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栄冠は君に輝く  作者: konatsu


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14回表 同調と挑戦

六月下旬。


島大松江高校野球部。


県大会を目前に控えたグラウンドに、朝から妙なものが設置されていた。


大型スピーカー。


マイク。


ミキサー。


そして放送部が持ち込んだ音響機材。


出雲が眉をひそめる。


「今日、野球するんだよな?」


八雲が答える。


「たぶんな。」


「文化祭じゃないよな?」


「俺に聞くな。」


その前を、佐野ひまわりが大量の資料を抱えて歩いていく。


八雲が呟いた。


「原因はあいつだな。」


出雲も頷く。


「間違いない。」


そのひまわりが、パンパンと手を叩いた。


「皆さん、集合してください!」


県大会登録選手たちが集まる。


その後ろには鈴木監督。


美佐子部長。


松田コーチ。


バーンズコーチ。


放送部の徳川もマイクの前に座っていた。


ひまわりが胸を張る。


「本日から、打撃練習の方法を一部変更します」


慎之介が嫌な予感を覚えた。


妹がこういう顔をしている時は、ろくなことがない。


「先日決定した皆さんの個人応援曲を、今日から打撃練習でも流します」


「おお!」


何人かから歓声が上がる。


「ただし」


ひまわりが人差し指を立てた。


「曲の変更は受け付けません」


慎之介が手を挙げた。


「まだ何も言ってないぞ」


「お兄ちゃんだけ先に言っておきます」


「なんでだよ!」


笑いが起こった。


最初に呼ばれたのは、こなつだった。


「石川こなつ先輩」


「はい!」


「『キャッツ・アイ』です」


こなつの目が輝いた。


「いい!」


即答だった。


「私、気に入った!」


八雲が言う。


「やっぱり盗むからか?」


「何を?」


「塁。」


こなつがニッコリ笑う。


「八雲」


「はい。」


「今日、あなたが投げる時、全部走るから」


「待て!」


一同爆笑。


「竹内さおり先輩」


「はい」


「『ムーンライト伝説』」


さおりが固まった。


「……私?」


「はい」


「捕手だよ?」


「知ってます」


「主将だよ?」


「もちろん」


「もっとこう……強そうなのなかった?」


ひまわりは真顔で答える。


「さおり先輩は、か弱い女の子キャッチャーですから」


出雲が吹き出した。


「ブハッ!」


さおりの顔が動く。


「出雲。」


「いや、俺、何も――」


「笑ったよね?」


「笑ってない!」


「笑った!」


出雲が逃げる。


さおりが追う。


「待ちなさい!」


こなつが叫ぶ。


「さおり! か弱い女の子はそんな速度で追いかけない!」


「こなつまで!」


山内が困った顔で二人の間に入ろうとする。


「まあまあ……。」


太一が止めた。


「山内先輩。巻き込まれますよ」


「そうだね」


二人は静かに後退した。


「出雲先輩」


「おう」


「『ゴジラ』」


沈黙。


全員が出雲を見る。


出雲も全員を見る。


「……誰か何か言えよ」


八雲が言った。


「似合う。」


大和。


「似合う。」


さおり。


「似合う。」


こなつ。


「そのまんま。」


出雲がひまわりを見る。


「選んだ理由は?」


「破壊力と威圧感です」


「それだけ?」


「それ以外、必要ですか?」


「……ないな」


本人が納得した。


「竹下大和先輩」


「はい」


「『宇宙戦艦ヤマト』」


大和が腕を組む。


「やっぱり名前?」


「三割くらい」


「三割もあるのか」


「残り七割は四番としての重量感です」


大和の顔が少しだけ引き締まった。


「チームを背負って前へ進む人」


「……なるほど」


「ただし」


「まだあるの?」


「天然です」


「曲と関係ないだろ!」


大野には「サウスポー」。


