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栄冠は君に輝く  作者: konatsu


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12回表 投票

六月二十二日。


ラストゲームから、一夜が明けた。


島大松江高校野球部。


五十八名の部員が、グラウンドに集まっていた。


昨日。


鈴木監督は言った。


「登録メンバーの発表は明日。」


だから誰もが分かっていた。


今日。


県大会を戦う二十名が決まる。


三年生にとっては、最後になるかもしれない夏。


二年生にとっては、先輩たちと戦える最後の夏。


一年生にとっては、初めて迎える夏。


だが。


夏は、全員には与えられない。


県大会のベンチに入れるのは二十名だけ。


五十八名の中から、


三十八名が外れる。


選ばれる者。


選ばれない者。


その境界線が、


今日、引かれる。


誰も話さなかった。


鈴木監督が前へ出る。


手には、一枚の紙があった。


さおりが息を整える。


こなつが監督を見る。


出雲。


八雲。


大和。


山内。


太一。


大野。


全員の視線が、一枚の紙へ集まった。


鈴木監督が口を開く。


「昨日約束した通り――」


一瞬。


間があった。


「県大会登録メンバーを発表する。」


全員の身体に力が入る。


だが。


鈴木監督は手にしていた紙を――


折り畳んだ。


「すまない。」


ざわめきが起こる。


「もう少しだけ、待ってほしい。」


八雲が眉をひそめた。


「監督。」


「まだ決まってないんですか。」


「いや。」


鈴木監督は即答した。


「私の中では決まっている。」


「二十名、もう選んである。」


だったらなぜ。


そんな表情が五十八人に広がった。


鈴木監督は、ゆっくり選手たちを見渡した。


「昨夜、考えた。」


「ずっと考えた。」


「このチームは、誰のチームなんだろうってな。」


誰も答えない。


「監督である私のチームなのか。」


鈴木監督は首を横に振った。


「違う。」


「主将のチームでもない。」


「レギュラーのチームでもない。」


「三年生のチームでもない。」


そして。


五十八人を見渡した。


「みんなのチームだ。」


静まり返る。


「だったら。」


「最後に、みんなの意見を聞かせてほしい。」


美佐子部長が前へ出た。


手には、紙の束。


一人一人に配っていく。


紙には二つの項目があった。


――県大会を戦う二十名。


そして、その下。


――あなたの夢。


選手たちが顔を見合わせる。


鈴木監督が言った。


「二十名を書いてくれ。」


「無記名でいい。」


「五十八名全員、本日中に提出してほしい。」


そして続けた。


「ただし、一つだけ条件がある。」


「二十名の中に、必ず自分の名前を入れること。」


選手たちがざわついた。


控えの一人が、小さく呟く。


「でも……俺なんか……」


「『俺なんか』は禁止だ。」


鈴木監督の声だった。


全員が監督を見る。


「私は見てきた。」


「朝早く来て、一人で走っていた者。」


「全体練習が終わってから、何百回もバットを振った者。」


「試合に出られなくても声を出した者。」


「ボールを拾った者。」


「ベンチを掃除した者。」


「悔しくて、一人で泣いていた者。」


鈴木監督の声が強くなった。


「誰より頑張ったかなんて、比べなくていい。」


「だが。」


「ここまで頑張ってきた自分自身まで否定するな。」


「自分の名前を書く資格がない選手など――」


「島大松江野球部には、一人もいない。」


誰も動かない。


「自分自身に一票を入れろ。」


「自分の努力くらい。」


「自分が認めてやれ。」


そして鈴木監督は、もう一つの欄を指した。


「それから。」


「夢を書いてほしい。」


選手たちが顔を上げる。


「野球じゃなくてもいい。」


「甲子園じゃなくてもいい。」


「将来の仕事でもいい。」


「家族のことでもいい。」


「誰かとしたいことでもいい。」


「今、本当に叶えたいことを書いてくれ。」


「夢に、大きいも小さいもない。」


