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モグラ叩き英雄譚 〜滅びた地上と空の姫君〜  作者: 乙都セイ


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第一章  #5『月と太陽』

 時計の音が鳴り止んだ頃、アリアがそっと声をかけた。


「クラト。今後しばらくの間、あなたとリオは王城に泊まっていかない?」


「……冗談、だよな?」

 クラトは目を丸くし、落ち着かない様子で周囲を見渡した。

 豪華絢爛な空間に、自分がいること自体が場違いに思えた。


「お城にお泊まり!? んー、やったー!」


 リオがパッと顔を輝かせる。


「ふかベッドにー、大きなお風呂でしょー? ご飯もきっと今日みたいに豪華だよね! あっ、隠し通路とかあったりするのかなぁ。重力式? 圧力感知? あー気になるぅ! ね、クラト!」


 くるくると表情を変えながらはしゃぐリオに、アリアは思わず小さく吹き出した。


「隠し通路は……どうかしら。でも、古い区画には秘密階段くらいならあるかもしれないわね」


 どこか張り詰めていた空気が、その無邪気な声で少しだけ和らぐ。


「クラト、王城ならいいベッドがあるし、国一番の医者もいるわ。早く治したいなら、ここにいるのが一番いいはずよ」

「いや、まあ……そこは、ありがたいけどな……」


 アリアはクラトの言葉を遮るように言った。


「決まりね!」


 その表情には、有無を言わせぬ強い意志が見える。


「後で侍女に案内させるから」


 軽くウインクをして、この場を去っていった。

 残されたクラトは、思わず「マジかよ……」とつぶやいた。



 晩餐会が終わり、長い夜もようやく幕を閉じた。


 肩で息をつきながら、リオと並んで王城の廊下を歩く。

 後ろには部屋を案内する侍女が一名付いていたが、すれ違う使用人たちの視線が痛い。


 それは好奇心と、身分違いの泥を嫌悪するような冷ややかな目だった。

 漂う香油(こうゆ)と花の香りが鼻を突くたび、自分たちに染み付いた地上の油と土の匂いが悪目立ちしているような気がして、クラトは居心地の悪さに身を縮めた。


「なぁリオ……俺、もうクタクタなんだけど」


「だよね。でも、姫様が『城に泊まって』って言ってくれたのって、クラトを心配してのことだと思うし……ちょっとありがたく受け取っとこう?」

「はぁ……場違いにもほどがあるっての」


 ぼやくクラトを、リオが横目で見た。


「へーきへーき。クラト、今日は頑張ったんだし、ちゃんと寝て身体を休めなよ? ふかふかベッドが待ってるよ! クラトひとりじゃ、寝返りも打てないもんね」


 リオの言葉に、背筋に嫌な予感が走る。


「……まさか」


「だからあたしと同室だってー」


 リオは平然としている。


「ちょ、ちょっと待て!」


 振り返ると、侍女が静かに頷いた。


「姫様より、経過観察のため同室で付き添うようご下命です。護衛候補の容態把握が目的とのことですので、ご安心ください」


 侍女はクラトの吊られた腕をちらりと見て、淡々と付け加えた。


「夜の介助が必要な場合も、リオ殿が対応されます」

「はぁ!? お、お前何言ってんだ!」


「姫様も心配してるんだよ、きっと」

「そりゃそうだけど……お前は嫌じゃないのかよ……」

「なんで? 前はよく一緒に寝てたでしょ」

「子供の頃の話だろっ」


「とか言いながら、足止まってないし。もしかして……期待してたり……」

「んなわけあるかっ」


(……城に泊まるってだけで、なんでこんなに振り回されるんだよ……)


 結局、不満を抱えたまま、用意された部屋へ連行されるしかなかった。


(……さすがにベッドは別だよな)


