↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄冠は君に輝く  作者: konatsu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/65

9回裏 志相

九回裏。


島大松江 5

星承高校 4


鈴木監督は、あえて静かに選手たちを送り出した。


もう、言葉はいらなかった。


九回表。


鈴木は選手たちに激を飛ばした。


「勝て」


「打て」


それで十分だった。


ここで今さら、


「緊張するな」


などと言う必要はない。


緊張するのが普通なのだ。


甲子園まで、あと三つ。


この場面で緊張しない高校生などいるはずがない。


「頑張ってこい」


それも必要なかった。


ここまで来た選手たちは、もう十分すぎるほど頑張っている。


そして今。


誰もが、勝ちたいという気持ちでいっぱいだった。


一人。


また一人。


選手たちがベンチを飛び出していく。


ライトへ向かう大和。


セカンドの慎之介。


サードへ走る太一。


センターへ駆けていくこなつ。


そして。


マスクを手に、玉木とともにグラウンドへ向かう主将・さおり。


鈴木は、その姿を黙って見つめていた。


選手たちの背中。


表情。


足取り。


そのすべてを見ているだけで、胸が熱くなった。


――本当に。


――素晴らしいチームになった。


三年間。


いろいろなことがあった。


勝った。


負けた。


笑った。


泣いた。


ぶつかった。


そして――信じ合えるようになった。


おそらく。


これが、鈴木監督が率いる島大松江高校野球部の最後の試合になる。


その事実を。


選手たちはまだ知らない。


言葉にはできなかった。


ただ。


心の中で願った。


――頑張れ。


――お前たちなら行ける。


――甲子園へ行ける。


相手はセンバツベスト4。


この夏、全国制覇を目指している強豪・星承高校。


それでも。


鈴木は信じていた。


――今のお前たちなら。


――負けない。


その時だった。


鈴木の肩に。


そっと手が置かれた。


美佐子だった。


誰よりも鈴木の気持ちを知っている妻。


そして。


島大松江高校野球部の部長。


美佐子も、グラウンドを見つめていた。


サードには。


二人の息子・太一がいる。


太一も知らない。


この試合が。


父・鈴木監督が島大松江高校を率いる最後の試合になることを。


美佐子が静かに言った。


「みんな、あなたにとって大切な子供たちね」


鈴木は何も言わなかった。


「いろいろなことがあったわね」


美佐子は微笑んだ。


「でも最終回――」


「きっと、あの子たちは満面の笑顔で帰ってくる」


そして。


「私は信じてる」


一呼吸。


今度は妻ではなく。


野球部長として。


鈴木を見る。


「島大松江高校野球部部長として、監督・鈴木にお礼を言わせてもらうわ」


「本当に楽しい三年間を――ありがとう」


鈴木は何も答えられなかった。


ただ。


肩に置かれた美佐子の手に、自分の手を重ねた。


そして。


そっと握りしめた。


だが――。


鈴木は知っている。


野球は。


筋書きのないドラマだ。


ふと。


星承高校のベンチへ視線を向けた。


静かだった。


しかし。


その静けさが気になった。


誰一人として下を向いていない。


誰一人として諦めていない。


全員が立っている。


その目には。


最後の攻撃を待ち続けていたかのような、恐ろしいほどの集中力があった。


鈴木の胸の奥を。


小さな嫌な予感が通り過ぎた。


そして。


同じものを感じている者が、もう一人いた。


佐野ひまわり。


いつもなら。


誰よりも元気で。


誰よりも声を出す彼女が。


今日はベンチの端で、黙ってグラウンドを見つめていた。


胸元のデビルマンのお守りを、ぎゅっと握り締める。


手のひらは、汗でびっしょりだった。


「大丈夫だよね……」


小さく呟く。


セカンドを見る。


「お兄ちゃん……」


ホームへ向かうさおり。


「さお姉……」


センターのこなつ。


「こなつ姉御……」


「みんな……」


そして。


サードへ視線を移す。


少しだけ。


声が小さくなった。


「それから……」


「太一君……」


お守りを。


さらに強く握り締めた。


          ◇


マウンド。


玉木のもとへ。


さおりが歩いていく。


「玉木君」


