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栄冠は君に輝く  作者: konatsu


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30/45

15回裏 始動

七月。


第110回全国高等学校野球選手権島根県大会。


開会式は無事に終了した。


県内各校の選手たちが堂々と行進し、


島大松江高校もまた、二十人の登録選手を中心に夏の舞台へ足を踏み入れた。


だが。


この物語で描くべき本当の開会式は――


まだ先にある。


夢の甲子園。


その場所へたどり着いた時まで、


今は取っておくことにしよう。


そして大会四日目。


第一試合。


島大松江高校。


対。


出雲電鉄高校。


地方大会の一回戦。


普通なら全国的には、


ほとんど注目されない試合だった。


しかし。


今年だけは違った。


試合開始前から、SNSが騒がしかった。


――元メジャーリーガー鈴木監督の夏初戦。


――女子選手が公式戦登録。


――主将が女子捕手・竹内さおり。


――副主将は俊足外野手・石川こなつ。


――エース和田八雲。


――四番竹下大和。


そして。


――一年生・鈴木太一。


鈴木監督の息子。


父と子の関係まで含めて、


すでに全国の高校野球ファンの間で知られ始めていた。


地方大会の一回戦とは思えないほど。


全国から視線が集まっていた。


プレーボール。


一回表。


島大松江の守備。


マウンドには。


背番号1。


和田八雲。


さおりがマスクを被る。


八雲が帽子のつばを触る。


二人の視線が合った。


言葉はいらない。


初球。


ストレート。


――ズバン!


「ストライク!」


出雲電鉄の一番打者が振り遅れる。


二球目。


外角。


ファウル。


三球目。


高め。


空振り。


三振。


二番。


三球三振。


三番。


また三球。


空振り。


三振。


スコアボード。


9球。


3奪三振。


相手ベンチが静まり返った。


「……全部三球?」


「球、速いぞ。」


「いや。」


相手監督が八雲を見る。


「速さだけじゃない。」


「伸びてる。」


そして。


捕手を見る。


さおり。


相手監督は気づいた。


「捕手もいい。」


八雲だけではない。


二人で一つ。


バッテリーだった。


一回裏。


島大松江の攻撃。


先頭打者。


石川こなつ。


スタンド。


応援団長・長谷川が腕を上げた。


吹奏楽部長・青木が合図。


放送部・徳川。


ITシステム部。


チアダンサー。


合唱部。


すべてが連動する。


そして。


曲が流れた。


『キャッツ・アイ』。


出雲電鉄の投手が少し驚く。


「……何だ?」


応援が。


普通の高校野球と違う。


華やか。


しかし。


うるさいだけではない。


リズムが整っている。


声。


演奏。


踊り。


すべてが一つになっている。


こなつは一度だけ目を閉じる。


弓道で学んだ呼吸。


間。


そして。


自分のリズム。


初球。


見送る。


ボール。


二球目。


ストライク。


三球目。


外角。


こなつのバットが走った。


――カキーン!


センター前。


クリーンヒット。


「よし!」


一塁ベース上。


こなつはスタンドを見る。


長谷川たちへ小さく拳を上げた。


二番。


竹内さおり。


曲が変わる。


『ムーンライト伝説』。


出雲電鉄の内野手が顔を見合わせた。


「今度はこれか?」


曲調。


テンポ。


空気。


打者が変わるたびに、


全部変わる。


相手投手の呼吸が微妙に乱れた。


さおりはそれを見逃さない。


初球。


外角ストレート。


見送る。


二球目。


137キロ。


甘く入った。


さおりが振り抜く。


――カキィィン!