クラトは扉の前で立ち止まり、侍女を振り返った。


「……あのさ、あんたの名前は?」


 侍女は表情を変えず、静かに一礼した。


「セリカと申します。夜更けに何事かあれば、遠慮なくお呼びください」


 彼女はそこで一度言葉を切り、無表情のまま付け加えた。


「あ、もし裏口から脱走されるなら、西側の警備が薄いのでお勧めですよ……冗談です」


 セリカは小さく肩をすくめると、音もなく廊下の闇に溶けるように去っていった。

 クラトは呆然とその背中を見送り、リオと顔を見合わせた。


「……今の、本当に冗談……だよな?」

「……たぶんね。たぶん」



 王城の寝室。

 広すぎる空間に、五人が寝られるほど大きなベッドが部屋の中央に構えている。


「ふかふかベッドだー!」


 勢いそのままに、リオがベッドにダイブする。


「枕もふかふかで、毛布もふかふか……えへへ」


 憧れの城生活に陶酔しているのを横目に、クラトはため息をついた。


「お前、なんでそんなに元気なんだよ……」


 揺れるシャンデリアの灯りの下、重たい腕をかばいながら、ベッドの端に腰を下ろした。


 落ち着かず、視線はゆれる灯りをただ追い続けていた。


「今日からここがあたしたちの部屋になるんだねー! えへ、いい匂いする!」


「まあ、そういうことに……って、ちょっと待て! 同じ部屋はまだしも、なんで同じベッドなんだよ!?」


 堪らず、声を張り上げる。

 驚きと困惑が入り混じった声が、部屋に響き渡った。


「だってひとつしかないんだから、仕方ないじゃん」

「そりゃそうだけどよ……」


 眉をひそめる。

 リオは顔を上げ、まっすぐクラトを見る。


「いいの。あんた、またいつ無茶するかわかんないし。それに、姫様もすごく心配してた。だから、ちゃんとあたしが横で見てる」


 それ以上何も言わず、不機嫌そうにそっぽを向いた。

 そのとき、扉がノックされ先程の侍女、セリカがそっと顔をのぞかせた。


「失礼いたします。姫様より、クラト殿とリオ殿も、よろしければ浴場へとの伝言を預かっております」


「えっ! お風呂!?」


 リオが目を輝かせる。

 その顔は、まるで子供のようにはしゃいでいた。


「俺はいい。ギプスじゃ入れるわけねぇだろ」

「姫様もそのようにお考えかと。ご無理はなさらずに、とのことです」


「王城のお風呂なんて、絶対すごいやつだよ! わくわくしてきた!」


 リオは勢いよく侍女の後をついていく。


「お城のお風呂って、やっぱり大きいの?」

「はい。初めての方でも、ゆったりお使いいただけます」


「大きいんだ! 少し緊張しちゃうかも」

「繰り返しているうちに、徐々に慣れます。私も初めては緊張しましたが、今ではすごく、気持ちいいですよ」


 侍女は淡々と答えながら、口元に微かな笑みを浮かべる。

 リオは一瞬「?」と首をかしげたが、それでもはしゃぎながら部屋を後にする。

 眉をひそめつつ、その背を見送り、ひとつため息をこぼした。


「……モグラの巣ん中の方が、まだ落ち着くっての……」



 磨き込まれた石の床、立ち上る湯気、ふわりと漂う花の香り。

 王城の浴場は、幻想的で、どこか神聖さすら感じさせる空間だった。

 水音がゆったりと響く中、湯気は光を柔らかく包み込んでいる。


「うわぁ……っ、すっごい!」


 湯気の向こうで、リオは瞳をキラと輝かせ、歓声を上げた。


「広いでしょう?」


 先に湯に浸かっていたアリアが優しく微笑んだ。


「こんなにすっごいお風呂、初めて見ました!」

「でも、ここまでゆっくり入れることって、実は珍しいのよ」

「えっ、そうなんだ。てっきり、毎日こんなとこで優雅にくつろいでるのかと」


「今の侍女たちは皆、私よりずっと年上で……気を遣って『姫様』としてしか接してくれないの。……セリスっていう、お姉さんみたいな子がいてね。あの子だけは、私を“アリア”って呼んでくれた。もう、居ないけれど……」


 アリアは、湯面をそっと撫でながら、しばらくリオを見つめていた。

 その瞳は、今はもうここにはいない誰かを探し求めるように、虚空をさまよっている。

 湯の感触を楽しむように、手をゆらゆらと動かす。

 その仕草は、どこか淡い儚さと、深い孤独を帯びていた。


「だから、こうして歳の近い女の子と、たわいのない話をして笑い合えるのって……すごく、楽しい」


 アリアは、ふと手の動きを止めた。


「……リオは、よく笑うのね。なんだか、羨ましくなるわ」

「えっ、あたし?」


「あなたの瞳、大きくて綺麗。表情も豊かで……笑顔なんて、まるで太陽みたい」

「……な、なにそれ」


 リオは照れくさそうに唇を尖らせた。


「太陽ってほどじゃないし、ほら、あたしは……こっちが足りないからさ」

「どうしたら、姫様みたいになれるのかなぁ」


 アリアは、リオの視線に気づき、ハッと顔を赤らめて胸元をそっと隠した。

 困惑したように目を伏せるその仕草は、どこか少女のあどけなさを感じさせた。


「もう……リオって、本当に可愛らしいのね」

「……優しいんだね、姫様って」


 リオは少しだけ目を伏せ、口元に小さく笑った。

 アリアが自分を褒めてくれるのは嬉しい。

 クラトが「英雄」として認められたことを思うと、胸に引っかかる。

 自分の居場所が揺らぐような、そんな不安がよぎった。


「ねえ、リオ」


 アリアの声が、柔らかく響いた。


「私、歳の近い女の子とこうして一緒にお風呂に入るの、実はすごく久しぶりなの」

「……え? 本当に?」

「ええ。友達って呼べる相手も最近はいなかったの」


 アリアは、湯に揺れる花びらを見つめながら言った。

 その瞳には、ほんの少しの寂しさと隠しきれない期待が入り混じる。


「……なんかあたしも、姫様っていうより“アリア”って感じ」


 リオの言葉に、アリアは驚き、目を見開いた。

 その顔はこれまでの気品に満ちたものとは違う。

 ふわりと柔らかく、無邪気さに似た幼さが水面に映っていた。

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