第一章 #6『夜伽の城』
一方、クラトは一人になった部屋でベッドにもたれつつ、辺りを見渡していた。
「昨日の俺に話しても信じないだろうな……」
「……もうちょい埃っぽい方が、落ち着くっての……」
そこへ勢いよく扉が開いた。
「クラトー! 見て見て、お風呂すごかった! お肌ツルツル!」
リオが羽織布をはためかせながら飛び込んできた。
その顔は、湯上がりの高揚感に満ちている。
「走んな! こけるぞ!」
「へーきへーき。羽織布もちゃんと着てるし!」
ベッドの端に座ったリオが、手元の小さなライトで金属片を照らしながら真剣な顔で口を開く。
「……ねえ、クラト。さっきアリア様から預かったこれ、少し思い出したんだけど……」
「何だよ」
「おそらくだけど、これは古い文献にあった『共鳴石』……その『子石』のほう」
リオの声色が、無邪気な少女から、熟練の整備士のそれに変わった。
「『親石』と対になって異常な磁場を発生させるの。アリア様の船に親石を仕込んで、神格種を意図的に呼び寄せたんだ。……でも、軍の報告書じゃ『親石は爆発で消失した』って処理されて、この子石だけがただのガラクタとして片付けられようとしてた」
「軍がわざと隠蔽したってことか……」
クラトは顔をしかめ、声音を一段低くした。
「うん。この城のどこかに、神格種を操って姫様の命を狙う裏切り者がいる」
返事しようとしたとき、ドアがノックされ、ゆっくりと開いた。
「クラト。少しは休めてる?」
白いローブに身を包み、ほんのりと肌が赤くなっているアリアが姿を覗かせた。
「ま、まあな……落ち着かねぇけどな」
顔を彼女に向き直すと、金髪から滴る雫が白い肌を伝い、服の中へ落ちていく。
(っ……!)
慌てて視線を背けたが、瞼の裏には残像が焼きついていた。
「……顔、赤いよ?」
リオがにやりと覗き込んだ。
「赤くねぇ!」
「うっそだー。姫様のこと、ちょっと綺麗だなって思ったでしょ?」
「うるせぇ! そういうの言うな!」
耳はさらに熱を帯び、ついには真っ赤になる。
湯上がりのふたりを前にして、落ち着けるはずもなかった。
アリアはそれを見て、やわらかく微笑んだ。
「……クラト、それ本当?」
「違っ……赤いのは単に暑いだけだ!」
リオは振り返り、からかうように無邪気にベッド周りを跳ね回った。
「それ絶対照れてるやつだよね?」
羽織布の裾がふわりと揺れるたび、胸や太ももが見え隠れする。
手で目を覆うことも出来ず、ただ天井の一点を凝視し続けた。
(おいリオ、そんなに動いたら……はだけるって……!)
クラトの焦りをよそに、リオはふと落ち着き、ベッドに腰を下ろした。
「ふぃー。じゃ、今日はあたしこっちね。クラトは真ん中ー」
「いや、俺、端で――」
「ダメ。姫様に言われたもん。『きちんとした姿勢で休むこと』って」
「そうよ。護衛騎士になってもらうのだから、ちゃんと休むことも大切なのよ」
「決定事項じゃねぇだろっ」
不器用に身体を動かそうとしたが、吊ったギプスに阻まれもがく。
それを見たリオはすっと手を伸ばし、背中に手を添えた。
その手は、まるで母親が子供を寝かしつけるかのように優しい。
「ふふっ。リオがいれば大丈夫そうね。……本当はもう少しいたいけど、私はそろそろ戻るわ。遅くなって侍女たちが騒ぎ始めたら大変だもの」
アリアはそう言い残して部屋を後にした。
その去り際には、どこか寂しげな色が漂っていた。
リオは部屋のドアまで見送ったあと、ベッドに潜り込み、指で目元を擦った。
「じゃあ……寝よっか」
「ああ……」
広いはずのベッドが、やけに手狭に感じる。
隣から湯上がりの石鹸の香りがふんわりと漂ってきたせいだろうか。
気づかぬふりをして、そっと息をついた。
喉の奥でひとつ息を飲み込んだ。
その直後、リオがぽつりとつぶやく。
「……こうして隣で寝るの、ちょっと不思議だね」
「まあ、俺の腕じゃ一人で寝られねぇからな……」
「でもさ、子供の頃はよくこうしてたけど、ハンマーを握るようになってからは、こんな風になることなかったじゃない?」
リオは横向きになり、ギプスの縁を指先でなぞった。
その声には、懐かしさと、わずかな寂しさが混じっている。
「なんだか、昔に戻ったような気がするね」
小さく首を下に傾げたあと、ふと口を開いた。
「……姫様、やっぱすごいよね。綺麗で、スタイルも良くて……」
ぺたぺたと自分の胸に触れながら、小さな声で言う。
「ずるい……あたし、ぜんぶ負けてる……」
クラトはちらりと横目で見てしまい、焦って天井に視線を戻した。
「そ、そんなことねぇよ。別に、大きけりゃいいってもんじゃ――」
「ほんとに?」
「……お、お前はお前で、可愛いっていうか、その……」
言葉をしぼり出すように出すと、リオの表情がぱあっと明るくなった。
「ふふっ。ほんと分かりやすいよね、クラトって」
リオが楽しそうに笑った。
その笑顔がまぶしい。
「……早く寝ろよ」
「うん。おやすみ、クラト」
小さくうなずくと、リオは布団にもぐり込んだ。
リオは横顔を見つめながら、ほんの少しだけ目を伏せる。
「……姫様みたいにはなれないけどね」
呟く声は、隣まで届いたかどうか分からなかった。
クラトは聞こえないふりをして、ただ天井の模様を見つめていた。
(月に手ぇ伸ばしてる兎みてぇだな)
煌びやかな王城で、背伸びをしているのは俺も同じだ。
リオの頭を撫でようとして、ギプスが軋んだ。
それ以上、動かすことはできなかった。
もどかしい気持ちだけが、宙に浮いている。




