↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄冠は君に輝く  作者: konatsu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/46

16回裏 呼吸

準々決勝前日。


島大松江高校グラウンド。


全体練習が終わっても、一人だけバットを振っている男がいた。


山内だった。


ブン。


ブン。


決して華麗ではない。


速くもない。


だが。


力強い。


その姿をネットの外から見ていた巨漢がいた。


バーンズ。


「ヤマウチ!」


「はい?」


バーンズが手招きする。


山内が駆け寄った。


「ナゼ。」


「ゼンブノパワー、ツカワナイ?」


「え?」


バーンズは翻訳機を操作した。


機械音声。


「あなたは、自分が思っているより強い。」


山内は苦笑した。


「僕、ホームランなんて打ったことありませんよ。」


バーンズは首を振る。


「ソレ。」


「カンケイナイ。」


そしてバットを持った。


右打席に立つ。


構える。


投手がいるつもりで前を見る。


バーンズはすぐには振らなかった。


「イチ。」


一呼吸。


そして。


腰を回した。


ブン!


空気が鳴った。


「マ。」


山内。


「間?」


「YES!」


バーンズは笑った。


「ピッチャー、ハヤイ。」


「ダシャ、アセッテ、ハヤクウゴク。」


「ソレ、ダメ。」


胸を指す。


「ココ、シズカ。」


そして。


再び構える。


一呼吸。


ブン!


「ストレート。」


右中間を指した。


「RIGHT CENTER。」


そして。


巨大な両手を叩いた。


「CRASH!」


山内が笑う。


「クラッシュ?」


「YES!」


バーンズは山内の肩を叩いた。


「ホームラン、ネラワナイ。」


「ボール、クラッシュ。」


「ケッカ。」


両手を大きく広げる。


「HOME RUN!」


山内は半信半疑だった。


それでも。


打席に立った。


構える。


投手を見る。


一呼吸。


振る。


カキーン!


これまでとは違う打球が右中間へ伸びた。


フェンス直撃。


山内が目を丸くする。


バーンズは叫んだ。


「YEAHHHH!」


「ヤマウチ!」


「パワー、カクシテル!」


「隠してませんよ!」


遠くから松田が笑った。


「本人にも見えてなかったんだろ。」


山内は自分の両手を見た。


自分にも。


まだ知らない力がある。


その夜。


山内は眠る前にも。


何度も思い出した。


一呼吸。


そして。


クラッシュ。


翌日。


準々決勝。


島大松江高校の先発メンバーが発表された。


スタンドがざわついた。


竹内さおり。


石川こなつ。


二人の名前がスターティングメンバーにない。


そして。


和田八雲もいない。


エース。


主将。


副主将。


三人を同時に先発から外した。


さらに。


先発投手。


鈴木太一。


捕手。


山内。


スタンドのバーンズが笑った。


「キタ。」


隣の松田が言う。


「今日は、あの二人の日になるかもしれないな。」


試合開始。


マウンドへ向かう太一。


山内がマスクをかぶる。


「太一君。」


「何ですか。」


「緊張してる?」


「してません。」


「僕はしてる。」


「山内先輩が緊張してどうするんですか。」


「だって夏の準々決勝だよ。」


太一が笑った。


「だったら。」


ボールを山内へ投げる。


「楽しみましょうよ。」


山内が受ける。


「……うん。」


「そうだね。」


太一がマウンドへ。


プレイボール。


初球。


ズバン!


球場表示。


150km/h。


どよめく。


二球目。


151。


三球目。


152km/h。


「ストライク! バッターアウト!」


球場が沸いた。


山内がミットを見る。


「速……。」


太一が笑う。


初回。


三者凡退。


二回。


三回。


太一は押した。


ただ速いだけではない。


父・鈴木監督から教わった回転。


指先。


リリース。


そして。


山内のリード。


時折変化球を混ぜる。


相手が速球に照準を合わせれば外す。


変化球を待てば。


152キロ。


四回終了。


無失点。


一方。


攻撃。


島大松江は少しずつ点を重ねた。


2―0。


4―0。


そして五回。


山内の打席。


前日。


バーンズから言われた言葉が蘇る。


――アセラナイ。


――イチコキュウ。


――RIGHT CENTER。


――CRASH。


山内が構える。


投手。


ストレート。


山内は。


ほんの一瞬。


待った。


そして。


振り抜いた。


カキィィィン!