右中間。


打球が抜けた。


こなつが一気に三塁を回る。


「回れ!」


ホームイン。


先制。


1対0。


さおりは二塁へ滑る必要すらなかった。


スタンディングツーベース。


ベンチが沸く。


三番。


和田八雲。


曲が変わった。


低い。


重い。


聞き覚えのある旋律。


『ゴジラ』。


相手投手が思わずスタンドを見る。


一瞬。


それだけだった。


しかし。


投手にとって一瞬は大きい。


初球。


ボール。


二球目。


ボール。


三球目。


明らかに外れる。


四球目。


また外。


フォアボール。


八雲は何もせず一塁へ歩いた。


さおりが二塁から小さく笑う。


「応援に飲まれてる。」


こなつもベンチで頷いた。


ひまわりはタブレットを見る。


「やっぱり。」


鈴木監督。


「何がだ。」


「投球間隔が変わってます。」


「最初より少し早くなってる。」


ひまわりの目が輝く。


「リズム、崩れてます。」


そして。


四番。


竹下大和。


吹奏楽が一気に鳴った。


『宇宙戦艦ヤマト』。


球場の空気が変わった。


大和がゆっくり打席へ。


右打者。


相手投手も右腕。


初球。


137キロ。


外角寄り。


鈴木監督がベンチから見ていた。


大和は力んでいない。


バーンズの教え。


タイミング。


クラッシュ。


二球目。


ストレート。


真ん中寄り。


大和が振り抜いた。


――カアァァン!!


高い。


大きい。


右中間。


外野手が追う。


だが。


途中で止まった。


打球は。


フェンスの向こうへ。


スリーランホームラン。


大歓声。


4対0。


バーンズが両腕を上げる。


「CRAAAAASH!!」


浜口。


「やっぱりそれ言うんだ。」


松田は笑った。


鈴木監督は腕を組んだまま。


しかし。


口元は少しだけ緩んでいた。


試合はその後も。


島大松江のペースだった。


八雲は三回まで無失点。


四回。


鈴木監督が動く。


「大野。」


「はい!」


「行け。」


左腕・大野。


マウンドへ。


右打者への課題。


松田との心眼練習。


弓道で覚えた間。


すべてを試す。


四回。


無失点。


五回。


また無失点。


そして。


スコア。


10対0。


五回終了。


試合終了。


島大松江高校。


夏の初戦。


コールド勝ち。


しかし。


本当の異変は。


試合終了後に起きた。


全国高校野球ライブ。


この試合の視聴数。


配信担当者が数字を見る。


「……え?」


画面を更新する。


「嘘だろ。」


もう一度。


数字は変わらない。


約5万視聴。


地方大会。


しかも一回戦。


担当者は思わず上司を呼んだ。


「これ、記録的じゃないですか?」


SNSでは切り抜き映像が一気に拡散される。


八雲の9球3奪三振。


こなつのヒット。


さおりの右中間二塁打。


大和のスリーラン。


そして。


何より。


試合そのものとは別の部分が注目された。


島大松江高校の礼。


試合前。


相手チームへ。


審判へ。


応援席へ。


そして試合後も。


勝ったから騒ぐ前に。


相手へ一礼。


応援団へ一礼。


相手校応援団へも一礼。


SNS。


――勝った後に相手応援席へ頭下げる高校、初めて見た。


――女子主将の学校か。礼儀すごいな。


――強いだけじゃない。


――鈴木監督が教えたの?


