1回裏 実力
高野連の発表から三日後。
島大松江高校野球部は異様な空気に包まれていた。
原因は明らかだった。
女子選手登録。
その二文字である。
グラウンドの隅。
石川こなつと竹内さおりは黙々とアップを続けていた。
しかし周囲の視線が違う。
今までとは違う。
期待。
驚き。
戸惑い。
そして――反発。
「監督、本気ですか?」
声を上げたのは和田八雲だった。
全員集合のミーティング。
八雲は立ち上がったまま鈴木監督を見ていた。
「何がだ?」
「何がじゃありません。」
八雲は続けた。
「女子選手を登録するんですか?」
部屋が静まる。
誰もが聞きたかった質問だった。
鈴木監督は答える。
「するかもしれない。」
「しないかもしれない。」
八雲が眉をひそめる。
「どっちなんですか。」
監督は腕を組む。
「俺が決めることじゃない。」
「は?」
「レギュラーは実力で決まる。」
こなつとさおりは黙って聞いていた。
監督は続ける。
「女子だから選ぶつもりはない。」
「女子だから外すつもりもない。」
「一番勝てるメンバーを選ぶ。」
八雲。
「もし実力が同じなら?」
鈴木監督。
「その質問をした時点で、お前は負けてる。」
部屋が静まる。
「和田。」
監督の声。
「お前はエースだ。」
「はい。」
「だが、誰にもポジションは保証していない。」
八雲の顔色が変わる。
監督は続ける。
「石川も。」
「竹内も。」
「お前も。」
「全員同じだ。」
その日の練習。
鈴木監督は異例の指示を出した。
紅白戦。
九回。
本気でやる。
一軍対二軍。
通常なら八雲は一軍。
こなつとさおりは補助。
しかし。
「石川、一軍。」
「竹内、一軍。」
ざわつく選手たち。
八雲も驚く。
試合開始。
一回表。
一番石川こなつ。
打席へ入る。
相手投手は八雲。
「女子だからって手加減しねえぞ。」
八雲。
「ありがとう。」
こなつ。
初球。
百四十二キロ。
内角。
空振り。
二球目。
百四十三キロ。
高め。
空振り。
ツーストライク。
ベンチ。
一年生マネージャー佐野ひまわりがスコアブックに記入する。
「やっぱり速い……。」
しかし。
三球目。
こなつが突然バントの構え。
三塁手が前へ出る。
次の瞬間。
バットを引く。
バスター。
打球は三遊間。
ヒット。
実況ならこう言うだろう。
『抜けた!』
一塁上でこなつが笑う。
八雲は悔しそうに帽子を取る。
その時だった。
鈴木監督。
「和田。」
「はい。」
「今の失点は誰の責任だ?」
八雲。
「俺です。」
監督。
「違う。」
全員が顔を上げる。
「相手を女子選手だと思った。」
「それがお前の負けだ。」
沈黙。
そして監督は続ける。
「石川こなつ。」
「はい。」
「今のは県内トップクラスのプレーだった。」
初めて。
監督が公の場で評価した。
こなつは嬉しかった。
だが。
もっと嬉しかったのは。
三塁側ベンチで腕を組む竹内さおりだった。
『やっと始まった。』
そう思った。
女子選手だからではない。
野球選手として。
甲子園への競争が。
本当に始まったのだ。