「はい」


「今日の玉木君――神がかってる」


玉木が少し驚いた。


さおりは続ける。


「球速も」


「切れも」


「制球も」


「いつもより格段にいい」


そして。


表情を引き締めた。


「でも、気を抜かないで」


「はい」


「相手は星承」


「全国制覇を狙ってる強豪よ」


さおりは内野を見渡した。


「まずはワンアウト」


「玉木君一人で抑えようとしなくていい」


「みんなが守ってくれる」


そして。


スタンドを指さした。


「応援席も見てごらん」


玉木が振り返る。


総立ちだった。


その中に――。


父がいた。


「……父さん」


頭にはネクタイ。


何かを必死に叫んでいる。


何を言っているのか。


大歓声にかき消されて聞こえない。


その隣では。


母が両手を組み。


祈るようにマウンドを見つめている。


玉木は思わず笑った。


「親父……何やってんだよ」


だが。


その目が、少し潤んだ。


――みんながいる。


――俺がやらなきゃ。


玉木は、さおりを見る。


「さおり先輩」


「ん?」


「俺――負けませんよね」


そして。


笑った。


「今は――」


「僕が島大松江高校のエースですから」


さおりは一瞬。


玉木を見つめた。


八雲の代わりではない。


今。


このマウンドを任されている投手。


今、この瞬間。


島大松江高校のエースは――。


玉木だ。


さおりはミットを叩いた。


「そうよ」


そして。


笑った。


「エース」


「任せた」


「はい!」


さおりがホームへ戻る。


マスクをかぶる。


しゃがむ。


玉木は大きく息を吸った。


九回裏。


静かに振りかぶる。


さおりのサイン。


カットボール。


実況席。


神谷誠一の声が響いた。


「さあ、九回裏!」


「いよいよ最終回です!」


「この攻撃を抑えれば、島大松江高校は春夏を通じて初めての甲子園出場!」


解説の桑原修司が続ける。


「星承高校としては、まず先頭打者が出塁できるかですね」


神谷。


「ここは強打者、三番・水木君!」


「そして四番・小林君と続きます!」


一呼吸。


「さあ――勝負です!」


三番。


水木蓮司。


星承高校主将。


右打席。


玉木が投げた。


第一球。


カットボール。


水木は動かない。


「ストライク!」


さおりの目が細くなった。


――見送った。


今日。


これだけ切れている玉木のカットボールを。


第二球。


外角。


わずかにボールゾーンへ外れるストレート。


水木のバットが出た。


カキーン!


快音。


鋭い打球がレフト線へ飛ぶ。


だが。


わずかに切れた。


「ファウル!」


ツーストライク。


さおりは、水木を見た。


――水木君も必死だ。


そうだ。


みんな同じなんだ。


勝ちたい。


甲子園へ行きたい。


この夏を終わらせたくない。


何としてでも塁に出る。


そして。


まずは同点。


なら。


水木は何を考えている?


一球目。


カットボール。


二球目。


ストレート。


次はこちらが探りを入れるため。


変化球のスライダーを使ってくる。


そう考えているはず。


変化球を意識すれば。


バットは、わずかに遅れて出てくる。


さおりの目が鋭くなった。


――なら。


――勝負だよ。


――玉木君。


サイン。


玉木が頷く。


神谷。


「さあ、水木君を追い込みました!」


「玉木君、第三球――投げた!」


内角。


水木の目が光った。


――来た。


――スライダー!


ファウルでカットする。


そう判断した。


だが。


「なに!?」


ボールが。


曲がらない。


――ストレート!?


もう。


バットは止まらなかった。


カッ!


打球が高く上がった。


一塁側。


水木が空を見上げる。


「……しまった」


ゆっくりと。


目を閉じた。


ファースト。


塙が慎重に落下点へ入る。


白球が落ちてくる。


パシッ。


球審の右手。


「アウト!」


大歓声。


ワンアウト。


玉木は。


一度、空を見上げた。


そして。


大きく息を吐いた。


「……すげえよ」


さおりが振り返る。


「何?」


「さおり先輩」


玉木は笑った。


「完璧なリードです」


「俺の力を百パーセント以上、引き出してる」


さおりは。


表情には出さなかった。


だが。


心の中では。


――よっしゃー!


