↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
栄冠は君に輝く  作者: konatsu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/45

16回表 自立

初戦。


五回、10対0。


島大松江高校の鮮烈な夏は、全国へと広がった。


元メジャーリーガー、鈴木監督。


全国で初めて夏の大会に登録された女子選手、竹内さおりと石川こなつ。


九球で三者三振を奪ったエース、和田八雲。


豪快な本塁打を放った竹下大和。


そして――。


鈴木監督の息子、鈴木太一。


さらに。


打者ごとに曲が変わる異色の応援。


全国高校野球ライブで映し出された島大松江の野球は、勝敗以上の話題になっていた。


学校でも。


「昨日見たぞ!」


「八雲、すげえな!」


「さおり、全国デビューじゃん!」


「こなつの応援、めちゃくちゃ目立ってた!」


そんな声が飛び交った。


野球部員たちは笑っていた。


嬉しかった。


自信にもなった。


だが――。


鈴木監督だけは、その空気を警戒していた。


初戦の10点差。


全国からの注目。


称賛。


それは高校生を成長させる力にもなる。


同時に。


簡単に人間を勘違いさせる力にもなる。


そして迎えた二回戦。


試合前。


ベンチ前に選手たちが集まった。


記録員としてベンチに入る佐野ひまわりも、スコアブックを抱えて鈴木監督の言葉を待っている。


いつものように。


相手投手の特徴。


守備位置。


攻撃方針。


走塁。


細かな指示が出る。


誰もがそう思っていた。


しかし。


鈴木監督は言った。


「今日は作戦を出さない。」


一瞬。


誰も意味が分からなかった。


さおりが聞き返した。


「監督……今、何て?」


「作戦を出さない。」


「バントも?」


「出さない。」


こなつ。


「盗塁も?」


「出さない。」


大和。


「ヒットエンドランも?」


「出さない。」


八雲が聞く。


「じゃあ、俺の配球は?」


「それは最初から、さおりとお前の仕事だろ。」


八雲が黙った。


ひまわりが恐る恐る聞く。


「監督。」


「本当に何も出さないんですか?」


鈴木監督は頷いた。


そして。


主将を見る。


「竹内。」


「はい。」


「今日、グラウンドの監督はお前だ。」


「……私?」


「石川。」


「はい。」


「お前は副監督だ。」


こなつが苦笑した。


「副主将の次は副監督ですか。」


「嫌か?」


「面白そうです。」


「こなつ!」


さおりが慌てる。


鈴木監督は少しだけ笑った。


しかし、すぐ真顔に戻った。


「いいか。」


「失敗していい。」


全員が監督を見る。


「ただし――」


「考えないで失敗することは許さない。」


静かになった。


「なぜバントするのか。」


「なぜ走るのか。」


「なぜ待つのか。」


「なぜ振るのか。」


「自分たちで考えろ。」


そして最後に言った。


「私の野球をするな。」


「お前たちの野球をやれ。」


その頃。


スタンド。


バーンズが腕を組んでいた。


隣には松田。


バーンズが携帯翻訳機を操作する。


機械音声が流れた。


「スズキハ、キョウ、ナニヲオシエル?」


松田はグラウンドを見つめたまま答えた。


「何も教えないんだよ。」


バーンズが首を傾げる。


「ナニモ?」


「ああ。」


「今日は、選手が自分で答えを見つける日だ。」


バーンズはしばらく黙った。


やがて。


大きく笑った。


「OH……。」


「スズキ。」


「ヤッパリ、クレイジー。」


松田も笑った。


「そこは同感だ。」


プレイボール。


一回表。


島大松江の攻撃。


一番、石川こなつ。


スタンドから『キャッツ・アイ』の旋律が響く。


初戦。


相手投手を飲み込んだ応援。


だが。


今日の投手は違った。


表情を変えない。


低め。


低め。


徹底して低め。


こなつが打つ。


セカンドゴロ。


一死。


二番、竹内さおり。


『ムーンライト伝説』。


さおりも打つ。


ショートゴロ。


二死。


三番、和田八雲。


強振。


センターフライ。


三者凡退。


ベンチに戻ってきたこなつが呟く。


「研究されてる。」


ひまわりはすでにノートへ書き込んでいた。


「先輩。」


「何?」


「初球の入り方が、前の試合の映像と全然違います。」


さおりが振り向く。


ひまわりは続ける。


「たぶん、相当うちを調べてます。」


鈴木監督は何も言わない。


さおりが聞く。


「監督。」


「……。」


返事すらない。


こなつが笑った。


「本気だ。」


「何が?」


「今日は本当に助けてくれないよ。」


一回裏。


マウンドは和田八雲。


初戦。


九球。


三者三振。


当然。


八雲の頭にも残っていた。


今日も。


ねじ伏せる。


初球。


ストレート。


ボール。


二球目。


ストレート。


ファウル。


三球目。


さらに速い球。


――カキン!