打球が右中間へ。


外野手が追う。


追う。


しかし。


止まった。


打球は。


フェンスを越えた。


一瞬。


山内自身が走るのを忘れた。


「……え?」


ベンチから太一が叫ぶ。


「山内先輩!」


「走って!」


「え?」


「ホームランですよ!」


山内が慌てて走り出した。


スタンド。


バーンズが立ち上がる。


「YEEEEEEES!!」


両腕を突き上げた。


松田が笑う。


「出たな。」


山内。


高校野球人生。


公式戦初本塁打。


ホームへ帰ってくる。


仲間たちが迎える。


山内はまだ信じられない。


「僕……。」


「ホームラン打った?」


太一。


「打ちました。」


「本当に?」


「じゃあ何で一周してきたんですか。」


「そっか。」


全員爆笑。


そして。


七回。


再び山内。


相手投手は警戒していた。


外角。


ボール。


変化球。


ファウル。


そして。


ストレート。


山内。


一呼吸。


クラッシュ。


カキィィィン!


今度は。


打った瞬間だった。


右中間。


一直線。


スタンドへ。


二打席連続。


ホームラン。


山内は打席で固まった。


「……。」


相手捕手まで打球を見送っている。


ベンチの太一が叫ぶ。


「今度はすぐ走ってください!」


球場が笑いに包まれた。


山内も笑った。


走る。


一塁。


二塁。


三塁。


そしてホーム。


太一が真っ先に待っていた。


「山内先輩。」


「何?」


「ホームラン打ったことないんですよね?」


「昨日まではね。」


「嘘つき。」


「僕が一番驚いてるよ!」


その光景を。


スタンドのバーンズは嬉しそうに見ていた。


「ヤマウチ。」


「ソレガ、オマエノパワー。」


七回裏。


鈴木監督が動く。


「竹内。」


「はい!」


「石川。」


「はい!」


「守備から行け。」


二人が立ち上がった。


さおりがマスクを手にする。


こなつもグラブを持つ。


そして。


「和田。」


八雲が振り返る。


「はい。」


「次の回、代打。」


八雲がニヤッとする。


「待ってました。」


主将。


副主将。


エース。


先発から外れていた三人が。


後半になって次々と出てくる。


相手ベンチがざわつく。


「まだいるのか……。」


それこそ。


鈴木監督が見せたかったものだった。


二十人で戦う。


島大松江の選手層。


八回表。


八雲が代打でヒット。


さらに一点。


スコア。


8―0。


そして。


八回裏。


鈴木監督が球審へ交代を告げた。


「ピッチャー、交代します。」


太一がマウンドを降りる。


七回無失点。


最速152キロ。


大きな拍手。


だが。


鈴木監督が告げた次の名前に。


島大松江ベンチの空気が変わった。


「背番号20。」


一人の少年が立ち上がる。


「玉木。」


玉木が。


ゆっくり帽子をかぶった。


「はい。」


少し前。


退部していた玉木が戻ってきてから。


バーンズは彼の投球映像を何度も見ていた。


そして。


ある日。


「タマキ。」


「メジャーリーグノ、ピッチャー。」


「ニテル。」


ネット映像を開いた。


かつてメジャーで投げた投手のフォーム。


握り。


指の使い方。


体重移動。


リリース。


バーンズは繰り返し映像を止めた。


「ココ。」


「ミテ。」


玉木が画面を覗く。


握りを変える。


投げる。


違う。


また投げる。


バーンズが首を振る。


もう一度。


そして。


ある一球。


ズバン!