「左投手だからって、そのまんまじゃない?」


「分かりやすさも心理戦です」


「便利な言葉だな、心理戦」


梶谷には「バビル2世」。


「なぜ俺が?」


「秘密です」


「一番気になる答え!」


阿知波団には「ウルトラセブン」。


本人は曲名を聞いた瞬間、


「セブン!」


とポーズを決めた。


全員が無視した。


「誰か突っ込めよ!」


糸原には「ミッション:インポッシブル」。


糸原が真剣な顔になる。


「つまり俺には、不可能な任務を成功させろと」


「はい」


「格好いいな」


「バント失敗しないでくださいね」


「急に現実に戻すな!」


三沢は「銀河鉄道999」。


梨田は「大江戸捜査網」。


錦織は「ガッチャマン」。


小村は「暴れん坊将軍」。


世良はベートーベンの「運命」。


芦田は「エイトマン」。


次々と発表されるたび、


歓声。


笑い。


抗議。


納得。


そして、なぜかポーズを決める者まで現れた。


そして。


「玉木先輩」


少しだけ空気が変わった。


「『残響散歌』です」


玉木は黙って曲名を見た。


「俺に?」


「はい」


「理由は?」


ひまわりは微笑んだ。


「一度グラウンドからいなくなっても、玉木先輩が残したものは消えていなかったからです」


玉木の表情が変わった。


「音は消えても、響きは残る」


「そして今、また戻ってきた」


玉木は少し俯いた。


「……ありがとう」


出雲が背中を叩く。


「泣くなよ、背番号20」


「泣いてねえよ」


「目、赤いぞ」


「うるさい」


そして。


ひまわりが最後のカードを持った。


太一が嫌そうな顔をする。


「なんか嫌な予感がする」


山内は笑顔だった。


「楽しみだね、太一君」


「山内先輩は自分が『栄光の架け橋』だから余裕なんですよ」


「そうかな?」


「絶対そうです」


ひまわりが発表する。


「鈴木太一君」


「はい」


「『デビルマン』」


「…………。」


太一が固まった。


「以上です」


「待て!」


笑いが起きる。


「なんで俺がデビルマンなんだよ!」


「似合うから」


「どういう意味だ!」


「詳しくは企業秘密です」


「俺本人にも秘密なのかよ!」


鈴木監督まで笑っていた。


太一が父親を見る。


「監督も笑わないでください!」


鈴木は咳払いした。


「笑ってない」


「絶対笑ってた!」


美佐子が横で口元を押さえている。


「母さんまで!」


美佐子の動きが止まった。


ほんの一瞬。


太一自身も気づいた。


今。


自然に「母さん」と呼んだ。


美佐子は何も言わなかった。


ただ。


嬉しそうに微笑んだ。


そして、もう一人。


「佐野慎之介先輩」


慎之介が身構える。


「来い!」


ひまわり。


「『オラはにんきもの』」


「なんでだよ!」


グラウンドが爆笑に包まれた。


慎之介は頭を抱える。


「もっとあるだろ!」


「ない」


「即答するな!」


「お兄ちゃんにはこれが最適」


「どこが!」


「存在そのもの」


「説明になってない!」


太一が肩を震わせて笑っている。


慎之介が睨む。


「太一。お前、笑える立場か?」


太一の笑顔が消える。


「……デビルマンでした」


「仲間だ」


「一緒にしないでください」


「裏切るな!」


音が打撃を変える


そして。


打撃練習が始まった。


放送部の徳川がマイクを握る。


最初の打者。


こなつ。


専用曲がグラウンドに流れる。


こなつは軽く身体を揺らした。


足でリズムを取る。


投手が投げる。


見送った。


二球目。


見送る。


三球目。


――カキーン!


鋭いライナーが右中間を破った。


「おお!」


次。


さおり。


曲が変わる。


構える。


呼吸する。


自分の間。


――カキーン!


左中間。


さらに次。


出雲。


空気が変わる。


一球目。


見送る。


二球目。


――ドン!