センター前。


八雲が振り返る。


「……。」


二番。


送りバント。


一死二塁。


三番。


ファウル。


ファウル。


ボール。


ファウル。


粘られる。


八球目。


四球。


一死一、二塁。


さおりがタイムを取った。


マウンドへ向かう。


「八雲。」


「何だよ。」


「三振、取りたい?」


「当たり前だろ。」


「やっぱり。」


「何が。」


さおりは八雲の目を見る。


「初戦の九球三振、引きずってる。」


八雲の顔が変わった。


「違う。」


「違わない。」


「球は走ってる。」


「だったら――」


さおりがミットを八雲の胸に軽く当てた。


「打たせようよ。」


「私たちがいる。」


八雲が内野を見る。


大和。


梶谷。


浜口。


こなつ。


仲間たちがいる。


八雲は息を吐いた。


「分かった。」


だが。


四番。


三球目。


外角球をライト前へ運ばれた。


二塁走者がホームへ。


0対1。


先制された。


島大松江ベンチ。


誰も声を出せなかった。


ひまわりは鈴木監督を見る。


鈴木は動かない。


「監督……。」


「何だ。」


「何か指示を。」


「佐野。」


「はい。」


「お前は何のためにそこにいる。」


ひまわりが止まった。


「記録員です。」


「なら、記録しろ。」


「そして。」


鈴木監督はグラウンドを指した。


「気づいたことがあるなら、選手に伝えろ。」


ひまわりの目が大きくなる。


「私が?」


「お前もチームだろ。」


「……はい!」


ひまわりはスコアブックを握り直した。


三回表。


一死一塁。


打者、こなつ。


一塁走者がリードする。


さおりが考える。


相手捕手。


ここまで送球機会なし。


投手はセットに入ってから少し長い。


行ける。


さおりがこなつを見る。


こなつが頷く。


走った。


だが。


読まれていた。


アウト。


その直後。


こなつが左中間を破る二塁打。


ベンチが静まった。


走者が残っていれば。


一点だったかもしれない。


さおりが俯く。


「私のミスだ。」


こなつが戻ってくる。


「何言ってんの。」


「でも……。」


「私も走れると思った。」


「……。」


「二人で決めた。」


こなつが笑う。


「だから二人で取り返そう。」


さおりも。


少し笑った。


「うん。」


鈴木監督は。


何も言わなかった。


五回裏。


0対1。


一死二、三塁。


最大のピンチ。


八雲の呼吸が荒い。


ボール。


ボール。


さおりが立ち上がる。


その時だった。


鈴木監督が初めて動いた。


「錦織。」


「はい!」


「伝令。」


錦織が飛び出した。


マウンドへ走る。


内野陣が集まる。


「監督から。」


八雲が見る。


錦織は伝えた。


「今日のお前は最悪だ。」


八雲の眉が動いた。


「……何?」