バーンズの顔が変わった。


「YES。」


玉木自身も。


自分の球が変わったことを感じた。


速さではない。


伸び。


そして。


打者の手元での強さ。


バーンズは笑った。


「タマキ。」


「メジャー、マネスル、ダケ、ダメ。」


胸を指す。


「サイゴハ。」


「YOUR BALL。」


自分の球を投げろ。


その意味だった。


そして今。


夏の準々決勝。

鈴木監督がマウンドへ向かおうとする玉木に声をかける。


「玉木。」


「はい。」


「ここからは。」


少し間を置く。


「お前の夏だ。」


玉木の目が潤んだ。


しかし。


泣かなかった。


「はい!」


玉木が。


公式戦のマウンドへ向かっている。


スタンドから大きな拍手。


さおりがホームから見ていた。


こなつも。


太一も。


山内も。


玉木の背中を見る。


投球練習を始める。


一球。


ズバン!


さおりの表情が変わった。


二球。


ズバン!


「……玉木。」


玉木が見る。


さおりが笑った。


「いい球。」


「はい。」


「じゃあ。」


ミットを構える。


「行こうか。」


「はい!」


八回裏。


先頭打者。


玉木が投げる。


ストライク。


二球目。


ファウル。


三球目。


低め。


空振り。


「ストライク! バッターアウト!」


玉木が拳を握る。


二人目。


内野ゴロ。


二死。


三人目。


粘られる。


フルカウント。


玉木は一度マウンドを外した。


深呼吸。


バーンズから学んだ。


握り。


リリース。


そして。


自分の球。


投げた。


打球。


センターフライ。


こなつが追う。


捕った。


スリーアウト。


玉木がマウンドで空を見上げた。


さおりが歩いてくる。


「おかえり。」


その一言。


玉木は。


とうとう泣いた。


「……はい。」


その後。


島大松江はリードを守り切った。


準々決勝。


8―0。


勝利。


準決勝進出。


この日の主役は。


152キロを記録した一年生、鈴木太一。


だけではなかった。


高校生活で一本もホームランを打ったことがなかった男。


山内。


二打席連続本塁打。


そして。


一度は野球部を去った男。


背番号20。


玉木。


夏のマウンドへ帰ってきた。


八雲。


さおり。


こなつ。


大和。


スターだけではない。


誰が出ても。


誰かが仕事をする。


試合後。


鈴木監督は選手たちを集めた。


「今日。」


「私は一つだけ確信した。」


全員が見る。


「二十人を選んだのは。」


「間違いじゃなかった。」


玉木が俯く。


山内も。


太一も。


鈴木監督は続ける。


「だが。」


「喜ぶのは今日だけだ。」


表情が変わる。


「次は準決勝。」


そして。


「ここから先。」


「弱い相手など、一校もない。」


全員。


「はい!」


選手たちが引き揚げていく。


最後尾。


山内と太一。


太一が聞く。


「山内先輩。」


「何?」


「二本ですよ。」


「うん。」


「メジャー観戦ポイント、かなり稼ぎましたね。」


山内が立ち止まった。


「あ。」


「忘れてたんですか?」


「ホームランが嬉しくて。」


太一が呆れる。


「欲がないなあ。」


山内は笑った。


「太一君。」


「はい。」


「僕ね。」


自分の右手を見る。


「野球って。」


「まだ自分の知らない自分に会えるんだね。」


太一は少し黙った。


そして。


笑った。


「だったら。」


山内を見る。


「甲子園でもっと会いましょうよ。」


「知らない自分に。」


山内も笑った。


「うん。」


二人が並んで歩いていく。


その後ろ姿を。


スタンドから松田とバーンズが見ていた。


バーンズが大きな手を叩く。


「ヤマウチ!」


山内が振り返る。


バーンズは右拳を突き出した。


「CRASH!」


山内も。


拳を突き出した。


「クラッシュ!」


そして。


その隣で太一が笑っている。


次は準決勝。


だがこの時。


まだ誰も知らなかった。


その準決勝で――


島大松江の夏を揺るがす、本当の試練が待っていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。