「格好つけなくていい。」


「誰にも見せたくない夢なら、それでもいい。」


「今の自分が、本当に望んでいることを書け。」


しばらく。


誰も鉛筆を持たなかった。


やがて。


カリッ。


最初に書き始めたのは、


主将・竹内さおりだった。


一人目。


竹内さおり。


迷わなかった。


そして。


夢の欄。


少しだけ考えてから、書いた。


こなつが横から覗こうとする。


「見るな。」


「ケチ。」


「夢でしょ。」


「だから見るな。」


二人が小さく笑った。


そしてこなつも、


最初の一人に自分の名前を書く。


「そうだよ。」


「みんなの意見も大事。」


その時。


出雲が口を開いた。


「一つだけいいか。」


全員が見る。


「これ、人気投票にはしない方がいい。」


鈴木監督が頷く。


「もちろんだ。」


「三年生だから。」


「仲がいいから。」


「いつも一緒だから。」


「かわいそうだから。」


出雲は首を横に振る。


「そういう理由で選ぶのは、やめよう。」


「俺たちは県大会に出るために二十人を選ぶんじゃない。」


「県大会を勝ち抜くために選ぶんだろ。」


「甲子園へ行くために必要だと思う二十人を書く。」


「俺はそうする。」


さおりが頷いた。


「賛成。」


こなつも言う。


「それが、選ばれなかった人への礼儀でもあるよ。」


五十八人が、それぞれの二十人を考え始めた。


十九人。


そこまでは比較的早い。


だが。


二十人目。


鉛筆が止まる。


さおりも。


こなつも。


出雲も。


八雲も。


山内も。


太一も。


最後の一人で悩んでいた。


鈴木監督は、その光景を見つめていた。


――同じだ。


自分もそうだった。


十九人までは決まった。


だが。


二十人目。


どうしても最後の一ピースが収まらない。


だから今日。


皆に聞いた。


監督である自分に見えていないものを、


五十八人なら見つけてくれるかもしれない。


その後ろで。


松田コーチも紙を取った。


「俺も書いていいか。」


「もちろんです。」


美佐子部長も笑う。


「じゃあ、私も考える。」


ひまわりはタブレットを開いた。


「私も参加させてください。」


「私は皆さんのデータと、ここまでの成長、それから県大会までの伸びしろまで予測して選びます。」


八雲が苦笑する。


「お前の一票が一番怖いな。」


「失礼ですね。」


バーンズはすでに書き終えていた。


「早いな、バーンズ。」


「カンタン。」


バーンズは胸を張った。


「ワールドシリーズ、タタカウメンバー。」


「ソレ、エラベバイイ。」


「モウ、キマッテル。」


「ここは高校野球だぞ。」


「オナジ。」


バーンズは笑った。


「ベストチーム。」


その言葉を聞きながら。


鈴木監督は、もう一度五十八人を見た。


――ベストチーム。


自分が選んだ二十人は、


本当にベストチームなのか。


その答えを知りたかった。


やがて。


太一が夢の欄で手を止めた。


何度か鉛筆を動かそうとする。


しかし書けない。


山内が隣から声を掛けた。


「難しい?」


「うるさい。」


「ごめん。」


「謝るなよ。」


太一は少し笑った。


そして。


ゆっくりと書いた。


甲子園に行きたい。


そこで一度、手が止まる。


そして、その下に続けた。


甲子園で、鈴木監督としてだけじゃなく、父さんとして、俺を応援してほしい。


太一は書いた文字を見つめた。


消そうとした。


だが。


消さなかった。


紙を伏せる。


少し離れた場所にいた美佐子は、


もちろん、その内容を知らない。


ただ。


息子が何かを書き終えた姿を見て、


静かに微笑んでいた。


その時だった。


「監督。」


こなつが立ち上がった。


手に一枚の紙を持っている。


「実は……。」


鈴木監督が見る。


「もう一枚あります。」


「もう一枚?」


こなつは少し申し訳なさそうに笑った。


「五十八人分じゃありません。」


そして。


一枚の紙を差し出した。


「チームのことを、よく知っている人にも書いてもらいました。」


さおりがこなつを見る。


すぐに何かを察した。


