8回裏 親友
夕陽に染まるグラウンド。
誰もが言葉を失っていた。
若槻太一の涙。
そして山内の一言。
「俺、お前と野球してみたい。」
太一は山内を睨んだ。
「俺を馬鹿にしてるのか。」
山内は首を振る。
「してない。」
「むしろ逆だ。」
「お前、すげえじゃん。」
太一は顔をしかめた。
「だったらなんで不合格なんだよ。」
山内は少し考えた。
「それは俺には分からん。」
「でも。」
「さおり達は間違ってないと思う。」
太一の眉が動く。
「は?」
「なんでだよ。」
山内はグラウンドを見渡した。
「ここにいる奴ら。」
「みんな野球が好きだ。」
「でもな。」
「誰かを倒すために野球してる奴はいない。」
太一は黙る。
「勝ちたい。」
「甲子園へ行きたい。」
「でも、それ以上に仲間と野球がしたいんだ。」
山内の言葉は優しかった。
説教ではなかった。
ただの本音だった。
その日。
太一は黙って帰った。
しかし翌日。
誰よりも早くグラウンドへ来ていた。
朝五時。
誰もいない。
そう思っていた。
だが。
バックネット裏に一人の男がいた。
山内だった。
「おはよう。」
「遅かったな。」
太一は呆れた。
「何やってんだよ。」
山内は笑う。
「キャッチボール。」
「付き合え。」
太一はため息をつく。
だが。
気付けばグラブを手に取っていた。
パシッ。
パシッ。
パシッ。
朝焼けの中。
二人のキャッチボールが続く。
不思議だった。
山内とは初対面に近い。
なのに。
気を遣わなくていい。
父親でもない。
監督でもない。
主将でもない。
ただの先輩だった。
数日後。
山内は毎朝待っていた。
そして太一も来るようになった。
野球の話。
好きな選手の話。
くだらない話。
笑うことさえ忘れていた太一が、
少しずつ笑うようになっていた。
ある朝。
山内が突然聞いた。
「なあ。」
「本当は野球、辞めたかったか?」
太一は黙った。
しばらくして答える。
「辞めたかった。」
「でも。」
「辞められなかった。」
「好きだったから。」
山内は頷く。
「そうか。」
それだけだった。
否定もしない。
慰めもしない。
ただ聞いてくれた。
太一は初めて思った。
「この人には話せるかもしれない。」
その頃。
さおりとこなつは遠くから見ていた。
「変わってきたね。」
こなつが微笑む。
「うん。」
「山内君のおかげ。」
さおりは頷いた。
「でも。」
「まだ入部は認めない。」
こなつも頷く。
「うん。」
「仲間になる覚悟を見せてもらわないと。」
その時だった。
キャッチボールを終えた山内が、
太一の肩を軽く叩いた。
「若槻。」
「お前さ。」
「野球部に入りたいんじゃない。」
「仲間が欲しいんだろ。」
太一は何も言えなかった。
図星だった。
夕陽の中で流した涙の意味を。
初めて自分自身が理解した。