しかし。


違った。


これは。


さおりとこなつが考えた改革だった。


翌日。


全国放送のワイドショーでも取り上げられた。


元プロ野球選手。


高校野球解説者。


スポーツジャーナリスト。


映像を見ながら語る。


「技術的にも相当レベルが高いですね。」


「和田八雲投手は注目です。」


「竹内捕手とのバッテリーも面白い。」


「そして応援が独特です。」


「ただ、一番印象に残ったのは試合後ですね。」


「相手への敬意。」


「これは高校スポーツとして非常に美しいと思います。」


その日の午後。


島大松江高校。


職員室。


電話が鳴り続けた。


ホームページ。


アクセス不能。


「校長!」


「学校のサーバー落ちました!」


亀井校長。


「……野球部、勝っただけだよな?」


職員。


「全国ニュースになってます!」


亀井校長は頭を抱えた。


「甲子園行ったらどうなるんだ……。」


その日の練習前。


鈴木監督は選手たちを集めた。


「お前たち。」


全員が姿勢を正す。


「浮かれるな。」


短かった。


「一回勝っただけだ。」


「全国で話題?」


「五万人?」


「だから何だ。」


静まり返る。


「次の試合で負けたら。」


「全部終わりだ。」


さおりも続いた。


「監督の言う通り。」


そして全員を見る。


「いい気になるな。」


「私たちはまだ何も成し遂げてない。」


「はい!」


その時。


鈴木監督が少し表情を変えた。


「ただし。」


「何ですか?」


「高校生だからな。」


選手たちを見る。


「夢がある褒美くらいあってもいいと思った。」


ざわつく。


「県大会終了後。」


「この大会で最もチームに貢献した五人。」


一拍。


「メジャーリーグ観戦に連れていく。」


「えええええ!?」


グラウンドが爆発した。


太一。


「アメリカ!?」


大和。


「メジャー!?」


慎之介。


「飛行機代も!?」


バーンズ。


「HAHAHAHA!」


鈴木。


「当然だ。」


さらに。


「ポイント制にする。」


ひまわりがすぐタブレットを開く。


「安打以上。」


「1ポイント。」


「打点。」


「1ポイント。」


「ファインプレー。」


「1ポイント。」


「チームに明確に貢献したプレー。」


「1ポイント。」


八雲が聞く。


「投手は?」


「アウト。」


「1ポイント。」


「三振も?」


「当然。」


「打たれたら?」


「基本マイナス1。」


八雲。


「厳しいな。」


「プロじゃないんだから甘い方だ。」


笑い。


「エラー。」


「判断ミス。」


「マイナス1。」


ひまわり。


「途中出場は不利じゃないですか?」


鈴木は頷いた。


「だから。」


ニヤッと笑う。


「マジックポイントを作る。」


「マジック?」


「ベンチでの声。」


「途中出場での重要な働き。」


「数字では表れない貢献。」


「私が特別加点する。」


「公正に見る。」


そして。


「スタンドは島崎。」


島崎が驚く。


「俺ですか?」


「お前がポイントをつけろ。」


「応援での貢献。」


「仲間への働きかけ。」


「スタンドも戦力だからな。」


島崎の顔が引き締まった。


「はい!」


さおりが手を挙げる。


「監督。」


「何だ。」


「敬意原則違反は?」


鈴木監督は即答した。


「減点しない。」


一瞬。


選手たちが戸惑う。


「え?」


鈴木は冷静だった。


「お前たちが自分で決めたことだろ。」


そして。


「守って当たり前だ。」


さおりが笑った。


「はい。」


夕方。


練習が終わる。


さおりが一人。


八雲を呼び止めた。


「八雲。」


「ん?」


さおりは少し照れくさそうに、


ポケットから何かを出した。


「これ。」


小さな御守り。


ボールの形。


八雲が受け取る。


「俺に?」


「遅くなってごめん。」


「昨日渡そうと思ってたんだけど。」


八雲は御守りを見る。


縫い目。


少し歪んでいる。


だが。


丁寧だった。


さおりが言う。


「良いボール投げろよ。」


八雲が笑う。


「当たり前だ。」


そして。


真顔。


「任せろ。」


少し間を置く。


「ただし。」


さおりを見る。


「俺をリードしろよ。」


「お前が頼りだからな。」


さおりの胸が。


少しだけ跳ねた。


――キャッチャーは投手の女房役。


以前。


誰かに言われた。


頭から離れない。


私は八雲が好き。


もちろん。


チームメイトとして。


バッテリーとして。


……それ以上?