あの強打者。


水木を完璧に抑えた。


――さあ。


――次!


場内アナウンス。


「四番、ライト――小林君」


球場の空気が変わった。


神谷。


「続いて四番・小林君!」


「今日はすでにホームランを放っています!」


桑原。


「さあ、再び強打者ですね」


「好投を続ける玉木君のカットボールを、小林君がどう攻略するか」


「これは見応えがありますよ」


さおりは。


すでに決めていた。


――カットボールで勝負する。


問題は。


どこで使うか。


相手は超高校級の打者。


少しタイミングを外した程度では。


少しバットの芯を外した程度では。


長打にされる。


下手をすれば。


ホームラン。


さおりには。


ヒットなら仕方ない、などという考えもなかった。


――絶対に打ち取る。


タイムを要求した。


マウンドへ向かう。


内野陣も集まってきた。


「カットボールで勝負する」


全員を見る。


「当たったら、すごい打球が来る」


「三振だけを狙うのは難しい」


「だから――」


「みんな、守って」


慎之介。


太一。


塙。


全員が頷く。


「絶対にグラウンドへ落とさない」


そして。


玉木を見る。


「玉木」


「はい」


「私を信じて、低めに集めて」


「最後は――」


「真ん中高めのカットボールで打ち取る」


「うまくいけば内野フライ」


「もしくは浅い外野フライ」


そして。


守備陣へ言った。


「打球が上がったら、必ず声を掛け合って」


「最後までチームプレーよ」


さおりは続いて。


外野へ指示を出した。


「外野――三歩前!」


レフト・芦田。


センター・こなつ。


ライト・大和。


三人が。


定位置から三歩前へ出た。


球場がざわめいた。


さおりは。


ベンチの鈴木監督を見る。


鈴木は。


静かに頷いた。


作戦を認めている。


さおりが笑った。


「よし」


そして。


仲間たちを見る。


「やるぞ。島大松江の野球を」


全員が守備位置へ戻った。


神谷が驚いた。


「さあ、試合再開ですが――」


「これは驚きました!」


「島大松江高校、強打者・小林君を相手に、なんと外野を定位置より前へ出しました!」


「内野陣は逆に深めに守っています!」


桑原が唸る。


「大胆な守備ですね」


「普通なら長打を警戒して、外野は後ろへ下げます」


「それを逆に前へ出した」


「今日の玉木君の球威なら、小林君にも簡単には長打を許さない」


「そう信じているのでしょう」


そして。


「内野と外野の間へ落ちるヒットを防ぎ、出塁そのものを許さない」


「これは――」


「小林君に対する、島大松江からの挑戦状でもありますね」


右打席。


小林は。


正直、動揺していた。


――前?


こんな守備位置で勝負された経験などない。


星承高校ベンチを見る。


石川監督と目が合った。


――俺は。


――どうすればいい?