「三振を取ろうとして、自分の球に酔っている。」


沈黙。


「一人で野球をするなら、マウンドを降りろ。」


八雲が唇を噛んだ。


錦織。


「以上。」


そう言って。


マウンドを離れようとした。


一歩。


二歩。


だが。


止まった。


振り返る。


「八雲。」


「何だよ。」


「もう一つ。」


八雲が見る。


錦織は言った。


「監督が。」


間。


「絶対に抑えられるって。」


八雲の目が変わった。


「……本当か。」


「うん。」


「和田なら絶対抑えるって。」


八雲は。


帽子のつばを握った。


そして。


さおりを見る。


「さおり。」


「何?」


「抑えるぞ。」


さおりが笑った。


「最初からそのつもり。」


錦織がベンチへ戻る。


鈴木監督が聞いた。


「錦織。」


「はい。」


「私は最後に何と言った?」


「……。」


「言ってみろ。」


「今日のお前は最悪だ。一人で野球するなら降りろ。」


「その後だ。」


「……。」


ひまわりが錦織を見る。


錦織は観念した。


「何も言ってません。」


「だよな。」


「はい。」


「じゃあ、なぜ『絶対抑えられる』と言った。」


錦織はグラウンドを見る。


「今の八雲には。」


そして。


静かに答えた。


「監督に信じてもらっているって思わせた方が、いいと思ったからです。」


鈴木監督は黙った。


怒られる。


錦織はそう思った。


しかし。


「分かった。」


それだけだった。


マウンド。


八雲は目を閉じた。


弓道で学んだ呼吸。


間。


溜め。


そして。


松田から教わった心眼。


目を開ける。


見るのは打者ではない。


さおりのミット。


さおりが構える。


八雲。


投げた。


ズバン!


ストライク。


二球目。


スライダー。


空振り。


三球目。


さおりが内角へ構える。


八雲が頷く。


ストレート。


見逃し三振。


「よし!」


二死。


次打者。


初球。


低め。


打たせた。


ショートゴロ。


梶谷が捕る。


一塁へ。


アウト!


無失点。


八雲が吠えた。


「っしゃああああ!」


スタンド。


バーンズが立ち上がった。


「YEAHHHHHH!」


周囲の観客が一斉に振り向く。


松田が苦笑する。


「バーンズ。」


「ここ、日本だから。」


「OH、SORRY。」


座る。


三秒後。


「YEAHHHH!」


「座れ。」


六回表。


0対1。


先頭、八雲。


四球。


四番、大和。


センター前。


無死一、二塁。


ひまわりが叫ぶ。


「さおり先輩!」


「何?」


「相手の三塁手、バント警戒で毎回最初の一歩が早いです!」


さおり。


「こなつ!」


「同じこと考えてる。」


二人が笑った。


打者、佐野慎之介。


バントの構え。


三塁手が猛然と前へ。


慎之介がバットを引く。


バスター!


