2回裏 主将
春の風が島大松江高校グラウンドを吹き抜ける。
女子選手登録解禁から一週間。
島大松江高校野球部は新体制発表の日を迎えていた。
練習終了後。
全部員がミーティングルームへ集められる。
部屋の最前列には、
石川こなつ。
竹内さおり。
和田八雲。
そしてレギュラー候補たちが座っていた。
鈴木監督がゆっくり立ち上がる。
「今日、新しい主将を決める。」
ざわめきが起こる。
現在の主将は和田八雲。
エースで四番。
誰もが当然続投だと思っていた。
八雲が立つ。
「監督、俺に問題がありましたか。」
鈴木監督は首を振る。
「いや。」
「むしろ良くやっている。」
少し間を置く。
「だが、お前は背負いすぎだ。」
部屋が静かになる。
「エース。」
「四番。」
「主将。」
「全部一人でやる必要はない。」
八雲は何も言わない。
すると鈴木監督は投票箱を取り出した。
「全員投票だ。」
一年生が顔を見合わせる。
「主将にふさわしいと思う選手を書け。」
無記名投票。
学年は関係ない。
レギュラーも補欠も関係ない。
選手たちは真剣な表情で紙へ名前を書く。
十分後。
集計終了。
鈴木監督が結果を読み上げる。
「第一位。」
全員が息を飲む。
「竹内さおり。」
静まり返る部屋。
さおり自身が驚いていた。
「第二位。」
「石川こなつ。」
「第三位。」
「和田八雲。」
八雲は小さく笑った。
鈴木監督。
「理由を言える者はいるか。」
糸原が立つ。
「竹内先輩は試合中、一番冷静です。」
梶谷。
「誰のせいにもせず、自分が責任を負います。」
玉木。
「一年生や二年生の話も聞いてくれます。」
錦織。
「一番信頼できます。」
一人ずつ理由が語られる。
しかし。
後ろの席から椅子が引かれた。
小村だった。
「俺は反対です。」
空気が張り詰める。
「竹内先輩を否定するつもりはありません。」
「でも女子選手登録が決まったばかりです。」
「その直後に主将ですか?」
「俺は納得できません。」
誰も声を出さない。
それは多くの選手が心のどこかで感じていた疑問だった。
鈴木監督は止めない。
さおりが立ち上がる。
「小村。」
「はい。」
「正直に言ってくれてありがとう。」
小村が少し驚く。
「私は女子だから主将になりたいわけじゃない。」
「私は、主将をやりたい。そして甲子園へ行きたい。」
「みんなで。」
「だから主将をやる。」
静かな声だった。
しかし強かった。
「私が間違っていたら遠慮なく言って。」
「でも今は、一緒に戦ってほしい。」
部屋が静まり返る。
その時だった。
和田八雲が立ち上がる。
「小村。」
「はい。」
「竹内のリード受けたことあるか。」
「あります。」
「どうだった。」
「打たれませんでした。」
「石川の送球は?」
「県内トップレベルです。」
八雲は頷く。
「俺も最初は反対だった。」
全員が八雲を見る。
「でも今は違う。」
「竹内は主将にふさわしい。」
「俺よりな。」
その言葉に部屋の空気が変わる。
小村は頭を下げた。
「分かりました。」
鈴木監督が前へ出る。
「竹内さおり。」
「はい!」
「今日から主将だ。」
大きな返事が響く。
しかし監督は続ける。
「副主将。」
こなつが嫌な予感を覚える。
「石川こなつ。」
「えっ!?」
部屋に笑いが起こる。
「監督、私無理です!」
「無理じゃない。」
鈴木監督。
「竹内は頭脳。」
「石川は心臓。」
「竹内が考える。」
「石川が動かす。」
「二人で一つだ。」
さおりが手を差し出す。
「よろしく、副主将。」
「こちらこそ、主将。」
二人は固く握手した。
その日の夕方。
鈴木監督は自宅へ戻る。
リビング。
夕食を並べていた美佐子が微笑む。
「決まったの?」
「ああ。」
「竹内が主将。」
「石川が副主将。」
美佐子は嬉しそうに頷く。
「いいチームになりそうね。」
鈴木監督は少し考える。
「まだ分からない。」
「反対する選手もいる。」
美佐子は笑った。
「それでいいじゃない。」
監督が顔を上げる。
「え?」
「みんな最初から同じ考えなら。」
「成長する必要がないもの。」
鈴木監督は少し笑った。
元アナウンサーらしい言葉だった。
窓の外には夕焼け。
島大松江高校の新しい船出が始まった。
そして翌日。
一年生マネージャー兼アナリストの佐野ひまわりは新しいノートを開く。
一ページ目。
そこには大きくこう書かれていた。
『主将 竹内さおり』
『副主将 石川こなつ』
そしてその下に。
『甲子園への第一歩』