石川監督は。


大きく腕を振った。


強く打て。


それだけだった。


小林の迷いが消えた。


――そうだ。


――俺は四番だ。


――皆から期待されている。


――強く打てばいい。


あの浅い外野の間を抜けばいい。


頭を越せば。


二塁打。


三塁打。


いや。


スタンドへ持っていけばいい。


小林は。


ゆっくりと右打席で構えた。


さおり。


――頼んだぞ。


――玉木。


第一球。


スライダー。


低い。


「ボール!」


小林のバットは。


まったく動かない。


――やっぱり。


――ツーストライクまではカットボール待ちの可能性が高い。


――カットボールは大事に使う。


第二球。


内角低め。


ストレート。


「ストライク!」


小林のバットが。


ほんのわずかに動いた。


さおりは。


見逃さなかった。


――真ん中から内角。


――そこを狙ってる。


小林という打者を形成するパズル。


そのピースが。


一つ。


また一つ。


はまっていく。


――ここでストライクが取れたのは大きい。


第三球。


カーブ。


小林は見送る。


「ボール!」


第四球。


外角高め。


ストレート。


小林のバットは動かない。


「ストライク!」


ツーストライク。


――高めギリギリ。


――当ててもファウルになる。


――だから見送った。


第五球。


チェンジアップ。


小林のバットが大きく動いた。


だが。


途中で止める。


「ボール!」


フルカウント。


三ボール。


二ストライク。


だが。


さおりには。


すべて狙い通りだった。


今日の玉木の制球力を。


完全に信じていた。


――さあ。


――勝負。


第六球。


最後は。


――高めのカットボール。


――思い切って腕を振って。


――玉木、頼むぞ。


神谷。


「さあ、フルカウント!」


「ここまで玉木君、得意のカットボールを一球も見せていません!」


桑原。


「最後はカットボールでしょう」


神谷。


「やはりそう見ますか?」


「はい」


「ここまでの組み立てを見る限り、間違いなくその一球のためでしょう」


さおりは。


サインを出そうとした。


――カットボール。


だが。


その指が止まった。


小林を見る。


目。


構え。


グリップ。


わずかな体重移動。


――待ってる。


――この人も。


――最後はカットボールだと思ってる。


さおりの口元が。


ほんの少しだけ緩んだ。


――だったら。


サインを変えた。


玉木が。


一瞬だけ目を見開く。


そして。


頷いた。


神谷。


「さあ!」


「勝負の第六球!」


「玉木君――投げました!」


真ん中。


小林の目が光る。


――来た!


――カットボール!


「もらった!」


思い切り。


バットを振り抜いた。


だが。


ボールは。


真ん中から――。


外へ。


さらに外へ。


「なに!?」


スライダー。


バットが。


空を切る。


バンッ!