三遊間を破った。


無死満塁。


「よっしゃ!」


ベンチが爆発する。


鈴木監督だけは腕を組んでいる。


しかし。


ひまわりは見逃さなかった。


「監督。」


「何だ。」


「今、笑いましたよね。」


「笑ってない。」


「笑いました。」


「記録に集中しろ。」


「はーい。」


一死満塁。


打席。


浜口博己。


初球。


ファウル。


二球目。


ボール。


三球目。


強振。


打球は三塁線へ。


強烈なゴロ。


三塁手が弾いた。


「走れ!」


一人帰る。


1対1。


さらに三塁手が慌てて一塁へ送球。


悪送球。


もう一人。


ホームイン。


2対1。


逆転。


島大松江スタンドが揺れた。


鈴木監督の言葉。


ゴロは。


捕る。


投げる。


捕る。


三つの動作を相手に要求する。


その意味を。


選手たち自身が試合で証明した。


七回。


こなつが出塁。


盗塁。


今度は成功。


さおりが右前へ運ぶ。


こなつが生還。


3対1。


そして最終回。


八雲がマウンドへ。


二死。


最後の打者。


さおりがミットを構える。


八雲が投げる。


打球はセカンドへ。


捕る。


一塁へ。


アウト。


「ゲームセット!」


3対1。


島大松江高校。


二回戦突破。


だが。


初戦の10対0とは違った。


苦しかった。


迷った。


失敗した。


自分たちで考えた。


そして。


自分たちで勝った。


試合後。


鈴木監督が選手を集める。


「どうだった。」


沈黙。


やがて。


さおりが手を挙げた。


「疲れました。」


全員が笑った。


「何が一番疲れた。」


「自分で決めることです。」


「盗塁を失敗した時。」


さおりは苦笑する。


「監督のせいにできませんでした。」


爆笑。


鈴木監督も笑った。


「そうだ。」


そして。


表情を戻す。


「それが野球だ。」


全員が聞く。


「監督は考える。」


「捕手も考える。」


「打者も考える。」


「走者も考える。」


「ベンチも考える。」


鈴木監督は、ひまわりを見る。


「記録員だって考える。」


「はい。」


「そしてスタンドも。」


その言葉を聞き。


スタンドの島崎が静かに頷いた。


「島大松江は。」


鈴木監督が続ける。


「誰か一人のチームじゃない。」


そして。


胸に手を置いた。


「私のチームでもない。」


さおり。


こなつ。


八雲。


大和。


山内。


太一。


玉木。


全員を見渡した。


「お前たちのチームだ。」


静かだった。


「だから。」


「私の野球をするな。」


「島大松江の野球をしろ。」


全員。


「はい!」


「それから。」


鈴木監督が錦織を見る。


錦織がビクッとする。


「錦織。」


「はい!」


「監督の言葉を勝手に作るな。」


「すみません!」


大爆笑。


八雲も笑った。


しかし。


鈴木監督は続けた。


「ただし。」


全員が静かになる。


「今日のマジックポイント。」


「錦織に三点。」


「えええええっ!」


本人が一番驚いた。


「三点!?」


「チームを救った。」


八雲が錦織を見る。


「錦織。」


「何だよ。」


「……ありがとう。」


錦織は照れた。


「別に。」


「俺は伝令しただけだ。」


「嘘ついただろ。」


「お前のためだ!」


また笑いが起きた。


スタンドでは。


松田がその光景を感じ取っていた。


バーンズが聞く。


「マツダ。」


「キョウ、スズキハ、ナニヲオシエタ?」


松田は笑った。


「何も教えなかった。」


「だから。」


「一番大事なものを教えたんだ。」


バーンズはしばらく考えた。


そして。


「JIRITSU?」


松田が驚く。


「そんな日本語、知ってるのか。」


バーンズは得意げに携帯翻訳機を見せた。


松田は笑った。


「そうだ。」


「自立だ。」


帰りのバス。


さおりとこなつは隣同士。


こなつが聞く。


「竹内監督。」


「やめて。」


「今日の采配はいかがでしたか?」


「二度とやりたくありません。」


「えー。」


「監督って大変なんだね。」


「今さら?」


「今さら。」


二人が笑う。


その少し後ろ。


八雲が錦織に聞いた。


「ところで。」


「何?」


「本当に監督、俺なら抑えるって言ってなかった?」


「言ってない。」


「……。」


「一言も。」


「錦織。」


「何。」


「マジックポイント三点、返せ。」


「なんでだよ!」


車内が笑いに包まれた。


鈴木監督は、一番前の席から窓の外を眺めていた。


隣の美佐子が小さく言う。


「嬉しそうね。」


「何が。」


「みんな。」


鈴木は答えなかった。


しばらくして。


小さく呟いた。


「やっと。」


美佐子が見る。


「やっと――」


鈴木監督は後ろから聞こえてくる笑い声に耳を傾けた。


「私のチームじゃなくなってきた。」


美佐子は微笑んだ。


「それって、寂しい?」


鈴木は首を横に振った。


「いや。」


そして。


笑った。


「最高に嬉しい。」


初戦。


10対0。


二回戦。


3対1。


数字だけなら。


島大松江は弱くなったように見える。


だが。


違う。


この日。


島大松江高校野球部は――


監督の指示で動くチームから。


自分たちで勝つチームへ。


確かに一歩。


前へ進んだ。


甲子園まで。


あと少し。


だが。


夏は。


ここからさらに厳しくなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。