくない。
鈴木監督に教えられた言葉を思い出した。
――試合。
それは。
ただ勝敗を争うゲームではない。
同じ志を持つ者同士が。
相まみえる。
鈴木が高校時代の監督から教えられた言葉。
「志相」
さおりは。
今、初めて。
その意味が分かったような気がした。
――これが。
――志相なんだ。
石破を見る。
同じ捕手。
そして。
三年生。
この打席が。
石破にとって高校野球最後の打席になるかもしれない。
だからこそ。
さおりは考えた。
――一球目。
――まず、こちらのリードを見てくる。
こんな大事な打席だ。
最初から。
思い切って振ってくる可能性は低い。
仮に振ってきても。
まずはコンタクト。
ミート。
塁に出ることを優先するはず。
――よし。
――玉木。
――慎重に。
――まずはカットボール。
さおりがサインを出した。
玉木が頷く。
大きく振りかぶる。
神谷。
「さあ、ツーアウト!」
「甲子園まで、あと一つ!」
「玉木君、大きく振りかぶって――」
その瞬間。
さおりの胸に。
一つの言葉が引っかかった。
――慎重に?
違う。
さおりの目が見開かれた。
――何を言ってる。
慎重に投げろなんて思わせたら。
腕が振り切れない。
今日。
玉木がここまで素晴らしい投球をしてきたのは。
恐れず。
思い切って。
腕を振り切ってきたからだ。
――違う!
――慎重じゃない!
――大胆に!
しまった。
さおりが気づいた時には――。
もう。
玉木は投球動作に入っていた。
右腕が振られる。
高回転。
玉木の得意のカットボール。
その瞬間。
石破が。
踏み込んだ。
迷いなど。
一切なかった。
初球から。
思い切り。
バットを振り抜いた。
カキィィィィィン――!
球場全体に。
強烈な打球音が響いた。
さおりが。
立ち上がった。
「……っ!」
白球は――。
右中間へ。
高く。
鋭く。
伸びていく。
センター。
こなつが。
一瞬でスタートを切った。
「大和!」
ライト。
右中間寄りを守っていた大和も。
同時に走り出す。
「分かってる!」
こなつが走る。
大和が走る。
二人とも。
白球から目を離さない。
「追え!」
島大松江ベンチ。
全員が立ち上がった。
星承高校ベンチ。
全員が立ち上がった。
鈴木監督。
石川監督。
二人とも。
動かない。
ただ。
白球を見ている。
美佐子が息を呑んだ。
ひまわりが。
再び。
デビルマンのお守りを強く握り締めた。
「お願い……!」
玉木は。
マウンドから振り返った。
さおりも。
マスクを外すことさえ忘れて。
打球を見つめている。
石破は。
バットを放り。
一塁へ走り出した。
こなつが。
さらに速度を上げる。
大和も。
白球を追いつくために。みんなの夢を叶える為に。白球を追いかけた。