「何考えてんだ?」


「え?」


「顔赤いぞ。」


「暑いだけ!」


「夕方だぞ。」


「うるさい!」


八雲は御守りを見た。


そして。


静かに言った。


「これ。」


「何?」


「一生大事にするから。」


さおりが固まった。


「……一生?」


「うん。」


「今、一生って言った?」


「言った。」


八雲は普通の顔。


さおりの心臓だけが忙しい。


八雲に嘘はなかった。


彼は。


一年生の頃から。


ずっとさおりが好きだった。


だが。


野球と恋愛を混ぜたくなかった。


さおりへ投げる時。


いつも心は高鳴った。


マウンドへ近づいてくるだけで。


少し緊張した。


しかし。


だからこそ。


野球だけは真剣にやった。


この関係を壊したくなかった。


むしろ。


この野球を。


終わらせたくなかった。


負ければ。


その瞬間。


このバッテリーは解散する。


そんな気がしていた。


八雲にとって。


さおりへ投げる野球が。


一番楽しかった。


八雲が言った。


「メジャーリーグ観戦か。」


「うん。」


「さおり。」


「何?」


「一緒に行こうぜ。」


さおりの胸が跳ねる。


「えっ?」


「メジャーベースボール、生で見たいし。」


「う、うん。」


八雲。


「あと本場のディズニー……。」


止まった。


「……いや、ごめん。」


さおり。


「……。」


――今。


ディズニーって言ったよね。


話の流れからして。


二人で?


いや。


待て。


キャッチャーとして。


八雲の心理を読む。


今の間。


明らかに何か隠した。


――ダメ。


今は野球に集中。


でも。


このシンクロ率。


むしろバッテリーとして武器なのでは?


何を考えてる私。


その時。


八雲が言った。


「さおり。」


「は、はい!」


「付き合ってくれないか。」


時間が止まった。


「えっ!?」


さおりの顔が真っ赤になる。


「ちょ、ちょっと待って!」


八雲が不思議そうな顔。


「なんで?」


「なんでって!」


「これからすぐ。」


「嫌なのか?」


「いや、嫌じゃないけど!」


「さすがに今日は……。」


八雲。


「そうだよな。」


「やっぱ今日は無しか。」


さおり。


「……。」


「明日なら返事する。」


八雲。


「返事?」


「うん。」


「何の?」


「え?」


八雲。


「投球練習だぞ。」


沈黙。


「今日50球は投げたし。」


「明日にしようって意味。」


さおり。


「……。」


八雲。


「どうした?」


さおりは。


深いため息。


「と。」


「投球練習ね。」


「うん。」


「投球練習。」


「そう。」


「OK。」


「じゃあ明日。」


「うん。」


八雲は普通に帰っていった。


さおりはその場に残った。


顔を手で覆う。


「……私。」


小声。


「何勘違いしてんのよ……。」


その一部始終。


しっかり見ていた二人がいた。


ひまわり。


こなつ。


ひまわりが呆然。


「こなつ先輩。」


「何?」


「あれは。」


「いったい何なんですか。」


こなつは腕を組む。


そして。


真顔で答えた。


「日本一熱いバカバッテリー。」


ひまわり。


「……。」


こなつ。


「それでいて。」


八雲とさおりの背中を見る。


「たぶん全国最強クラスの高校生バッテリー。」


「はあ……。」


ひまわりは納得していいのか分からない。


こなつが突然聞いた。


「ひま。」


「はい?」


「お前。」


「太一の球、捕れる?」


ひまわり。


即答。


「デビルマンの球は無理です。」


こなつが笑う。


「じゃあ。」


ひまわりを見る。


「あと二年で捕れるようにならなきゃな。」


「え?」


「何ですか、それ。」


こなつは答えない。


ただ。


ニヤニヤしながら歩いていった。


「こなつ先輩!」


「どういう意味ですか!」


「教えてくださいよ!」


夏。


島大松江高校の戦いは。


一勝目を終えたばかり。


甲子園まで。


まだ。


遠い。


しかし。


全国はもう。


この小さな学校を、


見始めていた。

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