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栄冠は君に輝く  作者: konatsu


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決勝戦 

島根県大会決勝前夜。


島大松江高校野球部。


ミーティングルームの大型モニターには、一人の投手が映っていた。


星承高校。


背番号1。


小林翔真。


春の選抜ベスト4へ星承高校を導いた絶対的エース。


そして――ドラフト候補。


映像の中。


小林が投げる。


捕手のミットが弾けるような音を立てた。


次。


空振り。


次。


ファウル。


そして最後は、高めのストレート。


打者のバットがボールの下を通過した。


三振。


映像が止まった。


誰も喋らない。


八雲だけが腕を組み、モニターを睨んでいた。


鈴木監督が振り返る。


「どうだ?」


慎之介が答えた。


「速いです」


「見れば分かる」


「じゃあ聞かないでくださいよ」


小さな笑いが起こった。


しかし、すぐ静かになった。


ひまわりがタブレットを操作する。


「小林翔真。右投右打。星承高校のエースで四番。ドラフト候補。県大会でも高い奪三振率を記録しています」


画面が切り替わる。


「最大の武器は、もちろんストレートです」


大和が呟く。


「明日これを打つのか……」


八雲が横から言う。


「打てよ、四番」


「簡単に言うな」


「俺だったら打つ」


「お前、ピッチャーだろ」


「三番でもある」


「そうだった……」


再び笑い。


鈴木は何も言わず、選手たちを見ていた。


緊張している。


当然だ。


明日の相手は、これまでとは違う。


星承高校。


春の選抜ベスト4。


全国制覇候補。


そして島大松江は、鈴木が監督に就任してから三年間、一度も星承に勝ったことがない。


公式戦だけではない。


練習試合でも。


一度も。


ひまわりが次の映像を出した。


今度は左打者。


背番号3。


水木蓮司。


打った瞬間だった。


打球がライトスタンドへ消える。


「水木蓮司。一塁手。三番。左打ち。小林と同じくドラフト候補です」


八雲の表情が変わった。


ひまわりは気づいた。


「八雲先輩」


「なんだ」


「嬉しそうですね」


「どこが」


「顔が」


「嬉しくねえよ」


「打たれたいんですか?」


「誰が!」


さおりが笑った。


「八雲、分かりやすい」


「お前まで言うな」


鈴木が口を開いた。


「水木だけじゃないぞ」


画面に星承高校のスターティングメンバーが表示された。


一番・遊撃――岡本颯太。


二番・右翼――森下亮介。


三番・一塁――水木蓮司。


四番・投手――小林翔真。


五番・捕手――石破航平。


六番・中堅――米田悠真。


七番・左翼――松本恭平。


八番・二塁――青山拓海。


九番・三塁――瀧本悠斗。


さらに控え。


背番号10、変則左腕・角直哉。


11、三塁手・山本慶太。


12、投手・蓮佛健吾。


13、二塁手・司悠生。


14、左腕・川口智也。


15、中堅手・加藤大河。


16、捕手・入江颯介。


17、遊撃手・山下凌。


18、一塁手・九里智紀。


19、捕手・土井垣将。


20、右翼手・井本海斗。


鈴木が言った。


「これが星承だ」


誰も喋らない。


「小林だけじゃない。水木だけでもない」


鈴木はモニターを消した。


「控えまで含めて強い」


暗くなった画面に、選手たちの顔が映る。


「全国ベスト4は、偶然じゃない」


八雲が言った。


「監督」


「なんだ」


「つまり何が言いたいんですか」


鈴木は笑った。


「強いぞ」


「知ってます」


「相当強い」


「だから知ってますって」


「多分、今まで戦った中で一番強い」


「監督!」


笑いが起きた。


その笑いが収まるのを待って、鈴木は続けた。


「だから面白いんだろ」


静かになった。


「全国でもトップクラスの高校と、甲子園を懸けて戦える」


鈴木は選手たちを見た。


「こんな楽しい試合、なかなかできないぞ」


こなつが笑った。


さおりも。


八雲も。


大和も。


「ただし」


鈴木の目が変わった。


「憧れるな」


空気が一変した。


「ドラフト候補だろうが、選抜ベスト4だろうが、試合が始まれば同じ高校生だ」


そしてモニターにもう一度、小林の投球映像を映した。


「明日の最初――」