鈴木監督は黙っている。


こなつが続ける。


「私、お願いしてきたんです。」


「もう野球部じゃないから関係ないって、最初は断られました。」


「だから……ちょっと、だましました。」


八雲が聞く。


「何て?」


「無記名だから誰が書いたか分からない。」


「監督にも分からない。」


「だから最後に一度だけ、チームのために力を貸してって。」


鈴木監督は、こなつが差し出した紙を見つめた。


「書いてくれたのか。」


「はい。」


こなつの表情が少し曇る。


「でも。」


「一つだけ、監督の条件を守っていません。」


「自分の名前が、二十人の中にありません。」


誰も言葉を発しなかった。


その一言だけで、


誰の紙なのか。


何人かには分かった。


だが。


誰も名前を口にしなかった。


こなつも言わない。


鈴木監督も聞かなかった。


ただ紙を受け取った。


そして。


夢の欄を見る。


そこには二つの夢が書かれていた。


皆と一緒に野球をしたい。


そして。


もう一つ。


将来、父親の会社を継ぎたい。


鈴木監督の目が止まった。


野球を続けたい。


父親の会社も継ぎたい。


どちらかではない。


どちらも。


それが、その少年の本当の夢だった。


鈴木監督は何も言わない。


ただ。


その紙を他の用紙と同じ箱へ入れた。


特別扱いはしなかった。


一枚の意見として。


静かに。


夕方。


全ての用紙が集まった。


五十八人の部員。


そして。


もう一枚。


鈴木監督は箱を持ち上げた。


「ありがとう。」


「これを見て、最終的な二十人を私が決める。」


そして念を押した。


「ただし。」


「多数決では決めない。」


「みんなが選んだ二十人。」


「私が選んだ二十人。」


「その違いを見る。」


「私が見落としているものを探す。」


さおりが聞いた。


「発表は?」


鈴木監督が答える。


「明日。」


その夜。


監督室。


机いっぱいに用紙が並べられた。


鈴木監督。


美佐子部長。


松田コーチ。


バーンズ。


ひまわり。


一枚ずつ開いていく。


名前だけではない。


その下には、


五十八人それぞれの夢がある。


甲子園でホームランを打ちたい。


最後まで仲間と野球がしたい。


両親に恩返ししたい。


大学でも野球を続けたい。


プロ野球選手になりたい。


教師になりたい。


この仲間で甲子園に行きたい。


そして。


誰にも言えなかった夢。


家族への想い。


未来への希望。


五十八人分の人生が、


その紙の中にあった。


ひまわりが、ある紙を見て手を止める。


美佐子も読む。


そして。


口元を押さえた。


鈴木監督も、その文章を見た。


甲子園で、鈴木監督としてだけじゃなく、父さんとして、俺を応援してほしい。


美佐子の目から涙が落ちた。


「あなた……。」


鈴木監督は何も言わない。


しばらくその文字を見つめた。


そして小さく呟いた。


「……馬鹿野郎。」


声が震えていた。


「そんなこと……。」


一度、言葉が途切れる。


「当たり前だろ。」


美佐子が泣きながら笑った。


松田は何も言わなかった。


バーンズも、この時だけは黙っていた。


集計は続いた。


そして。


最後の一枚まで読み終えた。


松田が集計表を見る。


「なるほどな。」


ひまわりも数字を見つめている。


美佐子が夫を見る。


鈴木監督は、自分が昨夜作った名簿を取り出した。


十九人。


一人ずつ。


指で名前をなぞる。


そして。


最後の空欄。


自分が感じていた違和感。


収まらなかった最後の一ピース。


鈴木監督は、


五十八人と、もう一人が残した答えを、


もう一度見た。


長い沈黙。


そして。


ペンを取った。


二十番目の空欄へ。


ゆっくりと。


一人の名前を書く。


誰の名前なのか。


それを口にする者はいなかった。


鈴木監督は名簿を閉じる。


「これで。」


静かな声だった。


「二十人だ。」


翌朝。


その名前が、


五十八人の前で読み上げられる。

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