さおりのミットに収まった。


球審の右腕が上がる。


「ストライク!」


「バッターアウト!」


球場が。


爆発した。


神谷が絶叫する。


「空振り三振!」


「四番・小林君を打ち取りました!」


「ツーアウトォォ!」


玉木の父と母が。


スタンドで抱き合っている。


桑原が息を吐いた。


「これは……すごい」


「竹内さん、最後の最後で配球を変えました」


神谷。


「解説席でもカットボールと読んでいましたね」


「はい」


桑原は頷いた。


「超高校級の強打者を抑えるには」


「誰もが納得するような配球では、抑えられないことがあります」


「竹内さんは小林君の予想だけではなく――」


一呼吸。


「自分自身が描いていた配球まで、最後の瞬間に裏切った」


マウンドの玉木は。


ホームを見る。


「……やば」


思わず声が漏れた。


「さおり先輩、やばすぎる」


笑う。


「キャッチングも」


「返球も」


「構えも」


「そして、あのリード……」


「完全に読み切ってる」


「天才だわ……」


玉木は。


後ろを振り返った。


そして。


守備陣へ小さく一礼した。


センター。


こなつは定位置へ戻りながら。


「あたし、出番なかったのに」


ぶつぶつ言っている。


だが。


顔は笑っていた。


玉木へ向かって。


右手の指を二本立てる。


ツーアウト。


玉木も。


笑顔で返した。


実況席。


神谷。


「あとワンアウト!」


「王者・星承高校、ついに追い込まれました!」


「点差は一点!」


そして。


声を張り上げた。


「島大松江高校――甲子園まで、あと一つです!」


島大松江応援席から。


地鳴りのような歓声が起こる。


桑原が静かに言った。


「高校野球は、ここからがドラマだとよく言います」


「ですが今の島大松江高校」


「玉木君の投球」


「守備陣」


「そして竹内さんの、とんでもないリード」


「星承高校は、本当に追い込まれました」


さおりは。


もう一度。


マウンドへ向かった。


「玉木」


「はい」


「やるじゃん」


「いいスライダーだった」


玉木は苦笑した。


「さおり先輩の方がすごいですよ」


「自分まで騙して、小林さんまで騙すなんて」


そして。


頭を下げた。


「感謝してます」


さおりは。


首を横に振った。


「違うよ」


「玉木のピッチングがすごいからできるの」


「今日のお前、制球も完璧」


そして。


表情を引き締めた。


「でも――」


「己惚れるなよ」


玉木も真顔になった。


「相手は、あの星承高校」


「このまま終わってくれるなんて思わないこと」


「まだ試合は終わってない」


一呼吸。


「あと一つ、残ってる」


「はい」


玉木が頷く。


「分かってます」


そして。


「慎重に投げます」


さおりは。


一瞬。


玉木を見る。


「……うん」


ホームへ戻った。


          ◇


ベンチ。


ひまわりが。


胸を押さえていた。


さっきまで感じていた不安が。


少しずつ消えていく。


水木。


小林。


星承を代表する強打者二人を。


完膚なきまでに抑えた。


――いける。


甲子園。


その入口のゲートへ。


もう。


片足を踏み入れたような気がした。


胸元。


デビルマンのお守りを握る手も。


少しだけ緩んだ。


場内アナウンス。


「五番、キャッチャー――石破君」


石破航平。


大きく深呼吸する。


そして。


左打席へ入った。


さおりは。


星承高校のベンチを見る。


石川監督。


鋭い眼光でグラウンドを見つめている。


泣いている選手もいる。


だが。


全員が立っていた。


そして。


今度は島大松江高校のベンチを見る。


鈴木監督。


同じように。


鋭い眼光で試合を見ている。


泣いている仲間もいる。


だが。


やはり。


全員が立っている。


さおりは思った。


――同じだ。


星承も。


島大松江も。


同じ。


勝ちたい。


甲子園へ行きたい。


仲間の夏を終わらせたくない。


鈴木監督に教えられた言葉を思い出した。


――試合。


それは。


ただ勝敗を争うゲームではない。


同じ志を持つ者同士が。


相まみえる。


鈴木が高校時代の監督から教えられた言葉。


「志相」


さおりは。


今、初めて。


その意味が分かったような気がした。


――これが。


――志相なんだ。


石破を見る。


同じ捕手。


そして。


三年生。


この打席が。


石破にとって高校野球最後の打席になるかもしれない。


だからこそ。


さおりは考えた。


――一球目。


――まず、こちらのリードを見てくる。


こんな大事な打席だ。


最初から。


思い切って振ってくる可能性は低い。


仮に振ってきても。


まずはコンタクト。


ミート。


塁に出ることを優先するはず。


――よし。


――玉木。


――慎重に。


――まずはカットボール。


さおりがサインを出した。


玉木が頷く。


大きく振りかぶる。


神谷。


「さあ、ツーアウト!」


「甲子園まで、あと一つ!」


「玉木君、大きく振りかぶって――」


その瞬間。


さおりの胸に。


一つの言葉が引っかかった。


――慎重に?


違う。


さおりの目が見開かれた。


――何を言ってる。


慎重に投げろなんて思わせたら。


腕が振り切れない。


今日。


玉木がここまで素晴らしい投球をしてきたのは。


恐れず。


思い切って。


腕を振り切ってきたからだ。


――違う!


――慎重じゃない!


――大胆に!


しまった。


さおりが気づいた時には――。


もう。


玉木は投球動作に入っていた。


右腕が振られる。


高回転。


玉木の得意のカットボール。


その瞬間。


石破が。


踏み込んだ。


迷いなど。


一切なかった。


初球から。


思い切り。


バットを振り抜いた。


カキィィィィィン――!


球場全体に。


強烈な打球音が響いた。


さおりが。


立ち上がった。


「……っ!」


白球は――。


右中間へ。


高く。


鋭く。


伸びていく。


センター。


こなつが。


一瞬でスタートを切った。


「大和!」


ライト。


右中間寄りを守っていた大和も。


同時に走り出す。


「分かってる!」


こなつが走る。


大和が走る。


二人とも。


白球から目を離さない。


「追え!」


島大松江ベンチ。


全員が立ち上がった。


星承高校ベンチ。


全員が立ち上がった。


鈴木監督。


石川監督。


二人とも。


動かない。


ただ。


白球を見ている。


美佐子が息を呑んだ。


ひまわりが。


再び。


デビルマンのお守りを強く握り締めた。


「お願い……!」


玉木は。


マウンドから振り返った。


さおりも。


マスクを外すことさえ忘れて。


打球を見つめている。


石破は。


バットを放り。


一塁へ走り出した。


こなつが。


さらに速度を上げる。


大和も。


白球を追いつくために。みんなの夢を叶える為に。白球を追いかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。