2回表 情熱
翌朝。
島大松江高校グラウンド。
午前五時。
まだ誰も来ていない。
はずだった。
「やっぱりいた。」
石川こなつが笑う。
ブルペン。
そこには和田八雲がいた。
黙々と投げている。
「百四十。」
キャッチャーミットの後ろから声。
竹内さおりだった。
「百四十一。」
八雲が振り向く。
「なんでお前ら毎日いるんだよ。」
こなつ。
「それ、こっちのセリフ。」
三人の顔に笑みが浮かぶ。
しかし次の瞬間。
「百四十二。」
聞き慣れない声。
全員が振り向いた。
鈴木監督だった。
「監督?」
まだ朝五時十分。
監督は外野フェンスにもたれながら言った。
「和田。」
「はい。」
「お前、昨日負けたな。」
八雲が眉をひそめる。
「負けてません。」
「ヒット打たれただろ。」
「紅白戦です。」
「試合なら一点だ。」
八雲は黙る。
監督は続ける。
「野球は言い訳しない。」
静かな声だった。
しかし重かった。
「負けた理由を探せ。」
「女子だから。」
「運が悪かった。」
「たまたま。」
「そういう奴は強くならない。」
八雲の拳が握られる。
「じゃあ監督は。」
「何ですか。」
「どうしてここにいるんですか。」
監督が少し笑う。
「いきなりだな。」
八雲。
「だって変です。」
「テレビ出てれば何億も稼げた。」
「プロの監督だってなれた。」
「なのに島根ですよ?」
「しかも島大松江。」
こなつも聞きたかった。
さおりも聞きたかった。
監督はしばらく空を見ていた。
そして話し始めた。
「現役最後の試合だった。」
誰も口を挟まない。
「スタンドにいた少年が泣いてた。」
「俺が引退するからじゃない。」
「野球が終わるのが嫌だったんだ。」
監督は少し笑う。
「その時思った。」
「プロ野球もいい。」
「メジャーもいい。」
「でも野球を一番好きなのは高校生じゃないかって。」
静かな朝だった。
「だから来た。」
「甲子園に行きたいからじゃない。」
「野球が好きな選手を育てたいから。」
こなつの目が少し潤む。
さおりも同じだった。
監督は二人を見る。
「だからお前たちも同じだ。」
「え?」
こなつが聞く。
「出られないと分かっていて野球を続けた。」
「普通じゃない。」
「でも嫌いじゃない。」
初めてだった。
監督が二人をそう評価したのは。
「ただし。」
監督の表情が変わる。
「同情はしない。」
こなつとさおりが姿勢を正す。
「甲子園へ行きたければ。」
「レギュラーを取れ。」
「男子より打て。」
「男子より守れ。」
「男子より走れ。」
「そして。」
監督はさおりを見る。
「男子よりチームを勝たせろ。」
さおりの目が変わる。
選手として。
本当の勝負が始まった。
その日の夕方練習終了後。
一年生マネージャー佐野ひまわりはスコアブックを閉じた。
そこには一行だけ書かれていた。
『鈴木監督は女子選手を見ていない。』
『野球選手を見ている。』
ひまわりは微笑んだ。
「だから、このチームは強くなる。」
グラウンドでは夕日を浴びながら、
石川こなつと竹内さおりがキャッチボールを続けていた。
彼らの本当の野球は、まだ始まったばかりだった。
ひまわりは大好きなこなつとさおりに笑顔で話しかけた。
「帰りにアイスおごってください」
こなつ「ひまわりはアイス好きだよね」
「はい」
「しょうがない、おごってあげる」さおりが畳み掛ける。「ところで、私たちの数値はどう」
ひまわりは応える
「いけると思います。スピードはチームでもトップクラスです。あとは、もう少しパワーほしいです」
「じゃああと1時間、筋トレね」
「えー、明日にしましょうよ」
「いや、私たちはやるよね、こなつ?」
「うん、やる。いやならアイス無しだね、ひまわり」
「せんぱーいは、本当に熱い人たちだわ、はい、待ちます」
アイスはとけるがこなつとさおりの情熱がとけることはない。