打球がフェンスを越えた。


バーンズが叫ぶ。


「CRASH!!」


八雲が呟く。


「本当にゴジラじゃねえか」


一巡。


二巡。


三巡。


最初は単なる遊びの延長だと思っていた選手たちも、


次第に気づき始めた。


何かが違う。


ひまわりは測定データを見る。


「打球速度……上がってる」


飛距離も。


強い打球の割合も。


そして。


ボール球へのスイング率が下がっている。


松田コーチが目を細めた。


「選球眼まで変わってるな」


鈴木監督が答える。


「曲を聴いているんじゃない」


「曲に合わせて呼吸している」


弓道で学んだ。


呼吸。


間。


溜め。


そこへ一定のリズムが加わった。


打者が投手のリズムだけで動かなくなっている。


自分のリズムで待てる。


バーンズが興奮する。


「YES!」


「RHYTHM!」


「TIMING!」


「AND――」


全員。


「CRASH!」


バーンズが目を丸くした。


「オオ!」


「ミナサン、ワカッテキタ!」


笑いが起きた。


デビルマンと、魔女


休憩。


太一は慎之介の隣へ座った。


タオルで汗を拭く。


「慎之介先輩」


「ん?」


「なぜ俺はデビルマンなんですかね」


「まだ言ってんのか」


「だって。」


太一は真顔だ。


「効果は出ているようだけど、デビルマンすよ」


一拍。


「デビルマン」


慎之介が吹き出した。


「そんなに嫌か」


「嫌というか、理由が分からない」


慎之介は少し考えた。


そして。


「実はな、太一よ」


「はい」


「ひまわりは、親父の影響なんだ」


「ひろしさん?」


「そう。親父が『デビルマンこそ最高のアニメだ』って言って、昔からいつも見てたんだよ」


太一が聞く。


「それで?」


「そしたら、ひまわりまでデビルマンに取りつかれてさあ」


「取りつかれたって……」


「あいつのバッグ見てないのか?」


慎之介が指差した。


ひまわりのバッグ。


小さなマスコットキーホルダーが揺れている。


太一が目を凝らす。


「……本当だ」


慎之介が笑った。


「ひまわりの真のヒーローなんだよ」


「デビルマン」


太一は黙った。


そして。


ゆっくり、ひまわりを見る。


少し離れた場所。


ひまわりは、さおりに何かを話していた。


身振り手振り。


笑顔。


さおりも笑っている。


太一の目が優しくなる。


「ヒーローなんですね」


小さく言った。


「ひまわりの」


慎之介は太一を見る。


そして。


妹を見る。


もう一度、太一を見る。


何かに気づいたような顔をした。


だが。


言わなかった。


代わりに大きなため息。


「お前はいいよ」


「え?」


「俺なんか名前通りのクレヨンしんちゃんのテーマ曲だよ」


慎之介は頭を抱えた。


「パニック、パニックって……」


「本当、俺がパニックだわ」


太一が吹き出す。


「でも。」


「何だよ」


「飛距離伸びたし、空振りするの減りましたよ」


慎之介が止まる。


「……。」


少し考える。


「やっぱり、そうだよな」


自分の手を見る。


「俺もボールがよく見えるんだよ」


そして。


妹を見る。


「ひまわりは魔女かもな」


太一が笑う。


慎之介も笑った。


「デビルマンと魔女。」


太一を見る。


「いいコンビだ」


「は?」


「何でもない」


「今、何か変な意味――」


「さあ練習、練習!」


「慎之介先輩!」


慎之介は逃げた。


太一は追いかけようとして。


もう一度だけ。


ひまわりを見た。


その光景を。


少し離れたところから見ていた人物がいた。


美佐子部長。


隣には鈴木監督。


美佐子が嬉しそうに言った。


「監督。」


「何だ。」


「うちのバカ息子が、アオハルしています」


鈴木が太一を見る。


そして。


ひまわりを見る。


少し笑った。


「デビルマンの父親が監督か」


「そうね」


「そして魔女がそばについている」


美佐子が鈴木を見る。


鈴木は腕を組んだ。


「それも、いいかもな」


「父親として?」


「……監督としてだ」


美佐子が笑う。


「はいはい」


「何だ、その返事は」


久しぶりだった。


こんなふうに。


夫婦で息子の話をしながら笑えることが。


十年。


長かった。


だが。


太一は今。


野球をしている。


仲間と笑っている。


そして。


誰かを優しい目で見つめている。


それだけで。


美佐子には十分だった。


しかし。


鈴木監督の表情が変わった。


グラウンドを見る。


さおり。


そして。


こなつ。


二人の走る姿を目で追う。


美佐子が気づく。


「どうしたの?」


鈴木は答えなかった。


こなつの足。


さおりの反応速度。


スタート。


加速。


減速。


そして二人に共通する、


一瞬で状況を判断できる能力。


鈴木の頭の中で。


何かが組み上がっていた。


「美佐子。」


「なに?」


「さおりとこなつに伝えてくれ」


「何を?」


鈴木は二人から目を離さない。


「今日。」


「全体練習が終わったあと。」


一拍。


「夜間特訓をする。」


美佐子の表情が変わる。


「二人だけ?」


「ああ。」


「何を教えるの?」


鈴木は少しだけ笑った。


「バッティング。」


美佐子が眉をひそめる。


「二人に?」


「あの二人だからだ。」


鈴木は続けた。


「普通の選手には、まだ教えない。」


「失敗すれば、ただの凡打になる。」


「だが。」


さおりを見る。


こなつを見る。


「二人のスピードならできる。」


美佐子は夫の顔を見た。


この表情を知っていた。


メジャーリーガーだった頃。


相手の守備を見ながら。


誰も考えないようなプレーを思いついた時の顔。


「何を企んでるの?」


鈴木は答えない。


ただ。


グラウンドを見つめていた。


その夜。


誰もいなくなった島大松江高校のグラウンドに。


再び照明が灯ることになる。


そこに立つのは。


鈴木監督。


竹内さおり。


石川こなつ。


三人だけ。


県大会を勝ち抜くために。


鈴木が二人へ託そうとしていたもの。


それは。


長打でもない。


ホームランでもない。


ただのバントでもない。


鈴木が考え出した、もう一つの打撃方法。誰もが思いもつかなかった挑戦が始まった。

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