9回表 新米(改訂版)
夏の県大会開幕まで残りわずか。
島大松江高校野球部に新たな風が吹こうとしていた。
グラウンドに一台のタクシーが止まる。
ドアが開いた瞬間。
部員たちは言葉を失った。
大男だった。
身長二メートル。
体重百十キロ。
まるで岩のような体。
だが。
顔には少年のような笑顔が浮かんでいた。
「ハロー!!」
大声がグラウンドに響く。
鈴木監督が笑う。
「久しぶりだな。」
男は鈴木監督を抱きしめた。
「スズキーー!!」
部員たちが驚く。
鈴木監督が紹介する。
「紹介する。」
「メジャーリーグ・ライナーズ時代のチームメイト。」
「ジョージ・バーンズだ。」
ざわつく部員たち。
「メジャー通算四百二十八本塁打。」
「レフト。」
「そして盗塁もできる。」
部員たちが絶句する。
「ヨ・・・」
「ヨンヒャク・・・。」
浜口が呟いた。
バーンズは携帯翻訳機を取り出す。
機械音声。
「ミナサン、ヨロシクオネガイシマス。」
部員たちが笑う。
バーンズも笑う。
「ワタシ。」
「ニホンノコウコウヤキュウ。」
「ダイスキ。」
「マナビニキマシタ。」
その日からバーンズはコーチとなった。
練習後。
山内が太一を呼び止める。
「太一君。」
「もう一回行こうよ。」
太一は黙る。
「どこへ。」
山内が笑う。
「野球部だよ。」
その言葉に。
太一は俯いた。
「俺は不合格だ。」
「みんなに迷惑をかけた。」
山内は首を振る。
「違う。」
「太一君は変わったと思うよ。」
「だから行くんだ。」
翌日。
グラウンド。
全部員が集められた。
太一が前に立つ。
誰も話さない。
太一は深く頭を下げた。
「すみませんでした。」
部員たちが驚く。
「俺は。」
「野球部に入りたかったんじゃない。」
「父親を恨みたかった。」
「みんなを利用しようとしていた。」
「本当にごめんなさい。」
深く頭を下げる。
誰も声を出さない。
その時。
バーンズが鈴木監督に尋ねた。
翻訳機越しだった。
「アノコ。」
「ナニガアッタ。」
鈴木監督は短く答える。
「息子だよ。」
バーンズの目が見開かれる。 「息子って、あの太一君なのか。あんなに大きくなって」
しかし。
何も聞かなかった。
太一を見つめる。
そして笑った。
「イイファイスダナ。ホークアイモッテル」
「イイセンシュニナル。」
松田も頷く。
「最初にあった時と違う。」
「今は野球部に入りたい気持ちでいっぱいだ。」
美佐子も。
ひまわりも。
驚いていた。
まるで別人だった。
鈴木監督が言う。
「主将。」
「副主将。」
「判断を任せる。」
さおりとこなつが前へ出る。
さおり。
「前回と同じ。」
「私たちは選手全員に決めてもらいます。」
ざわつく部員たち。
八雲が言い放つ。「じゃあ、俺から一つ。」
「鈴木監督、私に野球を教えてください、お願いしますと言えば認める」
皆が静まり返る。
その後、こなつがいきなり言い放った。
「私は、鈴木監督のプレーを見て野球を始めました。私にとって最高のあこがれでありヒーローでした。その鈴木監督に、野球を、人の生き方まで教えて頂いています。親愛なる鈴木監督、これからも私に、たくさんのことを教えてください、お願いします」
八雲も続く。
「俺には、心の使い方を教えてくれた。感謝でいっぱいだよ。これからも頼りにしているからな、頼みます。」
皆が我も我もと鈴木監督に感謝を述べた。
山内「こんなに不器用で、皆の足手まといになるような僕を大事にして下って本当に感謝しています。」
「山内、お前は足手まといなんかじゃない、いつも皆に気配りを忘れない、ベンチの中を率先して清掃しているのは、山内だ。お前はチームのエネルギーなんだぞ。」
鈴木監督が熱く言い返す。
「太一君、君のお父さんは偉大なんだよ。君を守るために、遺憾の中で日本に帰したんだよ。グランドで時に寂しい顔をするんだ。今思い出したけど、君によく似た相手選手がいるチームと試合したとき、その子を見て、つぶやいたんだ」
「…たいちって」
「山内、余計なことは言わないでいい。」
横にいる美佐子部長の涙が止まらない。
ゆっくり太一が涙をこらえながら語りだした。
「鈴木監督、もう一人、俺の父さん、あの頃と変らず、僕に野球を教えてください、お願いします。もう一度僕に野球を夢を与えてください」
一礼をする太一の足元にたくさんの涙が落ちている。
「ジャパニーズ グレート。ワンダフル、ビューティフル」
バーンズはひまわりに足を踏まれた。
「エアーをリードしてください」「WHAT!」
こなつ。
「入部に賛成の人は。」
「太一君の手を取ってください。」
「反対なら動かなくていいです。」
静寂。
太一は俯いた。
最初に足音がした。
トン。
太一が顔を上げる。
そこにいたのは。
佐野ひまわりだった。
ひまわりは笑う。
「太一君。」
「一緒に甲子園行こうよ。」
そして。
右手を握った。
太一の目が揺れる。
次の瞬間。
反対側から大きな手が伸びた。
山内だった。
「太一君一緒に野球しようよ。」
左手を握る。
太一は言葉を失った。
すると。
出雲。
八雲。
大和。
玉木。
浜口。
小村。
錦織。
次々と手が伸びる。
気付けば。
太一は仲間たちに囲まれていた。
涙が溢れる。
「なんで・・・。」
「なんでだよ・・・。」
さおりが微笑む。
「決まってるでしょ。」
こなつも笑う。
「仲間だから。」
その瞬間。
初めて。
若槻太一は。
本当の意味で。
島大松江高校野球部の一員になった。
鈴木監督に
美佐子が涙ながらそっと言う。
「よかったね。」
鈴木監督は答えない。
ただ。
目に涙を浮かべていた。