鈴木が選手たちを集める。


その声は、もう部屋の外には聞こえなかった。


ひまわりだけが。


ニヤリと笑った。


     ◇


翌朝。


決勝当日。


球場周辺には、開門前から長い列ができていた。


例年の島根県大会決勝とは明らかに違う。


全国から集まった報道陣。


テレビ中継車。


プロ野球のスカウト。


高校野球ファン。


そして大勢の県民。


今日、島根県代表が決まる。


春の選抜ベスト4。


全国制覇候補――星承高校。


対するは。


元メジャーリーガー・鈴木監督率いる島大松江高校。


二人の女子選手。


主将・竹内さおり。


副主将・石川こなつ。


そして、こなつの父親こそ――。


星承高校監督。


石川賢一。


親子が。


甲子園を懸けて戦う。


     ◇


開門。


観客が次々とスタンドへ入る。


一塁側。


星承高校応援席。


春の甲子園を経験した大応援団が整然と準備を始める。


三塁側。


島大松江。


応援団長・長谷川。


吹奏楽部・青木。


チアダンス部・江上。


合唱部・若林。


ITシステム部・佐々岡。


放送部・徳川。


そして。


スタンド主将・島崎。


島崎がグラウンドを見る。


「とうとう来たな」


長谷川が答える。


「ああ」


「甲子園まで」


二人が同時に言った。


「あと一つ」


少し離れた場所。


松田コーチとバーンズコーチもいた。


公式戦のベンチには入れない。


だからこそ。


スタンドから見届ける。


バーンズが翻訳機に話す。


機械音声。


『キョウ、スズキハ、ナニヲ、シマスカ?』


松田が笑う。


「さあな」


『シンガンデ、ワカリマセンカ?』


「心眼を未来予知みたいに使うな」


二人が笑った。


だが。


松田は知っていた。


この試合が終われば。


鈴木との三年間も終わる。


その事実を選手たちは知らない。


     ◇


星承高校の選手たちがグラウンドへ出た。


「お願いします!」


一礼。


そしてシートノック。


ショート岡本。


深い位置。


逆シングル。


一塁へ。


ストライク送球。


二塁・青山。


軽快なフットワーク。


岡本との二遊間。


併殺。


センター米田。


前進。


捕球。


本塁へ。


低い送球。


捕手・石破のミットへ一直線。


実況席。


「さすがですね」


解説者が頷く。


「全国ベスト4です。守備の基本動作が非常に高い」


「そして今日は、プロのスカウトも多数来ています」


「やはり小林君と水木君でしょう」


ベンチ前。


小林翔真がキャッチボールを始める。


軽く投げただけ。


バシッ!


ミットが鳴った。


スタンドがざわめく。


「キャッチボールですよね?」


実況が笑う。


「ええ。それでも音が違いますね」


バックネット裏。


何人ものスカウトが小林を見る。


別のスカウトは水木を見る。


そして一人。


島大松江側を見ていた。


「和田八雲も見ておきたいな」


     ◇


三塁側ベンチ。


島大松江の選手たちが出てきた。


大歓声。


しかし選手たちは騒がない。


整列。


主将・さおりが先頭。


「お願いします!」


全員でグラウンドへ一礼。


その後。


美佐子がベンチの奥に、一枚のユニフォームを掛けた。


竹下大樹。


かつて島大松江野球部の主将だった男。


大和の兄。


大和は兄から託されたグラブを左手にはめた。


『皆で甲子園』


『託したぞ 大和』


大和は何も言わない。


ただ。


グラブを一度叩いた。


パンッ。


そして守備位置へ走った。


     ◇


島大松江のシートノックが始まる。


実況が気づいた。


「おや?」


使われているボール。


新品ではなかった。


傷。


泥。


擦れた縫い目。


カメラが寄る。


そこには文字。


『必勝』


別の球。


『甲子園へ』


さらに。


『俺たちの分まで』


「これは……?」


情報が実況席へ入る。


「今、分かりました」


実況の声が少し変わった。


「このボールは、島大松江が今大会で戦ってきた学校から託された練習球だそうです」


解説者が黙る。


「山内選手と一年生の鈴木太一選手が各校を訪ねたということです」


ボールが飛ぶ。


山内が捕る。


太一。


慎之介。


出雲。


阿知波。


大和。


こなつ。


そして。


最後のバックホーム。


こなつから放たれた球が一直線に飛ぶ。


バシン!


さおりのミット。


ノック終了。


選手たちが集まった。


さおりが帽子を取る。


全員も取った。


敗れた球児たちから託されたボールへ。


一礼。


スタンドから拍手。


実況が静かに言った。


「今日、島大松江が背負っているのは、自分たちの夏だけではないようです」


解説者。


「勝った学校が、敗れた学校の思いも連れていく」


「はい」


「それが県代表になるということなのかもしれません」


     ◇


バックネット裏。


竹内県知事。


その隣に、さおりの祖母。


父親の右足が忙しく動いている。


「落ち着きなさい」


「落ち着いてる」


「足」


止まる。


五秒。


また動く。


「あんたが試合するんじゃないよ」


「分かってるよ」


「自分が甲子園に出た時より緊張してるんじゃないかい?」


竹内は即答した。


「当たり前だ」


祖母が吹き出した。


「俺なら自分で何とかできる。でも今日はさおりだぞ」


「はいはい」


「それにキャッチャーだ。ファウルチップが――」


「うるさいよ」


「……はい」


県知事ではなかった。


ただの親馬鹿だった。


     ◇


別の席。


こなつの母と弟。


弟が一塁側ベンチを見る。


「お父さんいる」


「いるね」


「お母さん」


「なに?」


「どっち応援する?」


「こなつ」


即答。


「早っ」


「当たり前でしょ」


こなつが星承ベンチを見た。


父がいる。


石川賢一。


その瞬間。


父も娘を見る。


視線が重なった。


だが。


手は振らない。


笑わない。


今日だけは。


親子ではない。


     ◇


星承高校ベンチ。


石川監督が選手たちを集めた。


「一つだけ言う」


小林。


水木。


石破。


岡本。


全員が監督を見る。


「相手を話題性で見るな」


静寂。


「女子選手がいる。監督が元メジャーリーガー。変わった練習をする。変わった作戦も使う」


石川は首を振る。


「そんなことはどうでもいい」


そして言った。


「島大松江は強い」


小林が頷く。


「準決勝を奇跡で勝ったと思うな」


石川の声が強くなる。


「奇跡が起きるところまで、自分たちで試合を持っていったチームだ」


そして。


「敬意を払え」


一呼吸。


「その上で――」


鋭い目。


「全力で倒す」


「はい!」


     ◇


島大松江ベンチ。


鈴木監督は選手たちを見る。


「相手は強い」


八雲が言った。


「それ昨日も聞きました」


「全国ベスト4だ」


「それも」


「ドラフト候補が二人いる」


「それも聞きました!」


笑いが起きた。


鈴木も笑う。


そして。


「じゃあ、昨日の最後に話したことも覚えてるな?」


笑いが消えた。


こなつ。


さおり。


八雲。


大和。


四人の目が変わった。


「はい」


鈴木はそれ以上言わなかった。


「ならいい」


ひまわりがタブレットを閉じた。


そして小さく呟く。


「最初が勝負ですね」


鈴木が笑った。


「さて、どうなるかな」


     ◇


場内アナウンス。


「ただいまより、全国高等学校野球選手権島根大会、決勝戦を行います」


大歓声。


「先攻、島大松江高等学校」


三塁側が沸く。


「後攻、星承高等学校」


一塁側から、それを上回るような歓声。


スターティングメンバーが読み上げられる。


島大松江。


一番、センター。


石川こなつ。


二番、キャッチャー。


竹内さおり。


三番、ピッチャー。


和田八雲。


四番、ライト。


竹下大和。


五番、ショート。


梶谷出雲。


六番、ファースト。


山内隆一。


七番、レフト。


阿知波ダン。


八番、サード。


鈴木太一。


九番、セカンド。


佐野慎之介。


続いて星承高校。


一番、ショート。


岡本颯太。


二番、ライト。


森下亮介。


三番、ファースト。


水木蓮司。


四番、ピッチャー。


小林翔真。


五番、キャッチャー。


石破航平。


六番、センター。


米田悠真。


七番、レフト。


松本恭平。


八番、セカンド。


青山拓海。


九番、サード。


瀧本悠斗。


両校の選手がホームベースを挟んで整列した。


さおり。


その向こう。


星承の選手たち。


さらに星承ベンチには。


こなつの父。


石川賢一。


審判。


「礼!」


「お願いします!」


深々と頭を下げる。


大歓声。


選手たちがそれぞれのベンチへ戻っていく。


星承高校の選手たちは守備へ向かう準備を始めた。


小林翔真がグラブを持つ。


その姿を八雲が見ている。


「八雲」


さおりが声をかける。


「なに」


「あれと投げ合うんだよ」


八雲は小林から目を離さない。


「望むところだ」


大和が兄のグラブを叩く。


出雲がバットを握る。


山内が深呼吸する。


阿知波がスタンドを見る。


太一が父を見る。


慎之介が妹を見る。


ひまわりは傾向と対策を考え抜いたノートを抱えていた。


そして。


こなつ。


ヘルメットをかぶった。


バットを手に取る。


さおりが言った。


「こなつ」


「うん」


「行ってらっしゃい」


こなつは笑った。


「行ってきます」


三塁側応援席。


長谷川が腕を上げる。


青木が指揮棒を構える。


吹奏楽部員たちが楽器を上げた。


島崎が叫ぶ。


「さあ――!」


そして。


球場に響き始める。


『キャッツ・アイ』


大歓声。


こなつがベンチを出る。


その背中を。


鈴木監督が見送る。


美佐子も。


八雲も。


大和も。


そして――。


星承ベンチの石川監督も見つめていた。


父と娘。


初めて。


公式戦で敵として向き合う。


実況席。


「いよいよですね」


「はい」


「春の選抜ベスト4、全国制覇候補・星承高校」


「そして、ここまで数々のドラマを生み出してきた島大松江高校」


「甲子園まで――」


一呼吸。


「あと一勝です。」


グラウンドへ向かう小林翔真。


打席へ向かう石川こなつ。


ドラフト候補の剛腕。


県内屈指のコンタクトヒッター。


その二人が。


これから初めて向き合う。


鈴木監督は腕を組んだ。


そして。


誰にも聞こえない声で呟いた。


「さあ」


ほんの少し笑った。


「最初から行くぞ。」


球場の時計が。


試合開始時刻を指した。


島大松江高校。


対。


星承高校。


甲子園を懸けた決勝戦。


――プレイボールまで。


あと、わずか。

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